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ハバロフスクからロシア本土の果てワニノ港から・・フェリーでサハリンにわたる


ハバロフスクを暗いうちに出発
8月30日日曜 はれ はれ
ハバロフスクからワニノへ・・まだハバロフスクはうす暗い中ワニノに向かって走る。タクシーに「サハリン、サハリン」
「ワニノワニノ」と聞くそっちだと親切に教えてくれる。
よし本線に乗ったようだ。森林地帯に入っていく。車は少ない。川にも、沼みたいな場所でも釣り人が並んで釣りしている。
日曜だからみなさん出かけているようだ。うきうきした笑顔も見える。



一回目のペトロールスタンドで満タンに入れる。未知の道路はどこでも気にしながら走るが特にシベリア・サハリンへの道は
特別のものを感じる。

ロシア最後のペトロールスタンド、これから330キロスタンなし・・ペットポトルなどに分けて16リッターの予備を積んだ。
最後のペトロールスタンドに着いた。途中に一軒ペトロール、スタンドはあるのでは思っていたがここから330キロ、給油
できないとスタンドの人の話。
予備のペットポトルを頼んで用意してもらった。100m程進んだところに分かれ道。右の方がワニノ方面なのだ。


ワニノへの分かれ道
地元の人が3,4人雑談している、このメンバーも釣りに行くと笑いながら話してくれる。「ガタガタ」道なのか聞いてみ
るとナイス道路だ、3,4時間で着くと話す。彼たちはおそらく四輪駆動を飛ばしていくときの話だろう。


いよいよシベリアのラストランに道になる。こわごわ道路状態を確かめながら慎重に走り始める。これぐらいの道だったら
普通のスピードでいいかもしれないな。
きれいな川に沿って道ができている。素晴らしい新しい道も出てきたと思ったら工事中の道になった。おおージャリ道、
これは、これはすごい道になった。
立身の運転に切り替える。悪路の場合わたしはこの立身運転にしている。土煙を上げて前方から走ってくる車、トラック。
気合を入れなおす・・。息を持つかせぬジャリ道は続く。新しいジャリなのでセカンドギア、ローギアで走る、汗びっしょ
りの走りになる。
小さい川の橋への迂回の道がいく度とも繰り返し出てくる。止まるとひっくり返りそうなジャリの悪路。これで終わりか・・
終わってくれ。同じような迂回道が続く・・。



また出てきた・・ジャリミチこんどはまだいい・・ジャリは少ない・・悪路の道が終わった。
メーターを見ると43キロがジャリ道・・新しい道路の工事中でコンクリート製のでっかい橋げたなども造っているのを
途中見てきた。工事が終わるまで3,4年ぐらいはかかりそうな気がする。
もうすぐワニノの町に着くはず。ペトロールを道路わきに停めて予備タンクからペットボトル5本16リッター程すべて給
油した。ワニノ市内に近づくにしたがって穴ぼこの多い道になってきた。

予備のペトロールをここで入れる
ついにワニノの町に着いた。コピーしてきた地図を見せ二度ほど聞きながらホテルに着くことができた。
日本から軽自動車で来ている、これから旅に出る石澤さん夫婦と、ここで待ち合わせになっている。フロントで聞くと石澤さん
夫婦ができた。



この軽自動車でこれから長い旅に向かう石澤さん夫婦・・泊まっているワニノのホテル
「しばらくでした」このあと夕方からわたしの部屋で話すことにした。軽自動車で走る石澤さん夫婦はこれからシベリア横断。
中央アジアをぬけてヨーロッパに向かうとか遠大なる旅である。
売り場の確認を日本人と駅まで行ったり・・した。上司の人から指示された駅員さんに連れられてフェリーチケット売り場
まで行った。
フェリーチケット売り場、乗船手続きにトラック運転手さんたちが入れ替わり立ち代わり出入りしている。わたしも紙に書い
て説明するが、ちんぷんかんぷんでどうも通じない。あとからくるようにとの話になった。
仕方なくホテルに戻る。ホテルのスタッフは誰かが3時ごろ迎えに来るから待っているようにとの話しだ。どうなってい
るのだろう。フェリーのスタッフが迎えに来ることがようやくわかった。
丸っこい男の人がわたしを迎えに来てくれた・・車の後ろについて走る。午前中手続きに来た事務所に男の人が入ってゆ
く、わたしはビールはフェリー船ににあるのかと聞いたら・・ないとのこと。
では、マーケットに行ってすぐ戻るからとUターンしてビールを買いに走る。フェリー乗り場のチェックの門をくぐりフ
ェリー船の事務所へ、いくつも線路を渡るとき滑らないように慎重にわたる。
二階の事務所に上がって手続き・・すませる。たしかカードで支払ったように思う、料金は忘れてしまった。これからサ
ハリンにわたるトラックの運転手さんやマイカーの家族づれなど待合室に集まっている。
フェリーに乗り込むのに、わたしの後ろについてこいと親切なドライバーに感謝、ありがたい。フェリー乗り場に移動・・
線路がフェリー船まで続いている。転ばないようにこわごわしながら線路を横切りフェリーに乗せることができた。
船室に上がり気持ちもほっとした。おばさんが毛布をわたして船室に案内してくれる。だいぶ古い船室・・だなー。
船内でビールを飲んでベッドの入る・・明け方いよいよサハリンに着く・・乗船している人たちは全部で50人ぐらいだ
ろうか。
きょうフェリー会社のスタッフがホテルまで迎えに来てもらったことなど考えてみたらハバロフスクでホテルの女性が予
約してくれた時に・・・細かくフェリー会社に連絡してくれていたのだと思う。見えない親切に感謝したい、ありがとう。



ロシア本土・ワニノ港からサハリンに向かう
サハリンに到着
9月Ⅰ日火曜 はれ
「サハリン」と言葉はづーっと昔から聞いていたなつかしい響きの名前だ。なんか特別に思えるサハリン。アーついにサハリン
にきてしまった・・・・と言ったほうがいいかもしれない不思議な自分の気持ちに。
そのあこがれていたサハリンについて特別な強い思いがする。ついた港から日本、稚内に向かう最後の港コルサコフまで
約130キロ走る。コルサコフ方面に行くと話していたマイカーの人について走る・・・。
あれっ南に向かうと思っていたら北の方に走って行く。そうなのか・・10キロほど走って右に曲がって走って行く・・
これは本線のようだ。
マイカーの人は結構飛ばして走る・・ちょっとついていけないなー。いいやマイペースで走ろう。途中で待っててくれて
いたが、そのあともわたしの走りが遅いのでいつの間にか見えなくなってしまった。
ちょっとした町に来た・・まっすぐ行くとユジノサハリンスクへ行く・・コルサコフはここから右に曲がれとペトロール
スタンドの人が教えてくれる。ありがとう。
何となく日本の匂いのする親しみのある景色が出てきた。これまでごとごとすることなく道路はいい。コルサコフの町に
入ったようだ。大きな町かと思っていたちょっと寂しさを感じる街に感じられる。
オートバイを止めてマイカーの人にホテルを聞く・・しばらく4人で話合いホテルまで案内してくれた・・ありがとうご
ざいました。
フロントは女性一人、料金について長く泊まるから「負けて」と話した。電話でオーナーらしき人に聴いて5000円を
3000円に負けてもらった。うれしい。
夕方オーナーが帰ってきた穏やかな顔・・わたしと同じような年ぐらいか・・話しぶりから親日のような温かさを感じる。



まもなくサハリンに・・

長年の念願だったサハリンを走る




サハリン、コルサコフ・・
9月2日水曜
よく頑張ってここまで走ってくれたオートバイを洗車した。物言わぬオートバイだけれど何となく気持ちよさそうだ。い
ま37万キロを過ぎている。ホテルの近くを散策してマーケットで食料の買い出し。
9月3日木曜
泊まっているアルファ・ホテルの玄関には日本人が住んでいた頃の石の遺跡が残されている。寄贈された人たちの名前が
刻まれて当時をしのばれる身近なものを感じる。
また近くの路上でのバザールで農産物など売っている店には日本人の人たちと何人かあったことはある。わたしと同じぐ
らいかちょっと上ぐらいの人たちに見えた。
9月4日金曜
ホテル前の広い公園広場周辺を散策・・全体としては町を見渡しても新しいビルは見かけない。





コルサコフ市内・・
9月5日土曜
地元のオートバイ仲間が・・ホテルにやってきた・・・外に出してあった、わたしのオートバイを見てやってきたと
思われる。
「話をしたい」・・いいですよ、OKOKと返事した。大型オートバイばかり5,6人やってきた。再び夕方仲間とい
っしょにホテルのレストランで逢うことにした。
言葉は通じないがなかなか楽しい時間をすごせた。オートバイ仲間はどこの国にいってもすぐに仲良くなれる、不思議
なことだ。



地元のライダーが集まってきてくれた。


泊まっていたホテル・・玄関前には日本人が使っていた石碑などそのままの残っていた
9月6日日曜
街の中心と思われるところまで歩いてみた・・・大きな交差点のところまで来てから引き返す。



コルサコフのフェリーの責任者と・・親しみやすい人柄だ・・
9月7日月曜
あした出港する船の事務所に行き、フェリー乗り場、チケット売り場を確かめるフェリー船オフィスのオーナーは日本
と稚内航路が今年2015年9月18日でおしまいになる。
しかし新たに来年は稚内の方で航路を検討しているようだと話してくれる。親切なオーナーと記念写真を撮って別れる。
ありがとうございました。




ロシアコルサコフ港から稚内港に向かう
9月8日火曜
ロシア・サハリン・コルサコフ港・・出港。8時までに事務所に来るようにきのう言われていた。出国手続きを終わら
せてサハリン、ツーリングを終えた日本人青年二人と一緒にフェリーに乗り込む。
わたしにとっては独特の響きのある「サハリン」とお別れだ。13時30分日本の稚内港についた。入国手続きを終え
て今度はオートバイの受け取りだ、埠頭に回って係官が来るのを待つ。
出迎えにわざわざ千葉から古川昭夫ライダーが出迎えに来てくれていた・・ありがとうございます。乗客の全員入国手
続きを終わらせて埠頭に回ってきた入国係官、オートバイ青年2人はスムーズに終わった。
わたしの場合「カルネ」をリトアニアで盗まれたので、手続きがきょうは出来ないと話す。あした再び埠頭に来ること
になった。



稚内港に到着
9月9日水曜
9時に稚内埠頭に来た。入国係官は、まだ来てない。海運業者に催促してもらう。今こちらに向かっていると・・倉庫
の人たちもいい感じを持っていない話ぶりだ・・待ちに待った係官が来た。平然とした顔だ。
早く手続き終わらせたい・・「早くしてくれ」そこまで来ているがじっと我慢。係官が来る前にカルネのコピーを東京
のJAFから取り寄せていた。
通運業者のおかげでどうにか難癖をつかられなくて手続きを終わらせることができた。12時を回っている。稚内駅に
待ってもらっていた古川さんのところまで戻る。
これからは北海道にもくわしい古川さんの後について走ることになる。
陸の真ん中あたりを走っていく。着いたところは音威子府の村だ。無人駅「咲来」(さっくる)駅のそばに建っている
昔の駅舎と思われる「ライダーハウス咲来」に到着。

出迎えのため、わざわざ稚内まで来てもらった古川昭夫さん、稚内の居酒屋さんでカンパーイ。ありがとうございました。
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