| 戦国鬼譚 惨講談社((2010/5/21)伊東潤評価
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いま注目の歴史小説作家「伊東潤」先生の力作。
以前に一度読んだことがありましたが、最近改めて読み直してみました。
本書は、武田家の衰退に大きく影響した「長篠の戦い」以降、そこから一気に武田家滅亡に至るまでの<武田家家臣らの悩み、苦しみ、葛藤>がそれぞれの立場で実にリアルに描かれてる短編作品集となっています。
全5作品
中でも興味深いのは、作品No1「木曾谷の証人」
武田家の外戚である木曾谷(品濃国)の領主「木曾義昌」は、甲斐国(武田領)にて母親と子息らを証人(人質)に取られており、敵方へ寝返るはずはないと考えられていた。
義昌は、敵方の織田勢が圧倒的な戦力をもって木曾谷の目前にまで迫っている状況下で、大将「武田勝頼」の後詰(救援)があることを空しく待つことにするが、実際に勝頼から援軍が送られる見込みはほとんどなく、このままでは木曾谷は織田方の手によって焦土と化すのは明らかだった。
もし、ここで義昌が織田方へ寝返れば、木曾谷の自然や木曾谷の領民の命は保障されるが、証人となっている家族の命は間違いなく絶たれることになる。
誰よりも家族を愛する義昌にとって、その選択はありえないものだった。
一方、木曾谷の自然と領民の生活を守りたいと考える義昌の弟「義豊」は、兄義昌に何度となく詰め寄ることになる。
兄:義昌「領民の命を救うために、何ゆえわしが母と子の命を犠牲にしなければならぬのだ!」
弟:義豊「それが武家の運命(さだめ)というものではないか。こうしたときのために我らは日々の厳しい仕事にも就かず暖衣飽食を許されておるのであろう。」
兄:義昌「それがどうした!われらと領民は重代相恩の間柄、こうした折にこそ主のために死ぬるが臣下というものであろう!」
弟:「兄上は気でも狂うたか!」
身内の命を差し出すくらいなら、負け戦に打って出て木曾谷が殲滅することもやむなしと考える義昌。
そんな兄義昌に対し、弟義豊のとった行動は、涙なくして読めません。
家の当主にとって、守るべき大切なものとはなにか。
結局、自らの家族を見殺しにし、後世に裏切り者の汚名を残した木曾義昌。
義昌の行為は、武田家側からみれば裏切り以外の何物でもない。
しかし、本書を読むとまた違った見方ができます。
以上