2018/8/16(木) 曇
今日のポタリングは、時間を2時間程度とスケールを小さくして、西南戦争の前段となる神風連の乱、秋月の乱、萩の乱の神風連に関する熊本市内の神風連資料館のある桜山神社と、熊本城内豊前街道を探訪することにする。
15時現在の気温34.1°を確認して16時に出かける。
空を仰ぐと北の方角に夕立雲(写真1参照)があり、雨足がくっきり見える。
この雲が拡大するか?縮小するか?拡大しない方に賭ける。
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桜山神社(写真2・3・4参照)は、熊本大学の東方向、熊本市中央区黒髪(旧飽田郡宇留毛村)に1885年(明治18年)に「誠忠の碑」「123士の碑」を建立し、桜山同志会を組織したことを起こりとするという。
「誠忠の碑」は肥後勤王党の宮部鼎蔵などの23士を祀り、「123士の碑」は敬神党123名を祀っているとある。
また、肥後勤王党育ての親「林桜園」も祀られているとある。
宮部鼎蔵の名は、御船町の「八勢橋」か「駄野神社」を探訪したときに、平野部を見下ろす丘陵の上に顕彰碑がありその時知った。
京都「池田屋事件」の一人であったと初めて認識した。
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社殿(写真5参照)は、鳥居を潜って奥の右手方向にある。
「桜山」林桜園に因んで命名されたとある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/cf/15b9cf9db197b9fe8770570878e26ef0.jpg)
社殿の西側方向に「123士の碑」(写真6・7・8・9参照)がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6c/ad/fa506584a26163e85ed52ed441298f0b.jpg)
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「荒木精之の顕彰碑」(写真10参照)は、鳥居を潜った参道最奥部にある。
荒木精之は、神風連資料館(社殿南側)を建設し初代館長を務めている。
三島由紀夫は、「豊饒の海」の取材にここを訪れている。
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資料館は後日訪問する予定。 その後藤崎台を廻り帰途に就く。
途中小雨が降り始めたが、然程降られることなく帰宅する。
今日も無事だったことを天に感謝する。
熊本(自宅)7km→桜山神社10km→熊本(自宅)所要時間2時間(実1.5時間) 総計17km 走行累計25,469km
原道館跡
2018/10/15(月) 晴
今日の気温は若干低め、絶好の自転車日和。
午後から所用ついでに、熊本中心市街地の名所を探してポタリング。
名所案内の標識、標柱が街角にあると思うのだが、自転車ではスピードが速すぎるのか目に入って来ない。
ただ一か所、千葉城に石碑があるという記憶を頼りに千葉城へ。
元NHK敷地内の高台にあるのかと思ったが、生憎立ち入り禁止になっており、仕方なく城東町方向へ坂を下る。と、橋の手前左手の小公園内に石碑(写真1参照)が見える。
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後ろの崖地は、春にはつつじの花で覆われる。
林桜園の原道館跡(写真2参照)とある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/36/d3/467b26a751f5168d3f3e24ccdf81d109.jpg)
説明板(写真3参照)では、
「原道館は、幕末の肥後の一大思想家であり大学者でもある林桜園の家塾です。
桜園は、寛成9年(1797)に下級武士の家に生まれ、はじめ藩校時習館に入りましたが、のちに国学者長瀬真幸の門に入り、神道と国学を学びました。
とくに教育者としての活躍には目をみはるものがあり、天保8年(1837)この地に居を定めてから明治3年(1870)に没するまでの間、ここで一党一派を問わず1200名余の門弟を教育し、宗教者、政治家、学者、歌人、画家、楽人等、多方面の才能を咲かせました。その中でも肥後勤王党、敬神党(神風連)の人々に強い影響を与え、幕末肥後の第一等の人傑と称えられています。」とある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/82/2d6c63788bdb78a2e35fd360e5e95c0c.jpg)
原道館跡を後にして帰途に就く。
今日も無事だったことを天に感謝する。
熊本(自宅)12km→千葉城町原道館跡6km→熊本(自宅)所要時間3時間(実2時間) 総計18km 走行累計25,860km