テニスと読書とデッサンと!

月とぼくと釣り人とスズキ。

春の兆しがなんとなく感じられた

一昨日の満月の夜、

ぼくは根岸の岸壁にある舫(もやい)に腰掛けて

ひとりぼんやり海を見ていた。

少し離れたところに初老の釣り人が

タバコを吸いながら糸を垂れている。

遠くに石油コンビナートのネオンが

星々のように煌めいていて、

それが水面に映って揺れている。

今夜は多少肌寒いけど心をリセットするには

最適なスポットだとここに来るたびに思う。

しばらくぼーっと夜の海を眺めていると、

どこからともなくフルートの音色のような

美しく澄んだ声が聞こえてきた。

 

「・・・チキュウセイジンサン」

「えっ?」

ここにはぼくのほかは

釣り人がひとりいるだけ。

その釣り人が話しかけてきた?

まさか!あんな不思議な声を

出すはずがない。空耳だろう。

そう思ってスマホで時間を確かめると

21時38分、そろそろ家に戻ろうと

舫から腰を上げようとしたとき、

また何か聞こえた。

暗闇の中、周囲に目を走らせる。

「そこの地球星人さん」

「地球星人・・ん?」

たしかにそう聞こえる。空耳じゃない!

どこから聞こえてくるのだろう。

「だれ?」

ぼくの声に釣り人が反応して

訝しげにぼくを一瞥した。

「あなたの頭の上をごらんなさい」

言われるままぼくが目を上に向ける。

そこにはまん丸の月が雲間から覗いていた。

「やっとわかった?」

「いや、わかんない」

「・・・じゃあ、何か動いてみて?」

「・・・・・・・・・・」

「やだぁ!手なんか振っちゃって」

「ウソだろ?」

ぼくが思わず鳩が一斉に飛び上がるくらいの

大きな声を出したものだから、

釣り人は狂人を見るような目でぼくを見た。

ぼくは咳払いをして誤魔化そうとしたけど

釣り人の目はぼくに釘付け。

仕方なしにポケットからスマホを取り出して

だれかと話しているふうに装うと、

釣り人は”な〜んだ”というような顔をして

目を釣竿に戻した。

「ウソじゃないわ。今夜は満月なの」

「そうみたいだね。頭の後ろで

雲に隠れていたからわからなかった」

「どう?」

「まぁ、気分は良くなったかな」

「そうじゃないわよ。今夜の私よ」

「なかなか美しいと思うよ」

「それだけ?」

「あのさぁ、まさかとは思うけど

いまオレ、月と話しているの?」

「そうよ。神秘的で嬉しいでしょ?」

「はぁ?確かに神秘的かも知れないけど

自分の頭が自分で信じられなくなりつつある」

「自分を疑ってはダメよ。

いま起こっていることを素直に受け入れて」

「だ、だってさぁ」

またつい興奮して声が大きくなったから

釣り人がぼくを見て舌を鳴らした。

「それに周りを気にしてもダメ!

私のことだけをじっと見つめて」

「わ、わ、わかったよ」

「で、どう?」

「そんなに美しく健気に輝いているのは

ぼくに見られたいから?」

「そうよ!そういう答えを待っていたのよ」

「じゃあ、これでいいね?

ぼく、落ち着きを取り戻して

家に帰らなくちゃならないから」

「ダメ!ダメ!ダメ!まだ帰さないわよ」

「ぼくに何をして欲しいっていうの?」

「私、せっかく地球に向かって

美しく輝いてあげているのに

だーれも見てくれない・・・寂しいのよ」

「そこでボーッとして海を見ていたぼくに

白羽の矢が立ったと。そういうわけ?」

「ちょっと!白羽の矢が立ったって

どういう意味よ!失礼しちゃうわ。

私はただ私と同じ寂しん坊のあなたと

お話ができたらなぁって

声をかけただけじゃない」

「わ、わ、悪かったよ。謝るよ。

たしかにぼくも少し寂しいかも。

きみが寂しくてぼくも寂しい。

ふたり仲良く気の済むまで話をしようか」

「そう来なくちゃ!あなたに声をかけた私は

やっぱり正しかった。そうよね?」

 

「あのさぁオタク、だれかと話してるの?」

とうとう釣り人がぼくに話しかけてきた。

「さっきからスマホ相手に喋っているみたいだけど、

相手の声がしないのに、美しいだの

健気だのって、あんた大丈夫かい?」

「あのぅ、ぼくのことなんか気にしないで

夜釣りに集中して大物の黒鯛かなんか

さっさと釣り上げちゃってください」

頭の上に取り付けられたスポットライトが

ぼくの顔に当たってぼくは顔をしかめ

左の手のひらで光を遮りながら言った。

「そうかい。ならいいんだけど、

あまりにもあんたヤバそうに見えたから」

「お気遣い、ありがとうございます」

 

「お話の途中よ!釣りをしている人なんて

どうでもいいじゃない。

そんなことより、

あなたはどうして寂しいの?」

「子どもたちがまるっきり言うことを

聞かないんだ。なんか潰れそうだなって」

「それでここに来たの?」

「そうだよ。親としてだらしないなってさ」

「・・・いっぱつカマしてやったら?」

「おいおい!きみは月のくせに

言うことがずいぶん過激だね。

手荒な真似をしたって言うことなんか

奴ら聞きゃしないよ」

「なら放っておきなさいよ。

あんまり近くにいるとお互いに

存在がウザったくなるものよ。

これ以上いったらヤバいっていうまでは

好きにさせときなさいよ」

「じつはその線はもう越えちゃってる。

家に帰ってくるなりずっとスマホ。

勉強はしないし会話もない。注意すると逆ギレ。

こんなんで家族って言える?親子って言える?」

「なーんだ、そのくらいのこと。

そんなのぜーんぜんフツーよ、フツー!

私、ここからいつも地球さんを眺めているでしょ?

だからいろんな家庭が丸見え。

子どもなんてそんなものよ。

あなたのウチが特別なんてことない。

それともあなた、自分の子どもを

スタンフォード大学にでも入れたいの?」

「スタン・・・そ、そんなことはないけど、

本人が目指したいっていう目標が

ちゃんとあるんだから、それに向かって

走ったらどうなのって」

「目標を持っているなら大丈夫!

スイッチが入ればちゃんとやるわよ。

その時がきっとくる。信じてあげて」

「ホント?そう思う?」

「思う、思う。私ねぇ、

輝きがロマンチックで美しいって

よく褒められるのよ。

だけどその輝きって太陽さんのおかげなの」

「知ってるよ。地球だって同じだよ。

太陽がなければ地球も月も輝けない」

「そうよね。地球さんも青くて宝石みたいに

美しく宇宙空間に浮かんでいるけど、

それは太陽がいい感じに光を当ててくれているから。

私たち、もっと太陽さんに感謝しなくちゃ

いけないのかも知れないわね。

地球星人さんの中でだれかが輝いて見えるのも

きっとほかのだれかが光を当ててくれて

いるからって考えることもできると思わない?」

「そうなのかも知れない」

「きっと子どもたちもいつか輝き出すわよ。

だれかさんの光を受けてね」

「だれかって、だれ?」

「そんなこと、自分で考えなさい」

「なんかぼく、親友と話しているみたいだ」

「あなたにとって私は親友?」

「そんな気がする。もっときみと話していたいよ」

「まあ、地球星人さんたら!」

 

「なあ、悪いことは言わねぇ。

あんた、帰ったほうがいいよ。

黙って見てらんねぇよ。

これ、いまあんたが美しいとか

ロマンチックとか言ってる時に

釣り上げたスズキ。

これ持って帰れ。な?」

「ぅわ!生きてる!」

「あたりめぇじゃねぇか。いま釣ったんだから。

これ、刺身にしてグッと一杯ひっかけて

今夜はぐっすり寝ちまえ。

そうすりゃ、明日の朝、スカ〜ッと起きられっからよ」

「ありがとう。おじさんまで親友みたい」

「あーん、親友?バッキャロー!

ハッ、ハツ!そんないいもんじゃねえよ」

 

クルマに乗ってエンジンをかける。

助手席に置いたスズキのレジ袋が

元気よくカサカサ動いてる。

ゆっくり動き出したぼくのクルマを

釣り人の頭のスポットライトがしばらく追う。

それがルームミラーからずっと見えていた。

カーブを曲がって357号線に出る。

視界が開けたところでクルマを停め

夜空を見上げてみたけど、

月はどこにも見つけられなかった。


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コメント一覧

boomooren5933
@sakurako62 桜子さん、おはようございます。明日、晴れるといいですね。月と話ができるかも知れません(笑)。コメントをありがとうございます。
Unknown
おはようございます🙇
6月14日はストロベリームーン🍓
が見れるそうですよ☺️
時間は9時前らしいです☺️
素敵な1週間になりますように〰️☺️🌸      sakurako
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