浅利・天神山(てんじんやま)木彫・天神(てんじん)
【データ】浅利・天神山 590メートル▼国土地理院25000地図・大月(地図に山名なし。岩殿山と稚児落しの中間のピーク▼最寄駅 JR中央本線・大月駅▼登山口 山梨県大月市のJR大月駅▼石仏 山頂の西側。地図の赤丸印▼写真は上が今回、下が35年前
【独り言】岩殿山から稚児落しに向う尾根には、二ヶ所の岩場があります。どちらも鎖がついたこのコースのハイライト。居合わせた若い女性グループグは手袋を出して、果敢に挑戦していました。一昔前なら軍手でしたが、登山の初心者と見た女性たちは、登山用のすべらない手袋。山のガイドブックには〝軍手はすべるし、雨に濡れると使い物にならないからダメ〟とでも書いてあるのかもしれません。その西にあるピークが天神山で、山頂の西側に天神の祠があります。
祠に祀られた木彫天神とは35年ぶりの対面です。高さ30センチの菅原道真・天神様です。祠の中とはいえ、扉がこわれているためでしょうか、少し色彩が薄れてやつれてしまったようです。写真は35年前のものと今回のものを並べてみました。大月や都留市周辺の峠には天神が祀られていることが多く、この大月の天神も、かつては南の浅利集落と北の畑倉集落を結ぶ峠道だったところで、昭和15年出版の鉄道省山岳部編の『日本山岳案内Ⅲ』には、これを浅利天神と案内しています。この地方にどうして天神が多いのかは、鎌倉幕府が天神を重んじていて、武田氏も絵図を求めて珍重し、これが武田家臣にもひろがり、武田滅亡後も甲州各地で帰農した家臣により、氏神として天神を祀った。などと推測したものをこのブログの田野入・天神峠で案内しました。