二尊仏(浅草寺) 東京都台東区浅草
二尊仏
住所 東京都台東区浅草2丁目3番 地図☞☞Mapion
造立 貞享四年(1687年)
作者 太田久衛門正儀(仏師)
願主 高瀬善兵衛(上野国(現:群馬県)の出身)
改修 安永六年(1777年)
二尊仏(浅草寺) 令和6年2月1日撮影
勢至菩薩坐像 観音菩薩坐像
二尊仏の説明掲示
二尊仏(浅草寺)掲示文面
台東区浅草二丁目三番 浅草寺
「濡れ仏」の名で世に知られるこの二尊仏は、観音(右)、勢至(左)二菩薩の金銅坐像で、像の高さは共に二・三六メー ル、蓮台を含めれば四・五四メートルにおよぶ。基壇の組石は、長さ約十二メートル、幅六・一二メートル、高さ一・五メー トトルとなっている。
蓮弁台座銘によれば、願主は上野国(群馬県) 館林在大久保村の高瀬善兵衛。かつて奉公した日本橋伊勢町の米問屋成井家より受けた恩を謝し、観音像は、旧主善三郎の菩提を弔うため、勢至像はその子次郎助の繁栄を祈るため、貞享四年(一六八七)八月に造立した。
江戸時代初期の優秀な鋳造仏の一つで神田鍋町の太田久衛門正儀の作。
安永六年(一七七七)二月高瀬仙右衛門が施主、千住の高瀬奥右衛門が願主となり、修理したことが観音像銘に追刻されている。
平成十年三月 台東区教育委員会
二尊仏
住所 東京都台東区浅草2丁目3番 地図☞☞Mapion
造立 貞享四年(1687年)
作者 太田久衛門正儀(仏師)
願主 高瀬善兵衛(上野国(現:群馬県)の出身)
改修 安永六年(1777年)
二尊仏(浅草寺) 令和6年2月1日撮影
勢至菩薩坐像 観音菩薩坐像
二尊仏の説明掲示
二尊仏(浅草寺)掲示文面
台東区浅草二丁目三番 浅草寺
「濡れ仏」の名で世に知られるこの二尊仏は、観音(右)、勢至(左)二菩薩の金銅坐像で、像の高さは共に二・三六メー ル、蓮台を含めれば四・五四メートルにおよぶ。基壇の組石は、長さ約十二メートル、幅六・一二メートル、高さ一・五メー トトルとなっている。
蓮弁台座銘によれば、願主は上野国(群馬県) 館林在大久保村の高瀬善兵衛。かつて奉公した日本橋伊勢町の米問屋成井家より受けた恩を謝し、観音像は、旧主善三郎の菩提を弔うため、勢至像はその子次郎助の繁栄を祈るため、貞享四年(一六八七)八月に造立した。
江戸時代初期の優秀な鋳造仏の一つで神田鍋町の太田久衛門正儀の作。
安永六年(一七七七)二月高瀬仙右衛門が施主、千住の高瀬奥右衛門が願主となり、修理したことが観音像銘に追刻されている。
平成十年三月 台東区教育委員会