
亡き次男に捧げる冒険小説です。
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ハテナの交竜奇譚
第2話 ダンジョン・アタック後半
〜囀りのガヴと竜の秘宝〜
〇一
ひんやりとした空気が真夏の湿気でほてった身体に心地が良い。澱みのない真水のような空気は、吸い込む度に血の匂いで溢れかえった肺臓を清めてくれる。静謐で広大な空間に降り立った義兄弟の末弟ナーレは興奮のあまり言葉を失っていた。
《ゴブリン》の間から、大洞窟の壁沿いに打ち付けられた簡易的な階段を一段一段慎重に降りてきた。底に近付くにつれ、自分たちはとんでもない大発見をしたのではないかと胸が高鳴った。あまりにも美しすぎる《竜のねぐら》は、人型生物が安易に踏み込んではいけない神の領域に感じられた。床も壁も天井も隙間なくエメラルドの原石が飛び出している。柱状に岩盤から「生えた」エメラルドはまるで生き物の鼓動のように明滅を繰り返し、大洞窟全体を仄かに照らしていた。目の前に広がる天然の宝の山にどれだけの価値があるのだろうかと、口を開けてとんでもない金額の皮算用を始めた。
「ナーレ行くよ。この石は魔法で作られた偽宝石だ。この洞窟から離れた途端に輝きを失う。価値のない石ころに騙されるんじゃないよ。」
テーリは冷たく言った。初めはその美しさと途方もない規模に肝を抜かれた。しかしテーリはよくよく観察することで、《魔法技師》がよく使う《魔法の小発明》を応用した初歩的な魔術であることを看破した。
「うそーん…これがただの石なの。」
唇を尖らせてテーリの跡を追うナーレ。大冒険の報酬に相応しいと目を輝かせていたナーレは、とんだ床喜びだと腹立たしく思い、エメラルド風の柱状石を蹴り飛ばした。石は簡単に砕けると、乾いた音をあげて遠くまでカラカラと転がっていった。折れても偽エメラルドの輝きが失われることなく、淡い光の明滅を繰り返していた。
ハーラは小さい頃から領主の父に宝石の原石をねだっては、買ってもらっていた。そのため妖しく輝く大洞窟の石に違和感を覚え、取り立てて興奮はしなかった。テーリの説明を聞いて自分の審美眼に満足した。ナーレに魔法について雄弁に語るテーリを見つめ、《野伏せり》としても《魔法技師》としても確かな実力であると、テーリを改めて見直していた。森や魔法都市でどれだけ勤勉に学んできたのだろうかと、テーリの過去に少し興味をもった。また、偽エメラルドの輝きに目を奪われ、直後に落胆の憂き目に会ったナーレをとても愛おしく思った。ちょっと知恵が回らないところが、長男心をくすぐった。次はどんな勘違いをしてくれるのかと、ハーラはこれからのナーレとの旅路が楽しみになった。
【第2話後編〇二に続く】
毎週月水金曜日 更新
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緑に輝く遺跡を進む義兄弟。荘厳な遺跡を作り上げた主を思い浮かべるだけで身震いがした。そして現れた大きな扉。