笑われて・笑わせて・道に迷い・親切に泣いた・地球9周・130ヵ国・39万キロ・オートバイひとり旅17年。

2000年10月~2017年10月56才~74才まで17年間130ヵ国・39万キロ・国境213カ所・赤道直下4ヶ所

オートバイひとり旅17年・終わりました。ワッツ・富士山キャンプでした。

2018年06月05日 | オートバイひとり旅・130カ国・39万キロ
5月は一回も更新なし・・一カ月更新してなったのでしょうかね・・
申し訳ないです・・いや」あすみません。


6月2日3日キャンプ。ワールドツーリング、ネットワークジャパン(WTN-JP)主催
終わりました。









6月2、3日富士山、西湖 津原キャンプ場
主催 「ワッツ(wtn-jp) 春キャンプ」終わりましたよ。
参加されたみなさんご苦労さまでした。

今回も神戸、大阪、岐阜、福井、など遠い
ところからの参加もありました。

全部で46人、夜遅く来た人や次の朝来た人いたので
50人を超えたかもです。

① 常連の顔に、新しい顔ふえましたね…
②外国の人参加多かったのにはびっくりでした
③オートバイ乗りの他 本格的登山家、プロカメラマン
の参加もあり、これから面白くなりそうですよ。

佐藤義昭(元大勝モータース、オーナー)さんは
キャンピングカーで誰よりもはやく来て豚汁など大量
の煮込み造り

全員に無料で振る舞って……最高の味でしたね。
佐藤さんと仲間に感謝です、ごちそうさまでした。

外国の人たちに呼びかけてくれたクリスさん、
本格的な登山家、カメラマンさんに声かけてくれた
山崎フミさん
これからもよろしくお願いします。
ありがとうございました。

明け方4時近くまで談笑していた仲間たちもいた
ようです。タフな人たちでもあります。

実に楽しいキャンプでした。
秋のキャンプもありますのできてください。

ワッツのスタッフの皆さんご苦労さまでした。





















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オートバイひとり旅・弥生時代に行ってきた・・・

2018年04月29日 | オートバイひとり旅・130カ国・39万キロ
弥生時代に行ってきた・・









韓国女性ライダー、ON siLL ワンシルさんを見送ったあと
佐賀・吉野ヶ里遺跡に寄ってきた。(2018・4・23)

専門のガイドの人たちがいっぱいいらして、弥生時代の詳しい話を
聴くことができ,たのしかったです・・・。

聴くほどに驚くばかり、わたしは歴史にうとくて悲しいばかりです。

日本列島は大陸と陸続きの時代・・日本海ができる前のことですから
常識をはるかに越える話しで、興味深かったです。

アフリカ大陸が南米から離れる時期・・インド大陸がアフリカから
チベットにぶつかる,その時代は、その前のなのでしょうか。

インドがぶつかってその影響でせりあがってできたのがエベレストだと
聞いたことがあります。

定かではありませんが、エベレスト、ベースキャンプの近くには
せりあがった時に傷ついたと思われる大きな痕跡を見ました。
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オートバイひとり旅・韓国女性ライダー親睦会・嬉野温泉

2018年04月29日 | オートバイひとり旅・130カ国・39万キロ




フェリーで下関港についたあと韓国女性ライダーON siLL ワンシルさん九州一周して嬉野に走ってきた。

急きょ地元の女性ライダーに集まってもらい歓迎、親睦会を嬉野で開いた。

ワンシルさんは22日帰国のため下関に向かって走り出した。
気を付けて走ってください。

急きょにもかかわらず集まっていただいた女性ライダーののみなさん
ありがとうございました。

親睦会に先立ってTV九州の松本さんには嬉野温泉「嬉野茶時」
の催時、会場を案内してもらいました。

忙しいのにありがとうございました。

また中学校の同級生山口和良さんに出席していただきました。
こちらも感謝です、ありがとうございました。








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オートバイひとり旅・17年・地球9周・・韓国・中東・チェコライダー静岡・掛川で親睦会

2018年04月09日 | オートバイひとり旅・130カ国・39万キロ


オートバイを実家、九州・佐賀嬉野で受け取り東京まで戻る・・

今回は静岡・掛川で韓国ライダー二人たちと会うことになった。

実はわたしのブログを見て韓国から会いに来てくれたのである。

4月5日静岡・掛川のホテルに向かった。

呼びかけてくれたのはモンゴルにいた大島さん・・と韓国の人が

会ったときに約束していたらしい。

当日は韓国ソンキ・りさんと二人・・それに東欧のチェコのライダー

日本から9人・・全部で12人での懇親会になった。

夜12時まで実にたのしいひと時であった。

大島さん(左)は静岡出身、右隣は高木さん









途中広島・福山によってキューバ―にくわしい池永さんに話を聞いてきた。





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オートバイひとり旅・17年・地球9周・・・九州ふるさと嬉野温泉へ・・

2018年04月09日 | オートバイひとり旅・130カ国・39万キロ
去年2017年12月わたしのふるさと。佐賀嬉野吉田での講演会。

生まれ育った吉田・小学校・中学校「子ども夢会議」地元の人たちが

設定して開催。

子どもたちと父兄会、地元の人たち全部で250人ぐらい来てもらった。

こんなうれしいことはない。

帰ろうとしたら雪がちらついて寒い・・実家にオートバイを預けて

自宅に帰った。

今回は暖かくなったのでオートバイを取りに来た。











中学同級生山口さんの家に泊まらせてもらい・・地元吉田・100年さくら・小学校修学旅行以来

佐世保・西海橋など連れてもらった。なつかしかった。
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オートバイひとり旅17年・地球9周・39万キロ・130ヵ国・・ベトナムツーリング

2018年03月13日 | オートバイひとり旅・130カ国・39万キロ
2018年2月26日から3月10日までベトナムツーリング。

ベトナム、ハノイから・・小倉さんのコーヒ店がある所 山奥ルンク村まで460キロ

ベトナム在住 20年の小倉 靖さんと。ハジャンのこの民宿も小倉さんの知り合い





ハジャンの民宿についたツーリングメンバー.左からバイクの松尾、小倉さん、國本さん、さなえさん、坪井さん


レンタルバイクを借りてこれから出発  一日1000円×5日










小倉さんのコーヒ店入り口・・ゼロ0標識



左が中国、との国境・・出入りはできたが、不法入国になるので充分に注意するようにと小倉さんのアドバイス。



最北端のモニューメント

谷の向こう側は中国



2018年2月26日から3月10日までベトナムツーリング。

案内は小倉 靖さん・・・ベトナム滞在20年

「こんなところに日本人」日本のテレビでも取り上

げられた人。

ベトナムではどこに行っても「オグラ、オグラ」と慕われている。


オートバイ仲間、キャップ國本(大阪)、坪井(東京)、さなえさん(茨城)

バイクの松尾(さいたま)、4人で走ってきた。

ベトナム、ハノイ集合、はジャンまで寝台バス・・寝ていながら到着、これは楽ちん。



ハジャからレンタルバイク一日1000円・・山奥のルンク・・

ハノイからルンクまで約460キロ。


本線はほぼ舗装されているがわき道に入るとダートばかり

ルンクには日本のテレビで紹介された小倉さんのコーヒー店がある。

どこに行ってもヨーロッパの人たちが人がわんさか来ている。

ベトナムの人は堅実差を感じる、陽気でやさしい。



横暴なアメリカを世界で唯一アメリカを力ずくやっつけた

ベトナム国をわたしは頼もしく尊敬している。

ツーリングはわたし以外勤め人なので6日で終わりになった。







ヨーロッパ人が多い・・日本人ごくわずか、途中このアイルランド人とは4回もあった、最後はいっしょに飲み会




小倉さんの案内で本線からわき道に入る・・狭いジャリ道





かわいい地元の子供に飴を上げる


小倉コーヒ店の地元のスタッフ・・小倉さんは地元の人が自立するために貢献している。


モン族の人たち・・ベトナムには54の民族がいる。ひとつの民族が欠けてもだめだとホーチミンの教え


安くてうまい






途中の街ドンバンで日曜市場



最北端ルンクの村




バスで・・





小倉さんのコーヒ店



右に座ってるのは小倉さん



村長さん宅でごちそうになった・・ここも小倉さんお知り合い・・どこに行っても「オグラ、オグラ」と慕われている






地元の人たちと、アイルランドの人たち



ハジャンの民宿













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オートバイひとり旅17年・地球9周・130ヵ国・39万キロ・陸路213カ所・赤道直下4ヶ所・北の果て、南の果て走破

2018年02月20日 | オートバイひとり旅・130カ国・39万キロ

千葉県文化会館での講演会・・・1100人の出席と主催者の話し。びっくりするほど会場いっぱいでした




これまでで最高の入場者でした








2018年2月12日(振替休日)千葉県文化会館大ホール 主催:千葉県生涯大学校卒業生学習会

一年前に講演依頼を受けていた。この時は121ヵ国・38万キロだった・・。




「笑われて・笑わせて・道に迷い・親切に泣いた・オートバイひとり旅」
 
「地球9周・130ヵ国・39万キロ・陸路国境213カ所・赤道直下4ヶ所」

なんとも長い長いタイトル・・。


会場はすでにいっぱい1100人の入場者

一部はオーケストラ演奏・・生演奏は迫力があった。



続いてバイクの松尾の講演会に入りました。


ダジャレに・・ドっと・・・わっと・・笑い声・・

気持ちよく17年間の旅の話しを1時間半させてもらいました。

長い時間ありがとうございました。






最後に、「国境なき医師団」のカンパ・・わたしが出演した

NHKラジオ深夜便「明日への言葉」CD版を買っていただきご協力

をお願いした。


CD80部持って来たがあっと言う間になくなった。

10881円のカンパでした。ありがとうございました。 


これまでは650人が最高だったが今回は1100人と

最高の入場者だった。




主催者していただいたスタッフの方々


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オートバイひとり旅17年・地球9周・130ヵ国・39万キロ・陸路213カ所・赤道直下4ヶ所・北の果て2カ所・南の果て2ヶ所

2018年02月08日 | オートバイひとり旅・130カ国・39万キロ

地球9周/39万キロ(393397㎞)・130ヵ国(オートバイで走った国117ヵ国) 陸路国境213カ所
赤道直下4ヶ所・北の果て2カ所・南の果て2カ所・

エベレストベースキャンプ5200m(自分で走った中では一番高いところ)
死海・マイナス410m(一番低いところ)




飯田橋駅のそば 江戸時代の石垣とセントラプラザの会場

会場はいっぱいになっています





2月7日水曜 東京飯田橋 セントラルプラザビル 10F
主催 シニア大樂

「笑われて・笑わせて・道の迷い・親切に泣いた・・オートバイの旅17年}
のお話をさせていただきました。聞いてくれる人たちがいるのはうれしいです。

参加されたシニアの人たちばかり100人ぐらいだったでしょうか

わたしのほかにも3人のお方のお話しも・・
「ウォーキングで健康」「西郷どん」TVのプロジューサー
最後に落語が組まれていました。

他の人たちのお話はとても参考になる内容で面白かったです。





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オートバイひとり旅17年・地球9周・130ヵ国・39万キロ・陸路213カ所・赤道直下4ヶ所・北の果て2カ所・南の果て2ヶ所

2018年02月02日 | オートバイひとり旅・130カ国・39万キロ
地球9周
39万キロ(393397㎞)
130ヵ国(オートバイで走った国117ヵ国)
陸路国境213カ所
赤道直下4ヶ所
北の果て2カ所
耳の果て2カ所
エベレストベースキャンプ5200m
(自分で走った中では一番高いところ)
死海・マイナス410m
(一番低いところ)


57才から走り始めて、いつの間にか74才になってしまった。

2000年10月から2017年17年間地球を走ってきた。

昨年最後の大陸・・東南アジア、ブータンで130あ国の訪問になった。

訪問国は130ヵ国ですがオートバイで走った国は117ヵ国。

これまで、ほぼ全世界を走ってきたので海外に自分のオートバイを

持ち出しての旅は区切りをつけるためいったんやめにしました。





1月28日「あきらめない なげださない 地球の旅人」(地獄の旅人)


ろう者も健常者もいっしょの新年会でした。


ベトナム在住から、大阪から、茨城からそれぞれ参加していただきました。


5時から12時までかろうじて終電車に間に合った人もいたようです。


手話通訳の田口さん、上村さんありがとうございました。


写真撮るのを忘れたりして全員の写真載せることができずすみません。


誰にでもわかるように自己紹介用にネームプレートをつくりました。


去年2017年シベリア横断~ヨーロッパまで走った佐藤 浩さん


今年シベリア横断~ヨーロッパ~南米までを走る計画している古川昭夫さん


会費3000円で新宿さくら水産甲州街道店・・松尾さんはさくら水産ばかりだと・・いわれてます・・


バックパーカーのろう者の黒川さん・・去年は南米の旅



興味ある真剣な顔・・


ろう者の袴田耕平さん・・若いときはバックパーカー。退職した60才してからシベリア横断~中央アジア~中東~アフリカ・エジプト
からケープタウン~チャド~西アフリカ~ヨーロッパ~東南アジアを走破

言葉などしゃべれなくても一人で世界を走行中


今年シベリア横断~ヨーロッパを走る計画している望月康司さん


中澤 徹さん・・幼いころ小児麻痺になり肢体不自由・・普段は杖ついての生活、しかしオートバイにまたがると別人に・・
一人でオーストラリア、東南アジアなど走り回っている。


お互いに見知らぬ同士の新年会・・うちとけて・・たのしくおもしろく・・



東伊一郎さん、69歳でオートバイの中型免許を取って・・シベリア横断~北欧など走ってきた。


塩田忠市さん75才 リヤカー引っ張って日本海岸線を15年間かけて、近道しない、ごまかさないで歩きとおした本物の冒険者。
最近は北海道から九州佐多岬まで背骨を歩いてきた。現代の伊能忠敬・・。


ベトナム在住の 小倉 靖(おぐらやすし)さん。ベトナムと中国国境でコーヒ店を営んでいる。
テレビで「世界 こんなところに日本人」で紹介されている。


大阪から國本俊治(くにもと)さん。小倉さんを紹介したのも國本さん。ベトナムでの仕事の合間にツーリングをしている。
最近は東南アジアもツーリング


高橋洋子さん、通称マケドニアさん。バックパーカー。ヨーロッパ、東欧には強い。最近はモンゴルの馬に魅せられている。 
東欧マケドニアで出会ったので・・日本では「マケドニア」さんと呼んでいる。


バイクの松尾さん・・


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オートバイひとり旅17年・地球9周・130国、39万キロ、陸路国境213カ所・赤道直下4ヶ所・北の果て2カ所・南の果て2カ所走ってきた

2018年02月01日 | オートバイひとり旅・130カ国・39万キロ

地球最後の大陸東南アジア、4月から10月まで旅に出て
2017年10月ブータンから帰国した。

海外にオートバイを持ち出しての旅は区切りをつけるために
とりあえずやめることにした。



2018年1月20日講演会と新年会に行ってきた。

大阪音太(ねた)小屋には四国、東京、近くの関西の人たちが
集まってなごやかな講演会&新年会になった。

ここは寝泊まりできる会場になっているので、朝方4時まで
呑み明かしていた猛者の人たちもいたようだ。

実に楽しい新年会だった。











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オートバイひとり旅・ふるさと嬉野吉田「子ども夢会議」講演会

2017年12月16日 | オートバイひとり旅・130カ国・39万キロ

























オートバイひとり旅、130か国、39万キロ走ってきました。

2000年10月から2017年10月まで17年かかってほぼ全世界走り終えました。

56才から走り始めて気づいてみると今74才になっていました。


嬉野市吉田小学校、中学校「子ども夢会議」でオートバイの旅を話すことになりました。


わたしの生まれ育った、吉田地区子コミュニティ協議会の主催でした。


当日は小学校、中学校、父兄会や地元の人たち、わたしの同級生も応援に来てくれました


遠くは広島からもわざわざきてくれました。総勢200人以上になりました。


「子ども夢会議」わたしは夢を与えるような話はできませんが、世界をこれまで走ってきた


ことの話しの中から自分なりに何かをつかんでいただけると嬉しいです・・とあいさつして


講演会に入りました。


浦和からオートバイで嬉野に向かって走りイヤー寒かった・・


吉田地区コミュニティ協議会のみなさんお世話になりました。


当日と次の日も九州TVの取材でした。

ブータン王国に非常に似ているのふるさと嬉野吉田をバックに取材していただきました。






















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オートバイひとり旅・世界走行中・東南アジアの旅終わりました

2017年10月16日 | オートバイひとり旅121ヵ国37万キロ
2017年10月4日から10月15日まで

東南アジアの旅・最後ブータンの国でとりあえずお終いにしました。















10月4日 水曜

ブータンの旅についてネパールの旅行会社をまわって見た。

一軒目18万円…二軒目15万円…三軒目13万円が出てきた。


おおよし、これならなんとか行けそうだな。三泊四日…

飛行機往復運賃、ブータンビザ代、ホテル代、食事代三食

送り迎えと観光地の車での移動代、すべて込み込み…


いまを逃したら行けないかもしれない…思い切ってブータンに

行くことにした。


前回お世話になったネパールの人たちが14年ぶりなのだが

覚えてくれていたのだろうパーッと集まってくれて

うれしかった。



夜は通訳のカジさん宅でごちそうになった。

カジさん宅は14年前工事中だったが今5階建てだけのビルになっていた。




















10月5日 木曜

オートバイ屋を開いて忙しそうな前回もお世話になった

キリンさん宅でご馳走になる。

お店には前回オートバイで来た時の写真を3mぐらいに

大きく伸ばしてお店に飾ってくれていた。


この日も前回ツーリングに行った仲間がわざわざ夫婦で

4キロも歩いて会いに来てくれた。ありがとうございます。



当時5,6歳だった子供さんは20歳を過ぎていた・・





10月6日 金曜

タメール地区中心にある旅行会社13時にブータンビザ、

飛行機のチケットが出来上がる。




10月7日 土曜 はれ

ブータン行きカトマンズ空港15:15分発エベレストらしき

白峰も遠くにでてきた。

1時間でブータンに着いた。


空港では車で出迎えに来てくれている

通訳のタワさんと運転手のジミさん


車で1時間半以上かかった街につく。

ビール「1100」がうまい。


















10月8日 日曜 くもり 一時雨 くもり

ホテルを9時に出る、テンプル、テンプルときのうから

通訳ガイドは話していた。


12時前に昼飯…テンプル・パロ市内を観光…14時過ぎに

ホテルに戻る。


ホテルでネットの設定…ドライバーのジミさん、通訳のタワさん

二人に写真の取込みを手伝ってもらった。




二人にはわたしなど足元にも及ばない…ネットには詳しいようだ。

おかげさまで写真お取込みはできた。




18時から晩飯…ブータンには4種類のビールがあるらしい。

11000…(ワンワンタウゼントとガイドは話していた)はうまかった。

レッドパンダは好きでない味だ。




あしたは岩山にあるタクツァン寺…トレッキング往復、ガイドは

9時間ぐらいかかると話してた。




10月9日 月曜

夕べは日本を出て半年間本格的に歩いていないので、岩山登りに

不安を持ちながら床についた。きつかったら途中まででもよし…。




以後の通訳ガイドのタワさんとドライバー、ジミさん、9時に車でホテルに

迎えに来た。


岩山にあるタクツァン寺まで9時間かかると言っておきながら

9時に出発では戻ってくるのに暗くなるんじゃないの…


ホテルに日本人女性が泊まっていて、「タクツァン寺まで登って

来た、わたしは途中までだったが友達は4時間ぐらいだった」

と話してくれた…




そこから想像すると9時間はかからないなぁ。




タクツァン寺のあるふもとまで30分。登りはじめたのが9時半

沢山の観光客は登りはじめている。馬に乗って登る人もいる。




坂道に入った、木の根の張った道の狭い道が続く、頂上まで行った

馬が一頭、二頭…時には5・6頭まとまっておりて来た。




その都度通り過ぎるのを止まって待つ。インド人の太った女性は

馬に乗って登り出した…途中で馬が動かない。




おそらく重く感じて止まってしまったのだろう。やむなくおばさん

馬からおりて歩き出した。




ふもとは標高2300m頂上は3100mとガイドは話す。

「スロースロー」「ユックリ ユックリ」「ヤスベェージョゲン

ヤスベェジョゲン」英語、日本語、ブータン語でガイドと合唱し

ながら登って行く。




1時間で休憩地点に着いた。岩山にへばり着くようにお寺が

建てられている。観光客でごった返している。




トイレに駆け込んだあと紅茶で一服。さー頂上までなんとか

登れそうだ…11時になっている。




最後の最後一旦足がすくむ急峻な階段を降りて、滝の水がしぶき

を上げている。今度はお寺まで登り返す…タクツァン寺に着いた。




腹の調子が悪いのか、トイレに駆け込んだ。イヤー、これから

ひきかえして…歩けるのか。横になりたいほどぐったり。

きつかったー。13時になっている。




フーフの体で靴を脱いでお寺の中に入る。よくぞこんな岩山に

建てたものだ。1695年建てたとガイドの話。そんなには古く

ないなぁ。




お寺から出る時に女性たちはミルクティーをヤカンで振る舞って

くれている。あーっこれはいい、元気が出そうだ。お代わりして

頂いた。




疲れていた体がさっきよりなんとなく元気になった。よしこれで

戻れそうだ。列をなして登る人も帰る人は階段に連なっている。




中間の休憩所で紅茶でひと休み、「昼飯はいい」とことわった。

登るときはアルゼンチン、ウルグアイの南米の人たちと写真を撮る。

下るとき、ポルトガル、香港の女性、ブータンガイドさんで写真

撮った。




ふもとに降りたのが3時になっていた。久しぶりの登山に不安

もあったが、思った以上に歩くことができてよかった。




ドライバーが待っていてくれた、ガイドのタワさん、ドライバー

三人で記念写真。




夕食は6時からだとホテルのスタッフ。お湯を張れるお風呂に

ゆっくりつかった。気持ちがいい。思ったより足の疲れも今の所

出てない。





10月10日 火曜

ホテル6時出発…8:30発ネパールに戻る日だ。

4日間お世話してもらった通訳ガイド、タワさん、ドライバー

ジミさんにお礼にお金を渡した。




雨のブータンから上空に上ってみると晴れて来た…

来る時は午後だったが、今朝はハッキリとヒマラヤ山脈が見

て取れる。




7000mから8000m級の山が連なっている。確認することは


できないがエベレストもこの中にあるはずだ。



あーこんな雄大なヒマラヤ山脈をみれて、最高の気分だ。

ネパールホテル「Great wall」に10時に着いた。




ネパール旅行会社からお金を預かってブータン旅行会社に

渡したことを証明のサインしたもらった封筒をネパール

旅行社に届ける。




ホテルにそばにある刺繍屋さんにTシャツ 「JAPAN MATSUO」

「バイクの松尾」と刺繍してもらった。




以前毎日通っていた食堂に行ってみた。当時のおばさん達はいなかった。


お店は他の人にゆずったと離す、ネパールで事業している常連と

思われる日本人の人の話しだった。




粟(あわ)の実のお酒…ビア樽の小さい木の器に粟を入れて…お湯を

つぎ込んで、しばらく置いてからストローで呑む。




久しぶりになつかしい粟のお酒を味わった。




10月11日 水曜

きょうは日本へ帰る日、ネパール空港発夜11時30分と遅い。

ホテルにお金を足して…夕方まで部屋にいてもよいとの

承諾をオーナーにしてもらってた。




クアラルンプールで乗り換え、朝6時過ぎに着いて、ここ

でも夜中11時30分発なのだ。




この17時間余りの時間をどう、つぶして過ごすのか…

空港のロビーで横になって休める場所があればいいがなぁ。




お世話になったカジさんの弟アソコさんの鉄骨屋に「今日

帰るから」とあいさつに行った。




兄さんのカジさんはインドに通訳で出かけているのは、前から

聞いていた。



カジさん、オートバイ屋のキリンさん達にもよろしく伝えてほしい

と頼む。




アソコさんは「車で空港」まで送ってくれると話す。ありがたい

5時にホテルを出発。




小さいカトマンズ空港、ネパールから海外に出稼ぎに行く人たちで

ごったがえしている。




早めに空港にきたのはいちばん後ろの座席を取るためなのだ。

運がよければ三人分の座席で横になって朝方まで眠れる。




受付が始まった…「飛行機」を絵描いて「いちばん後ろ」に印をつけ

窓側のシートの予約を頼んだ。どこの空港でも同じ手法でシート

を予約している。



係官はわざわざ「こっちに来い」コンピュータの座席画面を見せ

ながら、ここで「いいか」親切にコンピュータの画面を見せながら、

シートを指定してくれた。ありがとう。




搭乗待ち合わせ室から直接歩いて飛行機に乗る。あいにく座席は

満杯で横になれるもくろみは外れた。




10月12日 木曜

ネパールを日付を越えて出発した。横になれる空席はない。

夜中1時を越えて機内食がでてきた。6時にクアラルンプール

空港到着。




空港内に横になれる椅子は結構あった…今夜も11時30分発

の深夜便。17時間の長い時間、安いホテルがあればそこで休もう。


ホテルは空港内にあった…なんと2万円の高級ホテル。




ホテルのスタッフが送り迎えしてくれる近くのホテルを紹介

してくれた。5500円わたしにすれば高いホテルだ。でもゆっくり

できるし、ネットもできる・・思い切って休むことにした。




夕方19時にホテルを出てクアラルンプール空港内で食事することに

した。23:30分いよいよ日本に帰る飛行機に乗る。いつものように

いちばん最後に飛行機に乗り込む。




一番後ろの座席のため、早く行っても機内でまたされるのだ。自分の

座席は二人が座っている今夜もダメだ。


一列四座席空いてる座席をみつけた。よし、きょうはついている。

朝方まで横になって日本に8時過ぎに到着。

自宅に無事についた、11時だった。


今回東南アジアの旅おかげさまで終了した。





10月14日 土曜

久しぶりに我が家に着いた雨の朝だった。

旅の荷物を少しづつ片づける。





10月15日 日曜

きょうは74歳の誕生日だった。メールではたくさんの

方からお祝いの言葉をいただいた。ありがたいことです。


20年前・・54才の時は、世界を走る決心はまだできてなかった。

走れるのはヨーロッパと北アメリカぐらいだろうなぁ‥・

ぐらいの気持ちだった。56才で退職。


10年前の64歳のときはアフリカ、ルワンダだった。

この時10年先74歳まで海外を走っているとは、まったく

予想もしていなかった。




今74歳になってしまった今日。世界大陸、最後のエリア

東南アジアの旅は終わった。




さて、74歳から次の10年後84歳はどうしてるのか…

64歳の時と同じようにまったく予想はつかない。




これまでのように目の前のできる事少しづつ乗り越えて

進むしかないだろうとと思う。




2000年10月から2017年10月まで17年間世界を走って来た。

(ホンダワルキューレ1500cc)


海外に出ると一年間ぐらい走って帰国している。だいたいこの


パターン。次の海外までの走る期間があるので、実際走った期間


は12年間ぐらいになるのかなぁ。




世界を訪問したのは130カ国。


オートバイで走った国は117カ国。


(レンタルバイクで走った国を含む)


陸路国境越え200ヶ所以上になった。


赤道直下4ヶ所。




北の最果てノルカップ(ノルウェイ)

アラスカ・ブルトベイ(アメリカ)




南の最果てアルゼンチン・ウシュアイア、

南アフリカ、喜望峰、アクラス岬




「あきらめない、投げださない」で走って来た。

いつの間にか世界をほぼ走り尽くすことができた。




「なんでも 少しづつ 少しづつ」わたしにとっては

これが一番の早道になった。




振りかえると自分でもよく走ってきたなぁと思う。


一方きょうは11時から嬉野「関東地区するさと吉田会」
に出席してきた。ふるさとから「女面浮立」のひとたちが
上京して披露してくれた。

いつもながら迫力ある踊りだった。
夫婦で上京していただいたので感謝申し上げたい。
ありがとうございました。

内輪に披露するだけではなくて本当は東京の人たちに
見てほしかったのではないかと思う。




















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オートバイひとり旅・地球走行中・東南アジア・スリランカ~インドネシア・バリ島

2017年10月03日 | オートバイひとり旅121ヵ国37万キロ
2017年9月14日から10月3日まで

ネット環境があまりよくなくて写真を取り込みできなかったです。

10月2日オートバイを売却できたの待って海外のツーリングは区切りをつけるためにも

ひとまず終わることにしました。







9月14日 木曜 はれ スリランカ夕立

かろうじてセーフ…二つ。

3時すぎ目が覚めてうつらうつら、6時に起きてスリランカへの

出発準備。きょうはスリランカに行く日。

7時ちょっと前に出てきたスタッフからでデボジット10を受け取り

シンガポール空港へタクシー。



素晴らしいシンガポール空港の造りになっている、スリランカ

カウンターで手続き…「スリランカ」からの帰りの「チケット」

あるかと来た。


「ない」スリランカからどこの国に行くのか決めてないから…

「帰りのチケット」がないと受付できないと話す。

仕方ない、その場でチケット予約をネットで予約する。

ところがうまくいかない。



予約確定できないまま予約したように見せかけてアイパッド

で「航空行程、出発、到着時刻」の写真を撮り」

スタッフに見せてカウンター締め切り8:30ギリギリセーフ。



きのうネット上に出て来た「預かり荷物」20キロ3万円

だったが追加料金なし。ネットで事前に申し込まないで

よかった。

「現地での料金より安くなると」メッセージがネット上に

なぜ出てくるか、サギじゃないかと思いたくなるなー。



帰りのチケットもどこに行くのかわたしの自由なものなのに。

片道航空券で問われたのはニューヨーク行きで日本で一回ある

だけ。そのほかは問われたことはない。


入国するスリランカのスタッフに問われるはいいとしても…

出国するシンガポールに問われる必要はないんじゃないか。



これまで「入国したカスタム」で「帰りのチケット(出国する)

チケット見せろ」言われたことは一回もない。

片道だけだと不法滞在になるおそれがあるから、事前に

防ぐためだろうけど、それは入国する国の問題ではなかろうか。



規則はどうなてるのか、わからないが、現在の旅のスタイルには

実情があってないのではとわたしは思う。

さぁー出発シンガポール空港…ここはまず、パスポート拝見、

そのあと荷物と身体検査…定刻時間前に動き出した。


スリランカ空港定刻に到着した。こじんまりした空港。

さて、入国できるか。

きのう手伝ってもらい「スリランカビザ」をネットで取った

つもりさてうまく行くか並んでいたカスタム自分の番がきた。


係官慎重にタイプを打ってる、ひとことも声はかからない

よし、どうにかうまくいきそうだ。何かをパスポートに

貼り付けたものは2・3センチの小さいものビザの証明だろうか…

初めて見る。


ヒヤヒヤしていたが無事に入国できてよかった。

空港内で残っていたシンガポール通貨をスリランカ通貨に両替

1000は約7$ぐらいと教えてくれた。

予約したホテルに向かう。タクシー代4000…2800円先に支払う。

ホテルはどこらへんにあるのか見当もつかない。やしの生い茂る

緑いっぱいの中の立派な道路だ。



こんな道だったら車も少ないし、オートバイで走って見たい

気持ちになると同時にビルの建ち並ぶ、クアラルンプール、

シンガポールからやってきよかったなぁーつくづく思う。

遠くにタワーが見える、この道路も、タワーも中国の協力で

出来たと運転手さん。中国の人好きですか、と聞いたら笑い

ながら、ペチャクチャ話すからね、「うーん」……。



とたんに渋滞なった。コロンボの看板も出てきた。

あぁ、コロンボ市内に入ったんだ、とゆう事はホテルも

ここコロンボにあるとゆう事なんだ。

スイスイ走ってきたが、進まない、進めない大渋滞だ。

エブリディ、エブリディ毎日このような車の渋滞は続い

ていると話す…1時間過ぎている。


トクトクタクシーもどっとふえてきた。ふっと見るとはだし

で運転している。トクトクをはだしで運転してるのは半分以上

はだしのようだ。

タクシーの運転手さん…冬も夏もない、毎日30度から32度

と暑いからはだしなんでしょうと笑っていた。


旧い建物の中がかなり残っていて、コロンボはこれから街造り

になるのでしょうかね。

ところが宿が見つからない…細い路地に入って探すが

見つからない、また細い路地に入ってトクトクタクシーに

聞いている。


あった、ホテル「EVergrenn 」エバーグリーン。空港出てから

2時間以上かかっている。これじゃタクシー2800円やむを得えないか。


電気がついてなくてホテルはちょっと暗い感じだが、部屋は

明るい、開放感はある。

腹へったのでさっそく近くの食堂に行って、持ち帰り弁当でホテル

のフロアでビールを流し込む。





9月15日 金曜 はれ

スリランカ最初の朝、クーラの部屋から外に出るとムーと

する陽気、30度から32度…タクシーの運転手さんが話したよう

に一年中こんな感じなのだろうなぁー。


マレーシアまでの航空券をネットで調べて予約しようとすると

いつものように①重複している 。②別の格安航空券会社に予約

を入れると「パスワードを入れてください」作ったこともないに、

メッセージが出て来る。


ホテルのスタッフに手伝ってもらっても同じ…仕方がない

「エアーアジアAir Asia」のある会社まで直接タクシーで向かう。

途中居眠り出来るほど遠い海岸べりのニュータウンだろうか…

1時間ほどかかる結構遠いところに会社はあった。



9月20日10時:30発の搭乗券を予約した。ネットでみた金額と

同じ15000円ぐらいだった。

なーんだ、今まで格安航空券は安いと思っていたけど、同じよう

な金額じゃないのか、これから気にして、比較してから予約して

みよう。


格安航空券会社の手数料など入れると同じような航空料金に

なるのかなぁ。

なにはともあれ帰りのチケットを確保すればひと安心だ。市内

の写真を撮りながらホテルに戻る。タクシー代1400円だった。


ホテルにあした16日から観光名所巡りを頼んでみた。

夜7時にツーリストの人がやって来た。メインはシギリアだ。

一枚岩の上に居住したいた有名なところは写真で見ていた。

あした朝4時に出発になった。




9月16日 土曜 はれ

朝3時に目が覚めたあと、うつらうつらすぐに出発準備。

4時半位運転手さんがスズキ軽自動車で迎えに来た。

真っ暗な朝シギリヤに向かう。でっかい窟(いわ)に昔

住んでいた岩山のことを現地の人はシギリヤとゆうらしい。


180キロぐらい4時間ぐらいで着くと話す…6時前には明るくなった。

夕べあった時しっかりしているこの人だったら大丈夫だろうと

安心していた。ところが走り出したあと音楽をかけて自分の

好きな曲がかかったら首をフリフリ指をハンドルをたたく、仕草。


反対車線から平気で車の前に割り込んでくるスリランカの交通事情

お互いに慣れたものなのだろう…ヒヤッとする。

ところが、ドーンと追突した。前の車はハイエース…追突された

バンからゾロゾロ降りて来て、傷を確認している。こっちの運転手

も自分の車を見ている。


このへたくそ運転手め、この「○カ」が……わたしは成り行きを

見守るだけだ。相手の車はたいした傷ではなかったようだ。

すぐに走り出した。

こっちの車も部品が取れたぐらいで、まもなく走り出した。

不安が的中してしまった。このあとどうなるのか、不安で

仕方がない。



実は16日17日と観光地を回って18日に戻る予定だった。

運転手に「きょうだけシギリヤを見たら、すぐにホテルに戻る」

と告げた。

運転手は「どうした…みたいな顔」していたが、だまって「ツデイ

Hotel カムバック」だけ告げた。OK、OKとわかったようだ。


9時にすぎにシギリヤに着いた。平野の中に突然突き出た岩山
あぁこれがそうなのか。

入場券を買って、登り始める。観光客は階段につながって並ん

でいる。頑丈な手すりは付いているが、怖い高さだ。



真ん中辺でおしまいだろうと考えていたら、違った、また登り

始める。大丈夫かいな、足がすくむ。

結構な年寄りも、子供も並んで登っているので、勇気づけられた。

そろそろと手すりにしがみついて頂上まで登りきった。



昔の居住地跡が残されて…水の確保だろうか、今も水の張っている

プールもある。約2時間かかって降りて来た。いい運動になった。

12時すぎにシギリヤを出てコロンボのホテルに戻ったのは5時に

なっていた。



新しい泊まり客が来ている。全部で10人足らずの宿泊客だろうか。




9月17日 日曜

ホテルの中で過ごす。



9月18日 月曜 はれ

ネットで予約した海岸べりのホテルに移ろうとタクシーで

向かう。ようやく運転手さんが探した場所に着いた。

ええ~ここがホテルなのか…事務所の横に入り口一つのドアー

確かにアドレスも名前もあっている。



しばらくして家主らしき男が車で着いた。ドアーから二階に


上がって部屋を見る。ベッドがふたつあるのみ…

「クリーニング」するから「30分待ってくれ」……イヤー

うす暗くて窓もなし泊まれるホテルの雰囲気じゃない。

ノーノー、キャンセルするからとホテルを去る。このあと

三軒運転手さんは知っているホテルに案内してくれた。


三軒とも2800円から4000円と部屋の割には値段が高すぎる。

明るくて清潔だしこれまで泊まっていた700円のホテルがまだ

ましだ…仕方なく元のホテルに舞いもどった。




9月19日 火曜

カラーっとした明るい部屋で過ごしてみたい気持ち…


ネットで調べた海岸通りの部屋を見つけた。2800円と高い


ホテル…12時前に着いた。

部屋から道路をへだてて目の前は海、海岸に鉄道が走っている。


理想のホテルだ。部屋に入るのは14時からになるとオーナー。

どこの国かは聞かなかったがオーナーはヨーロッパ人だろう。


近くの動物園で時間をつぶそう…タクシー280円、結構な広さの

動物園。シギリヤ岩山もそうだった…ここも外国人は別料金になっ

ている1400円と高かった。


他の動物、鳥たちに興味なくヒグマ、カバ、キリン、象の仕草

など観察…して14時すぎにホテルに入る。

銀行の場所を聞き、レストランの場所を聞き…お金をおろした

あと食事を終わらせようとホテルから出かけた。



銀行は見つかったがあっち、こっち歩き回って4つの銀行とも

カードが使えない…その上スリッパがほころびて歩きにくい。

しょうがないタクシーに頼んでその都度チェックしながら下ろす

しかないなぁ。二軒目で下ろすことができてホッとした。



レストランはあきらめた、タクシー運転手さんについでに、

アルコールショップとスーパーまでは知ってもらうように

頼んだ。

タクシーに名前を聞かれて「マツオ」と応えるとええー

知っている「ケイコ、マツオ」さんのメールを見せて、

セーム,セーム同じ名前だ…と喜んでいた。


ビールとハムを買い込んでホテルに戻ったのは7時なっていた。

すぐに戻れると思って出かけたのがなんと2時間もかかって

しまった。


よくあることだ、今回は戻る場所、ホテルの名刺を持ってい

たので、すんなり戻れたからよかった。 名刺を持ってなかっ

たらまたまた大変なことに なったに違いない。

ああぁー、腹へったー冷えたビールを流し込む…うまい。




9月20日 水曜

何もなし、しない。




9月21日 木曜

コロンボ飛行場までタクシーはラッシュにかかるまえの6時半に

予約していた。

きょうはマレーシア・クアラルンプール行き10:30分の飛行機

に乗る。


夕べは気持ちよく 眠れた。出発準備を終わらせて6時過ぎにホテル

玄関 に出る。

タクシーはすでに待っていてくれている。明るくなってきた…

海岸通りに上り下りの列車がちょうどやってきた。



タクシー運転手さんに写真に収めてもらい…飛行場に向かう。

ラッシュには合わなくて7時過ぎに着いた。

搭乗手続き、カスタム(税関)パスポート拝見…出国スタンプ終了


レストランで一番安いサンドイッチとビールを注文する。

飛行機は10:30定刻前に動き出した…この飛行機エアーアジア


Air Asiaは機内食はなし…有料の食事は事前に予約してないと


食べられない。飲み物はすべて有料になっている。

レストランで食っていたのでよかったなぁ。 ましてビールは


機内では売ってなかった。

これからエアーアジア航空は考えものだなぁ。後ろの座席は


空席がある。三つの座席に横になって眠ることができた。

クアラルンプール空港に着いた。タクシーでセントラル市内に


予約した「チャイナタウン 2」ホテルに着いた。

ゴーストタウンみたいな先々週泊まった 場所を避けた。ここは

チャイナタウンそのもの、商店街、露天商から小さいお店が

ところ狭しとびっしり 並んでいる。


まずまずのホテルの部屋…荷を解いてチャイナタウン のにぎやか

な商店街の中にある食堂よりどりみどり。

まずビール…でてきたのは釜めしみたいな器に入って、ごはんも

底の方に入っていた。

味も満足、同じテーブルに障がい者二人が座った… ビールを

すすめると 飲むと言う。

ビールが運ばれてきた、とたんに口につけて 飲み出した…


まず乾杯してから呑み始めるものだと 自分は思っていたので

あっけにとられる。

話などしないで…呑み終わったらさっさと引き上げていった。


自分としては「ありがとう」のひと言を期待していたのにそれも

なし。

自分としては 「 見返り」の言葉を期待していたのが間違いだっ

たのだ。

おごってくれと言ったわけじゃない、自分からビールをすすめ


ただけのことだ。と相手はとらえていたのだろう。恵んでやって


自己満足する、相変わらずの自分の浅はかさを再認識させられた。

















9月22日 金曜 はれ

インドネシア・バリ島 入国 VIP国賓扱い?

インドネシア、バリ島に向かう日だ。チャイナタウンのホテルの


フロントにきのう、9時に飛行場までピックアップしてもらうように

予約していた。

9時ちょっと過ぎにホテルまでピックアップにきてくれた。


ミニバスかと思っていたら乗用車だった。いつもはホテルを


まわってお客をひろって行くが今日はひとりだけのようだ。


マレーシア航空カウンターにチケットの発行…時間がかかっ

ている。

シンガポールからスリランカに飛んだので、きのう21日


シンガポールからクアラルンプールまでの飛行機をキャンセル


していたので搭乗券の発行がにとまどっているようだ。


わたしの座席に妊婦の人、おばーちゃん 一歳ぐらいの男の子


3人が座っていた。

わたしがきたので席をあけようと妊婦の女性が立ち上がったが


ゆっくり家族で過ごしてほしかったので「いいですよ」空いてる

をさがした。


本当は窓際を予約していたのでそこが欲しかったが、通路側の


座席に座った。クアラルンプール空港20分遅れで飛びたった。

外の景色を見ることは出来ない まま、15:40にバリ島に到着。


入国手続きカスタムに並ぶ、ごちゃごちゃしてどうなってるのか

…すいてる行列を探しに一番前まで歩いた。


イヤイヤどこの行列もカスタムまで四列になって並んでいる。

割り込みなどできないので一番うしろまで100mほどさがって

並んだ。


一列は200人ぐらい100mぐらい四列に…全部で800人以上


並んでいる。これじゃ入国スタンプ押してもらうのに2時間


はかかる事だろう。

わたしの前には香港系女性二人が 横には中国系 家族、うしろには


アイルランド若いカップルとwifiを設定してもらったりしていた。


空港についているが時間がかかりそうだと、スマホにWifiをつないで


宿に連絡したかった。それにしてこの観光客の数の多さに驚いた。

今5時をまわっている 入国手続き終わるまで2時間はかかり7時過ぎに


なりそうだとスマホに入れようとした…とき。


そこへ、カスタムの係官はわたしのところに来て「別のところから」


手続きできる…ような口ぶり?

雑談していた周りの人達に悪いような気がしながら、ひとりだけ


係官について行くと誰も並んでいないカスタムまで来て、そこで


「手続きすませてよい」と…

きつねに包まれたような…あっけなく入国手続きは終わった。


VIP国賓扱いを受けてるような感じだった。



荷物を受け取り最後の最後荷物検査のところに来たところで


「マツオさん」 の声…あららー1時間前に日本から到着していた


佐藤義昭(元大勝モーターオーナー)さんだった。

佐藤さんはまだ カスタムでの手続きは終わっていなかった。


出口で待ってますからと伝えて別れる。


100人近い出迎えの人達は名前を書いたプラカードをもって出迎え


ている。

その中にわたしたちを 迎えに日本からバリ島に移住している同じ


マツオさんのご主人現地の人ガセさんが「 松尾清晴」をかかげて


待っていてくれた。

1時間半並んでた佐藤さんも手続き終えてでて来たのは5時半。


ネットで見ていた「 メリーズハウス」ゲストハウスについたは


7時をまわっていた。

腹へっている、顔だけ洗って 晩飯のテーブルににつかせてもらった。


松尾菜々さん、ご主人ガセさん、娘さんヤヤちゃん、メスルちゃん


お母さんの圭子さん、佐藤さん 松尾…7人


ビンタン(地元のビール)でカンパーイ、お世話になります。


無事にバリ島 に着きました。










9月23日 土曜 はれ

バリ島メリーズハウス最初の朝、周り静かで南国らしい…。


初めから今日は何もしない日と決めていた。

狭い道だがオートバイの行き来してる…周りでは家の新築、


地元の人たちが働いている。あいさつを交わして近くの露天


レストランで食事。














9月24日 日曜 はれ

朝6時にメリーズハウスをタクシーで出発、きょうは


菜々さんのご主人カデさんの実家を訪れる。



かでの実家はフェリーで渡った「ヌサブニダ島」にある。


タクシーは港まで1時間かかった。

桟橋はないので、砂浜から靴を脱ぎ、ズボン、スカートを


まくしあげてフェリーに乗り込むのだ。ヌサブニダには


フェリーで1時間ほどでついた。

自然がそのまま残るヌサブニダ島、フェリーにはブラジル、


ホーランド(オランダ)、香港、インドの人たち、外国人は


半分ぐらい占めているかも…

ヌサブニダ村についてからレンタルスクーターで走る。


海岸べりのレストランで朝めし兼昼めし…さわやかな風


気持ちがいい。

カデさんの実家を訪れた。お父さんお母さん姉さん、カデさん


の友達とわからぬ言葉で話して過ごした。


ビールが聞いて来て眠くなった、横にさせてもらった…


お父さんは枕を持ってきてくれた、ありがたい。

狭い山道を三台のスクーターカデさんの後ろには桂子さん


の二人乗り、佐藤さん、松尾…峠をくりかえして着いた


ところは海水浴場。

陽射しが強くなった。ヤシの水をいただいたりして休憩。


今度は海岸通りを走る。ホテルの建設は続いているようだ。


シャワーは水だけのホテルに泊まる。そう言えばカデさんの


実家は水が干し上がり水汲みが大変な苦労が続いてると話し


ていた。

しかし、来月には新しい水の工事が終わって大丈夫とも


話していた。








9月25日 月曜 はれ


ヌサブニダ島に泊まって朝7時にフェリーに乗ってバリ島に戻る。


帰りは高速艇30分ぐらいで着いた。


佐藤さんと二人で海岸べりにあるお寺「タナロット」見学に


スクーターで走った。ここも外国人の観光客が多い。



9月26日 火曜 はれ


バリ島の観光…民族舞踊の見学。カデさんの運転1時間半


かかった。

ここも海岸べりにスタジオ、2000人以上の見物客、もちろん


ほとんど外国人ばかり。18時から19時まで。



レストランで食事して宿の戻る予定だったが、スーパーで


買い物してメリーズハウスで食べることにした。


9時になっていたが家族は晩ご飯食べずに待っていてくれた。


みんなで食べるとおいしいね、うれしいね。




9月27日 水曜 はれ


きょう佐藤義昭さんが帰国する日。今日も朝からビールを


頂いた。

スクーターで毎日学校、ややちゃん、幼稚園メリアちゃんの


送り迎えも大変のようだなぁー。メリアちゃんは風邪気味で


具合がよくないようだ。

夕方6時に飛行場に佐藤さんは向かう。気をつけて帰国し


てください。松尾はあした28日バンコクに向かう。


夜遅く新しいお客さん二人は宿泊に来られるとか…





9月28日 木曜


9月22日から28日までインドネシア・バリ島


で過ごした。

東京から佐藤義昭(元大勝モーターオーナー)さん


が来てくれた。

自然が残るバリ島からさらにフェリーで行った


ヌサブニダ島ではレンタバイクで走った。


いや朝からビールを呑んで

時間を忘れるほど気楽に過ごすことが出来た。



お世話になったメリーズハウスは移住した松尾桂子さん、


菜々さん家族が経営している。


ちなみに料金は…

部屋wベッド2つ一泊3000円から4000円


わたしたちは二人でしたので2000円でした。


朝食付き。

部屋は広いしお湯を張れる浴槽付き、エアコン付き


飛行場から1時間ほど送り迎えは有料2500円だったかなぁ。


偶然にも同じ松尾性ですが、故ご主人は佐賀伊万里出身、



桂子さんは北海道出身者、話せば長くなるのでこの辺りに


しときましょう。笑い。

あしたは午後バンコクに向かう。




9月29日 金曜 はれ


きのう、28日16時25分バリ島を出発した。バンコク行きは


クアラルンプール空港で乗り換え…乗り換え時間は3時間


ほどある…23:20分発

電子掲示板見るとゲートが変更になっている。そこで待って


た。係官に「ここで大丈夫か」するとまた変更になっていた。



前回もそうだった、頻繁に変更になるようだ。英語放送が


わからないので、注意しなくてはならない。


バンコク空港に着いたのは夜中の1時…入国手続きに1時間かかり


タクシーでホテルに着いたのはちょうど3時になっていた。




9月30日 土曜 くもり はれ


きのうバリ島からクアラルンプール乗り換えでバンコク市内の


ホテル「o-bangkok」に着いたのは今朝3時。


スタッフは顔を覚えてくれていた。このホテルにオートバイを


玄関前の空いてるスペース預かってもらっている。無料である。


8月20日からだから預けてもう一ヶ月もたってしまった。



どうしたのと女性スタッフ驚いた様子。「イヤ、ホスピタルに


行ってきた」から…

あまりにもタダだと悪いのでこの女性スタッフキャップには行く前に


少しのチップを渡している。

これまでの裏側部屋から、一辺200m×4の広大な敷地のお寺


の樹木は張り出して部屋に届きそうだ、その部屋に替えて


もらった。


ベット、シャワー、トイレ、快適である…一泊1850円





10月1日 日曜 くもり


オートバイを買ったヤマハ店あした2日月曜日にアユタヤまで


約80キロ。そのルートについてホテルのスタッフに手伝って


もらった。

本線上にある一番むずかしい交差点…四葉のクローバーのような


ループ線状、どのようになっているのか…

うまくループ線に入れればいいが…何回見てもわからない。


まぁ時間があるのでまちがっても、行ったり来たりすることに


なってもかまわない気持ちで臨むことにした。

泊まっているカオサン周辺はマッサージのお店が軒並みある。


1時間1000円ぐらいと安い、今日は上半身を中心にマッサージ


してもらった。30分500円。



10月2日 月曜 くもり アユタヤはれ バンコク 夕方雨


オートバイで海外で走るのはきょうですべて終わりました。


大きな重荷だったオートバイも売るができた。


あー肩の荷がおりた、ホッとした。

2、3日前から本当に走れるだろうかバンコク市内から


オートバイを買ったアユタヤのヤマハ店まで向かう道のこと


気になって仕方がない。



夕べもうとうとしてゆっくり眠れなじゃった。


たった80キロ足らずの距離なのに、バンコク市内の


入り組んだ道路に車の多い市内を走ること出来るだろうか。


ネットで何べんも見てきた…ネットナビの距離は短いルート出


してくる。この最短距離ルートではかえって複雑して来るので



走れないことはこの間の走りでわかっている

一番の困難なところは大きな交差点で入り組んでるので本線


に入るのにどうゆう仕組みになっているのかがわからないのだ。


日本の高速道路のような構造だが日本の場合下道でループ


線状になっているところは少ない、ほとんど平面で右折、


左折になっているがここではちがう。


本線状には四つ葉のクロー状態になってループ線上から


本線に入る。

走り始めてすぐに驚いた、ええ~っ、一体どこえ向かうのか…


歩いて下見をしたが実際走ってみると、全く違った道路に


に見えて来る。

朝の出勤なのでかなりのスピードで走っている…流れにのって


走る

左に曲がる道路が二つ出て来た…問題のループ線状の場所に来た、


分かれ道の斜線に止めて確認する。ここで一旦止まって、強引に


タクシーに止待ってもらい確認する。教えてくれた、一つ先を


「左に曲がれと」ありがとうございます。



一回間違うととんでもない方向に走ることになる聞いてよかった、


よし本線9号線に乗れた…高速道路と一般道は並行して走っている。


あとは一本道最後の方で左に入ればアユタヤに着くはず。



アユタヤに9時ジャストに着いた。アユタヤに入る時乗用車に


セントラルまで引っ張ってもらい、あとはバイクタクシー


に頼んで「ヤマハ オートバイ」まで引っ張ってもらった。


ホテルを6時10分に出て9時に着くことができた。オートバイ


ヤマハのお店は開いている、スタッフは男女二人。オーナーは


午後2時になるとのこと。


わたしは12時のバスでバンコクに戻りあした3日飛行機で日本に


帰国すると朝一番話していた。


売り値は希望していた半額6万5000円には及ばず5万2000円


まず言葉が通じない、スマホの通訳でやり取り…。オーナーは


スタッフの口座に振り込んで12時40分取り引き終了。


ミニバスでバンコクにもどる。なんとアユタヤからバンコク


まで200円だった。


アユタヤに着く頃あぁこれで海外ツーリングは終わりになるなー。


頭の中では「あの国その道」がいつも付いて回っている…


自分でもよく走ってきたなと思う。楽しいこともいっぱいあった


しかし見知らぬ国を走るのはよういではなかった。

次から次不安や心配ごとばかりだったような気もする。何にも


増して嬉しかったのはどこに行っても見知らぬわたしにほんと


親切にしてもらった。なぜか涙が自然に出てくる。


走れるところは走ってきたのでこの辺で区切りをつけよう。




10月3日 火曜


重荷にになっていた。きのうオートバイを売ることができたので


身も心もすっきり、晴々とした気持ち。


4月から東南アジアの旅を続けてきた。最後の締めくくりは


ブータンに行って見たかった。調べてみると最近また上がって


なんと1日200ドルひとり2万4000円使う必要があるとの


情報だ。

4日間で10万円…飛行機代入れるといやーたいへんな金額になる。


やーめた。

これまでの旅で一つの国で5ヶ月間一番長く滞在したネパール


に行くことにした。2004年5月から・・・家に招かれたりして親しく


した友達もいる。13年もたってしまった、どうしているだろうか。


地震などもあってどうなっているのか心配なこともある。食堂


の人たちもみなさん元気だろうかなぁー。


4日の飛行機を予約した、日本には11日にたって乗り継ぎのため


13日に到着の予定。











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オートバイひとり旅・東南アジア・旅再開・・パプアニューギニア

2017年09月13日 | オートバイひとり旅122か国・38万キロ
2017・9月1日~13日まで

小便が近くなり、下腹部が痛い・・放尿したあと熱い嫌な痛みを感じたのでバンコクから
急きょ帰国して病院で診てもらった。一週間薬を飲んで最終検査では異常なし。

「大丈夫」とお医者さん。前立腺肥大ではないかと心配したが大事に至らなくてよかった。


旅を再開したあと、あっちこっちの国を移動していたのでブログ更新する時間がなかったです。
ただオートバイの旅ではなくなっているのでちょっと拍子抜けの感じもしている。


飛行機は来週になるとことで・・この地元の人たちが住む場所にはいくことができなかった






もうすぐパプアニューギニア










ホテルのそばにあった学校におじゃまさせてもらった時のもの






子供たちの笑顔を見ることができてよかった・・




9月1日 金曜      はれ

きょうから旅の再開…成田空港に15時に家を出る…19時45分発フィリピン、マニラ空港まで。

第1ターミナルか、第2 ターミナルの駅で降りるのか毎回とまどう・・・。

ネットで調べ て、電話でも確認した…成田空港第2ターミナルで下車。

今日は第3ターミナルから出発すると聞いた。第2ターミナルで降りた。

4時30分についた。



いったん外に出て500 mほど歩く。でバスに乗り替えて第3ターミナル へ。

格安航空 ジェットスター、カウンタに行くがすでに長蛇の列 1時間かかって

ようやくカウンターでチケットをもらうが 荷物5キロオーバーの20キロ…

手荷物も7キロになっているので分けられない。7500円追加料金は 別の

カウンタで支払うことになっている。



今度は預けた 荷物に「バッテリー」が入っていると…連絡が来た。

さっきのカウンタに戻ってネットの充電器、バッテリーを取り出してOK になる。

もう6時を過ぎている。この飛行機は食事は別料金なので搭乗する前に

食事をすませる必要がある。



チャンポンとビール呑んで…次は身体検査…出国スタンプ。搭乗口着いたのが

7時15分。ギリギリだった。出発は7時45分。到着23時20分遅れたので40分。

3時間以上前に飛行場についてこのありさまだから、いつも3時間以上前に

着くようにしている。2時間前などわたしは慣れてないので心配で仕方がない。

マニラに着いた。タクシーで予約していた宿に着いたのは夜中1時を過ぎていた。

ちなみにいっきに飛行機代、ホテル予約した。

東京、成田→フイリッピン、マニラ=すべて込み込み、23080円

マニラ→パプアニューギニア=往復45330円。

このほかマニラ→クアラルンプール→シンガポール→インドネシア、バリ島

飛行機代、約30日分宿泊代入れて、全部で25万円ぐらいになった。

9月1日東京→マニラ…マニラ泊

3日 マニラ 00:30発→パプアニューギニア 8:15 ポートモレスビー国際空港着

4・5日 ホテル予約済 Aldy Lodge. Hotel 6・7日

学校に訪問させてもらった・・









9月2日 土曜

3日 日曜

2日朝夕べ遅かったので起きたのは9時近かった。

マニラ空港に11時頃着いた。出発の時間は日が変わって3日0時30分。さてどうして一日中過ごすか

ターミナルの中には椅子などなかった…レストランはターミナルの外にあると…空港社員の女性が

外に出て地下にあるレストランまで誘導してくれた。

このレストランは社員食堂の雰囲気で一般の人たちは ちらほらだった。



5時間以上食堂で過ごしたが、 今6時まだ出発まで6時間もある。2回目の食事を終わらせた。

カウンターチケット受付は21時頃だが、早めに行って待機しておこう。

フィリピン航空カウンター、パプア ニューギニアはどこに並べばいいのかわからない。

20時になっているのでカウンターの女性に聞くと、並んでいるここでいいとの事。

ようやく搭乗チケットを受け取ることが出来た。

さてさて 出発時刻まであと まだ4時間とちょっとあるなぁー。

乗客がだんだん少なくなって来た。搭乗ゲート2番、11時45分パプアニューギニア行きを係官に確かめた。


日付変わって

3日 日曜     はれ

搭乗時間11時45分になった。周りにいるのはわたしの他2人だけ…大丈夫かいな…心細くなって来た。

航空職員に、パプアニューギニア行きここでいいのか…違う「変更になっている」

ええ~っ。


7番ゲートの変わったと話す、急いで7番ゲートに行くと、多くはないがゲートのまわりに集まっていた。

いやーゲートの変更聞こえなかった…わからなかっただけなのか。やばかったなー

遅れて搭乗が始まった、離陸したのは30分遅れ0:01時。昨日に続いて深夜 になった。

自分の席を通り越して3つの座席があいてる座席があったので座った。



パーサーが、自分の席へと話すが、お客さんが来たら移るからと…居座る。

これでゆっくり足を伸ばして横になって休める。あー眠たい。

パプアニューギニア空港に6時に着いた。足を伸ばして休めたがー眠い。

到着したあとビザを取っている間、 荷物がどうなってるのかきになるなー

など、不安になっていたが、すんなりとビザは取ることが出来てホッとする。



現地でビザ取る人外国人5・6人日本人4人ほどだった。

ビザ申請書類をコピーして並んでいたのは日本人ではわたし1人、申請書用意しなくてもビザは

取れるようだ。

一人でさばいていた入国係官は一人5・6分でパスポートにビザを貼り付けていた。

両替所の人に100ドル約1万円はここ現地のお金で400キガ…と教えてもらった。


次は現地のお金をATMで下ろすことになる。1台目だめだった。携帯電話の

お店の女性に別のATMに行って頼んで下ろすことが出来た。とりあえず、

日本円1万円…400カキを下ろした。

ついでに携帯電話のお店の女性に頼んでタクシー乗り場まで案内してもらって、

運転手さんに予約しているホテルを告げて、料金も聞いてもらった。

35キガ…1000円ぐらいだろうか。お礼に案内してもらった女性に5キカ渡した。

ありがとうございました。

味のある顔した裸足のタクシードライバーさん、ホテルがわからずあっち

こっちまわってようやく着いた。

ホテルの人はわたしを迎えに空港に来ていたと話す。

ホテルの車で近代的なビッグスーパーまで買い物に連れて行ってもらった。

日曜はアルコールの販売はやってないと…ホテルのビールをゆずってもらい

あした買うことにした。




9月4日 月曜  
   はれ

パプアニューギニアの初日だ。クーラーを止めてもさわやかに感じる。

10時に昨日のタクシーに来てもらうようにホテルに頼んだ。

まず今日は顔にペイントを付けている部族の村に行きたいとタクシーに頼んだ。

そこには飛行機で行くことになると、運転手さん。



そのまま空港に行って聞いてみた。顔に付けているペイントの種族の場所は

今週の飛行機はない、来週9月15日16日になるとチケット売り場の女性。

そうなのかぁそれじゃ仕方がない。

ついでにネットが使えないのでネットの使えるホテルを聴いた。

この周辺には20軒ほどのホテルの名前があった。



180キガから600キガまでのホテルの料金表を見ながら電話番号を控える。タクシーの運転手

ウイリーさんは教えてくれたホテルを探した…

あいにく満杯で泊まれない上に肝心のネットの設備はない…2軒目3軒目4軒目も同じネットの

設備はなかった。最後の高層ホテルはネットが使える。なんとなんと一泊600キカ、2万4000円だった。

とてもじゃないが泊まれない。このホテルの中にネットを使える部屋があった。

1時間2000円と話す…ウヘェー。でも泊まるのをさければネットを使えるのはここしかない。

13時を過ぎたので、きょうは、ここでおしまい、ホテルにビールを買って

戻った。運転手さんにも5本あげて…また連絡するからと別れる。



他のホテルにいくとネットはどこでも簡単に見つかると思って探したがまだネット環境は

これからのようだ。


他のホテルに比べて今泊まっているホテルはあっちこっちホテルを探して見て新しい近代的な

ホテルだと初めてわかった。一泊200キガと料金も安い。

パプアニューギニアの今の気候は思ったより昼間もそんなには暑くはない、朝方は涼しい。

オーストラリア、ケアンズ半島に手が届くような近さ…テレビは

オーストラリアの映像が流れている。


ネットの地図を見ると日本とパプアニューギニアはハワイと同じような距離かも知れない。

来たばかりでくわしくはつかみきれてないが 、瞬間的に見て人柄は悪さするような

人には感じられない。

空港内でも…タクシー にしても、ホテルの隣に住む人たちも素直な人達ばかり冗談も通じる。

まったく信用できるとわたしは安心している。とにかく純粋…。



隣に住む家にはホテルの工事をしているご主人 ホテルの朝食 掃除、洗濯など手伝っている

夫婦がいる。

夕方散歩がてら寄ってみた。子供さん 娘さん二人、長男22才、長女17才、次女14才。

長男はインドネシアの大学を出て韓国に就職している。



長女と次女とはインドネシアの学校に下宿して勉強していると明るいお母さんは話す。

お金もかかるという 。韓国から 娘さんが帰国すると2000キガ…

8万円ぐらいだろうか…かかると話す。気立てのいい娘さん 二人の写真を見せてくれた。

年中暖たかいのでシャワーは水でホットシャワーは使ったことはないと笑いとばす。


パプアニューギニアの子供たち







9月5日 火曜

タクシーに来てもらって日本大使館に行ってみた。もしかしたらネットが使えるかも知れない。

20分ほど走ったところのビルの2階に日本大使館はあった。目の前は海である。

「ネットはできない」とここに来たばっかりの大使館員。

戻って食事のあと・・一泊2万4000円、恐ろしい高級ホテル「ホリディイン」の「ネット」

1時間1500円…打つ。

帰りには2日分の食料、ビールを買って宿に戻る。

地元の子供たち










9月6日 水曜    はれ

朝散歩に出かける…宿の前は学校だ。通学の小学、中学らしき生徒が登校してきている。

校門では先生らしき人三人が並んでいた。ハロー、子供たちの写真を撮りたいのですが…

先生は「OK」いいよ、と構内を案内してくれた。学年別のクラスをまわって先生、児童と

いっしょに写真を撮らせてもらった。



全校生徒1000人とか先生の話。世界のどこの国の子供も同じだなぁーと思った。

先生ありがとうございました。

校内での思いがけない写真を撮ることができいい記念写真が撮ることが

できて気持ちがうれしかった。










9月7日 木曜 はれ

パプアニューギニアに来てから朝方雲があっても、だんだん

雲は取れて晴れてくる、パターンだ。

高級ホテルまでタクシー使って、1時間1500円払ってまでネットを見る必要もない。

持ってきた新書版「ホーチミン」弘文社。ネットで買ったら

昭和41年発行定価290円は5255円した。

分厚い本なのかと思っていたら、ポストにも入る新書版だった。

ベトナム解放はホーチミン75年間の記録でもある…

わたしにとっては非常に興味のある内容、身が引き締まる

フランスとの戦いをいま読んでいる。この後はアメリカが襲いかかる



9月8日 金曜 はれ

きょうは7時に空港まで向かう…目覚まし時計が必要だったなぁ、

と思いながら、夕べ床に着いた。

目が覚めたのは6時ちょっと前ちょうどよかった。前から空港まで送って

もらうようにホテルの人に頼んでいた。



空港まで運転手さんとオーナーもいっしょに送ってくれた。

パプアニューギニアの仕事に向かう人たちは歩いて…さげているのは

弁当だろうか…働く人が乗ったミニバスも動き出している。

30分足らずで飛行場に着いた。お世話になりました。オーナーと

ドライバーと握手して別れた。



8日 9:15発 パプアニューギニア→マニラ空港 13:30着。定刻通りマニラに着いた。

タクシーでホテル ダーバン マカティ Hotel Durban makati

まわりはホテルが建ち並ぶ一角。


久しぶりにゆっくりネットをひらける。たまっているメールを見るのに時間がかかる。

嬉しいメールが来ていた…わたしの生まれた嬉野・吉田公民館主催 12月10日「こども夢会議」

の講演会の決定したと・・。

ふるさとの子どたちに話ができること、こんな嬉しいことはない

…ありがとうがざいますと返事した。


自慢話のついでに、旅に出る前から決まっている講演会

11月12日広島・福山

12月10日ふるさと嬉野吉田

来年 2月2日 千葉、千葉市公会堂

が決まっていて、帰国してからも、活動できる元気は

続けることが出来そうである。ありがたいことです。

まとまりのある話ができればいいなぁ。


近くの山で捕まえてきた、珍しい鳥・・


セキリュティのおじさんとタクシー運転手さん



9月9日 土曜 はれ

マニラ空港12時50分発→クアラルンプール16時25分着

ラッシュの中9時前にホテルをタクシーで出る。

停まったままなかなか先に進まない…時間はたっぷりあるので

心配はしない。



マニラ空港は空港に入るにも荷物検査がある。前回は入るのに

一時間近く並んだ。きょうはそれほどでもない。

土曜日でどうなのかと心配したが意外とすんなり入れた。

チケットのカウンターはどこじゃいな…



格安航空券は予約だけ済ませている。搭乗券はその都度

各国のカウンターで予約しているコピーした控えを見せて
受けとる。

10時カウンターはオープンした。手続きを済ませてレストランへ。

ココ…コケッコッコ…を注文、おばさんは真似して笑っている。



レジの女性もいっしょに笑いこけている。笑わせた方が勝ち。

人間は笑われるか、笑わせる、どっちでもいいのだ。

前にも何度か言ったことがあるが、どこの国でも自分より下の

人間が来たと思うと気持ちを開いてくれることが多い。



バカになりきれるかどうか、相手をノミきれるかどうか

は旅を楽しくさせる条件の一つかも知れないととわたしは思う。

ビールの追加に行くと「ワーいた・・」とおばさん…笑いこけて、

レストランを出るまでわたしの顔を見ると笑っていた。



クアラルンプールに着くまで上空から澄んだブルーに囲まれた

島々があらわれる。

クアラルンプール国際空港に着いた。出口はどっちだ…とまどう

でっかい空港だ。外は雨模様。



2000年10月…17年前オートバイの旅をはじめるとき、最初

乗り換えた空港でもある。

早いな…あっとゆうまに17年…

タクシー乗り場に行くと、チケットはあっち…空港の出口で

売っていた。これならタクシー料金安心できるなぁ。

ホテルの予約しているコピーを見せると料金88…ドルでいくら

…20ドル2000円ぐらいか

高速を走って、料金所を3回ほど通過…ツインタワーが見えてきた。

30分以上走ってホテルに着いた。ところが違っていた。

予約したホテルはこのホテルから近くてよかった小雨が降っている

ここから歩いてレセプションの女性は案内してくれたので助かった。




9月10日 日曜 はれ

高層ビル街ビルをきのう歩きながらここもあすこも、空き家

ばっかり、売りに出してる張り紙もある。繁盛する事だろうと、

建てた商店街ビル…わびしさを感じる。


日曜日のせいもあってか、静かな朝。10時過ぎて一軒だけ営業

しているレストラン、とゆうか食堂といったほうがにあう食堂

に入った。

柔らかくておいしそう、焼き豚を注文して、まずビールも…

目の前には高速道路が走っている。



宿に戻ってきのうの残り、あまりネットの受信よくなくて

時間がかかっている。

街に繰り出したい気持ちは全然でてこない。あした朝7時に

タクシーに予約して1日は終わる。





9月11日 月曜 くもり はれ

きてくれるかどうか夕べ心配していたタクシー、朝も電話して

もらって…7時前にきた。

ホテルから飛行場まで68キロあると話す運転手さん。

2000円ぐらいだった来る時より少し安かったタクシー料金。

細かいお金までお釣りをよこしてくれた。ありがとうございます。



でっかい造りのクアラルンプール空港、広すぎてどこの

カウンターに行って搭乗券をもらうのか…インフォメーション

を探すのも苦労する。

10時25分発の飛行機。ゲートは10番。ここでは最初にパスポート

出国手続きをすませて荷物の検査になるよう。



並んでいる頭の上にある標識「入国」の文字。あれー、入国…

ここじゃないのかな、出国だものなぁー、ひとりごと言いながら

別のところに回ってみるが同じ標識だ・・ここでよかったのだ。

荷物検査も終了。搭乗口に向かう…さっきから背の高い女性が

せわしく動き回っているのを目にしていた…



自分の搭乗口がわからないのだろうかチケットを見ると正規の

ゲートだけれど、変更になっているようだ。

困ったときはお互いさま。ゲート案内を見ると変更になっている。

そのゲートに向かっていっしょに歩く、インフォメーションで再び確かめる

と、わたしの見たゲートとは違うようだ。



聴いてよかった…また戻って変更したゲートに着いた。誰もい

ないぞ…。雑談している係官に確かめると「ここ」でOKと。

中国の彼女もホッとしていた。よかったよかった


一時間半ぐらいのフライトなので食事は出ないはず。腹へった

ので、高級レストランじゃない、お湯を入れてもらって

インスタントラーメンをかきこんだ。

一番端にゲートからあったわたしのシンガポール行き飛行機は30分遅れ

11時に飛んだ。


初めてのシンガポールの訪問…きれいに整備された道路、街路樹

気持ちまですっきりする・・タクシーでホテルに着いた。

ネットで調べているうちに…シンガポールは高いホテルばかりだなぁー。

ドミトリー相部屋でも2000円以上6000円もするぐらいだ。

普通のホテルは一万円を軽く超える。

とてもじゃないが泊まってるだけで気が気じゃない金額になる。

10日間の予定だったが3日間泊まって、スリランカに移動する

ことにした。



約5万円…シンガポールの宿代で往復できる金額だもの。

到着したドミトリーの部屋についておどろいた。

畳1畳分のベッドだけ、まさにうなぎの寝床だ。

ちょっとひどすぎないかね…クアラルンプールの部屋といい

シンガポール の部屋、勘弁してよと言いたくなる。



タイ、ミャンマー、ラオス、カンボジア、ベトナムのトイレシャワー

付き部屋はここに比べれば豪華の部類になるだろうなぁ。



9月12日 火曜 はれ

昼メシ、晩めし近くの食堂街に通っただけでどこにも

行かずおしまい。食堂にはスズメ、などの小鳥が

テーブルまで餌あさりに来ていた。

ネットでスリランカまでの航空券予約すませようとしたが、

何回やり直しても「この日程は予約が重複している…」

のメッセージが出てくる。いったいどうなってるんだー。

あきらめて…あした直接空港に行ってスリランカのチケット取る

しかないのかなぁー。




9月13日 水曜 はれ

朝起きたら5時半…スリランカ航空券、きのうの続きの予約を

続けた。まったく昨日と同じメッセージ…。

Dena 以外のトラベル会社で予約してみよう。よしよし、

以外と安い航空券が出て来た。



シンガポールからスリランカ

片道220ドル、23000円ぐらいだ。さっそく予約をした。

ところが途中から持ち込み荷物の重量オーバーの場合、超過料金

20キロまで3万円の金額追加のお知らせ…

なんだこりゃ、航空券2万3000円なのにプラス3万円だと…


一時申し込もうとしたが、カウンターでどうなるか不安であるが

あした14日結果待ちにした。



9時になった、スリランカ大使館にタクシーでビザ取りに向かう。

10分ほどでついた。大きなビルの中にあった。

13階に上がってスリランカ大使館へ。いたのは女性一人アメリカ人だけ。


彼女の受付が終わり「わたしはノーイングリッシュ、ジャパニーズオンリー」

最初にことわった。



「ビザがないとスリランカには入国できない」と女性係官。

ええーっつ、「けさネットであした14日発スリランカ行き航空券

とったばかり」

「スリランカ、ビザ空港で取れないか」…「取れない」しかし

ネットで取れる方法がある。スリランカホームページのメモを

書いて渡してくれた。


最後にスリランカ空港でビザ申請は「時間がかかる」…けど

空港で取れるような話しを受け取った。

ホテルに戻って、その前に食事をすませる・・いま11時半。

アイパッドでスリランカのビザ申請をはじめるが英語になっている。


レセプションの女性にお願いして、進めてもらった。

途中からパソコンに移って、パスポートなど見ながらみるみる

打ち込んで…最後に「OKー」と彼女の声。


ネットでのスリランカのビザ申請は無事に終わった。

いやーありがとうございました。

一時はどうなることだろう、不安で仕方がなかった…が

ホッとした気持ちになった。


あした朝9時45分発でスリランカに安心して搭乗できることに

なった。彼女に手を合わせてありがとう。





ホテルでの食事・・ネットはつながらなかったが部屋は快適だった























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オートバイひとり旅・東南アジア・パプアニューギア

2017年09月01日 | オートバイひとり旅122か国・38万キロ
2017年9月Ⅰ日のみ

一時帰国していました。

8月14・5日から急に小便が近くなり、痛みを感じるようになった。
放尿したあと下腹部に熱いものを感じる痛みも・・初めてだ。

で、20日急きょバンコクから帰国しました。近くの病院で診察してもらう
「風邪の症状」と同じで細菌が入ったとお医者さん。


抗生物質の薬二種類飲んで28日に最終検査は異常なし「大丈夫」となりました。
大した事でなくてよかったです。

その間これからの旅に備えてパプアニューギアのビザとりに大使館に行ったり
海外で使える地図・スマホなど(今まで持っていなかった)新しく買いました。

きょう9月1日パプアニューギニアに向かって旅の再開です。

10月中旬には帰国します。

これからもよろしくお願いします。

パプアニューギニア大使館・・武蔵小山から歩いて12・3分




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