糊が無いことに気づいて、スーパーまで行こうと単車のエンジンをかけるがどうしても上手くかからない。
長雨でずっと乗っていなかったからなぁ・・。単車屋さんに電話をしても通じないし、仕方がなく「エイヤァ!」とギンギンの太陽のもと日傘を差して歩きだす。どうしても洗濯糊が要る、まだ、ストックがあると思っていたのに・・単車が動かないなんて・・まあ、こうして無理矢理歩かされないと、この暑さ絶対に歩かなかっただろうけど・・、人気のない町中をできるだけ日陰を探しつつ歩く。
帰ってきて念のためと、日向で暑くなっている単車のエンジンを掛けてみるとあっさりとかかった。やはり私への強制運動だった。でも修理費が掛からなかったのだからまあ、いいか。
シーツに糊を付けて抜けるような青空の下に並べたとき、ふっと何かが動いた気がして足下を見ると、沢ガニがのんびりと歩いている。この焼け付くような地面を、その速度で歩いていては死ぬぞ・・とすぐに保護することに決定。
右手に沢ガニをつまんで、左手で洗濯挟みのかごを持って家中をウロウロ・・。保護はいいけれどどうしょう・・。取りあえず風呂桶の中にそっと入れる。驚いたのか恐いのか固まっている。たぶんありがた迷惑なんだろうなぁ・・・。保護じゃなくて獲物?ペットとか・・

子供が小さい頃は民宿が流行っていて、一度新鹿の民宿に泊まったことがあった。そこでおじさんがシオマネキを捕まえてくれて、見たこともない大きなハサミをもったカニに子供たちが喜んで居た。
朝目が覚めると家はもぬけの殻の開けっ放しだった。一体どうなったのかと捨て去られたような気分で、近所の人に聞いてみると「浜にいる」ということだった。
みんなで行ってみると、浜には魚市場があってサバを満載したトラックが、勢いよく魚をばらまきながら走っていた。私は落ちた魚を「もったいないなぁ」なんて思ったことを今も覚えている。
市場から帰ってきたご家族と朝食を頂いて、支払いを済ませ近くの砂浜で遊んでいると、奥さんが熱々のおむすびを持ってきて下さった。そして「あとで、家によってお風呂に入って帰ってください。」と言ってくださった。
甘くて赤い豆が入った餅米のおむすびはめずらしくて、わざわざ炊いて下さった心遣いが身に染みた。今も主人とそのことを話すとき感動してしまう。
砂に汚れた体でお邪魔すると、ちゃんとお風呂が沸いていて、子供たちの体も綺麗に洗うことができて、なんとお礼を言って良いのか分からなかった。
沢ガニを見ていると、そんな在りし日のことが思い出された。