熊本から気ままに山と自転車のブログ

野々島矢具神社・野々島外園愛楽寺板碑群

野々島外園愛楽寺板碑群
2020/3/23(月) 晴

今日も前回同様に天候は快晴、最高気温予想21°、午前10時ポタリングに出る。

当初目的は、合志市歴史資料館特別展野口チカ子さんの「この辺の昔話」展だったが、ここも3月31日まで休館ということである。
時間は正午過ぎ。時間はたっぷりあるので14時を目途に足を延ばすことにする。

合志市野々島矢具神社西北に板碑があるらしいので立ち寄ったが、境内にそれらしいものは見えない。
一旦道に出て西側の路地を除くと、外園愛楽寺板碑群の標石柱(写真8参照)が見えた。


「左の碑は、阿弥陀三尊の梵字を刻してある・・・右の碑は阿弥陀如来立像線刻板碑である」(写真9参照)とある。


県道30を挟んで南側の住宅地を廻ると地蔵菩薩板碑(写真10参照)があった。


板碑(写真11参照)は、「上部に卍を刻し、中央には地蔵菩薩立像を線刻してある。大永三(1523)年秋の彼岸の日に、子供達が両親のために、生前に死後の冥福を祈る逆修供養を行い建立したもの。」とある。線刻は、ぱっと見にはほとんど見えない。


ここを最後として帰途に就く。


野々島矢具神社
2018/1/31(水) 晴

今日の昼間は晴天で温かい日になり室内で微睡んでいたが、前回の日羅山橋田寺跡を確認したいと思いポタリングに出た。
が、日没時間を考えると少し時間が足りないので、野々島の矢具神社を折り返し点としようと方向を変える。
野々島矢具神社(写真1参照)は、名称が珍しいので特別な謂れがあるのか以前から興味がたった。


拝殿は、唐破風造り(写真2参照)になっている。
縁取りの色が赤ではなく、白色となっている。祭神の謂れと関係がありそうに思う。


由緒書(写真3参照)を読むと、御祭神は「彦火火出見尊」とある。
帰宅してから「矢具神社」をWeb検索すると、ヒットしたのは芦北町の矢具神社と2社のみであり、御祭神も同じである。
芦北町は、火葦北国造刑部靱負阿利斯登(おさかべのゆけひありしと)の地。
役職名は「靱負」。神社名と関係するのか?
阿利斯登の子、新羅達卒「日羅」が創建したという橋田寺は、ここ野々島神社から8kmほどの距離になる。
思いもかけない結果に、橋田寺跡に是非とも行かねば・・・と思う。


今日も無事だったことを天に感謝する。
熊本(自宅)16km→野々島夜具神社16km→熊本(自宅)所要時間3時間(実3時間) 総計32km 走行累計23,300km

自転車で探訪した史跡・文化財等の記録です。一部山行の記録もあります。

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