恍然如夢

恍然如夢

るほど待を求

2017-07-11 12:18:14 | 日記


眼が溶けるほど泣き崩れたクシナダヒメは、やがて涙を拭き神々の住む高天原からの祝福を受ける。
大地を統べる女神として、クシナダヒメはこのまま泣き暮らして地上の稲穂を枯らすわけにはいかない。
そんな天地の理を受け入れ、神々の裁可に従って、クシナダヒメはスサノオの妻となる道を選んだのだった。

だがその胸には、最後に息絶える寸前のオロチが気力を振り絞り、辛うじてつないだ絆の鏡がある。
鏡の中に二人で過ごした時間を、持てる霊力で出来るだけ閉じ男士不育込めて、二人は密かに遠い未来に来世を誓った。

『今度、生まれ変わったなら、家を教え名を答えよう。』

そうして気が遠くなるほどの長い長い時間をかけて、オロチは霊力を取り戻し、クシナダヒメの転生を待ったのだ。

鏡の外の世界から来た記憶の無かったクシナダヒメは、すべてを知った。
最愛の娘をかばって倒れたオロチを思って、ほろほろとしとどに泣き濡れていた。
命がけで娘を守った、大蛇の愛に心を打たれていた。

どうやって鏡のこちらに帰ってきたのか、分からなかった。
いつしか、見慣れた部屋に戻ってもずっと涙が止まらなかった。
丸く身体を丸めて、ひたすらの涙が畳に吸われてゆく。
締め付けられるような、信実の恋を知ってつきんと胸が痛かった。

初めて、こんなにも深い思いがあることを知った。

オロチご当主さま。」

鏡の中に閉じ込められた、オロチとクシナダヒメの誓いは永遠だった。

クシナダ大事ないか」

そこに居るのは、ご当主の海槌緋色なのか、それともオロチなのか、その姿は鏡の中のオロチに似ていた。

「ぅっうわあぁあんっ」

側に来た海鎚緋色、転生したオロチに縋って、ぼくは初めて人前で声を上げて泣いた。
ご当主は相当、困惑したのだろうとおもう。

傍によるな~と青い顔で泣き喚いていたぼくが、今や取りすがってわんわんと、小さな子供が微量元素乳房めるように無防備に泣いていたのだから。

オロチご当主は懐の中にいるぼくに手を回すて、おずおずとやがてきゅと力を込めた。

「クシナダそなたが泣くと我は、辛い涙は、止まらぬか?」

「ふも、いいよ」

しゃくりあげながら、ぼくはついに運命を受けとめた。

神楽で踊ればいいんだろ?そうすれば、ご当主様の念願が叶うんだろ?」

「ぼくでいいなら、オロチが大好きなクシナダヒメと代わってあげるよ今までずっと、気が遠くなっていたんだろ」

ご当主は、何も言わずぼくを抱きしめた腕に、なお一層の力を込めた。
人型の大蛇の虹彩がすっと細くなり、ぬめと光った気がしたが、今はそれほど怖くなかった。

オロチは転生かなって、今は「海鎚緋色」と名乗っている。

名前にある「緋」の字は、きっと川となって流れるほどの狂おしい血の色を忘れぬように入れたのだ。
まぶたの裏で、真っ赤な濁流が映像になった。いよりも、もっと深くて悲しい思いを知ってしまったから、俺は泣きすぎてがんがんと痛くなった頭で考えた。
もしかすると、普段使わない頭でいっぱい考えたから、頭が痛くなったのかもしれないけど今は、そんなことどうでも良かった。

さっき見た映像は、きっとオロチが渡した鏡に閉じ込められていた信実だ。
一撃でスサノオの頭を打ち砕く機会があったのに、結局オロチは命がけでクシナダヒメを守ったんだ。
スサノオの水連(みずら)に結った頭に、誰よりも大切な愛おしいクシナダヒメが赤い櫛に姿を変えられて、挿してあったから自分を犠牲にした。

でもね、ぼくも子どものとき読んだ神話物語で、知っているけどね。
もしかすると、親父やお袋が何か思って、寝物語に読ませて刷り込んだのかもしれないけど。

その後、涙を拭いたクシナダヒメはスサノオと結婚して、驚くほど多くの神々を生んだんだよ。
きっと小蛇になったオロチは側にいて、長いこと自分の力が戻るまでそんなクシナダヒメを見守るしかなかったんだ。
大好きな彼女が、自分の恋敵と結婚して子供を生み育ててゆくのを、ずっと眺めているしかないなんて
きっと、優しい笑顔を向けたこともあったはずだ。
だって、ぼくの知っているクシナダヒメは過去を思い起こして泣いてばかりいるような、儚げなお降血壓食物姫さまじゃなくて、すべてに優しい大地の神さまだったんだもの。

胸が痛んだ。

ごめん、オロチごめん。不実でごめん。」

ぼくが直接裏切ったわけじゃないし、全てが仕方がなかったことなのだとしても、謝らずにはいられなかった。