世論っていったい何だろう?
ここのところよく考えることがある。
長い間、マスコミのいうところの「世論調査」を国民は鵜呑みにしてきた。
それは右へならえの国民性を考えれば、世論調査の結果がこうだからこう考えないといけない、みたいな指標にもなっていたのではないかと思う。
そしてネットが発達して、事象の裏が嘘か真か暴かれることが増えた。
マスコミがかたる「世論」とは本当に国民の声なのか?
ネットに暴かれることによってさらに朝日新聞、TBS、テレビ朝日などの偏重報道は加速し、結果的に国民の不信感をあおっているように思う。
情報は与えられるだけの時代からチョイスする時代になってきたのだと思う。
某ひろゆきの「嘘を嘘として見抜けない人は・・・」という名言(?)は2ちゃんに限った話ではなく、マスコミ、報道全般に言える話になっているのだと思う。
馬鹿左翼の用いるレトリックは常に幼稚であったが、先に述べたみんながそう思っているから思わないといけないという国民性を利用して、成立していた。
それが通用しない時代になりつつあるということに多少なりとも気がついた連中は、今度は自分たちにとって邪魔になるもののネガティブキャンペーンを張る。
これの象徴的なものが麻生叩きや自民党ネガティブキャンペーンだろう。
現在の日本の政治の一番の問題は野党第一党が民主党であることだと思う。
自民党のネガティブキャンペーンを張れば、一番得をするのは2番手の民主党であることは誰にでもわかる。
ネガティブキャンペーンで自民党が悪いと言われれば、それまでのノンポリな支持者は、民主とオルタネイティブな選択をする。
自民から共産や社民は飛躍しすぎるが、民主であればより自民に近いと考えるからだ。
これがまったくの間違いで、自民と民主の間には大きなへだたりがある。
この部分をマスコミはまったく伝えない。
民主はそもそも組織が大きいだけで、政党としてのポリシーが一番希薄な党だと思っている。
いや、偏重マスコミや朝鮮人どもに踊らされているという点では強いポリシーをもっているのかも知れないが。
「自民が憎いならいらっしゃい」
これだけで成り立っているのが民主党の正体だ。
ネクスト大臣で内閣ごっこをして、自民党のアラを探すことだけにやっきになっている。
日本がおかれている一番不幸な状況は自民と民主の間に政党が存在しないこと。
自民が圧倒的にいいというつもりはない。ただ、次を任せられる政党が存在しないとも多くの人が考えていることも確か。
そこでマスコミに踊らされてしまう人たちは民主へ流れる。
考える力がないマスコミ鵜呑み世代の連中はそうなってしまう。
理想的には自民の左派、民主の右派あたりが合流して自民、民主と同じ規模の政党ができることではないかとも思う。
話をタイトルに戻して、サイレントマジョリティーだが、マスコミはこれを巧みでかつ非常に幼稚な方法で長年あやつってきた。
みんながそう考えている、他の先進国ではそうなっている、全部ウソだったことがバレ始める。
これは左翼の馬鹿化が進んでいることも原因ではないかと思う。
昔の左翼というのは、みなインテリだった印象がある。それが第二世代、第三世代になるにつれて、刷り込みのみの思想しか持たない馬鹿左翼が増えてきた。
相手を論破する力を持たない馬鹿左翼によって発せられる情報に、さすがの馬鹿国民もなびかなくなってきたということだ。
そして論の力でかなわないと知ると馬鹿左翼どもは相手を「右翼」だの「ネット右翼」だのとレッテルを貼る。
前々からの持論だが「ネット右翼」などという存在は実体として存在しない。
馬鹿左翼に反論した人間が「ネット右翼」とされているだけの話だ。
右傾化が進んでいるわけではない。馬鹿左翼になびかなくなった人間が増えただけだ。
国を誇りに思おう、国を大事にしようという考えが右傾化だということにしたい人たちが多いだけで、これは本来あるべき正常な姿に近づいているだけにすぎない。
日教組のような腐った連中がどれだけ国民を洗脳してきたのか?マスコミがどれだけ情報を操作してきたのか?バレただけにすぎない。
今まで都合がいいように利用されてきたサイレントマジョリティーもネットを利用して声を挙げられるようになってきた。
それが麻生首相著書『とてつもない日本』の購入祭りや「反日マスコミの真実」の購入祭りだ。
方法は幼稚だが、自分たちは自分たちで選択をしていると声をあげるとても有効な手段だと思う。
規模が大きくなれば大きくなるほど、マスコミは単なるネットでの一部の意見として扱えなくなる。
ネットは誰でも使えるものだし、マスコミのかたる世論とネットがかたる世論に乖離していることが浮き彫りになっていく。
今後のマスコミVS真の世論の戦いに注目だ。