みなさんのなかで
この”滝の拝”という場所をご存知の方いらっしゃいますか?
住所は、和歌山県東牟婁郡古座川町小川というところ
熊野の観光名所といっても
あまりにも交通の便が悪い僻地にあるため、めったに人の訪れない土地でもあるとの地元の方のお話でした。
私がこの地のことを知ったのは、
もうずいぶんと前のことになりますが、いつものようにどこかの国に滞在中
偶然、衛星放送のTV番組(ワールドプレミアム)で目にしたのがキッカケでした
あまりに美しい景色に目を奪われ
後日その放送の内容を調べてみたら
”生きもの地球紀行”
紀伊半島・古座川清流に生きるアユの四季
という番組
もし機会があったら、ぜひ一度アーカイブスでご覧になってみてください。
超オススメで、きっとすぐにでも古座川に行ってみたくなっちゃうと思いますヨ、
ほかにも、関西地方では、この滝の拝で
釣ったばかりの鮎を丸呑みする鮎釣り名人も幾度かTVに登場していて
(探偵ナイトスクープでも取り上げられてました)
地名までは覚えていないかもしれませんが、そこそこ知られた場所でもあるんじゃないかと思います。 たぶん
先日の9月15日、
なぜか偶然にもその憧れの地を訪れ、滝を眺めながらコンビニ弁当で昼食をとってみました
というのも、
実は・・・・・
出稼ぎの合間をぬって
台風12号による被災地へ災害支援ボランティアに行ってきちゃったからなんです
当初は、台風の被害を知って、地元の天川村に行きたかったのですが
海外出張が連続してしまい、ようやく日本に帰国した12日には、
もうすでに天川村の災害支援活動がほぼ収束していて、ニーズもなくなったとの情報
山崩れで甚大な被害を受けた十津川村や大塔村は、
未だ危険な状態にあるため、まだしばらくは立ち入りができないらしいとの噂だったので
ならばと、三重県(紀宝町、熊野市ほか)和歌山県(新宮市、古座川町ほか)
にネットで募集状況を調べてから電話連絡してみたところ
「交通が遮断されている上に、平日はボランティアが少ないので来ていただけたら助かります」
とのこと。
ならば往復の移動に時間が費やされてしまう日帰りよりも
個人負担であれ、宿泊施設が利用できる方がいいや! ってことで古座川町に決定しました
とりあえず、急ぎの事務仕事を深夜までかけて片して仮眠し
未明に自宅を出発
道路が分断されていないことを調べておいた
第二阪奈道路→阪神高速湾岸線(関空)→阪和道→御坊・白浜道から
地道のR42で串本までの経路を選びました
そのかいあって、朝の6時前には無事串本に到着
朝一でボランティアセンターでの登録を済ませて、ニーズへのマッチングに間に合うなと
ようやく胸を撫で下ろしました。
途中、こんな看板↓をみかけて
あの有名な難破したトルコ船を助けたのが ここ串本だったんだと再認識
チャート(海図)もしっかりない時代だったら、さもありなんと思える海上交通の難所なんですよね
大島を抜けられそうと思いきや・・・
反対側には橋杭岩が
よくよく考えてみれば、串本といえば近畿地方に台風が上陸しそうになると必ずTVで
レポーターが現地報告をしてくる台風銀座地帯ですもんね
ココ↓が古座川町の災害ボランティアセンター
実は、この辺りも場所によっては大人の胸の高さまで水に浸かった跡が残されていました
到着後、車内でツナギに着替え、安全靴に履き替え、ヘルメットを被り、防塵マスクにゴム手袋
水と食料、救急薬品をいれたデイバッグを肩にかけ
首にタオルを巻きながら、いざ出陣 と周りを威圧するような勢いで
いま思い出すとちょっと恥ずかしいほど気負って ボラセンに飛び込んで行きました
ボランティア活動状況↓ 到着した日がボランティアを受け付けてから5日目でしたが、
既に初日から町が無償で提供している公民館に寝袋持参で泊まり込んで活動しているボランティアが
何人もいてビックリ
ボラセンの向かいにある町立体育館にはさまざまな資材が並んでいました。
気仙沼では、受付の人間が居て、貸出リストに記録していましたが、ココ古座川町では
各グループがそれぞれ自由に使いたいものを持ってゆくシステムでした。
最近は、水害や東日本大震災の災害支援の経験から
全国の地方自治体からこうした作業用具が被災地に向けて送られてくるとのことでした。
隣接する小学校の運動場がボランティアの駐車場に
子供たちには可哀想でしたが、橋脚が流され、白浜から南の鉄道が寸断されているため
代理輸送のバス以外交通手段がない状況なんです
初日は、睡眠不足の上に、予想以上の重労働となって精神的な余裕がなかったため、
活動場所をご紹介する写真もとっていませんでしたが
二日目は、古座川町でも最奥部の田川からのニーズに手を挙げたため
ボランティアセンターからでも車での移動に片道約1.5時間を要したものの
体力を持て余すほど元気モリモリ
滝の拝を過ぎて30分ほど走ったところで、後続の車がなぜか急停止
それにしてもキレイな川だな~と景色に目を奪われてしまいました
(これでも、地元の人に言わせると、緑色をしてたら濁っているんだそうです)
さてさて、どうしたのかな? と近寄ってみたところ・・・
な、なんと本日から加わった大阪からのボランティア二人組が車から降りて
ペコペコと頭を下げている様子
というのも、電車が寸断されているからと白浜からレンターカーを借りてきたんだけど
実は、しばらく車を運転したことがないペーパードライバー
路肩の崩れた道での行き違い時に接触事故を起こしてしまったようでした
平日にお休みをとって、はりきってボランティアにきた彼等なのに
宿命って表現でいいのか、運命と言うべきなのか・・・いずれにしても薄情だよなぁ
あまりに山の中で、携帯電話もつながらない上に、警察も事故処理には来れないとのこと
レンタカーで保険処理もあるからと、ドライバーのボランティアさんには下界に戻ってもらい
残ったもので、支援先の田川の民家に向かいました。
この川が氾濫して、左側の家の一階部分が浸水してしまったとのこと
すでに被災者や近隣の人達で、廃棄物がまとめられていたため
軽トラ2台分ほどの家具や電化製品を積み込んで、ココでの作業は終了
あまりに山深い場所のため、働き手は下の町に暮らすようになって高齢者ばかりの過疎地なのでした。
大雨が降るたびに山が崩れ、道が寸断しては何日も通行止になる場所らしくて
若いものが暮らしてはいけないのだそうです。
この辺りは集落のためにそこそこキレイな道ですが、途中は、林道でももう少しましだろうってほど
狭くて、土丸出しの それはそれはすっごい道でした
この日の2軒目は写真中央左側の滝の拝の真横にある元旅館
以前は、鮎釣り客で賑わっていたそうですが、経営者も高齢化(90代)して
いまではシーズン(鮎釣り)に馴染みのお客さんにだけ提供していたそうでした。
さすがは山奥、宿の入口には、鹿にイノシシ、そしてツキノワグマの剥製に
大きなスズメバチの巣が飾ってありました
やっぱり1階部分が完全に水に浸かってしまい 畳20帖ほどと
大型トラック数杯分の壊れた家具やその他もろもろの瓦礫を道路際に運び出しました。
以前、TVで”滝の拝”の放送を観たことを話したところ
つい10年ほど前までは、季節になると毎年滝の下に鮎が湧いてたそうでした。
天然鮎と天然ウナギで、旅館に泊まったお客も喜んでいたんだって
懐かしそうに話してくれましたね~
たぶん平均年齢八十代前半の兄弟姉妹で、
なんどもなんども助かりましたってお礼を言われながら
さてさて、事故った車で来てた若者ボランティア
気持ちはとても素直そうな好青年でしたが、普段デスクワークしかしていないらしくて
外見からも体力が乏しそう
作業中に様子をみてみたら、真っ赤な顔しながら眼がウツロになってて熱中症になりかけてたので
「無理したらダメだよ! ほらほら休んで休んで!」と
優しく(?)先輩ずらして声かけちゃいました
前日も宿泊先で一緒になった年配のボランティアさん達と話してたんだけど
今回の平日に集まってきてるボランティア
ほとんどが全国から集まってきている東北でも何箇月も活動してきた いわばその道のプロばっかり
手際はいいわ ヤル気まんまんで 慣れない若者が雰囲気に呑まれて
同じように体動かして、途中でヘトヘトになってたとか
でもきっとそんなひ弱そうに見えてた彼等も 今後ボランティア中毒になっちゃうんだろうな(笑)
究極の自己満足ですが、それくらい魅力があって、自分もすっかり虜にさせられちゃいましたしね
(箸休めじゃなけど、古座川町の名所のひとつ 虫食い岩もご覧ください)
こちらは、帰路に通過した南紀勝浦辺り
熊野から奈良に抜ける国道に並行して流れる川では
いたるとこで沈下橋も流されていました。
奈良の309号線最南端 七色貯水池
最後に、
活動初日の夜
今回も素敵な仲間にあえたのが嬉して嬉しくて
昔からの友人達とのメーリングリストに、つい衝動的に投稿してしまった記事を転載します。
(一部抜粋)
こんな僻地(失礼)まで平日にボランティアに来てるのは
もう、歴戦のツワモノばっかしで
(本日のグループのメンバーは、新潟から一人、神戸から一人、大阪から二人。
隣のグループには、福島の南相馬からの人に、宮城県の被災地からの人も)
同じような志でなんの報酬も名誉も求めず
自己完結ですべての費用を自分でまかない、
丸一日埃とドロにまみれ汗だくになって活動して
互いに自己紹介することもなく
活動の終了時に
「今日は、一緒に活動できて良かったです。また、いつかどこかでお会いしたいですね」
って分かれるんです。
なんて言ったらいいのかな〜
へー、こんな人達がいるんだー!
って
ほんっとに幸せな気分に浸れるんですヨ