紅点

空想上の無敵イケイケ総理大臣が頑張る物語です。
10~20話の予定です。

紅点 第8話:石田博士地団駄を踏む

2012-04-18 21:37:05 | 小説
紅点(BENI TEN)


第8話:石田博士地団駄を踏む

テロリストの二人は下野に対して銃が全く効かないことに焦っている。
しかしついに手榴弾を取り出したので、今度は下野が焦る番になった。
白石が危ない。
今はまだ、自分たちが爆発に巻き込まれないよう二人が慎重に距離を作っているので投げはてこない。
突然、二人のうちの一人が銃を撃ちながら走り出した。
下野は何事かと身構える。
どうやら彼は、廊下側を確認に行ったようだ。
なるほど、気持ちはわかる…逆に相手の行動に筋が通りホッとした。
彼が廊下を覗くと外壁に大穴が開いており、その向こうに銃を構えた米兵が見える。
彼は母国語で”ちくしょう”と叫び、部屋の奥にいる戦友の元へと戻っていった。
下野は急いで白石をソファーの横へと誘導し、自分の体を盾に使いながら彼をソファーのウラに押し倒した。
白石「うわっ!」
反射的に身を起こそうとする白石を押さえつける。
下野「ここで、じっとしていてください。」
テロリスト二人は部屋の一番奥の壁際に陣取り、手榴弾を投げ、すぐに床に伏せた。
下野は飛んできた手榴弾を普通に手で払った。
1mほど先で爆発したが、どうと言うことはない。
爆圧でソファーに座らされてしまった程度だ。
モーテルの廊下の奥から、下野が開けた穴に向かって発砲が始まった。
他のテロリストが今起こっている異常事態に対し、動き始めたようだ。
目の前の二人を早めに片付けないと、廊下から来る奴等との挟み撃ちになり、白石を守りにくくなる。
テロリストの一人がわずかに身を起こしたので、下野は座ったまま刀を投げた。
刀はその男の口から胸につきぬけ、床に刺さった。
それを見たもう一人は意を決し、険しい表情で立ち上がった。
生半可な攻撃では、目の前の白い敵には通じない。
上着のジッパーを下ろすと、シャツの腹部にはビニール袋がぐるりと巻かれ、ガムテープで固定されている。
下野は”C4じゃない、ANFO爆薬だ”と直感した。
この部屋丸ごと吹っ飛ぶ量だ、爆発させてはならない。
下野「うおおおっっ!!」
ジェットエンジンを吹かして、距離をつめる。
背後…廊下に何かを叫んで去ってゆく人影を感じた。
他の部屋に居た仲間のテロリストがこの部屋にたどり着いたに違いない。
そして仲間が自爆をしようとしているのを見て、巻き込まれぬように逃げていったのだろう。
自爆しようとしている前方の男が廊下の人物を追う目つきでも、それは類推できる。
彼が叫んだのは、仲間を3人殺した自分への怒りか?これから自爆する仲間への祈りか?
まぁいい…これはこれで、挟み撃ちにされない良い人払いになった。
しかし、なにしろ自爆は必ず阻止しなければいけない。
軟式甲冑だってさすがにもたないぞ!
コードを引っ張り、懐にある起爆スイッチを取り出すテロリスト。
コードは4本、腹と背中と横っ腹に一つずつ信管があるようだ(雷管感度を上げたANFOを使っている気がするのだが)。
殴っても蹴っても、自爆は実行されるだろう。
ボタンを押すだけだからな、死にながらできるさ。
床から刀を抜くが、4本のコードをちまちまと切っている時間は無い。
一撃で人間を行動不能にするか、4本のコードを切断するしかない。
下野「っりゃああっっ!!」
胸の位置で切り裂いた。
男は右腕、左腕、胸から上、胸から下の4つに分かれて床に転がった。
無論コードは4本とも切断されている。
刃先にまとわりついた血を払い、右を見ると窓の前に積み上げられたベッドや机。
廊下側は恐らくテロリストに抑えられている。
自分が盾になれば壁に開けた穴から白石を逃がせそうだが、敵は今だ大量の爆弾を有している、彼の安全を考えるなら万が一の事態を想定して、最短距離で逃がすべきだ。
下野「白石さん。急いでこちらに来てください。」
ソファーからひょっこりと顔を出す白石。
テロリストの死体を目にする。
それは恐ろしい光景だが、自分の目の前から脅威が取り除かれ安堵する。
白石はずっと死の恐怖の中に閉じ込められていたのだ。
小走りで下野の方へとやってくる。
彼と一緒にいるのがもっとも安全なのだと確信した。
それは飼い主に寄り添う子犬のような心情だ。
下野は積み上げられた机に左手をつき、ジェットエンジンを吹かした。
アルミサッシがへし折れ、ばらんと家具が外に転がってゆく。
それでもまだ、腰の高さ程度に家具が積み上がっているので、かがんで今一度家具を外に押し出す。
下野は白石の肩を背中から抱き寄せ、外に向かって叫んだ。
下野「私が白石さんを外に行かせます!」(英語)
表を見ると、軍のスナイパーが残りの3部屋の窓に狙いを定め、盾を持った警官が数名近づいてくる。
背後からも、下野が開けた穴から廊下に向かって銃声がする。
危険を承知で軍がバックアップしてくれているようだ。
警察も軍も迅速に対応してくれている。
警官と兵隊の配置状況を確認し、下野は今なら白石を表へ出せると判断した。
そして、外にも聞こえるように大きな声で叫ぶ。
下野「白石さん!動いて!」(英語)
下野は肩をつかんでいる手をポンと放した。
白石は不安げに下野を見た後、恐る恐る解放への一歩を踏み出す。
外の警官たちが”行け、今だ”(英語)としきりに手招きしているのを見て、一気に外へと駆け出してゆく。
その途中で忘れ物をしたように立ち止まって振り返る。
白石「ありがとう!」
下野が腕を突き出す。
下野「いいから!走って!!」
白石に群がり、彼を確保する警官たち。
下野が安堵したのもつかの間、背中にぴんぴんと銃弾が当たる衝撃。
弾は東レゼロFの表面を滑って行く。
そうだ、まだ5人敵は残っている。
廊下を制圧した敵が、物陰に隠れて自分を狙っているらしいな。
手榴弾を投げ入れられた。
死体はそれぞれ自爆用の爆弾を腹に巻いているだろう。
その近くで爆発されたらたまらない、誘爆してしまう。
おいおい!まだ死ぬ気はないぞと、富士鏡の腹で手榴弾を廊下へと打ち返した。
名刀にとってはさぞかし屈辱的な使われ方だったろう。
さて、壁を切って隣の部屋に移動したいところだが…見取り図を思い出す。
この面はたしかシャワー室とクローゼットが両の部屋から背中合わせに並んでおり、ここを通ると一時的に密室に閉じ込められることになる。
明らかに不利だ。
結局自分も窓から建物の外に出て、ジェットエンジンでジャンプしチップのところに行く。
彼は山のように動かず、堂々として戦場と向きあっている。
下野「私はあなたに爆撃をお願いできるか?」(英語)
ややとぼけた表情で、片眉をぴくりと動かすチップ。
若いのに、なかなかいい判断をすると思った。
血の気が多いだけの馬鹿なら、少々無茶でも突っ込んでゆく。
素人丸出しの無駄な深追いだというのにだ。
チップ「問題ない。」(英語)
彼は無線機ですぐに手配をした。
アパッチと言っているのが聞き取れたので、爆撃機ではなく攻撃ヘリを2機手配したようだ。
ヘリを待つ間、下野がバルコニーをジャンプして周り、中の様子を確認する。
人質を失った敵が何をしてくるかわからない。
この行為は敵に対する威嚇にもなる。
今一度狙撃兵の配置を確認し、気を抜かないよう指示をするチップ。
ヘリの音が近づいてきたので、建物から離れる下野。
警官へも退避命令が出た。
いよいよ始まる。
この時点で、チップの表情から力が抜けた。
下野は勝利を確信したその表情を見て”戦いは終わった、勝ったのだ”と知った。
下野「shutdown -(ハイフン)h now」
軟式甲冑のシステムを落とした。
もう必要ないだろう。
2機のアパッチは建物の両側に向かい合って止まり、チップの合図で砲撃を開始した。
国道沿いにぽつんと立っている小さなモーテルに、チェーンガンとロケット砲が容赦なく打ち込まれてゆく。
建物はあっという間に形を失ってゆく。
テロリストたちの悲鳴も怒声も攻撃ヘリの作り出した爆音で聞こえない。
彼らの爆弾の山に誘爆し、巨大な火柱が上がった。
警官や兵士たちが轟音に耳を塞ぎ、首をすくめた。
ヘリは十分に距離をとっていたが、それでも爆風とその後起こった上昇気流に姿勢を乱された。
腕を組んで立つチップが、隣に立つ下野に話す。
轟音に負けないように、大声でだ。
チップ「彼らはでかい一つを持っていたな。」(英語)
下野はうなづきながらチップの耳元で叫ぶ。
下野「あれは本当に危険だ。」(英語)
やがて攻撃ヘリは去ってゆき、代わりに消防車がやってきた。
下野は着替えを済ませ、陸軍と一部を除いた警官は撤収を始めていた。
チップに誘われてハンヴィーに乗る下野。
目的地を聞かれ空港と答えようとしてはたと気づく。
思わず”あ!しまった!”と天を仰いだ。
チップ「Shit?A matter?」
下野は”無理に音を英単語に置き換えなくていいよ”と思った。
しかもその意味が微妙に正解にかすってるところが、とても嫌だ。
下野「私は私のパスポートを持っていない、今。」(英語)
チップは薄く笑みを浮かべ、数回小さくうなづいた。
チップ「判った。君は間違った車に乗った。」(英語)
ハンヴィーから降ろされた下野は、パトカーの後部座席へ載せられた。
助手席の警官にチップが下野を紹介する。
チップ「彼は彼のパスポートを持たない不法入国者だ。彼のための強制退去手続きが必要だ。」(英語)
下野「チップ!」
ぎょっとして、彼のほうを見たがニヤリとウィンクされてしまった。
嘘だろう?と思った、犯罪車扱とは冗談きつすぎる。
しかし彼は更に続けた。
チップ「彼は非常に強暴だ。あなた達は彼に手錠をかけたほうが良い。」(英語)
下野「チィーップ!!」
彼は口笛を吹きながら去ってゆく…楽しそうだなオイ。
車内に3人いる警官は皆いたずらっぽい笑顔で下野を見ている。
そして全員が一斉に手錠を取り出した。
下野「まじかよっ!」
手首に一つ、足首に一つ、隣に座っている女性警官と下野の手首をつなぐために一つ。
皆楽しげだ。
助手席の警官がカメラを取り出した。
すぐに隣の女性警官が抱きついてきた。
下野「イタイ!イタイ!」
手錠が引っ張られ、手に食い込んだ。
だが、皆、そんなのお構いなしだ。
帽子をかぶせられたり、頬にキスをされたりと散々おもちゃにされ、何枚も写真を撮られた。
市街地までの道行きは3人とも大人しかったが、隣の女性警官がIN-N-OUT BURGERを発見し、運転席の警官が”自分はつかんだ”(英語)と店に向けてハンドルを切ったあたりから、またテンションが上がってゆく。
手錠を外してくれるのかと思ったら、そのまま店に入るようだ。
女性警官がそりゃあもう楽しそうに下野を引っ張ってゆく。
店の中では、見ているだけで胸焼けしそうな4×4と大量のフレンチフライを前に”彼女はいるのか”とか”年齢は”とか兎に角質問攻めにされた。
女性警官が”童貞なら私に任せて”と言ったので、ほかの二人は机を叩きながら大喜び。
しかし下野が自分の年齢を正直に答えると、皆それよりずっと低い年齢を想像していたらしくひどく驚いていた。
どれだけ童顔に見積もっても、高校を卒業したばかりの新兵だと思っていたようだ。
自分の階級を答えると、皆驚いて固まってしまった。
気安くじゃれていたが、相手はエリートさんだった。
食事が終わった後、警察署に連れて行かれてそのまま留置された。
下野「はははー、強制送還ってのは本当なんだ。」
牢屋ってところにはじめて入った。
翌日の朝、日本大使館から子安武人という男が身元引き受けに来たと警官に聞かされた。
まもなく本人が登場、牢屋に入ってきて下野の横に座った。
子安「日本大使館の子安と言います。」
握手を求めてきたので応じた。
その分厚い感触に驚く。
子安「おっほ。これはとんでもない手ですねー。」
下野「どうも。」
お互いに手を退げる。
子安「早速ですが、今、身分を証明できるものはお持ちですか?」
下野はポケットから財布を取り出した。
開くと運転免許証が入っている。
下野「これでいいですか?」
取り出して子安に差し出した。
子安「十分です。ちょっとお預かりしていてもいいですか?」
下野は無言で頷いた。
やわらかい笑顔で下野の目を覗く子安。
子安「もう数日、我慢していただけますか?あなたを国外に退去させるには、強制退去を執行する効力のある書類が必要になります。つまり、令書の執行を持ってあなたを日本に返せるわけですね。」
下野は無言のままただ頷いている。
やることはやったし、帰る手順にはあまり興味が無かった。
子安「警察と州には話を通してあります。あなたはこの牢から出られますよ。私がホテルを手配しました。令書が発行されるまでは観光を楽しまれると良いでしょう。」
下野が頷くと”では行きましょう”と、牢屋の外に連れ出された。
パトカーをタクシー代わりにホテルへ向かった。
408号室の鍵を受け取り、エレベーターに乗る。
部屋の鍵は子安が開けてくれた。
どうぞと案内されてびっくり、だだっ広くてゴージャス、オイオイ!こんなとこ一泊何十万円するんだ!?
子安が下野に部屋の鍵と携帯電話、それとドル紙幣の束を渡す。
子安「観光は自由ですが、州の外には出ないでください。脅しではなく、逮捕されます。あと、何か問題がありましたらこの携帯で私にお電話ください。真夜中でも構いません。」
手にさげたバッグを床に置き、差し出された三つを受け取る下野。
下野「お世話になります。」
深々と頭を下げた。
ぼーっとしてはいたが、自分に対して尽力してくれる相手には礼をするよう身に染みついている。
条件反射みたいなものだ。
子安は下野の頭を上げさせ、去ってゆく。
子安「最優先で処理します。気を楽にして、待っていて下さい。今回は非常に特殊なケースなのです。該当する法がないので、強制退去の手段をとるだけです。幸いあなたは自国に帰りたがっていますから、形だけの手続きになるでしょう。」
エレベーターのドアが閉まり、彼の姿は見えなくなった。
3日後、簡単な尋問があり、日本に帰れることになった。
羽田空港で待っていたのは、石川英郎陸将補。
ノートPCを脇に抱えている。
彼の姿を認めた下野はすぐに彼の元へと向かった。
姿勢を正し敬礼する。
下野「ただいま戻りました。」
うむと頷く石川。
石川「空港に頼んで部屋を借りている。来い。」
下野「ハイ。」
事務員の女性に、空港内にある応接室へと案内された。
席に着き、ノートPCを開く石川。
石川「お前があの会議を去ってから今までの経緯を全て話せ。」
下野「ハイ。」
下野が話し、それを石川がパソコンでまとめてゆく。
ひと通り終わると石川が質問をし下野が答え、それを追記してゆく。
質問は微に入り細に渡り、気がつくと2時間がたっていた。
ここで石川が下野を厳しく問いただす。
石川「米軍を紹介してくれたお前の”友人”とは誰のことだ?」
しかし、下野に豊崎愛生の名を出すつもりは全く無い。
下野「友人であります。」
ギロリと石川が睨みつけてくる。
下野に動じる気配はない。
これを見て石川は言おうとしていた言葉を引っ込め、別な方向から攻めることにした。
石川「お前を立ててやっているだけで、石田に聞いてもいいんだぞ。あいつならちょっとつつけばすぐに話すだろう。」
たしかにその通りだとうなづき、石川の手をぎゅっと握る下野。
下野「大切な友人です。」
短く簡単な言葉を握る手の決意で、数百ページの願書レベルへと強烈に補足する。
石川「どうしても話したくないのか?私が見逃しても上から追求されるぞ。」
だが、下野の目は揺るぎなく攻撃してくる。
下野「話せないと言ったほうが良いかもしれません。陸将補も含めて、多くの人のためになりません。」
このキツイ台詞にため息をつく石川。
政治的にデカイことになっているからそっとしておけと、この小わっぱは上官を脅している。
逆に自分の上官の顔を思い浮かべる石田。
こういっちゃお偉いさんに失礼だが、逆立ちしたって他国と喧嘩できそうにない。
下野から友人の名を聞き出して報告しても、彼らにとってはいい迷惑なのかもしれないな。
ノートPCを閉じる。
石川「判った。ここは私が何とかしておこう。」
下野は手を引き頭を下げる。
下野「申し訳ありません。」
石川「いいよ。個人的にはこれくらいのほうが頼もしい。さぁ、帰るぞ。」
立ち上がる石川に”ハイ”とついて行く下野。
ドアノブに手を伸ばしながら、石川は言葉を付け加える。
下野がごねるから、そっちに熱くなりすっかり忘れていたことだ。
石川「おっと、、それとな、東レゼロFは国が管理することになった。輸出や情報の公開は厳禁だ。今日は家に帰りゆっくり休め。」
下野「ハイ。」
その凛とした起立姿勢が崩れたのは次の瞬間。
石川が自分のバッグを手に取ろうとしたので、慌ててひったくる下野。
間違っても上官に荷物もちはさせられない。
あー、驚いた。
石川「それをよこせ。」
いや、いや、いや、渡せられないから…つか、持たせられないから。
さっきまでの威勢はどこへやら、その目は泳ぎ、怯えていさえする。
下野「いえ、自分が運びます。」
石川「国家機密だといったろう。自宅に持ち帰ることは許さん。私が研究室まで運ぶ。」
むり、むり、むり、もっとダメ!!上官にお使いなんてさせられないから。
下野「では私がご一緒して、研究室まで運び、それから家に帰らせていただきます。」
石川のため息に下野の緊張感が高まる…怒らせたか?
石川「お前は本当に頑固な男だな。好きにしろ。」
結局、研究室のある演習場まで石川の車で送ってもらい、正門の前で別れた。
そのとき下野がテロリストの報復攻撃を心配して、対策会議を開いては?と石川に提案した。
ぽんと下野の胸を叩く石川。
石川「ふっ、それは心配するな。大樹に寄り添う八方美人は日本のお家芸でな、アパルトヘイトの時でさえ日本は”特別白人”とされていたんだ。まぁ、俺たちに任せておけ。」
下野は馴染みの隊員と挨拶を交わしながら廊下を進む。
研究室に入ると、石田が自分の机に突っ伏してぐったりしている。
下野は軟式甲冑を片付け、コーヒーを入れて打ち合わせテーブルに座った。
ホッと一息ついた。
研究室って、こんなに落ち着く場所だったんだなと、今更見慣れた天井をじっと眺めた。
首を捻ってゴキゴキと鳴らす。
両足を伸ばした。
さて、コーヒーをもう一口と、視線を落とす。
下野「ぶっっ!!」
下野の顔を覗き込む、どん底に情けない石田博士の顔が目に飛び込んできた。
下野「ど、どうしたんですか?顔の筋繊維がブチ切れたんですか?すげー顔してますよ?」
石田博士は下野の両腕を掴んで揺さぶる。
石田「ねぇ?ゼロFが国家機密ってどゆこと?」
下野はどういうことも何もと、話の要点を得ない。
下野「言葉通りの意味です。ゼロFは国が管理します。」
頭をかきむしり、天に叫び訴える石田。
石田「あーぅ!なーぁぁあああああっっううっ!!ちがーあああああぅっっ!!」
ぐりんと下野を恨み深げに見据える石田博士。
石田「僕はね!君の活躍でゼロFの性能が世界に知れ渡り、世界中の軍や警察から問い合わせが来ると期待していたのですよ!!」
下野には、石田の言いたいことがまだわからない。
下野「はぁ。」
のんきに頭を掻いている。
それが石田をさらに苛立たせる。
石田「大儲けーっ!できるぅーっ!ハズだったのっーっっ!!」
おーっと下野が拳で手のひらをぽんと叩く。
わかったわかった、、つまり、ほぼ確信していた皮算用のアテが外れて、博士様はお怒りなのだ。
とはいえ軍の要人や国に直接物申せないので、下野に怒りをぶつけていると。
石田「しかもーっ!!ぼく、これから当分!特許の取得や、関連会社との契約とか!法律関係の事務仕事ばかりなんだよおう!?だぁあいっっきらいなのにぃっっ!!」
いや、疲れて帰ってきたので、八つ当たりの的はゴメンですたい。
下野「あっ!」
すっとんきょうな声を上げて窓の外を指さした。
つられて外を見てしまう石田博士。
窓の外は平和な青空、カラスも飛んでて馬鹿が見るぅである。
下野「脱出!」
ダッシュで研究室を逃げ出して行った。
石田「あーっ!卑怯者ーっっ!!」

紅点 第7話:一つ目の太刀

2012-04-11 21:17:22 | 小説
紅点(BENI TEN)


第7話:一つ目の太刀

羽田空港国際線ターミナル駅を降りる下野。
背には大きなスポーツバッグを担いでいる。
広い羽田空港のどこで待てば良いのか全くわからない。
そう…どこで待てばアメリカの手の者と接触できるのだろうか?
いや、それ以前に誰が来るんだ?軍人か?諜報員か?外交官か?
手がかりの”て”の字も無い状態で、しかし下野は前向きだった。
彼は向こうが見つけてくれないなら、自分が人混みの中から見つけ出してやるぐらいのつもりでいた。
行き先が海外なので短絡的ではあるが、国際線ターミナルに来た。
とりあえず3階の出発ロビーに向かってみる。
右足を力強く踏み出した瞬間、下野のiPhoneがなる。
メールの着信音だ。
愛生からの連絡だなと思い、メールを確認する。
下野「なんだこりゃ?」
差出人はなんと下野本人、件名は空白だ。
自分自身からのメールだって?覚えが無いぞ?
スパムかと思い、削除を考えた…しかし、受信一覧に表示される本文の一部に”国内線第2ターミナル”と書いてあるのを見て、反射的にタップする。
なんだかよくはわからないがアメリカ側からのメールだ、違いない。
しかし、メールの本文は一覧で見えていた10文字で全て。
それ以上のことは全く書かれていない。
そのメールの返信で”第2ターミナルのどこですか?”と送ったが、そのメールは自分自身に届いた。
下野「はははぁー、、そりゃぁそーか。自分に対しての返信だもんな。でも、なんでぇ?」
これはメールのヘッダー情報を偽装するやり方で送られてきたメールなのだが、下野にそこまでの知識は無い。
どうやらこちらからは一切連絡ができない仕組みらしい…とだけ理解した。
連絡バスを使って国内線側に行き、第2ターミナルに入った。
それからどうするのが正解かは全く判らないが、国際線ターミナルでそうしたように安直に出発ロビーを目指す。
するとまたメールの着信音。
受信の一覧を見ると、例によって差出人は下野本人、件名なしだ。
”決して後ろを振り向くな”と書いてある、きっと本文はこれで全てだろう。
だからタップして全文を見ることはしなかった。
さっきといい、今といい、相手は自分の位置を完全に把握している。
下野は研修のときこれと同じことができる技術を教わっていた。
下野「僕の携帯電話のGPS情報を覗いたな。」
すると、背後から近寄ってきていた一つの足音が、ピタリと止まった。
下野は先ほどからその足音に気づいており、彼の野生がどうしてもそれをけん制したがった。
しかしその後すぐ、彼の理性が自分の両手を(周囲の人たちに目立ってしまわない程度に)上にあげさせた。
下野「好きにしろ。」
再び足音が近づいてくる。
真後ろを取られ緊張感が高まる。
何をされるかと思ったら、右手に何か小さなものを握らされた。
足音が遠ざかってゆき、それが全てだということが理解できた。
右手にあったものは小さなカプセル、薬のようだ。
下野「飲めってことか?」
3階のカフェでコーヒーを注文し、薬を飲んだ。
さぁ、言うとおりにしたぞ。
これで次の指示がメールで来るのではないかと思い、テーブルの上にiPhoneを置いて画面を睨む。
下野「ぷはぁーっ、」
10分たったが何も起こらない。
メールはこないし、誰かが近づいてくる気配もない。
1時間待って何のアプローチもなければ、やはり自分から探しに行こうと決めた。
”羽田なう”
無駄についっとして時間を潰した。
しかし、30分ほどすると強烈な眠気が襲ってきて、これに抗えない。
下野「うわー、やっぱ睡眠薬か、、ですよねぇー…ちっくしょう。」
そのままがしゃんとコーヒーカップに顔から突っ込んだ。
びっくりした店員が、あわてて下野を起こしにきた。
カフェの外に立ち、英字新聞を読んでいた白人男性がやおら新聞をたたみ、カフェに入ってくる。
そして優しい笑顔で店員に大丈夫だと声をかけ、下野のコーヒー代を払った。
下野が目を覚ましたとき、彼は自分が飛行機に乗っていることを真っ先に知覚した。
この浮遊感、ジェットエンジンの音。
やれやれ、まだアメリカに到着していないのかと思った。
そして、自分が床に寝転がされていることにも気がついた。
巾の広いゴムバンドのようなものを頭にまかれ、視界をふさがれている。
手足は手錠のようなもので拘束されているようだ。
あまりいい待遇ではない。
下野「ただ乗りはエコノミークラス以下ですってか?」
遠くで話し声が聞こえる。
”彼が目を覚ましたようだ。”(英語)
”問題ない。彼には何もできない。”(英語)
”何もできない”だと?ふっと、不適な笑みで陰に喧嘩を売る下野。
彼は両手両足を拘束された状態からでも、抵抗する技を持っている。
両手をそろえて振り上げ、同時に打ち下ろす掌底。
相手が油断して近づいてきたところに、突然立ち上がりこれを食らわせれば、相手はひとたまりも無いだろう。
たとえそれがめくらうちの一撃でもだ。
下野「どーん。」
下野は掌底を撃つマネを小さく一回やったあと、今一度眠るために頭の中で羊を数え始めた。
彼に抵抗をするつもりはない、早く目的地に連れて行って欲しいだけだ。
それほど時間はかからず、再び深い眠りについた。
次に起きた時は荒地の上に寝ていた。
風に舞った砂ほこりが口に入っていてじゃりじゃりする。
飛び起きて、ぺっぺと吐き出した。
どうやら今は目隠しも手錠もなしのようだ。
下野「おおっと!」
何かに躓いて、転びそうになった。
自分が担いできたスポーツバッグだ。
早速中身を確認する。
全てある。
何も押収されていないようだと、ほっとした。
それで力が抜けたのか、突然下腹部からぶるっと震えがきた。
下野「やばい、やばい。」
彼はなさけないちょこちょこ歩きで、背の低い草がぼっと生えている辺りに向かう。
ズボンのチャックを下ろし、立小便開始。
下野から見て国道の右手から、一台のハンヴィー(軍用…というかハマーの元)がやってくるのが見えた。
一人の軍人が車を降りてきて、下野の横にやってきた。
敬礼し、英語で何か言っている。
そのガタイのいい黒人兵士は兎に角しゃべりが早く、単語と単語がくっついて聞こえる。
どちらかと言うと”シマナ”っぽく聞こえるけど自分の名前を言っているのだろうか?
早口でよく聞き取れなかったが、自分の身元を確認したいんだと理解し、半分賭けでイエスと答えた。
するとまた早口でいろいろと話し出した。
手招きしているので、ついて来いと言っているのだろう。
だが、それは無理だ。
小便が止まらない。
長時間飛行機に乗っていたせいか?しごく貯まっており、いっこうに止まる気配が無い。
これは気まずい。
引きつりつつも笑顔っぽい表情をなんとか作り、”プリーズ、ウェイト ア ミニッツ”と答えた。
すると下野ののっぴきならない状態に気づいたその黒人兵士は、己が目を手で覆って大爆笑。
下野の首にごずんと腕を回してきた。
”ようこそアメリカへ”(英語)
下野は恥ずかしくって何も言えない。
ひたすら自分のモノに向かって早く終われと念じている。
黒人兵士は下野のブツを指差してこう言った。
”作戦が終わったら、お前の坊やをタフガイにしてくれるいい女を紹介してやる。”(英語)
人を舐めた巻き舌口調だが、いい女のあたりを強調しつつゆっくり話してくれたので、なんとなく意味がわかった。
なんともしまりが無く苦笑いしか出ないが、黒人兵士は楽しげに何かを歌いだした。
無駄に陽気な男だ、、なんか疲れるな。
永遠の泉もついに枯れ、ハンヴィーに乗って現場であるモーテルに向かう。
到着するまでの間、ずっと黒人兵士が早口でマシンガンの様に話しかけてきて、本当に参った。
どうやら、へんな気に入られ方をしたらしい。
数分で目的地が見えてきた。
物々しいのですぐにわかる。
百人ほどの警官で取り囲まれており、大型のテントが設置され軍隊も待機している。
離れた場所からでも現場の緊張感がビリビリと伝わてくる。
車を降り、黒人兵士についてゆく。
テントの中に案内された。
奥のほうに大きなモニタがあり、航空写真のようなものが表示されていた。
その中央にあるのは間違いなくこのモーテルだ。
モーテルを挟んだ国道の両側に印があり、それが”道路閉鎖中”を意味していることはすぐにわかった。
モニタの前にはヘッドセットを被った兵士が座っている。
まぁ、監視や調整を行っているに違いない。
特に敵を刺激するマスコミ等には入ってきて欲しくはないだろう。
おっと、遅れずにあのおしゃべり野郎の後についてゆかねば。
一人の白人士官の背中に向かって黒人兵士が敬礼をする。
振り返ると年季の入った強面。
かなりヤバイ面構えだ…これは絶対に人を何人か殺していると予想される。
そして同時に少なからず棺桶に片足突っ込んできたに違いない。
戦いが彼の顔を少しづつ整形していったのだろうか?
黒人兵士は例の早口で報告をし、以上ですと再び敬礼。
白人士官が判ったというと、彼はあれほどじゃれ付いてきた下野を見ようともせず去っていった。
どうやらおしゃべり好きのあの男も、この仕官の前では冗談無しのようだ。
白人士官がゆっくりと手を挙げ始めた。
いかん、先に礼をされては日本人として格好がつかない。
超特急で敬礼の形を作る。
下野「陸上自衛隊!下野紘准陸尉であります!」(日本語)
と、言い放って自ら固まる。
ガチョーン!しもたー、、まんまる日本語じゃーんっっ!
いや!今から言い直しても間に合う、諦めるな自分!
ええっと、英語!英語!英語!思い出せーっ。よしっ!なんかキタっ!!
とりあえず単語を順に並べればなんとかなるっ!
下野「Japan GSDF Warra…」
やたらでかくてごっつい手で、がっしと肩を握られた。
ニカッと笑っている。
しかし、ゴリラとライオンを足して10倍したようなそのツラで笑顔を作られても、逆に怖いわ。
”俺はお前をヒロと呼んで構わないか?お前は俺をチップと呼んでいい。”(英語)
いや、そんな可愛らしい語感の名前で呼びにくいわアンタ。
だが、自分の階級を省略したフレンドリーな行為は、下野の全身を強張らせていた力を一瞬で抜ききった。
気持ちは伝わってきたのだ。
自分の心の乱れ等お見通し、百戦錬磨のいい士官、敵わないなと思った。
そう、敗北を認めたら余計な力が抜けたのだ。
実は”チップ”とは、コンバット!のサンダース軍曹にかけた白人士官なりのジョークだったのだが、下野は名作コンバット!を知らない。
普通に、彼が周りからチップという愛称で呼ばれているのだと思い込んだ。
すぐにテーブルに案内された。
状況を教えてくれるのだろう。
案の定、テーブルの上にはモーテルの見取り図があり、手書きでいろいろと書き込まれている。
先ほどのやり取りで、下野は英語が苦手と読んだか、チップは易しい単語を選びゆっくり説明してくれた。
チップ「モーテルの真ん中には廊下がある。」(英語)
指で廊下をなぞってくれた。
チップ「廊下のそれぞれの側には4つの部屋がある。合計で8部屋だ。」(英語)
ごっつい指で、部屋を一つずつちょんちょんと指し示してくれた。
チップ「シライシはこの部屋に居る。入り口から一番遠い部屋だ。建物の角にある部屋だ。」(英語)
シライシとは拉致されている被害者、白石稔(33)のことだ。
チップ「この部屋には1つ窓がある。大きな窓だ。だが、家具で塞がれている。テロリストたちはベッドやテーブルを積み上げた。他の壁には窓は無い。我々はシライシに最も近い進入路を失った。」(英語)
チップはここで視線を見取り図から下野へと移す。
チップ「テロリストは9人いる。シライシはそれほど長い間、正気ではいられないだろう。」(英語)
はじめ、早く強硬手段を取って方をつけろとせかしているのかとも思ったが、彼がそんな意地の悪い男とは思えない。
チップの読みはあたっていた。
薄暗い部屋の中、常に銃口を向けられていた白石は憔悴し、頬はこけやつれている。
彼らが好んで吸う、火をつけるとバチバチ言うタバコの匂いも白石の心にダメージを与えてゆく。
チップ「ここまでで、何か質問は?」
下野は廊下の突き当たりの壁が気になっていた。
この壁から入れれば、すぐ左の部屋に白石が居る。
だが、なんて聞いていいものやら、、英語に不案内で言葉が出てこない。
”What sort of” で大丈夫かな?
壁が破壊が容易な材質かを知りたい。
思い切って話してみた。
下野「モーテルの外壁はどんな種類の材料ですか?」(英語)
チップはすぐにALC板だと答えてくれた。
ここではっと気づく、見取り図にもALCって書いてある。
これ、材質の名前だったのか、何かの暗号かと思った。
iPhoneを取り出し即時にググる。
ALC(オートクレーブ養生をした軽量気泡コンクリート)
ウィキペディアをざーっと読んでゆくと、構造材として期待できるほどの強度はなさそうだ。
つまりは比較的に弱い材質だと判断できる。
専用のノコギリで切断可能な薄手の製品もあるらしい。
これで下野の心は決まった。
発泡スチロールのコンクリート版なんざぁ、ぶった切ってやる!
間仕切りの材料は見取り図を確認した。
軽量鉄骨と石膏ボード。
そんなもの下野にとっては紙同然、簡単に切り裂ける。
早速、思いついた作戦をつたない英語で告げた。
下野「私はここから入ります。そして、可能な限り早く白石さんを確保します。」(英語)
ここからと言われても、お前が指差したそこは壁だろう?聞いた方は半信半疑、いや7割は疑だ。
チップ「壁を爆破するのか?」(英語)
下野「いいえ、私は切ることができるでしょう。」(英語)
青年が背負ってきた重そうなバッグに目をやるチップ。
彼は”日本には手がある、下野にやらせろ”とだけ上層部から伝えられている。
コンクリート板を一瞬で切り裂く工具を持ってきたってことか?
次に下野の目を見る、自信満々だ。
きっと彼は何らかの方法で、壁に大穴を開けてくれるだろう…感だが、これは信じていい。
そしてそれは米軍にとっても有利な新入路となる。
チップ「判った。だが、私が君の失敗を確認した場合は、我々がやる。君はそれでいいか?」(英語)
その提案の真意は判る。
下野が作るであろう入り口には賞味期限がある。
テロリストが室内の有利な位置から銃口を向け、新入にてこずっている間に家具を積み上げるなどして塞がれてしまえばそれまでなのだ。
その後、おそらく敵は人質を一つ隣の部屋に移すだろう、同じ作戦を使えなくするために。
チャンスは逃したくない…なるほど。
下野「いいです。」(英語)
早速、バッグを開けて軟式甲冑に着替える下野。
チップはそれを興味津々で見ている。
だが、その視線は次第に好意的なものではなくなっていく。
チップ「ヒロ、それは何だ?もしそれがアイアンマンなら、スクリーンの中に片付けてくれ。俺はそんなもの見たくない。」(英語)
下野は自分の顔に不敵な笑みが浮かび上がるのを抑えられない。
ここに来て、やっとチップに勝った気がした。
彼は軟式甲冑を理解できない、受け入れられないでいる。
自分は知っている!こいつの性能を、富士鏡の切れ味を。
下野「チップ、もしあなたがアイアンマンに会いたいなら、映画館に行くべきだ。」(英語)
初めて百戦錬磨の猛者にタメ口をきいてやった。
その全身からあふれる自信がチップに再び確信を与える。
”自分には理解できないが、ヒロはきっとやる”
軟式甲冑を着終わり、廊下の突き当たりの壁面へと向かうチップと下野。
状況を見てすぐに下野がもらす。
下野「どこが廊下ですか?」(英語)
建物はやや傾斜した地面に立っている。
横方向はど真ん中をぶった切れば良いとして、問題は縦方向…どこから上が床なのか良くわからない。
床下や天井裏に穴をうがっても仕方が無い。
チップが壁に印をつけるよう、部下に命じてくれた。
設計図を見ながら巻尺で測定し、赤のスプレー缶で四角く廊下の位置を描いてくれた。
その両側に米兵が10人づつ壁に沿って並ぶ。
下野が失敗したとき、すぐに突撃するためだ。
後は下野が実行するだけだが、ふとあることに気づき質問をした。
下野「白石さんの他には誰もいないのですか?お客がいない場合でも、何人かのモーテルの従業員はいると考えます。」(英語)
これには辛そうな表情を見せ…いや、テロリストへの怒りの表情を隠さないチップ。
チップ「皆、殺された。」(英語)
下野はヘルメットの内側で、しまったと後悔していた。
きいてはいけないことを訊いてしまった。
彼のプライドを大きく傷つけ、心の奥にしまっていた悲しみをほじり出した。
チップ「そう、皆殺された。残念だが我々は我々の市民を助けることができなかった。だが、日本はやってくれ。」(英語)
彼は良き軍人だ。
そして彼は、彼自身理解できない軟式甲冑と自分に期待している。
望みを託している。
下野「もちろんだ。」(英語)
この力強い一言に、白い東レゼロFの背中をバンとはたく。
チップ「さぁ、お前の時間だ。」(英語)
脇へと離れてゆくチップ。
下野は富士鏡をずるっと鞘から抜き、中段に構えた。
一方、モーテルの中ではテロリストの一人が廊下を、下野が突撃してくる壁面へ向かって歩いてきていた。
間違いなく二人は鉢合わせするだろう。
下野「kick start」
ヘルメットにはジェットエンジンと脚部ダンパー制御用のワンボードマイコンが内蔵されている。
全ては柔軟に曲がる基板上にプリントされ、ヘルメットの形状に成約を与えることは無い。
下野の言葉を契機にOSが起動、ヘルメット内部のモニタにNetBSDのログが表示されてゆく。
ログイン画面になり、声紋確認のアイコンが表示された。
下野「たい焼き焼けた。」
声紋の確認が目的なので、十分な長ささえあればこの言葉は何でもいい。
ホーム画面が表示され、その左上隅に脳波の受信レベルを示す5本線がある。
5本中3本が光っている。
米軍が壁につけてくれた廊下の位置を睨み、深呼吸。
そして、意を決し左腕のジェットエンジンを点火し、壁面に向かってすっ飛んでゆく。
下野「るああああっっ!!こんな空気ぶくれのコンクリ板、軽く切れよ!富士鏡ぃいいいいっっ!!!!」
バガンとブロックが割れるような音がして、壁に切れ込みが入った。
本当に軽く切ってくれた。
無我夢中で刀を振ったので、自分でもいつ切ったのか判らず、手応えが残っていない。
アドレナリン出まくりで、飛散するコンクリート片がゆっくりに見える。
脳波受信レベルも今やバリ5だ。
そして伝わってきた、その一つ目の太刀に驚愕する警官や兵士の魂の震えが。
下野「っしゃあああああっっ!!」
そのままショルダータックル。
バコンと盛大に壁が砕け散る。
その大きな破片の一つが、廊下を歩いてきていたテロリストの顔にびすんと当たる。
時速150km以上でコンクリートの塊が当たった。
瞬間、顔の前半分がまっ平に潰れ、首が折れ、頭部が後方にべちんと垂れた。
下野は腕を折り曲げてジェットエンジンを全開で吹かしてブレーキをかける。
下野の体は空中で半回転、腕が反対側に向かって強烈に伸ばされてゆく。
やばいと思った。
全開にしてはいけなかった、出力高すぎだ。
すぐにエンジンを全閉にするが、それでも体を建物の外に持っていかれそうだったので、刀を天井に刺して耐える。
下野「ぐあああああっっ!!」
腕が引っこ抜けるかと思った。
姿勢が落ち着いたところで、天井から刀を抜き床へと落ちてゆく。
下野「くそぅ!川崎重工ぉっ!エンジンのパワー手加減無しかよっっ!!」
超小型のジェットエンジンなので設計時点から出力に不安を感じていた下野は、川崎重工に”できるだけ高出力で”と注文していたのだが、今はそんなことすっかり忘れている。
床に着地しながら、白石が囚われている部屋の間仕切壁をV字型にたたっ切る。
ジェットエンジンを一瞬ブスンと吹かして、拳で間仕切りを粉砕しつつ部屋に侵入。
そのまま白石に銃口を向けている男の頭蓋骨に富士鏡を刺した。
室内には他に2人おり、ただちに下野と白石を狙って引き金を引く。
下野は東レゼロFに守られており、突撃銃の銃弾ごとき避ける必要が無い。
白石を守る必要がある。
下野は日本刀で刺した死体を、白石の前にぶら下げ盾代わりにした。
白石「ぎゃあああっっ!!」
死体の顔が目の前に来る格好となり、その恐怖に金切り声を上げる。
下野「白石さん。その死体からはみ出さないようにしてください。弾に当たりますよ。」
下野は死体で白石を脅しながら、彼をより安全な位置へと誘導してゆく。

紅点 第6話:下野アメリカへ

2012-04-04 21:09:00 | 小説
紅点(BENI TEN)


第6話:アメリカへ

地下鉄に飛び乗った下野が向かっているのは自分のマンションではない。
半蔵門線で一本、錦糸町で降りた。
彼が向かう先は、小山邸。
個人宅の庭にしては広すぎる日本庭園で心無に立つ小山力也。
彼は刀工として人間国宝に指定されている人物。
庭の片隅にそっと立つ、金柑の木の葉がかすかに揺れ、音をたてた。
小山の眉がぴくりと反応する。
小山「今日は…風が騒がしいな…」
日笠「でも少し…この風…泣いています。」
彼の後ろに控えていた彼の世話焼きの和服女性、日笠陽子が答えた。
そして小山は神に手を引かれるように、小山邸正門へふらりと足を進めてゆく。
猛々しい呼吸音、荒々しい獣の匂いが近づいてくるのを5感とは別な何かで感じた。
小山「どうやら風が街によくないモノを運んできちまったようだ。」
門の前に下野の姿、全力疾走してきたので肩で息をしている。
小山は荒れた息で挨拶もままならない下野を招き入れる。
小山「急ごう風がやむ前に。」
40畳はありそうな畳敷きの客間へと通される。
座して向き合う小山と下野。
日笠は小山の後ろに控えている。
かしこまって頭を下げる下野。
下野「本日はお願いが在って参りました。」
話を続けようとする青年に手のひらを向けて制する小山。
わずかに小山が顔を向けると、日笠は直ちに立ち上がり、部屋を出て行った。
下野は人払いをしたのかと思ったが、小山が話すつもりも自分に話をさせるつもりも無い様子だ。
沈黙が5分ほど続くと、日笠が戻ってきた。
彼女が手にしているものを見て驚く。
二人は自分が何の用事で来たのか、判っていたのだ。
日笠「富士鏡でございます。」
そう言って下野に差し出した。
刀の名を言われなくても”富士鏡”と判る。
こんなに分厚くて巾のある、バケモノじみた重さの日本刀は他に無い。
日笠も雪のように白い細腕にはつらそうで、に背を反らせてバランスをとりつつ刀を差し出している。
だが、そのか弱く儚げな姿も、彼女の美しさを引き立てる香水。
そう、確かに下野はこの刀を受け取りにきた。
礼を言おうとする下野を再び制する小山。
小山「よい。あの日、貴様は我が富士鏡を受け取ることを拒んだが、わしには判っていた。貴様は世に無双の人切り。そして富士鏡はこの世に唯一本の現代戦で通用する人切り包丁。ともに歩くが運命よ。」
これには厳しい目で反論する下野。
下野「いえ、今回はやむなくお借りするだけです。用事が済めばお返しいたします。」
うふふと微笑む日笠を睨み、非礼に抗議する下野。
日笠は妖艶な笑みで、今一度刀を差し出す。
白魚のような指と控えめな漆塗りの鞘のコントラストが美しい。
日笠「富士鏡は一途な刀です。とても。とても。ずっと、この刀は下野様をお慕いし続け、恋心に狂っておりましたわ。だってこの刀は、下野様と結ばれるために創られたのですから。」
通常の日本刀の3倍以上の重さがある富士鏡を、片手で軽々とわしづかみにする下野。
その屈強なる肉体。
鋼の体と獣の太刀が一つになった姿に、にわかに頬を染める日笠。
日笠「富士鏡はきっと、折れて果てるまで下野様の手を離れようとはしないでしょう。」
下野は”お預かりします”と今一度言葉を強調し、彼女の言葉を否定した。
一礼し去る下野の背に、思い出したように声をかける日笠。
日笠「タクシーを呼んでおきました。まもなく到着すると思います。」
下野「どうも…」
振り返らずに短く礼をいい、戸を閉めた。
正直彼女の完璧な立ち振る舞いが癇に障る。
確かに日本刀を担いで街を走り回るのはよろしくない。
なにより警官に職務質問をされたら時間を食ってしまい、何のために走ってきたのか判らない。
タクシーなら日本刀を人に見られる心配はないし、運転手も小山邸から日本刀を持った男が出てきても怪しまない。
日笠「礼には及びませんわ。私は富士鏡にとって、一番良いことをしただけですから。富士鏡を男女で分けるなら女。同じ女として気持ちは痛いほどわかるのです。」
下野はタクシーで自分のマンションへ向かう。
到着すると、エントランスの前に愛生が立っているのが見えた。
タクシーを降り、駆け寄る。
下野「豊崎、すまん。待たせたな。」
彼女は声をかけられるまで、下野に気づかなかったようだ。
愛生「わ!びっくりした。」
うわ、本当にただただぼけーっと突っ立ていたんだね。。
あきれて言葉が続かない。
愛生「ひろちゃんひさしぶりじゃのう。」
どうやったらこんなに人体から力をそぎ落とす発音ができるんだろう。
能天気って、精神兵器の一種なんだと思った。
なんかあれ、そうだエネルギードレインとかそういった感じの超能力だわ。
iPhoneで現在時間をチェックする下野。
石田が来るまで、あと30分はありそうだ。
手招きする。
下野「さぁ、僕の部屋に行こう。」
しかし愛生はその場でもじもじしている。
愛生「でへへー。やっぱ、ぱずかちぃー」
首をちょこんとすくめて、なーんて言われちゃった下野の顔が見る見る赤くなってゆく。
その鼻っ面を愛生が指差す。
愛生「ほらーっ」
下野「とっ!豊崎が変に意識するからだろっ!はっ!早く来いよっ!!」
腕を捕まえて引っ張ってゆく。
愛生「あーれーっ。おだいかんさまーっ。」
来た来た体力吸引発声法。。
ほんとにもう、どこまでが本気でどこまでが冗談なのか判別ができない。
きりきりと引っ立ててエレベーターに、乗り10階のボタンを押す。
愛生「おー、10!!キリがいい数字ですな。」
もぅやだこいつ。
食いつきどころがわけ判んない、キリがいい数字だからなんなの??
でも、こいつの人脈が今の自分には必要なのだ。
絶えろ自分!!
狭いエレベーターの中、二人っきり。
愛生が落ち着き無くぴょこぴょこと動くと彼女のにおいが漂ってきて、また顔が赤くなってしまった。
頭の中でお経を唱えながら冷静さを保つ下野。
10階に着いた。
玄関をくぐると”うごー、たくさん部屋があるーっ”と愛生が興奮し、あちこち覗いてはしゃいでいる。
子供か?
肘でちょんちょんと下野を突っつく愛生。
愛生「税金泥棒。」
にやにやと笑っている。
だめだこいつ…もう、無視だ無視!無視!
このペースに付き合っていたら、話はいっこうに進まない。
リビングに行き、早速話をきり出す。
下野「テロリストに日本人が拉致された事件知っている?」
大々的に犯行声明があったから各メディアはこぞって報じているはずだが、このぼんやり娘だけは絶対に知っているわけが無いという口調で言ってやった。
愛生「あー。電車の中で日経のニュース読んでたらそんな記事あったね。タイヘンだねー。」
下野は”え”と声に出して、きょとんとしている。
下野「豊崎、日経新聞読んでるんだ?」
いや、お前、そんな出来るキャラじゃないだろう。
加えて言うなら豊崎のダルイ口調で”タイヘンだね”って言われると、緊迫感が尻尾を巻いて逃げ出し、どうでもいい話に思えてくるよ。
彼女はインフォバーの画面を突き出して見せた。
愛生「読んでるよー。貧乏だけどお金払ってスマフォで読んでるよー。」
下野「いや、無理して世相に敏感ぶらなくてもいいと思うんだ。しかも日経なんてお堅い新聞…僕は豊崎には似合わないと思う。」
棒読みセリフ…その背伸びをして大人ぶる子供を哀れむようなその目に、がーんとショックを受ける愛生。
愛生「ひっどぉーい!私、己が咽だけが頼りの声優界で必死に生きているんだよ!世の流れをつかもうって日々努力しているんだよっっ!」
と、ここではっと気づく下野。
話が横にそれていっている。
イカン、イカン!!だめ、こいつのペースにはまったら負け。
下野「判った、僕が悪かった。この話ここまで。でね、こっから極秘なんだけど、、」
うんうんと身を乗り出してくる愛生。
下野「日本はテロリストの要求をのむ方向で動いているんだ。」
うんうんと相槌を打つ愛生。
下野「え…と、判ってる?聞いてる?」
どうしても心配になって確認してみた。
愛生「ひろちゃん!私をなんだと思っているのかなっっ!!」
あ、マジ切れした、ぷんぷん怒っている。
ちゃんと聞いていてくれてるみたい。
よかった、よかった。
ほっとした。
下野「僕はその会議を聞いていたのだけど、テロリストの要求をのむことで被害者の命が保障されるとはとても思えないんだ。」
うーんなるほどと、腕を組んで納得している愛生。
そして…あれ?なにこの頼れる雰囲気。
急激に何かが変化してゆく。
愛生「で、ひろちゃんはどうしたいの?」
声の感じがガラッと変わって、どきりとした。
後に世界樹と呼ばれる女の本性がちらりと見えた。
下野「犯行声明を出したテロリストの拠点近くには、米軍が駐留している。僕が一人で被害者の男性を救い出すから、米軍に手引きをしてくれるよう要請して欲しいんだ。」
かぶりを振る愛生。
愛生「単身敵陣に乗り込むって格好は良いけど、話にならないわ。その作戦が成功するって信じてもらえないと思う。」
ドキドキしてきた。
言葉上は自分のことを完全に否定されたわけだが、普通に考えればその通りで筋が通っている。
今与えられた情報だけで判断すればそれが正解、考え方がしっかりしている女性だ。
ずっと、彼女の人脈だけをうまく使いこなそうと計を案じていたが、全てを任せ頼り切っていいと思えてきた。
下野「ああ、そうだな。だが僕には奥の手があるんだ。」
iPhoneで時間を確認する。
下野「それがもうすぐ来る。」
ポーン。。
インターフォンがなった。
石田が大きな木箱を載せた台車を押してやってきた。
石田「もーぅ。ここ駐車場から遠くてやだぁーっ。ボクの腕はピンセットより重いものは持てないんだよう。。」
すぐに部屋に招き入れる。
石田に愛生を紹介し、一通りの方針を説明した後、愛生の前で箱を空けた。
白いスウェットスーツのようなものが入っている。愛生に見せて説明する下野。
下野「軟式甲冑0ノ24型。対人兵器は全て無力化できる。銃器はもちろん、毒ガスも細菌兵器もナパームの炎も無力だ。」
愛生は軟式甲冑をじっと見ている。
反応が無い。先ほどは頼りになりそうに見えたが、やはり豊崎は豊崎、分かってくれないか?
下野「豊崎?」
愛生「どこか、ひとりっきりになれる部屋を貸してくれる?電話してみる。」
急にそんなことを言われ、虚をつかれた格好になった。
下野「あ、ああ。どこでも好きな部屋を使ってくれ。」
石田が楽しげに手を挙げた。
石田「はいはーい。ぼくわぁ。三人で打ち合わせしっながら作戦をすすめられるのでぇ、ここで電話してくれたほうがいいとおっもいまぁーす。」
だが、その提案は愛生の冷気によって氷塊と化した。
愛生「二人は軍とだけ打ち合わせをすればよいと思っているようだけど、違うわ。横や上とも調整が必要なのよ。」
えー、微妙にぼやかした表現しているけど、横や上ってCIAやペンタゴン?
愛生「だれと私が話をしているのか知れるとまずいの。」
絶対零度の威圧感に、二人ともただ黙ってうなづく。
そこまで大きな話になるのだとは考えてもいなかった。
ちょっとぶるった。
愛生の友人の兵士に、ちょこっとテロリストの巣穴に連れて行ってもらうだけのつもりだった。
そんな大それた方々との調整が必要になるなんて、想定外だ。
愛生「話はわかったわ。やれるだけはやってみる。」
廊下を進み、リビングから一番遠い洋室を選んでドアを開けた。
中に入り、ドアを閉めるとき一言。
愛生「期待はしないでね。」
その威圧感に氷漬けにされた二人は、間が持たないまま長い30分を耐えた。
洋室のドアが開き彼女の影が廊下に落ち、二人の視線がそこに集中する。
うだーっと前のめりになり、つかれきった様子の愛生が出てきた。
うだうだと廊下を戻ってきて、リビングに到着し開口一番。
愛生「うー。」
なんかいつもの雰囲気に戻っている。
愛生「えうー。」
いや、いつもの雰囲気に拍車がかかっているかもしれない。
愛生「えーとー。二人とも着席。」
言われたとおり、そそくさとテーブルに着く石田と下野。
えっこらせっと婆くさくよれよれと座る愛生。
愛生「えー、重大発表です。日本は2つ勘違いしてます。」
顔を見合わせる石田と下野。
石田「日本全員が勘違いなの?」
こくこくとだるくだるくうなづく愛生。
愛生「まず被害者は中東にはいません。アメリカの国道沿いのモーテルで拉致られてます。」
これにはすぐさま反論する下野。
下野「そんなはずは無い!被害者は中東にいるはずだ、入国手続きを行っている。確認済みだ。僕が出席した会議でもそこはウラが取れていると報告があった。」
んがーっと背もたれにのけぞる愛生。
愛生「普通に偽装だねぇー。」
石田「えーっ。どゆこと?」
愛生「パスポートを偽装して、テロリストのうちの一人が被害者のふりして入国しました。国際結婚なんて普通だから”2世です”ってな雰囲気かもし出していりゃあ、日本人の姓名で外国人が入国してもばれやせんって。」
石田「ぎょえー。」
話を聞きながら思考の迷宮に迷い、眉間にしわを寄せる下野。
下野「なんでそんなことしたんだ?一人だって味方が多いほうが良いだろう?犯行声明だってどこから発しても同じだ。意味のない行為だろう?」
後方にのけぞった状態から、ぐりんと前に戻ってくる愛生。
愛生「はい、それが勘違いの2つめ。テロリストの標的は日本ではありません。」
これには二人とも察しがついた。
石田・下野「アメリカ!」
ボタンを叩くようにテーブルをべしべしとやる愛生。
愛生「ピンポン、ピンポーン!テロリストの目的はあくまでもアメリカ都市部、人口密集地での自爆テロです。」
だが、二人がわかったのはそこまで。
続きは愛生の答えを待つしかない。
愛生「アメリカはテロリストの動きを完璧に把握していました。逮捕寸前まで行ったんですが、ここでテロちゃんずが意地を見せました。」
下野が自信無さげに答えを続けてみる。
下野「たてこもり?」
愛生の人差し指が伸びてきた。
愛生「はい正解。突入される前に逃げちゃったんだね。で、自国へ向かう日本人ビジネスマンを見つけたテロちゃんはこれを利用することを思いつきました。テロちゃんの一人がなりすましで自国の拠点へ報告…盗聴される心配なしにね。残りは日本人を盾に自爆テロのチャンスをうかがう。」
ここで石田の表情が謎色に染まる。
石田「なんでアメリカは日本に教えてくれないの。」
下野がはっと気づく、全てを察した。
愛生もそれに気づいたが、自分の口で話を続けた。
愛生「アメちゃんも話したいのはやまやまなんですけどね。話し方ってのがあってですね。」
石田の顔は謎色のまま。
深くうなづき、自らに説明するように口を開く下野。
下野「アメリカはテロに絶対に屈しない。万が一のときはおそらく…数百人と見積もられる一般人を守るため、日本人一名を犠牲にして強硬手段をとらざるを得ない。まずはそうならないように対応するが、そうなったときのために布石はうっておきたい。」
石田のため息。
石田「なんだ、向こうさんも手詰まりで説明に困っているってわけか。」
愛生「早めに連絡しようとがんばっているみたいだから、そう言っちゃうと可愛そうだよー。でも悪い奴は頭がいいねー、こんなやり方で日本を巻き込んでしまえばアメリカがめっちゃ困るって解ってる。人の嫌がることをする天才だよね。」
その言葉に続けて下野の顔をじっと見る。
愛生「アメリカ的には日本がカタをつけてくれるならそれが望ましいってさ。」
再び石田のため息。
石田「強攻策で人質が死んだとき、アメリカは非難されることが無いからね。」
愛生「だからぁ、出来るだけ当たり障りなく、仲良くしていたいだけだって。。」
下野の顔が決意にキッと引きしまる。
下野「協力は得られるんだな。」
しっかりとうなづく愛生。
愛生「うん。アメリカはひろちゃんの秘密兵器のことも知ってたよー。”私は本当に感じるトーレゼロエフが有効なことを今回の場合”って言ってたもん。」
石田のつぼにはまったらしく、けらけらと笑い出した。
石田「あきちゃんはー英語わ話せるよーだけど通訳はむりっぽいねぃ。今の台詞、英語原文を思い浮かべてから意訳しなおしてやっと理解できた。あはははは!」
立ち上がり隣の部屋から大きなスポーツバッグを持ってくる下野。
軟式甲冑を詰め込みながら愛生に最後の質問を投げる。
下野「僕はどこに行けばいい?」
スマフォで下野の写真を撮る愛生。
スマフォをムニムニと操作しながら答える。
愛生「羽田空港。相手のことは教えられないのね。写真メールしておくから、見つけてもらえることを祈っておいて頂戴。」
下野がバックパックを置いてゆこうとしているのに気づいて、バッグに入れようとする石田。
しかし腕をずおっと伸ばして拒否する下野。
下野「今回はバックパックは要りません。」
石田「銃はどうするんだい?米軍に借りるんだろう?」
富士鏡を差し出す下野。
下野「今回はこれで戦います。」
刀一本で、銃や爆弾を持ったテロリストと戦うだって?そんな侍魂、屁のツッパリにもならないだろう。
石田「冗談だろ?」
富士鏡を椅子に座っている石田の膝にそっと置き、また持ち上げる。
重かった、ぞっとするほど。
下野が片手で軽々と取り扱っているのが信じられない。
下野「米軍が用意してくれる歩兵用の兵装では破壊力に限界があります。この刀なら限界はありません。万が一のとき、この富士鏡なら事態を打破できます。」
石田「あ、あぁ、、そう、、なんだ。」
石田は凍り付いている。
まさか、この一年実験開発をともにした青年が、とんでもないバケモノだったなんて。
愛生がぽんぽんと下野の肩を叩く。
愛生「ねぇ、あと1、2時間くらいこの部屋使ってもいい?」
下野「いいけど…」
愛生「アメリカにね…”はい、我々はできるだろう、除いて、全ての日本要人達の一致?承認?がなされない”…なんか私のインチキ英語だとあやふやだけど、兎に角約束をしちゃったのよ。これから日本のあちこちに電話して話を通しておかなきゃいけないのよ。私のワンルーム壁が薄いから、他国語ならともかく日本語でめったなことは話せないのね。」
下野は一回うなづき、電話代の引き出しを開け合鍵を取り出す。
それを愛生に渡した。
下野「これを使ってくれ。エントランスもこの鍵で開けられる。」
そして大きなスポーツバッグを背負い、部屋を出てゆく。
石田がぶんぶんと腕を振って送り出す。
石田「いってこい!さっむらぁーーっいっ!!軟式甲冑の性能はボクが保証するよ~ン!!」
合鍵を上着のポケットにしまう愛生。
これはこのまま愛生の物となり、下野に返されることは無かった。

紅点 第5話:試作機色

2012-03-28 21:00:33 | 小説
紅点(BENI TEN)


第5話:試作機色

輸送機はリビアに到着。
機内で軟式甲冑を身に着ける隊員達。
いよいよ実践なんだと、ブツブツと泡立った実感が全身を這いずりまわり指先が震えだす者も少なくない。
全身になんともいえない痺れを感じ、これは夢なんじゃないかとすら思う。
隊員達は平和な日本に生まれ育ってきた。
そんな自分がこれから人殺しをするなんて、にわかには信じられない。
彼等は下野が政界から退いたあとの平和な世界で青春を過ごしたのだ。
それにしても軟式甲冑は柔らかく、人の体の動きに追従し軽い。
こいつの性能は良く知っているが、本当に自分の身を守ってくれるのか疑わしくなってくる。
そんな不安に心曇らせつつも若者たちに尊敬のため息をつかせているのは、杉田の鍛え上げられた体だ。
どっしりとした腹部は野太いインナーマッスルを予想させるのに何の不足も無い。
上体の肉付きは標準的だが体幹につながる背筋は見事に発達している。
足の甲は盛り上がり、足の裏にはバナナが一本仕込まれているのではないかと思うほどがっしりした筋肉が縦方向にある。
必要な筋肉は貪欲に備え、不必要なものは脂肪どころか筋肉や骨すらそぎ落とす。
徹底的に戦いに特化した物騒な体だ。
隣で着替えていた間島が、杉田の呼吸回数が異様に少ないことに気づいた。
心肺機能も人並みはずれていそうだ。
間島「大臣。」
自分が隣にいるのだ、皆の敬意を代表して言うなら自分だ。
杉田「なんだ?」
ギっと見られると、恐れ多く息を飲んだ。
間島「日本刀のようなお体です、驚きました。いったいいつ鍛えていらっしゃるのですか?」
杉田はこの若造になんと言って喝を入れてやるか、一間考えた後答えた。
杉田「例えば今だ。」
その台詞に皆どきりとした。
かっこよすぎると、周りにいた男どもがその台詞に惚れた。
右手で間島の頭を鷲掴みにする杉田。
杉田「常に戦っていろ。貴様のような子犬は地獄の門の手前で蹴り返されるだけだな。」
その迫力、間島は形ばかりに判りましたと答えるのがやっとだった。
皆より遅れて下野がやってきた。
ゆかな「おじさん、おそーい。」
これに照れ笑いで答える下野。
下野「俺もじぃちゃんなんだからさ、大目に見てくれよ。」
皆と同じパールホワイトに日の丸を背負った、美しい軟式甲冑を手にしようとして杉田に止められる。
別な軟式甲冑をずいと力強く差し出す。
それは無塗装。
素材である東レゼロFIIIのままの色。
つやの無い、やや黄色味がかった白。
杉田「白い悪魔はこの試作機色でなければなりません。」
下野に手渡されたそれは背に日の丸が無い。
しつこく書くが全くの無地だ。
下野「試作機色か、」
ここで、軟式甲冑が開発された経緯をちょっと書きたい。
大学を卒業した下野紘は、神谷の勧めで自衛隊に入った。
そして半年間の研修が終わった後、すぐに新しい防弾チョッキ開発の担当になった。
新入り隊員だが仕事内容は士官扱い。
共同開発者は東レ株式会社。
前年、東レが高速で衝突してきたものを表面で滑らせる性質を持つ、純白の素材を発表した。
低反発素材と組み合わせて、精密機械を衝撃から守るジャケットに使えると判断し、MIL-STD-810Gに準拠可能な試作品を展示会に出展した。
素材にはゼロFと言う名前が与えられている。
ブースの天井からぶら下げたiPadにジャケットを取り付け、ハンマーで思いっきりぶったたくデモを行っていた。
ハワイまで行って行って録ってきた、拳銃でジャケットを撃つ実験のビデオもブース内のテレビモニタで流されていた。
これを見た自衛隊の士官が、この素材を防弾にも使えないかと考えたのだ。
それは軽い思いつきだった。
その新し物好きの士官が持ち帰った報告が、小規模だがひとつのプロジェクトになったのは、たまたまその年に下野が入隊してきたから。
上層部は”下野に丁度良い”と判断した。
東レからは石田彰と言う博士号を持つ研究員が派遣されてきた。
角度や素材の厚さ、素材を引っ張る張力などを変えながらライフル等で撃ち、データを収集する毎日。
そのうち、銃で撃つ以外の他の方法でゼロFを攻撃をしたらどうなるかという興味がわいてきた。
実験の結果、電気も通さなければ耐酸性なども極めて高いことがわかった。
その優秀な実験データを見て、これを単なる防弾チョッキ以上のものに使う構想が下野の頭にうかぶ。
夢見るような目をしだしてからの数日、下野は演習場の片隅に設置された実験場に現れなかった。
レシピに従い、一人淡々と実験を続ける石田博士。
ある日突然、下野は実験場に戻ってくる。
手に数枚のスケッチを握っている。
下野「博士。実験を中断してください、研究室に戻りましょう。ちょっと打ち合わせをしたいのです。」
いったい何を打ち合わせしたいのかわからないが、とりあえず言うとおりにする。
下野は自衛隊では将来を背負う逸材とされていた。
そのことは上層部より、石田博士にもよくよく念押し伝えられている。
貴重な人材であるから、大切にせよと言われている。
特に”失敗をさせるな”と言われている。
石田「いいですよぉ。じゃぁ、ちょぉっと片付けちゃうから、5分待っていてくれるっかなぁ?」
勢いハイと返事をした後首を振り、自分も片づけを手伝う下野。
研究室に戻ってくる二人。
石田博士がコーヒーを煎れてくる。
すでに打ち合わせテーブルに座っている下野に差し出す。
下野「どうも。」
コーヒーを一口飲みながら、だらっと席につく石田博士
石田「でぇ~、、話があるんですよぉねぇ?なぁんですぅ?」
右手に握り締めていたスケッチをテーブルの上に広げる下野。
アニメに出てくるヒーローのようなものが描かれている。
一見幼稚なそれを見て、石田博士は一瞬コーヒーを噴出しそうになった。
我慢した反動で咳き込む。
石田「えぇーとーぉ。なんですか?これ?」
結局耐えかね、失礼な反応をしてしまったわけだ。
だが構わず真剣な表情で語りだす下野。
下野「石田博士、ゼロFはとんでもない代物ですよ。」
軽くうなづく石田博士。
これは”幼稚な発想だと馬鹿にしないで、ちゃんと聞いているよ”というポーズ。
また、自社製品が極めて優れているというアピールでもある。
下野「自分はゼロFを用いて、歩兵の戦力を戦車や戦闘機と拮抗するレベルまで高めることができると考えています。」
石田博士は”なるほど、そんな面白おかしいことを考えていちゃってたんだ”と困り眉をひそめる。
正直イタいと苦笑を押し沈めるのに必死だった。
だが相手は期待の大型新人、腫れ物を触るように扱わなければならない。
否定発言も、真綿でくるみリボンをそえて口にする必要がある。
石田「ええとぉですね。ゼロFは整形後の加工が非常に困難な素材なので、、この様な人の全身を覆う複雑な形だとっすね、加工費がかかりましてぇえ。何億円もする代物になっちゃうんですよぉねぇえ。」
億単位の金額を突きつければ、きっとひるむだろうと考えた。
しかし下野に引き下がる気配は無い。
テーブルをダンと叩く。
下野「それでもです。ゼロFを用いれば、そのずば抜けた防御力で対人兵器は無力化できます。」
石田「ですねぇー。。」
これには頷かざるを得ない。
実験結果がそう言っているから否定できない。
石田「でも、戦車砲や迫撃砲撃たれちゃったら、ちょっと厳しいかもですよね?」
下野はまさにそこだと言わんばかりに身を乗り出してきた。
下野「直撃しなければ大丈夫です。ゼロFの性質を最大限に高める、力をそらすような動きも考えました。着弾後の衝撃回避動作になるので、自分はこれを”遅延回避”と名付けました。」
これはかなり本気だな、やばーいと思った。
”遅延回避”ですか、名付けちゃいましたか。
あるある、若いときはある。
石田「中二病乙。。」
下野「はい?」
いかん!いかん!つい口をついて出てしまった!!だが、声が小さすぎてはっきりとは聞き取れていないようだ。
あっぶなーっっ。
こりゃぁ、諦めさせるにはかなりてこずりそうだ。
どう断ったものかアイディアをひねり出すために、コーヒーをもう一口飲む石田博士。
下野「対戦車兵器等は歩兵を狙うことを想定していません。人という小さな的に直撃させるのは困難なはずです。防御力が同等なら的の小さい歩兵の方が断然有利なんです。」
うーん、これはこれはものすごく筋の通ったドリームだ。
なまじ頭がいいと妙なことをさも正しく言い切るからなー、困ったものだにゃー。
なんとなーくごまかしてやり過ごし、忘れたりあきらめたりするのを待つのは無理っぽいかにゃー。
そもそも僕は科学者であり、人をうまく誘導して扱うようなテクニックは持ち合わせていないんだよにゃー。
だが、あきらめてもらわないと困るんだよにゃー。
下野君に変なことさせたら怒られるの僕なんだよにゃー。
石田博士は変化球を使った説得はあきらめ、彼に自分の立場を判ってもらうことにした。
深い溜息と共に彼の名を呼ぶ。
石田「下野君。」
下野「はい。」
下野は真剣な表情を決して崩さない。
石田「君ぃ、、なんで入隊早々こんな研究を任されたか判ってるぅ?」
力強い答えが帰ってくる。
下野「いえ!考えたこともありません。自分は与えられた任務を全力で行うだけです。」
がっくりきた。
そーなんだ、考えたこと無いんだ。
ふーん、すげー。。ある意味立派だわぁー。
気を取り直して説明を続ける石田博士。
石田「君わさ、自衛隊の大型新人、期待の星なんだよう。」
下野は表情を固まらせ、それまでまっすぐに向けてきていた視線を逃げるように下にそらし照れた。
下野「そんな、自分なんて。何もできないひよっこです。」
その様子を見て、しめしめ今の一言は効いたなとほくそ笑む石田博士。
石田「うーん、それが本当にゃんだにゃー。でさ、上層部としては君を手っ取り早く昇進させたいわけなんだよねぇ。」
下野はうつむいたまま小さくなっている。
下野「は、はぁ。」
よしよし、抑え込めてる。
もう一息だ。
勝利を確信し、とどめの一言を放つ。
石田「でさ、君に防弾チョッキ開発の仕事を任せたわけー。何でも良いから昇進させる理由、つまり君の実績が欲しかったんだねー。だからさ、失敗する可能性のある青臭い夢見がちなプランに、僕はうんと言えないんだよぅ。悪いけどね。自衛隊が欲しいのは君の成功だっけなのさぁ。例えそれが取るに足らない小さな成果でもね。」
これで決まったろうと、下野を見るとむっとしている。
鋭い視線をナイフの様にのど元に突きつけられた。
下野「失敗上等です。国民の血税をつぎ込んで失敗したら、僕がその費用を一生をかけて返済します。」
うっひょー、想定の斜め上の答えが返ってきた。
”失敗したら研究費は自腹で返済する”って何語だよ?
僕の言い方どこが間違っていたんだろう?
自分の台詞を今一度思い出す石田博士。
石田「え~っっ。」
困り果ててまじりっけの無い弱音が口から出る。
テーブルに両手をつき頭を下げる下野。
ごつっとテーブルにおデコを叩きつける音がした。
下野「自分は本気です。やらせてください。お願いします。」
ぐわー、きたきたっ。
土下座キタ。
いや、頭下げられてもムリだから。
上層部から怒られたら、僕の会社丸ごとやばい感じになるから。
どうしよう?
でもでもでもなんかもう、ある程度妥協するしかない感じだにゃー。
あきらめ気味に腹をくくる石田。
石田「じゃぁ、とりあえず一着だけ、試作機作ってみる?」
それであきらめてくれと言う願いをこめて言ってみた。
未だ頭を下げたままの下野。
下野「博士!ありがとうございます!!」
その日から、試作機の設計が始まった。
CADで設計した形に整形したゼロFの布地を、下野の肩など該当部にあてがってみる。
不満そうな下野。
下野「これだと、肩を上げたときに厳しいですね。ほら、ちょっと突っ張る感じです。」
うーんとうなる石田博士。
石田「えーまじすかぁ?じゃあここも分割しないとダメっすかね?でもコスト上がりますよぉ、ちょっと突っ張るくらい、我慢できませんかぁ?」
迷わず答える下野。
下野「コストダウンは後で考えることです。まずは必要な性能を実現しましょう。パーツを分割して解決できるならそうしてください。」
がっかりする石田博士。
石田「パーツ点数減らしてコスト下げるためにこの複雑な形考え出したのにー、神発想だったのにぃぃいいーーっ。」
ごねられようが、固く首を横に振る下野。
下野「ダメです。別けてください。」
己れのこだわりを貫き通す下野。
10ヶ月をかけて、設計図”軟式甲冑0ノ24型”は完成した。
設計図を東リ本社に回し待つこと3週間。
試作機”軟式甲冑0ノ24型”が二人の元に納品された。
素材の色そのままの純白。
梱包を解き、設計図とつき合わせて各部をチェックする。
股間やひざの裏の形状に変更が加えられていた。
二人はできるだけ体に密着していたほうが良いと考えて寸法を決めたが、製造は一部のパーツについては人体との間にわずかな隙間ができるように作ってきた。
唇に拳を添える石田博士。
製造ミスかなという下野の視線をちらりと確認する。
石田「うーん、こっちのほうが良いって言う製造の判断かもなぁ。奴らも試着しながら作ってきたはずだからねぇ。。」
そういうものなのかと、ちょっと感心する下野。
急にただの物である試作品から人のにおいがしてきた。
作り手の魂を感じた。
下野は開発プロジェクト初体験、そういった他部署とのやりとりは判っていない。
そこらへんの裁量は石田博士におんぶに抱っこ、お任せするしかない。
下野「博士が良いと思うなら、自分も良いと思います。」
へらへらと笑顔を作る石田博士。
石田「いいと思うよ。あのおやっさんが、寸法間違えるはずないもんねぇ。考えがあってのことさぁ~。」
早速下野が試着する。
頭のてっぺんからつま先までゼロFの素材で作られた、軟式甲冑0ノ24型。
石田「どんなもんっすかね?」
ヘルメットを被っていて表情は見えないが、声でわかる。
下野「軽いです!」
今の彼の表情は、手応えを実感する笑顔のはずだ。
更に2週間後、川崎重工に発注していた軟式甲冑用の器具類が納品されてきた。
左腕につける小型ジェットエンジン。
火器を収納するバックパック。
脚部のダンパーだ。
早速装着してみるとバックパックの背中にあたる部分がよくなく、うまく収まらない。
設計図を見ながら採寸する。
下野「寸法は合ってますね。」
石田「ガチョーン。こりゃあ痛恨の設計ミスっすね。」
やてもたーっと後ろに反り返る石田博士。
もう一度バックパックを下野が背負ってみる。
石田博士が想定した位置よりやや下にバックパックが納まっている。
そうか、、やや垂れてくるんだと後方によろける。
人体が柔らかいてことを考慮に入れてなかった、肩のあたりが沈んでいる。
下野「どうです?作り直しですか?」
問題の箇所をじっと見る石田博士。
ここらへんに収まり上の遊びを作ってやればいいはずだ。
石田「うーん、いーやぁ。。肩側の構造材をちろっと削ればいけるかもー。」
早速電話で事情を話し、川崎重工の技術者にきてもらうことにした。
電話を切ってから10分もしないうちに、下野のPCにメールが来た。
明日”鈴木達央”という技術者を向かわせるので、入場申請をしておいて欲しいという。
石田「はっぇ~。川崎重工、神対応っすなぁ。」
翌日の朝10時、予定通りに鈴木は軽自動車に乗ってやってきた。
先ずはお決まりの名刺交換。
下野「急に来てもらってすいません。」
顔の前で手を横に振る鈴木。
鈴木「とんでもないですよ。それより状況を詳しく教えてもらえますか?さっさとやっつけちゃいましょう。」
バックパックを背負う下野を前に説明する石田博士。
鈴木「なるほどね。確かにちょっと削ればいけそうですね。ここは肉厚だから削りしろは十分にあります。で、どこで作業をすればいいですか?ここだと部屋が鉄粉まみれになっちゃいますけど。」
顔を見合わせる石田と下野。
下野「表へ、実験場に行きましょう。」
うなづく石田。
鈴木「了解っす。じゃ、車に戻って工具持ってきますわ。」
下野が判りましたと答えるより先に石田が、もっと効率の良いやり方を提案する。
石田「下野君はバックパックを持って先に行っていてくれるかな?僕は鈴木さんといっしょに駐車場に行って、実験場まで案内するよ。」
それがいいと頷く下野。
そして実験場。
鈴木は慎重に構造材を削ってゆく。
ちょっと削ってはあてがい、またちょっと削ってはあてがう。
5回ほどそんな作業が続いた。
下野「あ!これ良いです!ぴったりです。」
その一声に石田と鈴木のほっとした表情。
収まりを目視確認してみると確かにぴったり。
石田「いやー、いい仕事してますねい。」
自慢げに鼻の下を人差指で一擦りする鈴木。
鈴木「へへっ。ま、ざっとこんなもんですわ。他には何か?」
下野が振り返って答える。
下野「いえこれだけです。ありがとうございました。助かりました!」
礼を言うと工作バカのまっすぐな笑顔が見えた。
鈴木「またなんかあったら俺を名指しで呼んでください。こういう面白そうな代物、たまんなく大好きなんですよ。そいじゃ!まいどありがとうございましたっ。」
なんだかさわやかに帰っていった。
一ヶ月後、石川英郎陸将補が研究室にやって来た。
石田が笑顔で出迎える。
石田「これわこれわ石川さん。ようこそいらっしゃぁいまぁーしたぁ。」
下野は無言で敬礼。
石川「下野、来い。」
下野「ハイ。」
そのまま何の説明もなく研究室を出てゆく石川。
遅れじとついてゆく下野。
ヘリがエンジンを止めずに待機している。
石田「乗れ。」
下野「ハイ。」
ヘリで移動なんて驚いたし、質問は多々あるが黙って従う。
たどり着いた会議室に入ると、総理大臣以下そうそうたる顔ぶれが揃っている。
さすがの下野も生唾を飲み込み半歩引いた。
一礼し席に着く石川。
下野へと振り返り隣の席を指さす。
石川「座れ。」
下野「ハイ。」
下野の腕を引き、耳元で事態を説明する。
石川「テロリストに日本人男性が一名拉致された。」
驚いたが、声は出さず、唯一回うなづく下野。
石川「1時間ほど前に犯行声明があり、身代金を要求されている。」
今一度うなづく下野。
石川「滅多にもない事態だ。お前はここに座り一部始終を見、経験をしろ。」
一旦言葉を置いたあと、念を押すように言う。
石川「判断は私たちがする。お前は黙って座っているのだ。」
うなづく下野。
だが今回のそれは今までと違い、服従を示すものではない。
姿勢を正して座り、成り行きを見守る下野。
会議はテロリストの要求を飲む方向で進み、昼休みになった。
石川の昼食の誘いを断り、駅へと向かって駆け出した。
iPhoneを取り出し、石田博士に連絡する。
石田「はっいはーい。いっしぃーでぇーす。」
全力で走りながら話す下野。
下野「軟式甲冑とジェットエンジンを自分のマンションまで持ってきてください。場所はわかってますね?」
突拍子も無い要求に困惑する石田。
石田「え?なに…」
何か言っている途中だが、構わず電話を切る。
続けて愛生に電話。
彼女は声優になっていた。
今日は仕事もオーディションも無く暇で、だるーくカフェでくつろいでいた。
愛生のインフォバーが鳴る。
愛生「っんやー、ひろちゃんからだ。なんだろう?」
小指をピンと立ててインフォバーを耳にあてる。
愛生「なーんざます。」
そのふざけた声に、緊張感を打ち砕かれる下野。
下野「え、えーと。豊崎さん?」
かけてもいないメガネをちょんちょんと突き上げるような仕草をしながら答える愛生。
愛生「んまっ!わらわの声を忘れたかのような言い草。ゆるせません!ゆるせませんわっ!!」
この空気に飲み込まれてなるものかと下野。
下野「豊崎っ!!」
その声にびっくりして、瞬間耳からインフォバーを離す愛生。
下野「なぁ?豊崎さ、ひょっとして米軍にも友達いないか?」
電話の向こうでうーんという唸り声が聞こえる、さすがの愛生でも居ないのかな?と諦め始めた。
愛生「少ないけど居る。」
居るのかっ!!かぶりつくように問う。
下野「な!何人だ?」
愛生「60人ちょっとって感じかなぁ。」
その数字を申し訳なさそうに答える愛生に驚き、顔の表面がひきつる。
愛生は”ロシア軍なら100人以上知り合いがいるんだけど、米軍は手薄でしてー”などと小声で言っている。
いや、いけそうだよ!60人すごいよ!やはり頼むなら愛生しかいない。
下野「なぁ、これから会えないか?」
だるそうに左腕をぷらぷらさせている愛生。
愛生「いーよー、暇だし。そーだ、なんかおごれ。私、駆け出しの声優だから貧乏なんだよ。」
びくともしないなこの娘の空気の緩さ、歪み無いわ。
下野「あのさぁ、僕のマンションに来て欲しいんだ。住所…いや、GoogleMapのURLメールするからスマフォでナビって来てくれよ。急ぎなんだ。」
ケタケタと軽くだっるぅーい笑い声が聞こえてきた。
愛生「うぇへへへ。なに、なに?私を部屋に連れ込んで、何する気なの?告白するの?成功率は50%ね、雰囲気作りが鍵とだけ言っておこう。いきなりキスすんなよ、禁止な。うひゃひゃひゃひゃ。」
ホントにもう、緊張感のかけらもない。
下野「そんなんじゃないよ。内容がちょっと極秘というか、間違っても誰かに聞かれたらまずいんだ。じゃ、頼んだからね!」
プー、プー、
愛生「あ、切れた。自分の要件だけ言って切りやがった。」
1分ほどで、下野からのメールが来た。
URLをタップして開く。
愛生「うわー、めっちゃ23区内。」
Googleアースで下野のマンションの画像を見る。
愛生「ほほう、この一等地で、しかも高層マンションかい。」
ゆるーく、感動している。
下野は地下鉄で移動中、その目は穏やかならず。
下野「日本はテロリストに決して屈しない。」

紅点 第4話:純粋なる脅威

2012-03-21 20:33:08 | 小説
紅点(BENI TEN)


第4話:純粋なる脅威

輸送機が離陸した後、追いかけて護衛の戦闘機も離陸。
上昇の揺れが収まった後、やおら杉田が立ち上がりミーティングが始まる。
世界地図を前に作戦の説明を始める杉田。
杉田「長旅になる。地球の裏側まで行くぞ。」
地図を指差しながら、、
杉田「タイとサウジアラビアで補給を行いリビアへ向かう。リビアからは陸路を進みスーダンに入る。」
ここでスーダンの地図を拡大。
杉田「ひょっとしたら国境付近でひと悶着あるかもしれぬが、邪魔だてする者は殺せ。事前に警告する必要は無い。」
物騒な指示にぎょっとしている隊員もいる。下野が気を使って口を挟む。
下野「世界樹に札はかけてきたんだろう?」
これにうなずく杉田。
杉田「ええ、きっと問題なく国境通過できるでしょう。だが万が一のときは相手が誰でも構わん、力ずくで前に進め。」
続けてちょんちょんと人里離れた山間の一点を指差す。
杉田「敵はここに砦を構えている。周囲には地雷がみっちり埋まっているのでその手前で車を降り、徒歩で敵地に乗り込む。以上だ。」
下野とゆかな以外の全隊員がキョトンとしている。
お互いの顔を見合わせて何か言いたそうにしている。
”今のが作戦の全てだって?”
いや、いや、いや!大雑把過ぎるだろうそれ!!
おかしいだろ!!
たまりかねて一人が手をあげる、間島淳司隊員だ。
間島「大臣!質問をしてもよろしいでしょうか?」
杉田「ああ、いいぞ。」
間島「到着予定時間はいつでしょうか?」
面倒くさそうな顔で耳の穴をほじる杉田。
”なんだ、そんなことか”って顔をしている。
杉田「さぁーな。夜着けば夜だし、昼に着けば昼だ。」
そんな、、と視線をうつろにしながら次の質問を投げる。
間島「敵兵は何人ぐらいいるのでしょうか?兵装はどのように想定されていますか?」
ふいーっと、杉田は眠そうな顔。
杉田「うむ、それは聞いたなぁ、詳しい報告があった…だが、興味が無かったので記憶には残らなんだ。従って今、答えることはできない。」
この一言ににわかに隊員達がざわめきだす。
何かおかしい。
何だこの状態は?
皆、自分がいるその場の空気を読みかねている、、ゆかなを除いて。
そうじゃないはずだと、すがるように間島が続ける。
間島「地雷への対策はあるのでしょうか?」
逆に不思議そうな顔を返す杉田。
杉田「あーん?必要なのか?」
今までの杉田の応答から導き出される答えは”ほぼノープラン”だ。
これから命がけの戦いをしようというのに、それはありえないだろう!?
普通、綿密な計画ってやつをたてるだろう!?
間島「そんな無茶苦茶な。お言葉ですが大臣!今回の作戦はこの場にいる10名の戦力で十分か、把握していらっしゃいますか?」
この力ない台詞に腹を抱えて笑うゆかな。
ゆかな「間島ぁ。」
ギラギラした目で横からズサリと見下され萎縮する間島。
間島「な、なんだよ。」
親指を下に向けるゆかな。
ゆかな「お前、タイで降りて日本に帰れ。餞別だ、飛行機代はアタシがおごってやる。」
この一言の意味は誰にだって判る。
お前は紅点に向いていない。
今見聞きしているこのやりかたが紅点なんだ、少しでも不安を感じているようでは役には立たない。
そんな奴は今すぐにでも帰って除隊願いを出せ。
しかし彼も自衛隊員トップひとつまみの超エリートだ、意地がある。
笑われたら真っ赤になって恥じるさ。
間島「じっ!自分だって何時でも!誰とでも戦うさ!!覚悟はある!軟式甲冑に対して対人地雷が無力な事も判ってる。もし、今得られる情報があるなら、知っておけばより活躍できると思っただけさ!」
そういった後、はっとしてさらに顔を赤くする。
なんたる、唯の言い訳。
恥を上塗りしてしまった。
ニヤニヤと廻りを見渡すゆかな。
ゆかな「他の奴らも口にしないだけで、腹の中は間島と同じだろう?そんな顔してるぜぇ。」
皆一様にムッとしてうつむいている。
ああ、その通りだ。正解だよ。
あっているのが余計に腹立たしい。
ゆかな「帰れよ。この作戦、アタシ一人で充分だ。」
こんなこと言われてムッとしないやつなんていない。
ピリっと空気が強張る。
間島がやってきて彼女の袖を握り引く。
気を使っての行為だ。
間島「自分がくだらない言い訳をしたのは認めるし、君が飛び抜けて優れた兵士である事も認める。だが、今のは言いすぎだろう。」
ところが当のゆかなはそんなこと気にしていない。
くだらねーと、迷わず間島を殴り倒す。
ゆかな「気に入らないね、得に軟式甲冑に頼るような発言がさ。アタシならパンツ一丁で地雷の埋まった荒野を進む。なんなら目をつむってやっても良い。」
下野は”あ~ぁ、昔のオヤジにそっくりだわ”と右手で顔を覆う。
杉田は娘を止めようとしない。
もし全員が彼女にやっつけられ、日本へ送り返すことになっても、下野、杉田、ゆかなの3人で作戦を遂行する気だ。
ここで小娘一人にやられるならそれまでのクソ兵士。
エリート中のエリートだろうが、失ってまったく惜しくない。
このやり方についてこれない奴は必要ない。
いや、紅点の存在理由を脅かす馬鹿者、邪魔者ですらある。
立ち上がってさらに男共を言葉で叩きのめそうとする彼女の肩を押し下げる下野。
下野「まぁ、ここ10年以上日本を敵に回そうって奴がいなかったしな。紅点も世代交代をした。おそらく皆、これが初陣だろ?ちょっと紅点の流儀になれていないだけさ。」
ゆかな「え?ああ、、ま、まぁいいや。」
彼女は冷たい汗をかいていた。
実は下野が伸ばしてきた左手には気づいていたし、それを振り切って立ち上がるつもりだった。
だが、それができなかった。
まるで鋼鉄のショベルカーに押さえつけられた様だった。
ひょいとさりげなく出された左手、これがまたびくともしない。
生まれて初めて、絶対なる恐怖を感じた。
これが白い悪魔なのだと、改めて思い知った。
逆らってはいけない相手っているんだ、、と身にしみた。
いったん場が静まり返ったところで今度は宮野真守隊員が手をあげた。
彼は現役隊員では、ゆかなに次ぐ成績の持ち主で学歴も高い生え抜きだ。
杉田「なんだ?」
宮野「自分も一つ質問があります。」
杉田「言ってみろ。」
宮野「なぜ、実行犯を連れてきたのでしょうか?」
この輸送機には下野元総理大臣をライフルで狙撃しようとした犯人も乗っている。
宮野はてっきり敵との何らかの交渉に使うのではないかと思っていた。
だが、この空気、、きっと何かおかしなことを考えているに違いない。
どうしても確認をしておきたかった。
杉田はぶっきらぼうに答えた。
杉田「うむ。そいつぁーなぁ…敵に返すためだ。」
ある意味予想通りだが、宮野は耳を疑った。
犯人を敵に返すなんてやりかた、聞いたことが無い。
宮野「なぜそのようなことをするのですか?敵の目的も本拠地も判り、作戦は進行中です。捕虜は警察に引き渡すべきです。」
この言葉に対しても不思議そうな顔をする杉田。
杉田「なぜ?だと?最後まで敵としてあってもらうためだろう?きゃつは敵に返す。そして今一度銃を持ち、我々の前に立ってもらう。」
この回答に唖然とする宮野。
内容もそうだが、さもそれが当然と話す大臣が信じられない。
つまり…犯人は敵として殺すために敵に返すと、、彼は日本の自衛隊の正義を信じている。
そんなことはしてはいけない。
間違いなく悪なる行為だ。
宮野「大臣、何を言っておられるのですか?その考えは間違っています。犯人は日本に返してください。」
杉田は話にならんといった表情でこれに答えず黙殺、相手をするのが本格的に面倒になって席に座り、居眠りをしようとしている。
ゆかなはおでこを手のひらで抑えて、宮野の発言にイライラしている。
そのイライラが爆発するように立ち上がる。
今度は下野も押さえる隙が無かった。
下野はしまったと顔をゆがめたがもう遅い、かわいい核弾頭は今爆発している。
ゆかな「お前らさ、紅点が何のためにあるのか、、判ってないだろ?」
宮野は”紅点は日本が誇る世界最強の国防の盾”的な言葉をいくつか思い浮かべた。
だが、そのどれを言ってもゆかなにコケにされる気がした。
そう、正論は全て否定される。
そういう空気の中にいるんだ。
それがじわじわと、しかも加速度を増して理解できてきた。
心の中はグラグラと大地震が起こり常識が揺らいでいるが、それをおくびにも出さず今すぐ返せる刀を考える。
宮野「じゃあ、教えてくれよ。適正検査で満点をとった人間の満点の答えをさ。」
にやぁーっともったいぶって、唇の端を釣り上げるゆかな。
杉田はまったく興味無い様で腕を組んで座り、うっつらうっつらと船を漕ぎ出している。
ゆかな「日本は核兵器を持たない国だ。」
宮野「ああ、そして被爆国として今後も核兵器を憎み持つべきではない。」
はっとする。
つい、正論を言ってしまった。
今、自分はそれが通用しない空間にいると気づいたばかりなのに。
彼女にひたすら反撃されるだけだ。
ゆかな「宮野はお利口だな。教科書どおり、頭の良い正義マンだ。さすが言うとおりだな、あってるよ、、確かに日本に核兵器なんていらない。紅点がいるからなぁ!」
彼女の言葉の迫力に気圧される宮野。
ゆかな「アタシ達は正義じゃない。た!だ!の!脅威だ。日本が保有する世界最強の脅威だ。日本に牙を向くものに最悪の結末を向かえさせる、それだけの存在なんだ。」
宮野は彼女の暴言を、自分でも意外なほど真摯に受け止めていた。
ああ、なるほどそうなのかもしれないと納得してた。
彼は下野が政権を握っていたとき、世界に行った蛮行を知っている。
当時の自分はまだ親にすがるだけの子供で、歴史なんて頭の隅にもなかった。
当時総理大臣だった下野は頻繁にテレビに映っていたので、親にこの人はだれかと聞いたような記憶がある。
宮野の父親は、日本の総理大臣だと説明してもぴんとは来ない幼い息子に”むちゃくちゃだけど日本を元気にする人だよ”と言い直した。
勉強家の彼は高校、大学で歴史を学び、頭脳明晰である彼なりの考えと漠然とした正義を持っていた。
ゆかなの言葉は宮野が心の中のモヤモヤした正義をより明確な形にしてゆく。
宮野「ああ、そうだな。君の言う通りだ。」
けらけらと笑うゆかな。
宮野「本当に良く理解できたよありがとう。自分は紅点という存在を今一度考え直すべきだ。」
この台詞に満足そうなゆかな。
ゆかな「本当に判ってくれたみたいだな、表情でわかる。それでいい。アタシらが何をしにゆくのか、誤解したままついてきてほしくなかった。ほかのやつらもそうだぜ?死んだ後、天国に行きたいなんて奴ぁあ今すぐにでも降りてちょーだい。」
言いたいことを全て言った後、どすんとシートにケツを落っことし、ぶすっとそっぽを向く。
やれやれ、、これはフォローが必要だなぁ。。
下野はふらっと静かに立ち上がり、一人一人の頭にてを置いて廻る。
下野「まぁ、なんだぁ。宮野君だけでなく、みんな良く考えるといいよ。善でも悪でも紅点は成り立たない。純粋な脅威でなければならない。君たちは心をもった人間でありながら、核兵器やイージス艦と同じものさしで測られる存在なんだ。無理してこなくてもいいぞ、君たちには選ぶ権利がある。」
宮野「はい。」
返事をしたのは、返事をできたのは宮野唯一人だった。
横風にちょっと機体が揺れた。
杉田「んが?」
壁に頭をぶつけて起きた。
下野「おう、起きたか。」
まだ半分閉じた目で首の辺りをボリボリと掻く。
杉田「おう、いかんいかん、ちぃっと寝ちまったか。」
腕時計を見る。
杉田「ちょっと世界樹の葉を拾ってきますわ。」
そう下野に言って無線機の方へと歩いて行った。
”小僧共が眠たいことを言うから、本当に寝ちまったじゃないか”などとぶつくさ言っている。
ゆかなが首を傾げる。
ゆかな「さっきから世界樹って言ってますよね?何のことですかぁ?」
さっきまでの鬼気迫る表情から一転、くりっとした可愛い目で下野は見つめられた。
あまりの可愛らしさに照れ笑いしつつ下野が答えた。
下野「俺たちの隠語でね。世界樹ってのはウチの愛生のことだよ。」
ゆかな「えーっ!?愛生おばさん!?」
びっくりした。
ここで彼女の名を聞くとは。
おっとりしてやさしい彼女の名を。
愛生が人の血をあおり続けた彼らと仕事で繋がっているなんて、信じられない。
下野「愛生は世界中に広く深い人脈を持っていてね、そう…まるで世界の隅々に根を張るようにだ。俺らは時折そのつてを頼っていたのさ。おそらく今回ゆかなちゃんのオヤジさんは、タイとサウジで補給すると決めただけで、実際には両国とは何の交渉もなしに離陸したのだろう。」
ゆかなはほうほうと聞き入っている。
下野「愛生が追っかけ作戦に合わせて両国と話をつけたはずだ。君の親父はその結果を聞きに行ったんだな。愛生のことだ、きっとうまくやってくれている。」
ふーんとゆかなは顎の下を握っている。
ゆかな「それを”世界樹の葉を拾う”って言うんだ。」
下野「ゆかなちゃんは俺の娘の姓が下野じゃないって知っているだろう?」
ゆかな「うん、英梨さんでしょ?安保上の理由で小さい時から親と離れて暮らしていたんですよね。表向きは喜多村家の娘として。さすがのアタシも可哀想で泣きましたよ。」
下野「それと同じで、表向きは愛生が政治には関わっていないふりをしているんだよ。まぁ、この場合安全を保障しているのは愛生の友人たちなんだがね。」
ゆかな「あーぁ、なーる。」
下野「愛生から情報を得るときは”世界樹の葉を拾う”、愛生に仕事を依頼するときは”世界樹に札をさげる”ってね。愛生も友人を大切にしていて、誰とどうやって交渉し無理を通したのか誰にも教えない。愛生の友人を危険に晒し、迷惑をかけるだけだからな。これは夫婦の間でも触れてはいけないところでね。愛生は私の前でも仕事をしているそぶりは見せないし、俺も何をやっているのか聞きたださない。それが我が家のルールなんだよ。」
話を聞いて、ゆかなはシートの背にぶんぶんと元気に背をぶつけて興奮している。
ゆかな「ひょー!愛生おばさん、ちょっとかっちょよくねー?」
これには過去を噛み締めるように答える下野。
下野「愛生なくして、俺らの無茶苦茶な政治は成立し得なかったよ。」
本当に、心のそこから愛生には感謝しているのだ。
その気持ちはゆかなにも伝わってきた。
ゆかな「なんか判るぅー。」
がらにも無く乙女チックに瞳でくねくねしている。
二人の関係がうらやましくさえ思えたのだ。
なんだかんだいって、ゆかなも若い女の子なのだ。
下野はそれを見てもう一言付け足してやりたくなった。
下野「俺は最悪最強の意味で白い悪魔と呼ばれた。だが本当に最強だったのは愛生さ。あいつぁ敵を作らない。世界の全てがあれの味方だ。愛生には誰も勝てないよ。」
ちょっとありきたりすぎかなと思ってゆかなを横目で見ると、これがまたドツボにはまったようでなーんともうっとりとした表情。
ゆかな「いいなぁ。アタシも結婚するなら、そんな最強の人がいいーっ。」
そういった後、腕を組んで難しい顔をする。
ゆかな「自衛隊で会った男は見事にボンクラばっかですよ。頼れそうな奴なんてひっとりもいやぁしない。あーぁ、アタシ一生結婚できないかもしれないわー。」
びっくりした。
こんなゆかなちゃんでも結婚なんて考えていたんだ。
表情からその失礼な思考を悟られないよう、そのうち見つかるさと言いつつ、下野はさりげなく顔を背けた。
タイに到着し、輸送機から出て補給するわずかな時間を楽しむ隊員たち。
ゆかなはシャワーを浴びている。
間島は倉庫に行き、一人、軟式甲冑一ノ52型に向かい合って座り目を瞑っている。
宮野はスマフォを取り出し、自分の手記を読み返している。
そして出発予定時刻。
輸送機前に全員が集合した。
点呼を取ったその後、宮野が挙手をする。
杉田「宮野、なんだ?」
少し唇を噛み締めた後、勇気を振り絞ってその思いを言葉にする。
宮野「自分は日本に戻ります。」
言い終わった後、真っ先にゆかなの表情を確認した。
ニヤニヤと自分のことを馬鹿にして笑っているはずだ。
だが違うんだ、自分は戦いを恐れて敵前逃亡をするのではない。
しかし、彼女は笑っても怒ってもいない。
我関せずとびっくりするほど穏やかだ。
杉田「そうか、判った。話は通しておいてやる。お前はここに残れ。」
オヤジさんの方もいたって事務的に対応してくる。
宮野「ありがとうございます。」
そう礼を言いつつ、皆に”一人で日本に逃げ帰る卑怯者”と思われているだろうなと思い、耐え難い屈辱を噛み殺していた。
今一度ずいっと隊員たちを見渡す杉田。
杉田「他には無いな。」
間島が手を挙げた。
杉田「お前も戻るのか?」
間島「いえ、違います!宮野と話をさせてください。」
眉間にしわを寄せる杉田。
杉田「宮野を引き止める必要は無い。去りたい奴は去ってよい。」
ここで話を終わらせるわけにはいかない。
友の誇りを守るため必死に声を張り上げる。
間島「ひ!引き止める気はありませんっっ!!」
杉田「それでは何の用事だ?」
間島の気持ちを察した下野が微笑む。
下野「なんだか良い子ちゃんばかりになっちまったなぁ。」
小声で言われたその一言をやや気にしたが、間島はがんばって言葉を続けた。
だって、ここままじゃあ宮野は誤解されたままだ。
俺の親友はそんなちっちぇー男じゃない!!
間島「宮野とはもう会えない気がするのです。」
はっとする宮野。
間島は、彼だけは自分のしたいことを判ってくれている気がした。
間島「自分はただ、宮野と最後の話をしたいのです。」
杉田はそれを却下しようとしたが、下野が右手を顔の前でちょんちょんと振り”お願い”の合図を送っているのに気づいた。
杉田「判った。3分だけ話してよい。」
間島「ありがとうございます!」
勢い良く頭を下げた、まずは大きく大臣へ次は小さく下野へも。
宮野「間島…」
泣けてきた。
判っている、、彼は自分に話す機会を与えてくれたのだ。
間島がなんと言ってくるか判っていたが、あえて待つ。
間島「宮野。お前ほど責任感のある男が任務を放棄するのだ、きっと潔く除隊するつもりだろう。だがその後、お前はどうするつもりだ?」
やはりあっていた。
思ったと通りの質問をしてくれた。
自分は戦場を前に臆病風に吹かれ、逃げ帰るのではない。
紅点を作り上げた下野。
紅点を動かしている杉田。
紅点になるべくして生まれてきたような女、ゆかな。
3人にはっきりと宣言してから去れる。
宮野「この世界に核兵器も紅点も必要無い。自分はそれらをこの世からなくすための活動に、一生をささげるつもりだ。」
言えたぞ!言ってやった。
3人の前で、彼らを否定する言葉を勇気を持って言えた。
よくぞ言ったと間島も奮い立つ。
間島「自分の考えは少し違う、もっと現実的に考えるべきだ。世界を良く見てみろ。国内が安定し、平和を手にしているのは強い国だけだ。そして日本は紅点という世界を脅かす脅威を手にし、頼ってきた。判るか?もう紅点が無かった過去には戻れないんだ。良くも悪くも日本はそこに来てしまったんだ。自分は日本を支える”形ある脅威”になるため、地獄に落ちる覚悟を決めたよ。」
つくづく間島とは気が合うな、と宮野は思っていた。
彼の言葉は全身に染み渡る。
ああ、判るよ。
言っていることが、何の誤解も無く全て判る。
出した答えは異なるが、互いに向かっている場所は同じだ。
宮野「形ある脅威、純粋な脅威。わかります。下野元総理は一般市民を含む1万人以上を虐殺した”日帰り戦争事件”を起こしました。また、テロリストに捕らえられた一人の日本人を見捨てる”ガラスの盾事件”も起こしました。数あるあなたの武勇伝の仲でその二つが不思議でなりませんでした。なぜそんな判断をしたのか、ずっと理解しかねていましたが”紅点は脅威である”と定義すれば全ては明快になります。なぜ今まで気づかなかったのか、なるほど…やはり自分には許せません。被爆国である日本が核兵器を超えるような脅威をあえて生み出し、それを運用するなんて。」
核兵器を超える脅威とは大げさな表現ではない。
日帰り戦争事件で、下野と杉田は一歩兵の戦力を持って核兵器を退けて見せた。
日本の有する歩兵が世界に存在するいかなる兵装より強力であると、証明した事件だった。
それをきっかけに世界のパワーバランスはがらっと、それまでとはまったく違うものになった。
杉田がくるりと向きを変える。
杉田「時間だ。全員搭乗せよ。」
彼はこういう男だ。
今の宮野になら杉田を理解できる。
彼は脅威として純粋で完璧であろうとしているのだ。
自分と間島の魂の叫びは、彼には絶対に届かない。
輸送機に戻る前に、下野は宮野の前を通り小声で耳打ちする。
下野「強くなれ。政治家になっても心折られるだけだぞ。」
言ったあと、そんなおせっかいをするなんて、我ながら良いじぃさんになったと自分に笑った。
宮野は下野の言うとおりだと思った。
強くなければ何も出来ない。
夢の世界とは平安の世でもなを姿を変えない、弱肉強食の理が支配する領域なのだ。
強いものだけが夢を叶えられる。
輸送機の入り口に消えてゆく皆を見送る宮野。
丁寧に、そして深く頭をたれる。
宮野「今日この時まで本当にお世話になりました!!宮野真守、命を懸けてあなたたちと戦います!」
輸送機は滑走路へと去ってゆく。