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孤独ではなく、それに等しいもの【フロム スッドセントラル (1/2)】

2005-10-14 | §コラム§
「もし失ったものがあったとしても、その開いた空間に運びこめるものがきっとある。
サッカーだって同じことだよ。」



我々の住むこの世界には、小さな、奇妙な巡り合わせ ――あるいは神秘的な出来事と言ってもいい―― が
存在する事をあなたはどう思うだろうか。
どのようなケースも、一見まったく内容的には取るに足りない出来事である。
それが起こったことによって、人生の流れに変化がもたらされる訳ではない。
我々としてはただ、ある種の不思議さに打たれるだけだ。こういうことも実際に起こるものなのだ、と。
しかし"それ"は、明らかに存在する。確実に、完璧に。

実のところ、私はオカルト的な事象には関心をほとんど持たない人間である。
占いに心を惹かれた事もない。
わざわざ占い師に手相を見てもらいに行くくらいなら、自分の頭を搾ってなんとか問題を解決しようと思う。
決して立派な頭ではないのだが、それでもその方が話が早いような気がする。
超能力についても無関心だ。
輪廻にも、霊魂にも、虫の知らせにも、テレパシーにも世界の終末にも、正直言って興味はない。
まったく信じないと言うのではない。
その手のことがあったって別にかまわないとさえ思っている。
ただ単に個人的な興味が持てないというだけだ。
しかしそれにもかかわらず、少なからざる数の不可思議な現象が、我々のささやかな人生の
ところどころに彩りを添えることになる。

それについて私は何か積極的な分析をするか?しない。ただそれらの出来事をとりあえず
あるがままに受け入れて、あとはごく普通に生きているだけだ。
ただぼんやり、「そういうこともあるんだ」とか「神様みたいなのがいるのかもしれないな」
みたいな事を思って。

スッドセントラルを本拠地とするフットサルチームb.m.minamiに所属する、ミノール・イシダービッツもまた
そのような「奇跡」に彩られた体験を持つ一人である。

■少年時代が教えてくれたもの

「考えたり立ち止まったりする暇も隙間のないというのは、当時の私にとって
決して悪い状況ではないように思えなくもなかった。」



ミノール・イシダービッツへのインタビューは、秋口の気持ち良い風が吹く10月の晴れた日
スッドセントラルの練習コート脇で行われた。
誰かが置いた芝生の上のラジオから、砂糖を入れすぎた甘たるいコーヒーのような
ポップソングが風に乗って微かに聞こえている。
失われた愛だとか、失われそうな愛だとかについての歌だ。
太陽の光が、半袖の両腕に静かに吸い込まれていく。

― 前節は、移籍したばかりだったにも関わらず素晴らしい活躍でチームを勝利に導きました。

「本当にラッキーだったね。移籍してすぐに活躍できるなんて、めったに経験できることじゃない。
 でも、僕が導いたんじゃないよ(笑)。b.m.minamiには世界の超一流プレーヤーがひしめいているからね。

― でも、君の力は大きかった。

「ありがとう。」

― 試合開始直後は少し動きが硬かったようにも見えました。

「そうだね。周囲の期待も前とは格段に違っていたし、プレッシャーがなかったといえば嘘になるね。
 でも、チームメイトとのコミュニケーションが深まるにつれて、よりファミリーのような雰囲気
 の中でプレーできるようになった。その証拠は試合結果をみれば明らかだろう? それと・・・
 個人的なお守りがグラウンドに届くのが遅れてね。」

― あなたの出場する試合のベンチに、いつも置かれているあの古いマリオネット人形の事ですか?

「ああ。試合に出るときはいつもあの人形を置いておくんだ。あれが無いと、自分が自分でないような
 動きしか出来ない。ちょっとしたおまじないと言うか、とにかくあれは特別な人形なんだ。
 あの人形が壊れる時は、僕が現役を引退する時だろうね。」

― それはジンクスのようなものですか?良ければ、話を聞かせてくれないかな?


澄み切った彼の目にうっすらと影が差し、しばしの沈黙が訪れた。
一ダース分の柔らかな秋の風が練習コートを通り過ぎた後、彼は静かに語りだしてくれた。

<続く>

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孤独ではなく、それに等しいもの【フロム スッドセントラル (2/2)】

2005-10-14 | §コラム§
■眺めのいい部屋で

「生きていく目的なんかなくたって生きていけるけれど、
 それを欲しいと思うくらいには、僕だって前向きだよ。」


少年時代のミノール・イシダービッツが住んでいた街は、大きくもなく、かといって小さくもない港街だった。
夕暮れには船の汽笛と潮の香り、そして黄金色の太陽が街全体を覆いつくす、
そんな街で彼は育った。
今でこそ一流のスポーツ選手である彼はしかし、当時はやんちゃで勝気な少年だった。
これは、そんな彼の高校時代の話である。

当時のイシダービッツは、街一番の有名人でもあった。
フットサルこそ真面目にやっていたが、髪を金色に染め、いつも目立つ服装をし、
――悪事の類は数々あるのだが、ここでは触れないでおこう―― 学校も
サボりがちの、いわゆるそういった少年だった。

当時の彼は、高校には通っていたけれど、ろくすっぽ授業になんかでない。
なにせ街一番のワルだったのだ。ある日、彼は毎度のこと授業をサボって保健室で寝ようとする。
すると、いつものベットに一人の女子生徒が寝ていた。
「おい!おい!」と彼は声をかける。
「は、はい・・・。」か弱い声で、彼女は答える。
「どきなよ!そこは俺のベットだぜ!」
「あ・・、でも、そんなこと言われても、私も具合が悪いの・・・ゴホゴホ・・・。」
「ごちゃごちゃうるせーんだよ、このミノール・イシダービッツ様を怒らせたいのかい?」

――ミノールとローサ、これが二人の出会いだった。
それからしばしば、二人は保健室で顔をあわせるようになる。
2週間もしないうちに、彼らは世間話くらいをするような仲になっていた。

ある時、彼女がこう言った。
「ねぇ、ミノールさん。ミノールさんはなんで授業にでないの?勉強嫌いなの?」
「あぁ、嫌いだね、勉強なんてつまんねーし、先公は口うるせーし、
 大体、お前だっていつも保健室にいるじゃないか。」
「ええ。私、子供のころから体が弱くて。本当は、学校へくることも病院の先生に反対されているの・・・。」
一瞬、ミノールの顔に影が挿す。
しかしすぐに普段の表情になり、彼は口をひらく。「へっ、お涙頂戴かよ。」
精一杯の強がりなのか、それとも、少年なりに何かを感じていたのか、
その時の彼は、そんな話題から、遠ざかりたかった。
「・・・なぁ、お前、キスしてやろうか?」突然、ミノールは冗談めかして言った。
「えっ!ゴ、ゴホゴホ!!キ、キス??」少女の顔がみるみる赤く染まっていく。
「嘘に決まってんだろ、なに本気にしてるんだよ!」
「い、いじわるなのね!」頬を真っ赤に染め、下を向きながら、ローサは続ける。
「それに私、そういうことはそう簡単にはしたくない。そう、フセスウキアオのように。」
「え、なに?」ミノールは聞き返す。
「フセスウキアオ。深海魚の一種でね、彼らは一生のパートナーを見つけるとキスをするの。
 そうすると、ほら、海ほたるのように、光るの。柔らかな・・・、青い光に。」

ローサの目線が、窓外の一点を見つめる。二人の間に、沈黙が流れる。心地よくも、物悲しい沈黙。

突然、ミノールは窓のほうへ歩き出しぶっきらぼうに言った。
「な、何が柔らかな青い光だよ、お前、体直す前に、頭治したらどうなんだ。」
それを聞いたローサは、にっこりと、やさしく微笑む。ミノールは何故だか、落ち着かない。

ふと、ミノールは窓辺にあるローサの鞄から、一体のマリオネット人形が覗くのを見つけた。
「おい、何なんだよこの汚い人形は?」
「あぁ、それね。子供のころから外に出て遊べなかった私に、お父さんが買ってくれたの。
 毎日小さい頃から遊んでたから、お手の物よ。」

彼女は、鞄からマリオネットを取り出し、器用に動かしてみせる。
「巧いもんだな。俺にもやらせてくれよ。」ミノールは、ローサから人形を受け取る。
「あ、あれ?あれ?」あっという間にマリオネットの糸が絡まってしまう。
「うふふふ。」くるくると楽しそうにローサは笑う。
「俺は、手先は不器用なんだよ。足だったら、器用なんだけどな。」
「そういえば、ミノールさんはサッカーをやるのよね?」
「あぁ、でも俺がやってるのはサッカーじゃなくて、フットサルだ。五人対五人でやるやつ。知っているかい?」
ローサは頷く。
「俺は、いつか、世界一のフットサルプレーヤーになる。
 世界中の誰よりも速くコートを走り、誰よりも力強くゴールを決める。」
ミノールはそう言いながら、精気のみなぎる少年の瞳でローサを見る。
彼女は片方だけ笑窪をつくり、透き通る声で言った。
「ミノールさん、そういう顔も出来るんだね。」
突然、ミノールの顔が赤くなる。
「べべ、べつに!」

ローサの透明感に導かれるかのように、部屋の中に夕暮れの心地よい風が舞い込んでくる。

「ねぇミノールさん、今度私と海へ行かない?」突然、ローサが口を開く。
「え?海?何で?大体、お前体が・・・。」慌てるミノール。
「先生がね、少しくらいなら平気だって、だから、一緒に行こう、海。」儚くも、優しげなローサの声。

「・・・しょうがないな。面倒くさいけど行ってやるか。」

世界の全てが優しく彩られ、世界の全てが親密な空気を作り出していた。
木々も空も、履き潰したスニーカーでさえ、何かが始まる予感で満ち足りていた――。

そして、約束の日。

頭上には、真っ青な空に浮かぶ白い雲。あらゆる人生にも、公平に数回だけ訪れる、完璧な夏の天気。
そして、待ち合わせ場所に30分も前から待っているのは、なんとミノールの方だった。
一緒に歩いていると、ローサまで不良に見られると思って、真っ白い清潔なシャツを着て。
金髪も、真っ黒に染めて。

髪の毛を染めた理由、ローサにどう言い訳しようか、なんて考えたりしながら、
ミノールはずっと待っている。

でも、一時間、二時間待っても、ローサは来ない。

その時、目の前を通り過ぎる一台の救急車。
その中に、ローサがいるなんて、夢にも思わない。

その事をローサの母親に聞いたミノールは、病院へ走った。

病院に着く頃、外はいつの間にか雨模様だった。誰が降らせた雨か、すぐにわかった。
集中治療室の中、医療器具に囲まれたベットの上に、ローサはいた。
「ミノールさん、ごめんなさい。海、行けなかった・・・。」彼女の目には透明な涙が溜まっている。
それは、かつて彼が目にしたどんな涙とも違っていた。
いくら手を差し出しても、決して拭うことが出来ない場所で、その涙は流されていた。
「別に、そんなの良いじゃんか、元気になったら、行こう、な?」ミノールは彼女の手を握る。
「ミノールさん、、、この人形、ミノールさんにもらって欲しいの。私だと思って、持っててほしい。」
いつかのマリオネットを、彼女はゆっくりとミノールに渡す。

「そんな、もう会えないみたいなこと言うなよ。そんな言い方、良くないよ。」彼の声は震えている。
「私は病気に操られた、マリオネットだったの。でもミノールさんは・・・その糸を、切ってくれた。
 だから、生きてて良かったって、最後にそう思えるの。」
「馬鹿!もう死ぬみたいないいかたすんなよ!」彼は大声で叫ぶ。
ローサは微笑み、やがてわざと拗ねたような、甘えたような、しかし諦めの感情を込めた口調で言う。
「あたし、ミノールさんがフットサルをしているところ、見たかった・・・・」

「見れるよ!いつでも見れるさ!もうそんな言い方止せよ!俺、馬鹿みたいだ・・。
お前の事、好きになっちゃっただろ!俺、馬鹿みたいだ・・。」ミノールは涙を拭くこともなくローサを見つめる。
「それが馬鹿なら、ミノールさん、私はもっと馬鹿よ。」

――そう言って、二人は、柔らかな、青い光に包まれる。

片方の青が、ゆっくりと、その光を失っていく・・・。



■遠き落日

インタビューが終わり、夕暮れの日差しがテラスに差し込む。
私は一人になり、コーヒーを飲みながら先程までの彼の話をゆっくりと反芻した。
・・・ラジオがまた違った歌を流し始めている。
世の中はきっと失われた愛や失われそうな愛で充ちているのだろう。

「あの人形がベンチにある試合では、不思議と負けたことが無い。おそらく、これからも・・・。」と彼は話の最後に呟いた。
いや、断言したと言うべきだろう。淡々とした口調で、しかしきっぱりと彼はそういった。
地球は一年かけて太陽の周りを一周する、と言うみたいに。

インタビュー中、私は黙って話を聞いていた。
このような種類の話を唐突に言われて驚いてしまったこともあるし、
少なくともその時点においては、私は述べるべき意見を思いつかなかったからだ。

独白とも言える、思いがけない彼の過去を聞き、私は以前、何かの本でみたフレーズを思い出した。

『幸せとは、欲望が停止し、苦痛が消滅した負の状態である』

彼らは幸福だった。
傍若無人で、こわいものなしだった。あるいは、何かを恐れることだけを恐れた。
しかし、人生は危険だ。そこには時間が流れてるし、他人がいる。
男も女も犬も子供も、自由とは、それ以上失うもののない孤独な状態のことだ。

そして、彼のフットサルでの華麗なプレーは、その根幹を「自由」で占めている。
その自由は、望んで到達した次元のものではない。
それは、自分でも気付かないまま、気がついたら到達していた、と言った種類のものだ。
繰り返すが、彼のプレーは自由で、そして美しい。
しかしそれは、「ファンタジー」と表現するよりも「イリュージョン」と表現するべきだ。

秋の風に吹かれながら、流れる雲に目を向ける。うっすらと気の早い月が、その姿を現し始めている。
遠い地球から見る月は美しい。
たとえ、真実の姿が荒涼とした砂漠や岩だらけの世界だとしても。

結局のところ、わたしたちの人生というのは、実現した事ではなく、
実現しなかったものの為にあるのかもしれない。

彼は将来、世界ナンバーワンのフットサルプレーヤーになるだろう。
少年時代からその事に彼は確信を抱いていたし、現在でもやはり同じように確信を抱いている。
そして、やはり私もその確信を抱かざるを得ないと思う。

――実現しなかったものの為にも。


<この項、了> 

タケ・イ・アキトネン/Akitonen Takei

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右サイドの約束

2005-06-28 | §コラム§
2005年コンフェデレーションカップ――

ブラジルとの死闘を制した試合後、スタジアムの外でしょんぼりしているブラジルの子供を見つけたフセッティ。
子供好きの性分ゆえに、いてもたってもいられない彼は子供に走り寄り呟く。

フセッティ「ごめんな。ロベカルがいたらブラジルの勝ちだったと思うよ」
たまたま傍にいた三都主が訳して伝える。

俯いていたその子供は顔を上げ、フセッティをじっと見つめた。
それから早口で何事か言った後、親指を立てて、その場から走り去った。
わけが分からずキョトンとするフセッティ。
三都主は笑いながらフセッティの肩をポンと叩き言った。
「次に闘う時まで右サイドは預けておいてやるよ、だってさ」

フセッティは思わず少年の去った方向を振り返ったが、既に影も見えなかった。
しばらく無言でたたずむフセッティ。
三都主も何も言おうとはしなかった。
やがて三都主の方に向き直ったフセッティの表情は、苦笑を浮かべながらも、どこか晴れやかだった。
「なら当分は負けられないな。他の国に渡したら、あの子に怒られるからね」




アレから12年後、ワールドカップのピッチに立つフセッティの姿があった。
年齢的にはピークを過ぎていた。
しかしフセッティは不動の右サイドとして日本代表に君臨していた。昼夜を惜しむ研鑽のたまものだった。

相手は、忘れもしない2005年6月22日ケルンにて、まさかの引き分けを日本にプレゼントされたブラジルだった。
最強カナリヤ軍団。受けた屈辱は晴らさねばならなかった。
試合開始直前、10番を背負ったセレソンがフセッティにゆっくりと近付いてくる。

「・・・フセッティ」その声に驚き、ふと顔をあげるフセッティ。
「お前は・・・」あの少年だった。
「あの時の約束を果たしに来たよ」逞しくなったセレソンはそう言って笑った。
「・・・望むとところだ」フセッティの笑顔が弾ける。

日本側の応援スタンドで、その光景を涙ぐみながら見つめる柳沢。
その手に持った三都主の遺影が優しく微笑んでいた・・・。


<この項、了> 

蘭 牛太郎/Ran Gyu-taro HG

犬は吠えるが、キャラバンは進む 【フロム スッドセントラル (タケイ・アキト)】

2005-05-31 | §コラム§
「物語の始まりには、ちょうどいい季節になったろう?」

詩人は21で死ぬし、革命家とロックンローラーは24で死ぬ。
それさえ過ぎちまえば、当分はなんとかうまくやっていけるだろう、というのが我々の大方の予想だった。

伝説のデッドマンズカーブも通り過ぎたし、照明の暗いじめじめとしたトンネルもくぐり抜けた。
あとはまっすぐな3車線道路を(さして気は進まぬにしても)目的地に向けてひた走ればいいわけだ。
我々は髪を切り、毎朝髭をそったのだ。もう詩人でも革命家でもロックンローラーでもない。
酔っ払って公園の芝生で寝たり、地下鉄の車内で立小便をしたり、
朝の四時に音楽を大音量で聴きながら葉巻を燻らす事もやめた。
付き合いで生命保険にも入った。何しろ、もう30歳だものな・・・。

b.m.minami不動のゴーレイロ、コキ・イーダ。
しかし彼も、知らず知らずのうちに三十路に突入していた。

そもそもの始まりは去年の7月、ある晴れた日だった。
とびっきり気持ちの良い土曜日の午後だ。
芝生の上に丸めて捨てられたチョコレートの包装紙でさえ、そんな初夏の王国にあっては
湖の底の水晶のように誇らしげに光り輝いていた日、
彼はb.m.minamiの初陣にゴールという色を加えた。

入団直後の鮮烈デビュー戦。衝撃のゴールにスーパーセーブ。
試合の立役者はイーダ。誰もが彼を特別視していた。
試合直後のインタビューでは、こんな事を言っていた。
「フットサルの本質は個の表現なんだ。だから俺は、選手にはあれこれ言うべきじゃないと思う。」
チーム関係者は、目の醒めるような思いだったに違いない。

その後もチームには入れ代わり立ち代わり、スターも生まれた。
数多くの敗戦、勝利、絶望、歓喜、迷い、希望・・・ただ、いつもチームにはイーダの姿があった。

――あれから、1年。


「溜息と迷い、そして故郷の風」

コキ・イーダが現れたのは、約束の時間を30分オーバーした5月下旬の昼下がり。
アムステルフェーンの練習場トリゴリアのプールに照り付ける太陽がまぶしい。

「悪い悪い。今朝海に行ってて大渋滞に巻き込まれたんだ。
これって、ブログに載るb.m.minamiのインタビューだよな?」

王様は何食わぬ顔で切り出す。そう、これがコキ・イーダ。
ホクリクの下町に生まれた、生粋のトヤマっ子。発せられるアクセントは先天的トヤマ弁である。

トヤマの街、そしてホクリクを愛する彼はこのインタヴューの直後、b.m.minamiとの契約を大幅に延長した。
契約満了年2028年というこの数字が意味するもの。 しかし、契約書に記された「選手としてではなく」の文字。
彼は何をb.m.minamiに捧げるという事なのだろうか。
「俺の心は常にトヤマと共にあるんだ。」
そう語るイーダの表情にピッチ上の狡猾さは見られず、それはとてもまっすぐに、澄んだプールサイドに響いた。



―さて、今シーズンのb.m.minamiは失望のシーズンに終わりました。それについては?

「確かに失望と表現していいシーズンだった。シーズン中には様々な事が上手く行かずに最後には
残留争いにまで顔を出す羽目になった。でも最後には JPRSカップの出場権を獲得する事ができたし、
Do-sirouto残留も決める事ができた。コッパコウホクの決勝も残っている。
この試合に勝って今シーズン 唯一のタイトルを取りたいね。」

―来シーズンの目標はそのJPRSカップになるのでしょうか?

「そうだね。とにかく重要なタイトルをとりたいと思っている。但し、今は来年の事は考えたくないな。

―というと?

「正直にいうと、人生においてフットサルよりも重要なものが見つかりそうな気がしているんだ。
勿論、クラブとはサインする直前だけどね・・・。」

―フットサルよりも重要なものとは?

「b.m.minamiのユニフォームが欲しい・・・」

―え?

「いや、ああ・・。」

―・・・・?

「ああ、先週、故郷のトヤマへ帰ったんだ。その時、若い頃に随分世話になった友人に会ってね。
彼はトヤマ人で、カミさんはコウホク人なんだが、数年前に家出しちまってね。父子2人暮らしさ。
彼とは久しぶりだったんで、随分遅くまで話し込んでしまったんだ。まだ子供は小さくてね・・・。
もちろん彼の家では、普段の夕食の支度は父の仕事さ。だから、夜遅くまで俺に付き合ってくれた彼と、
父親との団欒を奪ってしまった彼の子供に、何かお返しをしたいと思ってね。
『何か欲しい物はある?』と尋ねたんだ。・・・その答えがね。」

―ユニフォームが欲しい、と。

「消え入りそうな声が、ぜいたくで、わがままな願いなのだと認めていた。トヤマの子供にとっては・・・。 」

「戦士の旅立ち」

今回のW杯の出場を逃したこのトヤマ国の人々も、フットサルには熱狂的だ。
だが、38年に及ぶ内戦は子供に銃を持たせ、貧困を助長する。
コウホクのサポーターが気軽に買う1万5000マサキのユニフォームは、彼等には手も足も出ない。
イーダは、すんなりとユニフォームを子供に渡すのを悩んだそうだ。

「雑誌に載るユニフォームを穴があくほど見つめ、素材や胸のワッペンの意味をすらすらと言う姿を見て、
結局、ユニフォームをプレゼントしたよ。後日、手紙が来た。ベッドで抱き、朝の散歩も手に持って出る。
汚さぬよう、袖を通すことはほとんどない、とさ。」

―トヤマに対して、特別な思いを持ち始めたのですね。

「ああ。実は、昨日もその友人に電話したんだよ。」

例の子供は、まだ見ぬ母の国に『いつか行ってフットサル選手になりたい』と笑い、泣いたと言う。
そんな子供達が、彼の地には大勢いるのである。

あるいは今後、イーダはトヤマへ移るという決断を下すかも知れない。
彼の背中には、スポンサーというトヤマ国を救う天使もついている。
もちろん、そこに特別な気持ちがあるかどうかは、イーダ自身しか知る由はない。

しかし結局のところ、フットサルはフットサルでしかない。
言い換えれば、帽子から飛びだそうが、麦畑から飛び出そうが、兎は兎でしかない。

そして、その時彼は、こんな風に考えるかもしれない。
「俺はもう二度とユニフォームをプレゼントしなくてもいいんだ」とも。

30歳の決断は、秋の雨のように何かしら物哀しく、美しい。



<この項、了> 

タケイアキト/Akito Takei


風待ち 【フロム スッドセントラル (タケイ・アキト)】

2005-01-26 | §コラム§
「雨が好きなあなたには悪いけど、
晴れた空の下でわりとうまくやれてるよ。」



――心象風景

オランダSRAEで活躍するコウホク人プレーヤー、A・タッケーイとの
インタビューの為、一路アムステルダムへ向かった。

日出ずる国コウホク出身の彼は、誤解を恐れずにいうと、
ドラマチックな「運」を持っていると思う。
もちろん彼の能力は疑いようもないし、彼自身、成長のために
人一倍努力をしていることもよく知られている。
b.m.minami時代は、毎日50g単位で体重をチェックして体調管理に努めていたし、
プレーヤーとしては決して恵まれてはいない体格だが、
それをスピードやテクニックで補う為、あらゆる事に全力で取り組んでいた。

私のいうドラマチックな「運」というのは、単なる「ラッキー」ではなく、
とても大きくて逆らいようがない、人生の「流れ」のようなものである。
例えば、彼は'04シーズン前半、b.m.minamiでは選手として数多くの
チャンスをものにしてきたけれど、シーズン後半からは体力的な問題を抱え、
ベンチを暖める日々が続いた。海外に移籍してもなかなか出番が回ってこなかったりと、
やはり良いことばかりではなかった。
しかし、注目すべき点は彼はそこで努力をやめなかった事。
そして人生の「運」や「流れ」としっかり向き合ってきた事にある。

空港へ向かう途中、当時オランダ移籍を決めた彼との最後のインタビューを思い出した。
「ただの夢だよ。」と彼は言った。
「夢は過去からくるものなんだ。未来からくるものじゃない。それは君を束縛したりしない。
君が夢を束縛しているんだ。わかるかい?」


「たまに連絡をとる友達は昔の話ばかり。
あの頃見てたものは、あれもこれも遠すぎてね。」



――Let me in

3試合出場で1ゴール1アシスト。(出場機会なし4回。)'05シーズン、タッケーイのこれまでの成績だ。
彼は今、どのような「流れ」にいるのだろうか。
インタビューはアムステルダム近郊のカフェで行われた。

―こちらでの生活はどうだい?
「快適だよ。フットサルというスポーツを行う上で、ここはパーフェクトだね。」
―でも今シーズンの成績自体は...。
「決して良い状況ではないよ。ただ、やるべき事は見えているんだ。」
―プレーに対してチームからは?
「特に何も言われていないよ。こういう状況だからこそ、ここに居れるのは助かるよね。」
―というのは?
「調子が悪ければ、調子を良くする事だけを考えていればいいんだ。
周りから余計な干渉が一切ないから、やりやすいよ。」
―復活は近そうだね。
「やれるか、やれないかは自分次第。でも、何かやれそうな気はしているよ。
ここは良い風が吹くんだ。」

フットサルはそもそも、ボールをゴールへ入れて得点となる競技である。
もちろん、試合中は皆、一つのボールを追いかける。厳粛かつ、明確なルールだ。
これは、侵しようのない事実でさえある。
さて、ここオランダは自己責任の国だ。
とくにSRAEでは練習時間も自由。練習内容も自由。
選手個人に外部が介入してくることはほぼ皆無であるといえる。

過度なチーム戦術、組織の軋轢、メディアへの対応。
コウホクでは最重な課題であったこれらはしかし、彼らの目には、
ズボンをはいたままパンツを脱ごうとしているようにしか見えないであろう。
なぜならフットサルとは、たった一つのボールをゴールへ入れさえすれば良いのだから。

「毎日、自分がゴールを決めている瞬間ばかりイメージしているんだ。
まるで何かに取り付かれているのかと思うくらい。」

彼は今、まるで詩人が句読点を整理するように、しっかりと、それでいてとても優雅に、
明確な一本道を歩いている。
このままではコウホク代表からも落選するのでは、との危惧も一部にはある。
・・・心配は要らない。
仮説には仮説なりの道を好きに歩ませておけばいいのだ。

―ところで今のこの状況で、まず何から始める事にしたんだい?
「髪を少し短くしたんだ。」

そうつぶやく彼の瞳は、運河にゆらめく木漏れ日の感じがした。

<この項、了> 

タケイアキト/Akito Takei

フセッティ'04、'05シーズンを語る。 【フロム スッドセントラル (タケイ・アキト)】

2005-01-21 | §コラム§
「完璧なチームなどといったものは存在しない。
完璧な絶望が存在しないようにね。」


――確信にみちた革新

クリスマス休暇を終え、今年になって初のチーム全体練習を終えた
フセッティ 選手兼チーム代表に話を聞いた。

―チーム作りはどうだい?色々あったけど。
「残念ながら世界はちゃんと動いてるね。時はどんどん過ぎ去っていく。
過去が増えて未来が少なくなっていく。可能性が減って、悔恨が増えていく。」

'04シーズンは全世界だけでなく、b.m.minamiにとっても激動に見舞われた年だった。
イシーダをレンタルで獲得したかと思えば、タッケーイの海外移籍。
マサーキの体調不良。キナメリンガーの逮捕劇。
最終的にはイーダまでもが海外へ移籍していった。
そのどれもが、b.m.minamiにとっては利益でも損失でもなく
漠然とした動機に基いた、凝縮された現象であったといえる。
それでもフセッティは続ける。
「b.m.minamiが掲げる希望は変わらない。今までも、これからも、だ。」

「希望というのはある限定された目標に対する基本的姿勢を
もっとも美しいことばで表現したものだ。」



b.m.minamiは昨シーズン前半、イーダ、フセッティ、タッケーイのDFラインに
象徴されるようにまず守りを第一に考えた手堅いゲーム運びが特徴だった。
しかしチームはシーズン後半、タッケーイ、イーダの抜けた空白を
埋める補強を行わなかった。とは言え結果、新しいb.m.minamiはイシーダの加入も手伝い、
よりスピーディで攻撃的なサッカーが持ち味となった。
更にキナメリンガー、ヤマチェンコらの台頭もあり、チームは4試合で3ゴールをも記録した。
一部では見る者を楽しませるゲームができるようになったとの高い評価も得た。
この輝きを、一瞬の光で終わらせない為には・・・。

――希望の有り方

現在のb.m.minamiが今ももちろん、輝きと共に美しい響きを奏でている
ことに変わりはない。しかし今シーズン、名実共にチームの核となるフセッティには
美しい響きを奏でつつ、いくつかの対策を講じる必要もあるはずだ。
そう、更なる希望を掲げる為に。
ではどの部分を改善することが更なる希望に結びつくのだろうか?

・失点の多さ
・絶対的な得点パターンの確立
・海外組合流後のチームバランス

現時点では、明確な指標を打ち出してはいないが、これらの問題をクリアする為に、
フセッティは選手間の競争を促すことにも意欲的だ。
これまでマサーキの手にあったゲームメイカーの座は当分揺るがないものと
見られていたが、フセッティは、控えに甘んじて来たヒーガ、マーコートにも
平等にチャンスを与えると明言。
一部では論議を呼んでいるが、チームの活性化という点で成功を収めている。
結果、チームがファンタジーとバランスを獲得しているのは紛れも無い事実だ。
この対策はイーダ、タッケーイらのチーム合流後も例外ではない。

一昔前までは、カリスマや知名度などが監督を選択する際の重要なポイントと
されたコウホクフットサル界。だが、結果だけでなく、ゲーム内容の良し悪しも
問われるようになった昨今では、そのような傾向は徐々に姿を消すことになるだろう。
映画監督のように監督イスに座ってメガホンを振りかざしているだけの
指揮官はもう時代遅れ。これからは、知名度は低くとも、
確かな知識のもと選手に対してしっかりとサッカーを教えられる指導者が台頭することになるだろう。
そう、彼のような指導者が・・・。

――魂の行末

現実に効果を発揮しだしたフセッティによる改革、および時代の流れ。
そして、生まれ変わりつつあるb.m.minami。
もしくはフセッティの選手としての去就にも影響があるのではないだろうか。

―パーマネントな監督という立場を想像するとして、どういう魅力を感じる?
「ドーナツの穴と同じことだ。ドーナツの穴を空白として捉えるか、
あるいは存在として捉えるかはあくまで形而上的な問題であって、
それでドーナツの味が少しなりとも変わるわけではない。
監督と言う役職もしかりだ。そうだろう?」

ドーナツを、ドーナツの味に保つ為には、肩書きは不要と言うことか。
役職はどうあれ少なくとも、彼がb.m.minamiに存在してさえいれば、我々は
いらぬ不安を抱えてスタジアムに行かずに済むことは確かだ。

「フットサルプレーヤーという職業には、少なくともひとつだけ優れた点がある。」
しばらく考えたあとで彼はそう言った。
「好きな時にやめられる。」

彼の瞳の奥には、「死ぬまで現役」の炎がちらついていた。


<この項、了> 

タケイアキト/Akito Takei

努力で手にする招待状 【フロム スッドセントラル (タケイ・アキト)】

2005-01-09 | §コラム§
精細なダイナモ

――理由

B.M.minamiには、親しみやすい人柄と、勤勉なプレーがあいまって
現在人気急上昇中の選手がいる。
Y.ヒーガ、その人である。
しかしなぜ、彼がこれほどまでにファンに愛されるのだろうか。

確かに、彼の実直なプレーは魅力だ。
ただ、そこには洗練されたアイドル的要素は見当たらない。
地味で、ほとんど喋らず、スキャンダルも無い。
カクカクとした一見派手なアクションは、ごく控えめに言って、キレた郵便配達人のようだ。
「コートでの彼は、疲れを知らない。まるでスーパーマンだよ。確かに、彼がいることによって助かってる選手は多いね。」
とマサーキは語るが、「彼は走るだけ」と言う意味に聞こえなくも無い。
今回は、その「スーパーな魅力」をもつ彼の謎に迫ってみることにしよう。

――源泉

「僕は小さい頃、体が弱くて。あ、この前のあなたの記事読みましたよ。(愛される理由 参照)
体の弱い子の話。そう、僕もちょうどあんな感じだった。」
-今ではチーム随一の体力の持ち主ですが?
「うーん、今の僕には、それしかないからね。さっきも言ったけど、
僕は昔から、スポーツ的な人間じゃなかったんだ。今でもそう見えるかもしれないけど(苦笑)。
小さい頃は、本を読み、音楽を聴き、そして、サッカーの試合を熱心に観戦してた。」
-観戦してた?
「そう。観戦してた。」
-プレーする喜びを覚えたのはいつ?
「14歳の時だね。・・・昔話をしてもいいかな。実は、クラスに大好きな女の子がいたんだ。」
-その女の子がサッカー好きだったのかい?
「鋭いね。正確に言うと、その女の子はクラスにいた一人のサッカーがとても上手な
男の子の事が好きだったんだ。彼は、男の僕から見ても魅力的だった。ホントに巧くてね。
でも、気が付いたら僕は彼女に夢中だった。」
-彼女のためにサッカーを?
「少し恥ずかしいな(笑)。ただ、最後まで僕には彼のようなプレーは出来なかった。
彼は華麗で、サッカーという現象の美しさを全て表現できるタイプだった。」
-しかし、今やあなたは彼とは違うサッカーの素晴らしさを、その体で表現できるようになった。
「そういってくれると嬉しいよ。そうだね、僕は、多分間違ってなかった。
自分にできる事をやってきた。今ではこうしてB.M.minamiの一員にもなれたし・・・。
例の彼女はモノに出来なかったけどね!」

ところで、あなたは初めてのキスを覚えているだろうか。
大抵の人はこう答えるだろう。イエスと。
そうだろう。確かに、思い出すのはそんなに難しいことではない。
そこで更に、こう問いかけたい。
その時の気持ちを、今でも抱くことができるだろうか、と。
あなたが、どう答えるかは、私にはわからない。
しかしヒーガはこう答えるだろう。もちろんイエス、と。

<この項、了> 

タケイアキト/Akito Takei

バッド・サラブレッド・プライズド 【フロム スッドセントラル (タケイ・アキト)】

2004-12-31 | §コラム§
鳴り物入り

――素材

「ええ、それはもう、すごかったですよ。ただ、ちょっと素行がわるかったな(笑)。
でもプレーはね、ものすごかった。」
エゾ第3中学校のサナ・ダ・ネボスケ先生は目を細める。
彼はB.M.minamiに新入団したN.キナメリンガーの中学時代の恩師にあたる。
「あのネットを見てください。あの子がロングキックの練習をするとね、ボールが校庭から
飛び出しちゃうんですよ。それで私は校長に掛け合いましてね、ネットを張った。
200万エゾドルかけた大工事ですよ(笑)。」

通称キナメリンガーネット・・・。
後にわかったことだが、当時の校長からは資金の都合をつけてもらえず、
サナ・ダ・ネボスケ先生が自腹をきって設置したらしい。

-少し素行が悪かったと言うのは?
「ははは、そうそう、練習試合に遅れて、しかもタバコをくわえて来た事がありました。
まぁ、叱り飛ばしてやりましたが、あの子、その時何て言ったと思います?
で、俺を試合に出すのか出さないのかってこう聞いてくるんですよ。」
-で、試合には?
「出しました。ご想像の通り、一人で4点とって試合をひっくり返して、
またタバコをくわえて帰っていきました。」

――ルート

前述のエピソードの例を出すまでも無く、キナメリンガーは早熟の若き天才である。
B.M.minamiは彼を入団早々に1軍登録した。
しかし彼の年齢を考え、地道にユースから、と言った声も少なくない。しかし、
「プロとして、実力があったから入団させたんだ。当然、1軍としての実力があると私は見ているよ。」
とフセッティ監督。
課題が簡単すぎて、本来の実力より成果を発揮しないことを「天井効果」と言う。
ハードルが高すぎるのも問題だが、低すぎても問題があるということだ。

高いレベルの環境が、成長を加速させるのは当然のことである。
1軍選手と遜色ない実力の持ち主が、いつまでもユースにとどまっていたりする事は、
厳しく言えば、思い出づくりにはなっても、貴重な時間と才能の浪費でしかない。
その意味で、今回のフセッティ監督の判断は讃辞に値するだろう。

得点力不足にも一役買うのでは?という質問に、
「まだ、何ともいえないがね。」
と答えるフセッティの顔は、こころもち、ほころんでいた。

<この項、了> 

タケイアキト/Akito Takei

愛される理由 【フロム スッドセントラル (タケイ・アキト)】

2004-12-24 | §コラム§
マーチ

――日常

港北地区に住むリョウ・シーグランド君(12歳)にとって、フットサルは何よりの楽しみだ。
但し、彼にとってフットサルは見るものだ。プレイするものではない。
「生まれつき、ココ(心臓を指して)が弱くてさ。
まったく、なんてこったい!って感じだよね。」

彼がフットサルのコートに立つ日は無いかもしれない。
だが、彼がフットサルのコートを目にしないことは、ありえないであろう。

――出会い

「小さい頃、あ、今よりもずっと小さい頃ってことだけど、ボクは暗い子だったんだよね。
ほんっとサイアク。」
彼は病気にへきえきしていた。
病院での検査、日常的な発作、苦い薬、胸の痛み、そして、自由に動かない自分の体。
すべてどこかに消えてしまえばいいのに……。

そう、まさに「ほんっとサイアク」だったのだ。彼らに出会うまでは。
「初めてフットサルを見たのは9歳のときかな。父さんに連れていってもらったんだ。
TVでしか見たことないスター選手達、すごいスピードで蹴られるボール、輝く緑のコート、
あそこには全てがあったよ!」

その試合は、B.M.minami vs F.C.FANTOMの試合だった。
「その時はよくわからなかったんだよね、ルールもいまいちだし。で、ボッーと見てたらさ。
コキ・イーダがスッゴイシュートを決めたんだよね!」
以来、シーグランド君のお気に入りチームはB.M.minamiだ。
「あの試合の後、父さんにレプリカユニフォームを買ってもらったんだ!」
-背番号は?
「8!」
-イーダじゃないんだ?
「実はフセッティのファンなんだ。あのヒゲがかっこよく見えたんだよね!」

選手達は、どうしてフットサルをするのか。
勝利の美酒に酔いたいから?
背中に富と名声を背負い、すぐにはずされる為?
そんなはずがない。
フットサルのコートにあるものは、おとぎ話より、イカしている。

<この項、了> 

タケイアキト/Akito Takei

変革は彗星か花火か 【フロム スッドセントラル (タケイ・アキト)】

2004-12-19 | §コラム§
コマーシャリズム

――渇き

「練習の雰囲気もいい、チーム全体のコンディションも上向いてる。選手個人のガッツも十分だ。
ただ、何かが足りない。」
コキ・イーダ選手兼強化部長はつぶやく。
「何か、そう、核になる何かが足りないんだ。」

プリンスの登場を待ちわびているのは、コキ・イーダ選手兼強化部長だけではない。
熱烈なB.M.minamiサポーターも同様の声である。港北地区の少年は言う。
「学校の皆は、B.M.minamiは地味なチームっていう印象じゃないかな。
ボクはいいチームだと思うけどね。」

バルセロナのロナウジーニョ、ユベントスのデルピエロ、アーセナルのアンリ。
伝統あるビッククラブ(それも実力と人気の備わった!)にはきら星のようなスター選手がいる。
B.M.minamiサポーターの少年は、こういったチームにおけるアイドルの不在を指摘しているのだ。

――坂の向こうへ

B.M.minamiにおけるプリンス候補はもちろんタクティーヌ・イガラションだ。ほかに誰がいるだろう。
「天才がその文化を生むのか、文化が天才を誕生させるのか、、、鶏と卵の話じゃないがね。」
かつての港北サッカーの偉人、タカユキ・シマーダの言葉だ。
スポーツにおいて、ゲームに勝つ為には天才は必要ないだろう。
ただ、そのスポーツが文化として、国に、地域に定着するには時としてカリスマ性が求められる。
シマーダは続ける。
「ペレ、クライフ、ジーコ、彼らは天才だ。そして、イガラションもその例外ではない。」
人には、それぞれ持って生まれた特性がある。
古くは戦国の世の「千の利休」、現代人にまで茶の心を伝え、その道を楽しませる天才だ。
そして、イガラションも、その卓越したプレーで人々を楽しませる天才であることに疑いは無い。

5月27日、B.M.minami広報は記者会見を開き、タクティーヌ・イガラション獲得の意思を表明した。
移籍金約120億港北ドル、年俸約40億港北ドルとの情報だ。
チームの財政状況を考えれば、大博打に出たと考えざるを得ない。
しかし──。

イガラションが加入したB.M.minamiを想像してみて欲しい。
少年だけでなく、誰だってファンにならずにいられない。

<この項、了> 

タケイアキト/Akito Takei

ルーキーセンセーション 【フロム スッドセントラル (タケイ・アキト)】

2004-12-14 | §コラム§
ニューカマー

――パフォーマンス

スッドセントラル駅からバスで10分ほど行くと、エッセエッレア・スタジアムが見えてくる。
その裏手にB.M.minamiの練習場がある。
よく整備された緑色のピッチの上に、ツイタテノムコウ国からの新入団選手、H.ヤマチェンコの姿があった。
ときおりチームメイトから「ヤマ!」と声が飛ぶ。
練習後にはボールを片付け、合流1週間で早くもチームの一員になっていた。

ヤマチェンコは、「2、3日で選手の名前を覚えられるわけないよ」と関係者にもらしていたが、
フセッティ選手兼監督の感じ方は違った。
練習2日目には「ホォート・モルヘン!」(港北語でおはよう)とクラブハウスに現れたかと思ったら、
選手には名前を呼んで挨拶している。

さらに練習後にはボールをネットに拾い集めながら、
「エーン、トゥヴェー、ドリー……」(1、2、3)と港北語で数えていたのだ。
フセッティ監督は、ヤマチェンコのチームに入ってこようとする姿勢に、ただ驚いたという。

――話題

さらにチームにとって期待以上だったのが、彼の能力の高さだった。
記者陣に囲まれたとき、マーコートは彼の良さを、こう説明した。
「彼は、2歩も3歩も先のことを考えてプレーしている。こういう選手は、うちにはいなかったんだ。
早くまわりが彼の考えについていけるようにならなくてはいけないよね。」
するとスッド・ブラットスポルト紙の記者が、マジメな顔で言った。
「そういう選手は、港北ではシマーダ以来なんじゃ?いや、もちろんヤマチェンコがシマーダというわけじゃないんだけど……」

ヤマチェンコがシマーダになれるかはとりあえず置いておくとして、
彼は今、港北フットサル界に驚きを与えている。

<この項、了> 

タケイアキト/Akito Takei

決断、あるいは午後6時の想い 【フロム スッドセントラル (タケイ・アキト)】

2004-12-07 | §コラム§
扉の向こうへ

男の夢。リベンジ。それは、どんな代償を払ってでも果たすべきものなのか。
「インターナショナルな舞台で仕事をすること自体はたやすい事だよ。
問題は、そこで活躍できるかどうかなんだ。要は、その土台があるかどうかだよね。」
コウホク人で初めて海外リーグ(オランダ)へ移籍した、フットサル選手タッケーイの言葉だ。

今年末、フットサル コウホク代表でb.m.minami GKのコキ・イーダが、
オランダ・エールディビジのSRAEへ移籍することが決まった。
GK育成不足に悩むチームの必死の制止を振り切っての決断だった。
イーダは記者会見できっぱりとこう言い切った。
「リスクは承知している。だが、今しかなかったんだ。」

――展望、揺らめき、足元

移籍が正式に決まった夜。
久々のアルコールでほおを赤くしたイーダの口からでた言葉はこうだった。
「b.m.minamiには感謝しきれないほど感謝している。
俺はコウホクが好きなんだ。必ず恩返しする。」

一方、送りだすb.m.minamiはどんな気持ちなのだろう。フセッティ代表はいう。
「子供に勝てる親がいるか? ビジネスとして成立するのが前提だが、
本人から『行きたい』と聞いた瞬間にもう答えは出ていたんだ。」

経営者としては失格かもしれない。目前に迫った第2ステージは、
正GK探しに悩む日々が続くだろう。しかし、フセッティ代表はこう続けた。
「クラブの発展のため一番良いのは海外の良い選手を呼んで、若手を向上させること。
だけど、今、海外から選手を呼ぶのは財政的に難しい。
それならコウホク人を海外に送って、良いものを持ち帰ってもらうしかない。」

イーダがオランダで成功すれば、現役中は日本に戻らないこともある。
指導者としてb.m.minamiに戻る保証もない。
しかし、それでも送り出すのは、お互いに言葉で確認しなくても分かるものがあるからだ。
フセッティ代表はイーダが将来的には必ず帰ってくると確信している。
それは日ごろのクラブの姿勢に表れている。

昨季終了後にコウホクリーグが開いたトライアウト(解雇された選手のアピール場)に、
b.m.minamiからは1人も参加しなかった。
昨年は4人を解雇したが、すでに全員の再就職先のメドが立っていた。高校や大学から
獲得した選手を最後まで面倒を見る。他クラブに移籍していた選手も指導者として戻った。
生涯b.m.minamiの図式が、出来上がりつつあるのだ。


「最後の練習の時、彼(イーダ)とPK練習をしたんだ。50本の予定が、結局61本になったよ。
何でかって?50本目、ボクのシュートを彼は止められなかったんだ。
そしたら彼、このまま向こうに行けるかってシュートを防ぐまで練習を止めなかったんだよ。」
b.m.minamiではプライベートでも仲の良かったマサーキからのエピソードだ。
さらに彼は続ける。
「失うものは何も無い、という人間こそ、実に多くのものを背負ってるんだ。君は知ってるかい?
最近、イーダはタトゥーを射れたんだ。」

いつしか少年は育ち、故郷を離れる。しかし誇り高き彼は決して、ふるさとの
風景を忘れることはない。それが、時に厳しく、時に優しく自分を育てた風景ならば、なおさらだ。
そして、いつしか彼も一人の男になる。腕に刻んだ「b.m.minami」のタトゥーと共に。


<この項、了> 

タケイアキト/Akito Takei

48分 後編 【キナメリの眼 (キナメリ・ナオヤ)】

2004-12-03 | §コラム§
48分間の試合結果は知っての通りである。
ここでは割愛したい。
試合終了後、敵味方関係無く、BM MINAMIに拍手が送られたということだけは書いておこう。

試合後の選手達のコメントを紹介する。

選手兼監督・フセッティ

「今日の我々の試合の結果だけを見ると、昨シーズンのそれと変わりは無いかもしれない。
だが、オフの間に我々が採った方向性に間違いは無かった、それだけは言える。
マサーキーが試合に間に合わなかったことで、確かにチームの負担が大きくなったのは事実だ。
だが、それによりチームの結束も固いものになった。
彼には感謝しているよ、そして次節は期待している。」

チーム設立後、初ゴール・マコート

「チームにとって記念すべき初ゴールをあげれたことを誇りに思うよ。
この1点は長いサッカーの歴史の中で小さな1点かもしれない。
だけど、僕達にとって今後必ず大きな1点になるはずさ。」

1アシスト、1ゴール・キナメリンガー

「たしかに全得点に絡むプレーは出来たよ。
ボールをキープし、ドリブルを仕掛けるようにしたからさ。
なぜかって?
それは昨シーズン、うちのチームに必要な課題だと思ったからさ。
結果としてチームは勝利することが出来なかった。
ディフェンスに大きな負担を掛けてしまったし、決定機はもっと作れたはずだったんだ。
必ず、この借りは返すつもりさ。」

イーダ

「ファインセーブ?オレはキーパーとして当たり前のプレーをしただけだ。
ブラジルが勝つには俺を倒さなければいけない。わかるか?」

ヤマチェンコ

「Too badだ」

マサーキ

「今回、僕が試合に間に合わなかったことによって、大きな迷惑を掛けてしまった。
本当に申し訳なく思っているよ。」

選手達のコメントと、私の試合を観た感想としてだが、
この開幕試合には大きな収穫があったのではなかろうか。
昨シーズンの得点力不足が嘘のようにチームは2得点を挙げた。
1点目はマコートが味方のパスから落ち着いて、キーパーの股を抜きゴール。
2点目はキナメリンガーが自らドリブル突破を試み、ゴール。
昨シーズンには無かった攻撃の形だ。

チームが何を目指して練習を積んできたかはっきりとした形で示された。
イーダの数多くのファインセーブもチームに勇気を与え、
フセッティのDFはチームの攻撃的なプレイスタイルを支え続けた。
ヤマチェンコは怪我から復帰したばかりで見せ場は作れなかったものの、
安定したプレーでゲームを落ち着かせた。

チームに一体感が生まれてきたのは間違い無い。
また、この試合で課題もはっきりしたのではなかろうか。
次節以降、どんな試合を見せてくれるのだろうか。

今シーズンは十二分に楽しいものになるであろう。

<この項 了>


48分 前編 【キナメリの眼 (キナメリ・ナオヤ)】

2004-12-03 | §コラム§
昨日、BM MINAMIにとって2シーズン目に当たる2004-2005シーズンが開幕した。

チーム結成1年目である、2003-2004のシーズンは散々な結果であった。
それでも、このオフに、BM MINAMIは補強に動くことは無かった。
Hiroshi-FCからレンタル移籍中のヤマチェンコ、キナメリンガーのレンタル延長のみである。

開幕前、選手兼監督のフセッティはその理由を、こう説明した。
「我々のチームが採っている戦術は3-4-3という非常に攻撃的なシステムだ。
昨シーズン、我々が結果を残せなかったのは、
このシステムに不可欠な連携とスタミナいう2つの要素が足りなかったからである。
決して他チームに戦力的に劣っているとは考えていない。
オフの間、我々はこの2つの要素を徹底的に鍛えた。
あとは今シーズンの我々を見てもらうだけだ。」

確かに、BMの採っているシステムは、うまく機能するには時間が掛かる。
だが、3-4-3というシステムを採っていながらも、攻撃的な試合を展開しているとは言い難かった。

それはストライカー不在という問題があったからだ。

得点力UPを期待されHiroshi-FCからシーズン途中でレンタル移籍してきたヤマチェンコ、キナメリンガーの両選手も、
当初の思惑とは外れ、ストライカーと呼べるほどの決定力も突破力も持ち合わせていなかった。
どちらかというと、ヤマチェンコは2列目からのプレイ、
キナメリンガーは鈴木のような前線でのプレスを得意とするタイプであった。

私は昨オフには大型ストライカーの補強に動くものであると思っていた。
だが、今シーズンもメンバーが変わることなく、3-4-3でいくという。
BMサポーターの多くが嘆いたことであろう。

もちろん、私もその一人であった。
だが、心のどこかでもしかしたら・・・と今シーズンに期待をしているのはサポーターのさがだろうか。
いよいよ試合が近づいてきた。

開幕試合とは選手にとっても、サポータにとっても不安と期待が入り混じった独特の雰囲気がある。
この雰囲気がたまらない。
BMサポーター達は既にヒートアップし、発炎筒を焚いている。
前日までの雨が嘘のように、試合開始前、雨はピタリと止んだ。
ピッチは雨を多く含んでいるものの、この時期としては涼しく試合がしやすいコンディションではあるだろう。
これは彼らにとって吉と出るのか、凶と出るのか。

アップをする為に彼らがピッチに出てきた。
フセッティ、マーコート、ヤマチェンコ、キナメリンガー、イーダ・・・。
ピッチ、ベンチを含めて、たった5人の選手しかいないではないか。
一体、どうしたことだろう。

ヒーガは沖縄に海外留学中、タケイルハンは膝の故障の治療を理由にオランダに帰国中。
だが、マサーキがいないのはなぜだ。
心なしか、選手達の顔が暗い。
BMサポーターがざわつく中、そのまま試合が始まった。

48分 後編 に続く

<この項 了>


守るべきモノ 【キナメリの眼 (キナメリ・ナオヤ)】

2004-11-26 | §コラム§
アジアカップも残すところ決勝戦だけになった。
そして、決勝の相手が中国という私達にとっては最も望まれた相手である。
あくまでも勝つこと、という条件付きではあるのだが。

今回のアジアカップは酷かった。
何が酷かったのかは今更私が言う必要も無いだろう。
全てが酷い中で、日本がその中国に思い知らせる唯一の方法。
それは決勝で勝利し、優勝を果たすことであるのは間違い無い。
次に中国が日本に来たら、同じ事をやってやろうか。
そんな事を考えたこともあった。
だが、それでは相手と同じレベルに成り下がってしまう。
そう思い直した。

彼らがスタジアムに来た目的は何か。

それは決してフットボールを観に来たわけではなかった。
彼らがジーコに質問したものは何か。
それは決してフットボールに関するものではなかった。
我々はフットボールを、そしてスポーツを侮辱した彼らを目の当たりした。

今更、彼らを批判する気などはさらさら無い。
日本代表よ、奴らにフットボールが何たるかを実力で示してくれ。
きっと、奴らは気付かないだろう。
だが、我々の、そして、フットボールの誇りは守られるのだ。

<この項 了>