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 時間の外  ~since 2006~

気ままな雑記帳です。話題はあれこれ&あっちこっち、空を飛びます。別ブログ「時代屋小歌(音楽編)(旅編)」も、よろしく。

愛すべき奥多摩

2014年01月15日 | 

東京というと大都会というイメージは強い。

また、東京は、思ったより広い。23区内にいると、その大きさをあまり実感できないけれど、東京都全体の地形は横に長い。

東側には23区があり、建物が密集し、道路が細かく無数にあり、舗装もされている。

だが、東京の西側は、行けば行くほど郊外っぽくなってくる。

特に西側の端っこは山梨県などとの県境になり、だんだん一般的な東京のイメージとはかけ離れた風景になってくる。

奥多摩は、そんな場所にある。

奥多摩に来ると、ここが本当に東京なの?と言いたくなるぐらい、自然がある。

ある意味、奥多摩は東京の秘境みたいな存在なのかもしれない。

都心から奥多摩に行くとなると、案外時間がかかる。

車で行くにしろ、電車で行くにしろ・・である。

車で行く場合、夜中などの道路が空いている時なら思ったよりも早く着くが、休日などの昼間の時間帯で道路が混んでると、とんでもなく時間がかかることもある。

私は以前、昼間に急に思い立ち、車を運転して奥多摩に向かった時、あまりにも道路が混んでいたため、途中でめげて引き返してきたこともある(笑)。渋滞に巻き込まれ全然進まないまま、時間だけが過ぎてゆき、まだ現地に遠いというのに時間帯が夕方近くになってしまったので、その日は諦めたのだった。

 

また、奥多摩に電車で行く場合は、各駅停車などを乗り継がなければいけなかったりする。

指定席などはない。

車のような渋滞がないぶん、所要時間の目安は立つが、それなりに電車に乗ってる時間は長いので、案外疲れる。

東京駅から新幹線などの特急電車で指定席に座って遠距離・・・例えば、場所によっては東北や東海などの場所に行くよりも、都心から電車乗り継ぎで奥多摩に行く方が時間がかかったりする場合もある。

同じ東京都内なのだから・・と思って、所要時間を甘く見ると、けっこう痛い目にあったりもするのだ。

そんな「近いはずなのに、実際に行くとなると、けっこう時間がかかる」奥多摩ではあるのだが、都民としては「同じ東京」であることには違いない。

なので、都民である私としては、子供の頃から奥多摩には親しみを感じてきた。

子供の時は、何度も親に連れていってもらった記憶がある。

 

都心では車での移動よりも電車の移動のほうが便利なので、私は車は売却してしまった。

駐車場代もバカにならないし。

だが、以前車を所有していた時は、車でちょくちょく奥多摩には出かけていた。

奥多摩周遊道路を走るのが好きだった。

 

また、友達の家に泊まりがけで遊びに行き、色々話しているうちに盛り上がり、夜に急に思い立って、夜中に車で友達と一緒に奥多摩に突発的に行ったこともある。

 

奥多摩方面にはけっこう観光スポットもある。

鍾乳洞、登山列車、奇岩、ドラム缶橋、記念館、豊かに残された自然、その他その他。

 

そういう意味では、都民の私としては奥多摩は「身近な自然観光地」であり、愛情の対象であった。

 

もっとも、そんな奥多摩ではあるが、こと「雄大な自然風景」という意味では、東京から遠く離れた観光地で見る大自然の風景には、さすがに見劣りを感じることもあった。

例えば、福島の磐梯吾妻スカイラインやレークライン、信州のビーナスライン、北海道などを車で走って間もない時期に奥多摩を走ると、心もちしょぼく感じたりした。

まあ、そんな場所と比較されてしまったら、奥多摩としても困ってしまうよね、そりゃ(笑)。

 

都心には、自然公園みたいな場所があり、都民の憩いの場所・・と呼ばれたりする。

23区内にある「自然公園」が憩いの場所なら、奥多摩方面は、「本格的な憩いの場所」と言えると思う。

古い木造の家が残ってたり、清流があったり、山が連なっていたりするし、川で遊んだり、キャンプしたりもできる。

奥多摩は、都民にとっては、日帰りで行くぐらいがちょうどいい感じで、絶好の日帰り観光コースではある。

だが、その自然風景ぶりには山梨県が半分入っているような雰囲気もあるので、その気になれば1泊計画で行くのもいいだろう。

 都民が1泊で奥多摩方面に車で行くと、現地でけっこうあちこち見て周れると思う。

もしも休暇期間に余裕があるのなら、奥多摩からついでに山梨の方に出てもいい。

山梨に向かう道の途中には、ちゃんと温泉宿もあるし。

裂石温泉などでは、奇跡の治癒力があるという伝説を持つ持つ「フランスのルルドの泉」に水質が近い近い水もあったりする。以前このブログで取り上げたこともある水だ。

 

 

ともあれ、都民にとっては奥多摩は、やはり大事な地域だと思う。

同じ東京に、あんなに自然が残された場所が存在してくれるのは、都民としては「救い」のような気がするからだ。

同じ東京にああいう場所があること自体が、嬉しいものである。

やはり私にとって奥多摩は・・・愛すべき場所であり続けている。

だから、電車の窓から遠く奥多摩方面の山々が青いシルエットとなって連なっている風景が見えると、無性に行きたくなったりするのだ。

 

 奥の方の多摩・・・・多摩の奥・・・・・・多摩の奥まった地域だから奥多摩と呼ぶのだろうが、そもそも「多摩」という地名の当て漢字そのものが、どこかミステリアスな気はする。

多摩という呼び名の由来には諸説あるみたいだが、当てられた漢字は、「多くの魔」「魔が多い」という感じの「多摩」。

昔、この地域は魔が多い地域だったのだろうか。「魔」と呼ぶべき何かが多発したのだろうか。

魔物が多く潜んでいる・・そんな伝説があったのだろうか。あるいは、そんな事件があったのだろうか。

「多摩」という名称は、色々と人の想像力を刺激してやまないものがある。

魔・・という言葉には、どこか恐れたり畏怖の思いがあったりしそうだ。

ということは、この地域は、恐れられたり、畏怖の想いでとらえられていたのかもしれない。

 

私は「多摩」という当て字、そして響きそのものも大好きだ。

同じ東京の住人として、ちょびっと自慢したくなる名前ではある。

 

 

 

 

 

 


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