もこにゃんとばあば

もこにゃん もうすぐ八才(2015年生れ)
登場数は少ないですがヨロシク!にゃん

嫌煙運動の日

2021-02-18 04:10:00 | 短歌

一度目はひとつの吸い殻次は何ポイ捨て続けばゴミだらけの道

 

1978(昭和53)年2月18日、東京・四谷で「嫌煙権確立をめざす人々の会」が設立された。

既に札幌市に「非喫煙者を守る会」があったが、「日照権」をヒントにして作られた「嫌煙権」という新語のアピールによって嫌煙運動が全国に広まった。

祖父がいつも持っていたキセルです 

煙草の匂いを知ったのが子供の頃でした。嫌な臭いとか思ったことはありませんでした。

大人になって煙草に興味を持ち、いっとき吸ったりもしましたが、たばこは百害あって一利なしとすっぱり辞めました。

夫も50代で辞め、息子も40代に入る頃は辞め、いまは孫たちが吸っているようです。

このコロナ禍にタバコについてあまり報道されませんが ( ´ー`)y-~~、嫌煙運動が広がっているんでしょうね🚬

最近、たばこ吸っている人本当に見かけなくなりましたね~でもスーパーのたばこ売り場で買う人は見かけます。


天使の囁きの日

2021-02-17 04:22:50 | 短歌

ゲレンデに舞い降りてくるきらら子の光と共に遊びてみたし

 

北海道幌加内町の「天使の囁きを聴く会」が1994年に制定。

天使の囁きとは、空気中の水蒸気が凍ってできるダイヤモンドダストのことである。

1978(昭和53)年2月17日、幌加内町母子里の北大演習林で氷点下41.2℃という最低気温が記録された。

しかし、気象庁の公式記録の対象から外れていたため、1902(明治35)年1月25日に旭川市で記録された氷点下41.0℃が公式の日本最低気温となっている。

これをプラスイメージに変えようと、町内の若者グループが中心となり、この日ダイヤモンドダストの観察等厳冬の一夜を体験する「天使の囁きを聴く集い」を1987(昭和62)年から開催している。

              

ダイヤモンドダストはそう簡単にには見ることはできません。

タイミングが必要です。

この歳になると寒い所は避けるので見る機会は激減しますね~


天気図記念日

2021-02-16 04:01:00 | 俳句

ポンと跳ぶ道の小さな雪解川

 

1883(明治16)年2月16日、ドイツ人の気象学者エリヴィン・クニッピングの指導のもと、7色刷りの日本初の天気図が作成された。

天気図は1日1回発行されることになり、8月23日からは新橋と横浜の停車場に掲示された。

           昨夜の天気図です。

只今、雨が降っているようです。外は真っ暗ですが雨の音が聞こえています。

先日の東北の地震と言い、又、暴風が吹き荒れているようですが、東北の皆様のご無事をお祈りいたしております。

オホーツクの今日は最高気温6℃最低気温-2℃です。6時まで雨100% 12時まで60%ですって。

昼になると雪解けが進むんでいるんでしょうね。


春一番名づけの日

2021-02-15 04:05:52 | 俳句

流氷もさびしく泣けり無人駅・・・大田弘夢

酒注げばロマンを語る流氷かな・・・斎藤勉

流氷はアムールからの置手紙

 

1859(安政6)年2月13日、壱岐郷ノ浦の漁師53人が五島沖で突風に遭い全員が死亡した。

それ以前から、郷ノ浦の漁師の間で春の初めの強い南風が「春一」と呼ばれており、これが「春一番」の語源とされている。

春一番の語源には他にも諸説ある。

1950年代からマスコミがこの言葉を使用するようになって一般でも使われるようになり、1985年からは気象庁が春一番の発表を行っている。

          

北海道には春一番はないですが、三月に風が強い日があります。

それを北海道の春一番と言っているようですが・・。

流氷の街でもある、わが街は強い風が吹くと一夜にして流氷が去ってしまうということがあります。

オホーツクブルーの青い海に流氷がぷかぷか浮いていて、知床の山々がまだ雪をかぶっている頃が一番きれいだと思います。

流氷の近くでは流氷が「ぎい~っぎい~っ」音を立てているのが分かりますが、これを流氷鳴きと言います。

先日、北海道で一番の歴史のある○○十七美会の例句会があり、兼題は流氷でした。


聖バレンタインデー

2021-02-14 04:09:46 | 俳句

ご褒美のバレンタインの自分チョコ

 

西暦269年2月14日、兵士の自由結婚禁止政策に反対したバレンタイン司教が、時のローマ皇帝の迫害により処刑された。

それから、この日がバレンタイン司教の記念日としてキリスト教の行事に加えられ、恋人たちの愛の誓いの日になった。

ヨーロッパでは、この日を「愛の日」として花やケーキ、カード等を贈る風習がある。

女性が男性にチョコレートを贈る習慣は日本独自のもので、1958(昭和33)年にメリーチョコレートカムパニーが行った新宿・伊勢丹でのチョコレートセールが始りである。

1年目は3日間で3枚、170円しか売れなかったが、現在ではチョコレートの年間消費量の4分の1がこの日に消費されると言われるほどの国民的行事となった。

一箇月後の「ホワイトデー」に返礼のプレゼントをする。

            

義理チョコをいつも仕事の仲間にプレゼントしてました。

仕事を辞めてからはいつもより高級なチョコレートを食べる日になっています。