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Call and Response

より気持ちを表現するために、博多弁を使って書いたりします。思ったこと色々書いていきます。

敏感肌その後

2006-05-24 19:05:52 | Weblog
肌の調子は、だいぶん良くなった。 薬局で薬剤師さんから『肌が荒れるのは、
体内が酸化しているから』と聞いた。酸化ってことは、サビるってことか‥‥
活性酸素のこととか、知ってるつもりやったけど、この際、色々調べてみた。

みんな、お肌に良いからってサプリ飲んだりしようばってん、肌がアルカリ性に
ならんごと食べ物とかに気をつけるのがホントやろ?
細胞が傷つけられんようにすること、ストレス溜めないようにすることやね。

私の趣味、ギターを弾くことやけど、小学生の頃は鼓笛隊をしよったとね。
クラスみんなで合奏より、鼓笛が楽しかった。
今、思い出しても、またやりたいって思う。音楽することって夢中になれて
楽しい。だけん、バンドやってる人とか、すごい楽しそうで羨ましい。
楽器弾いて、みんなで楽しい時間を過ごしたら、ストレス溜まらんやろうね。
あぁ‥‥‥ 音楽やりたいっ。

妄想も、ストレス解消になるね。私の場合。
『こーなって、あーなって、そして、こーなったら?うわーっ、たのしー!』
過去の楽しかった出来事を思い出したり。
そうするのは、とても良いことらしい。
良いホルモンが、脳ミソから出るって。

とにかく、体が酸性になるとヤバイけんね、病気になりたくないし。
毎日いろいろあるばってん、がんばろ。



『敏感肌』

2006-05-09 11:57:18 | Weblog
2週間前から、肌の調子が悪い。アゴのラインと頬に、プツプツと湿疹が出来て、カユくてメイクも出来ん。髪の毛が触れるだけでモヤモヤしてカユい。

肌が弱くて、皮膚科には子供の頃から、よく行ってる。しかも、5月は要注意の月で、顔だけじゃなく、全身の肌の状態を気にかけてないとダメ。別に、アトピーじゃないとに、皮膚科で処方される薬はアトピーの人が使う薬に似たモノ。『劇』と書いてあるモノを使うコトもある。服に付いてる洗濯標示のタグや襟元のブランドタグは、服を買ったら、まず先にタグを外す。そうしないと湿疹が出来る。でも冬は、静電気か乾燥のせいか、左右のウエスト部分に湿疹が出来る。ステロイド剤を塗るから、その部分の肌は色素沈着というか、薬で皮膚が焼けてるから肌が黒い。アトピーの人なら分かると思う。皮膚が薄くなってチリメン状と言えば良いのか、そして肌は色素沈着してる。

肌に合う化粧品を探すのも大変。ソバカスがあるけん美白モノを使いたいけど無理。ローションやファンデも、今まで色々試した。肌に優しいだけじゃ物足りないし。化粧品が合わんで皮膚科行きなんて、しょっちゅう。今回は皮膚科に行かず、家にあった『あせも湿疹ジンマシン』などの皮膚疾患に効く白いクリームを塗ってる。匂いやクリームの感じが水ぼうそうの薬に似てる。

肌が弱くてホントに嫌!! 前に、拭き取りタイプのメイク落としを使って湿疹が出たコトがある。軽く拭き取ったのに摩擦が良くなかったのか、約2週間ノーメイクで販売の仕事をした。お客様には『なんでノーメイク?』って顔をして見られたし。頬は薬を塗っててテカテカでピンク色のほっぺ。ダサい… これ以上ヒドくなりませんように。

写真が届いた

2006-04-26 14:18:26 | Weblog
先週、平戸で出会った方から写真が届いた。
すごくキレイに撮れていて、すぐに返事を書いた。
手紙だけじゃ‥‥ってコトで、何か御礼の品を届けようと
『博多にわかセンペイ? 福岡ってカンジがするモンって他には
明太子とか?』 結局、やっぱ明太子やろ?って決まり。

そして、その方から電話が入って、
『数枚、送っただけなんですが大変恐縮です』
『いえいえ、ほんの気持ちですから‥‥』
教会で写真を撮るのに良い時間だし良い場所だから、
あの教会に行った、とのこと。
今度は、色々と案内してくれると言うことで、
また、お会いしましょう、と。

親よりも年上の方と、写真を通じて知り合えた。
社会人になって、新しい友達、親しく出来る人って
なかなかできないもの。
年上年下関係なく、自分が成長できる人と付き合いたいと思う。
とにかく、私は『変わりたい』のだから。
『昔と変わらないね』と言われるより『変わった』と言われたい。
人と色々話をして、悪いところは改善して、
成長していかなければ‥‥‥
私が興味あることは、『これから先の、まだ見ぬ自分、
どんどん成長して変わっていく自分』だから。
別に、ナルシストじゃないけんね。



平戸

2006-04-13 21:26:00 | Weblog
先週、平戸にドライブに行った。3歳頃に行ったきりで、もちろん記憶にないわけで、教会めぐりをした。

3つの教会に行った。その中で、イチバン気に入った教会があった。
『ほんとに、この道を行けば教会なんてあると?』
その教会の中に入って、ホントにビックリした。
こんなキレイな場所があったなんて‥‥‥
私たちの他に誰も居なくて、夕方4時頃だったから、光の加減も良くて
ステンドグラスを通って差し込む光が、すごくキレイだった。

写真を撮るのに夢中になってたら、カメラを持った年配の方が3人で、
いらっしゃった。 『この教会は写真を撮るのには良い場所です』
と言って、何枚か撮っていて、なにやら母親に話しかけていて
妹が何か言ってるなぁと思いながらも、夢中で撮ってたら
妹がベールを頭に掛けて、モデルになっていた。
それを見て、佐世保から来たという3人の方たちに混ざり、私も妹を撮った。
妹はモデル初体験だったから緊張したらしい。

撮り終えて、今度は私たち家族を撮ってあげると言うので撮って頂いた。
写真を送ってくれるということで、住所を教えて、教会を後にした。

ラッキーだったし、良い人たちだった。ステキな教会だった。
長崎に行くと、必ず、親切な人に出会う。
今回は、長崎市内じゃないけど、親切な方々に出会えて嬉しかった。
写真、たのしみ~。

『久しぶりに』

2006-03-14 16:27:04 | Weblog
ずいぶんブログを書いてなかった。
久しぶりに何を書こうかって考えたら色々あって、最近思っとーことを書こうかなと。

私が気になった人や物は、たいてい流行る。こんなふうに書いたら、アンタだけじゃないよって思う人もおるやろうばってんさ。
例えば女優さんで、5~6年前から好きで『脇役じゃなくて主役できるくらいスゴイのになぁ。もっとメジャーにならんかいな』と思っとったら、2時間ドラマの主役やらCMやら、最近とても活躍されてます。その女優さんは、木村多江さんです。婦人警官や教師、スチュワーデスに看護婦など制服モノが似合う(?!)んです。あの、品がある感じがイイですね、べっぴんサンで憧れます。

雑誌とかのアンケートで『好きなタレントは?』『今後、本誌に出てもらいたい人は?』などには必ず『木村多江さん』と書いてきた。好きなアーティストの名前も書き、少ししか余白が無くても木村多江さんの名前は書いてきた。だけん、最近とても活躍されててホントに嬉しいとね~。これからも応援しています☆

昨年末に、赤ちゃんが誕生して、お兄ちゃんになった甥っこを預かってるときに思ったこと。
『小学生くらいの頃まで、大人になったら何でも出来るし何でも買えると思っとったなぁ』 実際どうよって考えたら、大人になっても変わらないような気がすると思った。やりたくても出来ない、いい歳して何しようと?とか、結婚しとーとに…とか、色々制限があるっていうか。アレ欲しいって思っても、今の給料じゃ買えん、生活が…税金が…って、結局変わらない気がする。むしろ、子供の頃のほうが自由だった気がする。今は今で、自由っちゃろうけど、何て言うか、自由の意味合いが変わったのかなぁ。大人を楽しめてるのかなぁ私… いつも何かに縛られとぅ感じやん。束縛されるのも、するのも最も嫌い。服やメイク、体型とか、大人って偏見ばかり。私も気を付けよぅばってん偏見はあるだろうし。2歳の甥っこを見てたら、子供って偏見がナイとよね~。痩せとろぅが太っとろぅが、美人だろうがブチャイクだろうが、どんなワルだろうが、笑顔で走ってきて抱き着いてくるし、バイバイするし。

束縛されてる感じがする、言動やら服装やら制限されることはイッパイある、だから自分の頭の中だけは自由になれるから、いい芸術作品が生まれるんだろうね。自分の中だけ自由になれる、だったら、そっちの世界のほうがイイもんね。行き過ぎたらヤバイけど…。うまいこと、ソッチの世界に入れれば気持ちがラクになるんやろぅね。

『父親の命日その2』

2005-11-24 23:43:18 | Weblog
17日の日曜日、見舞いには行かなかった。18日に行くし、元気そうだしって事で、なかなか見舞いに行けなかった妹だけ見舞いに行った。会社の人達も見舞いに来ていたそうで、わりと元気だったらしい。

同じ病室の方々から聞いた話だと、その日の夜10時頃、腰の痛みを訴え始めた父親。看護婦が様子を見に来ていたらしい。ひょっとしたら大動脈が…って、この時点で気付くのが普通だと思う。医療のこと分からない私が『その時には腹部で出血してたんだな』って分かったのに。腰の痛みを訴え始めて、夜中の2時頃に気分が悪そうな感じで、とても辛そうだったから同じ病室の方々が心配して看護婦を呼びに行ってくれたそうで、それから、しばらく看護婦が付き添っていたと言う。

午前3時過ぎ、父親は大量に吐血した。1階の処置室に運ぶのに、台車みたいなの(患者が手術室に運ばれる時に使うアレ)を看護婦が持ってきて、同じ病室の方々が『台車に乗せるのを手伝いましょうか?』と言ったら、父親は自分でベッドから台車に移ったらしい。その後に気を失って1階へ運ばれた。

自宅に電話が入ったのは午前4時半頃だったか『お父様の容態が、かんばしくないんですよ。なのでスグに病院に来て下さい』と。家族に電話するまでの間の約1時間半、この時に何が?誰が何をしたのか?疑問に思うこととなる。

病院へ駆け付けたら、手術室じゃなく診察室に行くよう言われ、ドアを開けたら…… 瞳孔が開いて目の焦点が合ってない、まるで死んだ魚のような目をしていて、だらし無く口を開けたままで口の回りが血だらけの父親の顔が私の目に飛び込んできた。『何コレ?もう死んでるやん…』院長がドアの方に向いてる父の顔を反対側に向けた。母は放心状態。この空気感、何か怪しい。そう直感した私は院長の顔や態度を観察した『何か、やらかした』そう感じた。院長から説明を受けてる間もヤツの目の表情を、言動を観察しながら聞いた。『実は検査でガン細胞が見つかりまして、そんなに大きくないですが』と言って母にガンだから吐血した、ガンだから今このような状態になってると思いこませようと必死だった。その必死さが、かなりムカついた。ガンだから仕方ないと言いながら、身振り手振りの説明、ものすごく動揺してるのを隠そうとしてるのがバレバレ。『ご主人は血液型がRh-のA型だったんですねぇ…』と言った院長。『!!!』母が『そうですよ。知らなかったんですか?』と聞いたら、慌てて『あ、あぁ知ってましたよ。輸血の準備をするのに血液が合うか
検査してる間に心肺停止になりまして』『え?じゃあ心肺停止してから、どれくらい時間が経ったんですか?』『ご家族に連絡した時には停止後1時間くらい経ってました』キレて暴れ狂いそうになったけど抑えて、どんなことを院長に言ったか覚えてないけど『もう死んどうやん』とか言ったと思う。緊急手術した訳でもないのに『肝臓は立派ですキレイなモンです』とか言いやがった。診察室の片隅に、ほったらかしにされた父。夜が明けて来た頃、親戚も来て説明を聞いていた。

『父親の命日』

2005-11-18 00:45:28 | Weblog
今日は父親の命日。平成14年11月18日に57歳で亡くなった。死因は出血性ショック死、原因は医療ミス。いつかはブログに書くつもりだったし、これから書いていこうと思う。

思い出しながら書くのは、かなり脳が疲れるけど。精神的にも。辛い体験をした人が、体験談として話さなきゃいけない時や、事件だったら捜査の為に思い出しながら話すのは、こんなに辛いことなんだって分かった。狂いそうになるほど。でも、父親の為にはブログに書いて事実を知ってもらうしかない。『もし自分だったら…家族だったら…』と考えて欲しいから。

医療ミスとは言え、手術はしていない。やってはイケナイ事を、やった為に。

平成14年11月8日、父と母は同じ勤務先で、昼休みに近くの銀行に車で行った。銀行の駐車場で停めてる車内で父は吐血した。救急車で搬送される時、かかりつけの病院がないならA病院に搬送すると言われた母は拒否した。他の病院に搬送して欲しいと懇願したが、A病院でダメだったら搬送すると言われ仕方なくA病院へ。悪い噂があるA病院へ搬送された。もちろん、病院側は入院患者が欲しいから多少手に負えなくても引き受ける。そこは、そんな病院。救急隊員を早々と帰していたと母が言ってた。親戚が博多の大きな病院で看護婦長をしているから、後日病院を移ろうと考えてた。

かなりの吐血量。3日間だけ絶食で点滴のみ。この3日間で内視鏡などの検査を受けていた。次の日から、ナント食事をしていた!胃潰瘍で吐血した場合、最低1か月は絶食だと言うのに、お粥と牛乳と里芋の煮物とバンバンジーを食べてた!!バンバンジー!肉だよ!何リットルも吐血した患者が吐血後4日で肉だっ! 父親は『病院が食事を出しよーとやけん良かろーもん』『ただの胃潰瘍やし』いやいや父ちゃん、素人でも分かるよ、これはヤバイって!博多の病院に移ろうって言うと『そしたらオマエ達、毎日見舞いに来んやろ?』『はぁ?寂しいとぉ?』『そうじゃなかっ!』そんな会話をした。父の隣のベッドの患者さんは親の知り合いだった。足を引きずるように歩いてたから『足をケガしたと?』と聞いたら『脱腸の手術が失敗して院長がミスを認めたけん入院費タダで何ヶ月も入院しとうと。歩けんごとなった』って言うわけ! マジでヤバイ! こんな病院、早く出らんと!

入院6日目頃だったか、風邪ひいたと言って電話してきた。見舞いには1日おきで行ってた。見舞いに行くと、内服薬が。胃潰瘍の薬は分かる…ん?風邪薬!まさか…『飲みよーと?』『うん』普通、点滴に入れるんじゃ?他の病院の看護婦に、父の胃潰瘍の治療の現状を話したら『それ絶対やったらダメな事よ!お父さん死んでしまうよっ!』と叫んだ。18日の午後6時半に、院長から話しがあるから病院に来るように父親から言われた。16日土曜日、仕事が終わって母と見舞いに行って『博多の病院に移るって言おう』と話し合って、正面入口まで父は私達を送ってくれた。『じゃあ18日ね!』バイバイと手を振った。

この日から、バイバイと手を振るのが恐くなった。手を振ると、もう、その人とは会えなくなるんじゃないかって思ってしまう。できれば、バイバイと手を振らずに『またね』と握手したい。相手に手を振られたら『やめて~っ!』と心の中で叫んでしまうほど。

次の日、父親の容態は急変した。

ツラツラと…

2005-10-13 14:09:10 | Weblog
今日は『お題』はナシ。思ったことをツラツラと書こうと思って…

昨日のK-1ワクワクして観たっちゃけど、ガオグライが判定負け。くやしーいっ! この前も判定負けだったし。ガオグライ大好き! 今度は勝ってね♪

最近、蛇が脱走して騒ぎになっとーけど、地震が来るんじゃない?何かアヤシイねぇ… 関東地方に住んでる人は毎日恐いやろーね。TVで地震の特番があったりするし。防災センターとかで震度6とかの揺れを体験しておくと良いと思う。私も3月に地震を経験した時に思ったもん、体験しとったら良かったって。福岡は震源地が海やったけんね、直下型やったら、また違う揺れで恐いだろうし。一度は地震の揺れを体験しておくほうが良いと思う、ホントに。

話しは変わって、近頃、10年くらい前にハマった『ロクセット』のアルバムを聴いてる。やっぱりイイねー。何年経っても好き。ロクセットにハマる前は、ジャニーズ好きだったのに、FMでアメリカンTOP40を聴いて、ものすごい衝撃を受けて好きになった。その後、ジャンルは違うけど浜田省吾さんの『19のままさ』って曲を聴いてアルバム買ったし。確か曲のタイトルは合ってると思う。ジャニーズ好きが、イキナリ、ロクセットと浜省さんだし…

昔、好きだったモノ… 思い出したら楽しいね~。プロレス好きだったなぁ。TVで見るのが。じいちゃんと見よった。猪木さん、藤波さん、そしてハルクホーガン。『イチバーンッ』とか言ってた。ハルクホーガンの『一番』と書いてあるTシャツが欲しくて親に『買って!』って言いよったもん。『買って何すると?』『学校に着て行く!』『あんたバカやないと?おかしかろーもん!それに、ドコに売っとーとね?あんなモン売っとらんバイッ!』欲しかった…あのTシャツ。

あ、それから、これ書いておこう。最近ブログ書いてなかったし、アクセス状況も見てなかったけど、必ず見てくれてる人がいてホントに嬉しいです。たいしたコト書いてないですが、これからも、よろしくお願いします!では、また…

『卒業アルバム』

2005-09-28 18:00:47 | Weblog
久しぶりに小学校の卒業アルバムを見た。寄せ書きとか先生達からの卒業おめでとうメッセージとか読んで、あの頃を思い出した。

アルバムと卒業文集が一緒になってて、文集もジックリ読んでみた。 2クラスしかなかったから、全部読むのは大変じゃなかった。どんなことを書いてるかというと、『修学旅行』『~を読んで』(卒業文集で何故か読書感想文)『将来の夢』『6年間の思い出』とか。 一番多いのは修学旅行の思い出を書いたもの。そして読書感想文。将来の夢を書いた人は案外少数だった。

私は人と同じってのが嫌だったから、みんなが何を書くか分かってから『将来の夢について書く人が少ない…これ書こう』と決めて、少しスペースを取って絵も書いた。まだ何を書くか決まってなかった友達は『マネしていい?』って言ってきて将来の夢について書く人が少し増えた。そんなことがあったなぁ~と懐かしくなった。

将来の夢については、男子はバイクのレーサーかF1レーサーになりたいと書いた人が多くて、野球選手とかのスポーツ選手になりたいと書いた人はゼロ。

実際、夢を叶えた人がいる。女子だけだけど、保母さん、バスガイド。文集には書いてないけど、薬剤師や看護婦になりたかった人は夢が叶ってる。

私は、幼稚園の先生か自分で店を出したいと書いてた。雑貨屋をやりたいと思ってた。

店を出したい思いは変わってない。雇われて働くと、常に心配する。いつ倒産して無職になるか、不当解雇されるか、トラブルに巻き込まれるか… 次の職場でも心配はするだろうし、生活の為と割り切って夢を置き去りにして働くのもツライ。何度も割り切って働いてみたけどダメだった、自分に嘘ついてるって、こういうことなんだって分かると、なおさら、人生一度きり、後悔したくない、収入より夢って本気で思うようになった。そんなこと思ってても実現させた人って少ない。やっぱり、みんな割り切ってる。そしてリストラされたり、ストレスたまって病気になって『自分の人生って…頑張って働いてきたのに…』と後悔することになる。そんなのはイヤ。1歩、前に出ることは勇気がいる。今の私は、それが必要。たぶん、夢を叶えるチャンスが来たんだと思う。引っ越しを考えてる弟夫婦が、店舗付き住宅の物件を見つけた。うまく行けば、お店が出せるかもしれない。その物件が、どうなるか分からんけど、いつか店を出すとして、コンセプトとかショップ名とか営業に関してのことを考えたら楽しくて仕方ない! いつか叶えられるよう準備しておこう。

『アタリ』

2005-09-21 21:52:42 | Weblog
最近、アイスを食べてて思い出した。 子供の頃、夏は毎日アイスを食べてて、アタリ付きのアイスを買うと、よく『アタリ』が出た。 その度に近所の駄菓子屋に持って行って、もう1本もらってた。

2回連続アタリが出たことは結構あった。でも、3回連続アタリが出た時も2回程ある。 『また当たった!』って駄菓子屋に持って行ったら『2回まで』とか言われた。なんで2回までなのか理由を言ってくれんかった。

ホントに、よく『アタリ』を出してた。どれくらいの確率なんやろ? 連続2回・3回アタリを出すって… 私、ひょっとしたら、アイスのアタリを出すことで、運を使いすぎたのかなぁ。今じゃロトも当たらんよ、懸賞も当たらん。

『アタリ』が出た時の、あの気持ちは、ここんとこ経験せんごとなった。似たような気持ちも経験せん。なんか寂しいね… 久しぶりに『アタリ付きアイス』買ってみるかな。