東京財団ユーラシア情報ネットワークに1月は、「安倍政権に寄せるインドの期待と警戒心」をエントリーしました。
http://www.tkfd.or.jp/eurasia/india/report.php?id=385
安倍首相は、「インド外交は私のライフワーク」というほど自他ともに認める「インド通」。
その再登板に対し、インドでは歓迎の声とともに、右傾化路線への懸念も浮上しています。
安倍首相が辞任直前に行った前回の訪印(2007年)は現地で取材していたので、そのときの印象も盛り込んでみました。
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安倍政権に寄せるインドの期待と警戒心
更新日:2013/01/24
自民党の政権復帰と安倍晋三首相の再登板について、インドでは好意的な反応が多い。安倍首相は、1年おきに交替してきた歴代首相6人の中では独自の「親印派」として知られ、2007年の訪印で強い印象を残した。インドからは日本経済の再生に、強い期待が寄せられている。その一方、安倍首相の対中政策や憲法改正などの路線には警戒心も現れている。
「親印派」再登板を歓迎
昨年末、安倍首相の就任が決まると、マンモハン・シン首相は「印日間の戦略的グローバル・パートナーシップの一番の設計者だ」とエールを贈った(*1)。インド主要紙も相次ぎ、社説などで分析と論評を掲載した。
ヒンドゥスタン・タイムズ紙は「サクラの花を咲かせるときだ」と題する社説を掲載(*2)。「今、日本が世界第三の経済大国だと信じる人はほとんどいない。1991年以降、景気後退と停滞を繰り返してきたからだ。アベは軍事力を重視するナショナリストとして有名である。しかし、中国と向き合っても経済の回復がなければ空虚でしかない」と、経済の立て直しが急務だと指摘した。
そのうえで「日本の再生は大歓迎だ。それは地域における中国の突出ぶりを相殺するのに役立つ。インドはアジアの多極化に利益があり、日本は消えて欲しくないひとつの極である」とした。中国にGDPで追い抜かれた日本経済の活性化こそ、安倍政権の課題であり、ひいては中国の覇権拡大を防ぐことにつながるとの主張である。
インドのメディアが概ね安倍首相を歓迎するのは、「親印派」としての評価に基づいている。
日本の首相としてインドで記憶されているのは、1957年に戦後日本の首相として初訪印した岸信介、1984年の訪印時にインド国会で演説した中曽根康弘、そして2000年に訪印し、核実験後のインドとの関係を改善した森喜朗各氏だろう。安倍首相はこれらに次いで、しかも岸の孫という血筋でも知られる。訪印の翌月に辞任し、期待はずれに終わったことも忘れられない理由である。
訪印で「価値観外交」実現
安倍首相自身、「私にとってインド外交はライフワーク」というほど思い入れは深い(*3)。前回の在任中、2007年8月のインド訪問では、御手洗冨士夫・経団連会長(当時)ら財界幹部やビジネスマン約200人と主要大学10校の学長らが同行。経済、安保、教育など幅広い交流を促進したこの訪問には、3つの特徴があった。
� 「共通の価値観」を重視した「戦略的グローバル・パートナーシップ」推進
民主主義、開かれた社会、人権、法の支配、市場経済といった普遍的価値を共有する国との連携を強める「価値観外交」に基づき、前年末の首脳会談での合意事項をさらに進めた。防衛省、海上保安庁幹部らの交流など安全保障協力の強化に合意した。
� 日本の「印パ切り離し」外交の実現
インドとパキスタンを同等にワンセットで扱い、印パを同時に訪問していた首脳外交のあり方を見直し、初めてインドだけを訪問。新興大国としてインドの優位性を明確に認めた。
� 首相として初訪問したコルカタで日本ゆかりの人物を表敬
東京裁判で戦争責任を問われた日本に同情的な考えを示したパル判事の長男や、日本軍の支援を受けたインド独立運動の指導者、チャンドラ・ボースの親族や記念館を表敬した。
これらはいずれも、安倍首相の個性が色濃く反映した。「価値観外交」は、安倍、麻生両首相が堅持したもので、自由と民主主義など価値観を共有する国々との関係を重視し、ユーラシア一帯に「自由と繁栄の弧」の実現を掲げた。だが、「あからさまな中国包囲網」「イスラム圏は除外するのか」との批判や疑問視する声がインドにも出ていた。
また、パル判事やボースの親族訪問は、「戦後レジームからの脱却」を求める安倍首相の思想を象徴するものだった。当時、安倍首相は対中配慮から靖国神社参拝ができないまま、就任から1年近くたっていた。このため、連合軍主導の歴史観に異を唱えた親日派インド人の親族を訪ね、靖国参拝とは異なる形で自分の思いを通そうとしたと考えられる。
右傾化路線に警戒心も
このようなインド外交を進めた安倍首相の復帰に、インドでも右寄りの論調をとるパイオニア紙は「旧友の新たな出発」と題した社説で、歓迎を表明した(*4)。「アベは現代アジアにおける最大の親印派指導者のひとり。米国のオバマ政権が『アジア・ピボット』と言い出す何年も前から先駆け、インド洋・太平洋の安全保障の潜在的課題に注目してきた」と評価した。そのうえで「アベは強硬な対中姿勢をとり、中国に投資している日本企業を心配させているが、インドとしては中国の好戦性を封じ込めるうえで歓迎だ」とした。
対照的に、慎重な論調を示したのは、高級紙のヒンドゥーである。「ジャパン・ピボット」と題する社説で、安倍政権が中国との対決姿勢を強めると同時に「戦後の平和主義を放棄し、憲法を改正して軍事力に大きな役割を与えることを示唆している」と指摘(*5)。「インド政府は日本を価値あるパートナーとして緊密な連携を進めているが、アジアを分裂させかねない戦略イニシャティブで二国間関係を方向づける日本の新たな試みには用心する必要がある」と述べた。
核兵器を保有し、中国、パキスタンと対峙するインドでは、メディアも核抑止力重視のリアルな政治感覚を有している。だが、中国にかかわる事柄については強硬派、慎重派で見解が分かれるところだ。
ヒマラヤ山脈をはさんで隣接する中国とは、1962年に国境紛争を戦って敗北したことが長年のトラウマになっている。核開発でも先を越され、軍事力で中国の後塵を拝してきたインドにとって中国に対する劣等意識は根深い。日米安保条約で守られている日本よりも、インドにおける中国脅威論はずっと切実なものがある。
どうなる?「日米豪印」連携
今後、安倍首相は念願としてきた日米とインド、そしてオーストラリアを加えた4カ国連携の安全保障協力の具体化を図りたいところだろう。首相は昨年末のインタビューでこう語っている。
「日中関係や日韓関係にある困難な課題に取り組んでいく上でも、アジアにおいて豪州やインドなど日本と価値観を共有し、安全保障上の協力を約束している国々との信頼関係を確認しあうことによって新たな展開をしていくことができる。インドとの間で、戦略的グローバル・パートナーシップという関係を構築していくことで一致したが、その際、一丁目一番地に安全保障上の協力を掲げた。その延長線上で、今年、インド海軍と海上自衛隊の共同訓練を行った。それを日米印、さらに日米豪に発展させていくことは、地域の安定に資する。いわばパワーバランスを回復させていくことが大切だ」(*6)
ところが、これに対し、インドは慎重な態度を堅持している。安倍首相とも接触があるインド関係者は、「対中牽制のつもりでいても、中国を挑発して対外強硬路線に駆り立ててしまう可能性がある。対話だけならまだしも、米国と軍事同盟を結ぶ日本、豪州と同じ枠組みに入ることは難しい」と語る。
この日米豪印の構想には、米国も慎重な姿勢を示していた。2007年当時、ライス国務長官が安倍政権の小池百合子防衛相との会談で「中国に対して予期しないシグナルを送る可能性もある。慎重に進める必要がある」と述べ、否定的な見解を述べた。小池氏が「日米と豪印の連携が進めばさらに安全保障が強化される」と説明したのに対し、ライス氏は「インドとは当面、個別の具体的協力を進める中で関係づくりをすることが適切だ」と述べ、2カ国間関係の強化にとどめる考えを示したと報じられた。
その後、日米印の3カ国間については、2011年末から非公式対話の枠組みが発足。2012年11月まで3回の対話があり、ミャンマー支援の連携や海洋をめぐる協力の協議がなされている。だが、海洋協力では津波など災害時の救援協力などの話にとどまっているようだ。
非同盟と核保有で独自の安全保障と外交を掲げるインド。価値観は必ずしも日本と共通ではない。お仕着せの「価値観外交」で対中牽制の陣営に引き込もうと思っても、不協和音が生じるばかりだ。二国間対話を基礎に、じっくりと本音の意見交換を重ねていくべきだろう。
(*1) 2012年12月27日, Times of India, “Manmohan congratulates Japan's new PM Shinzo Abe”
http://articles.timesofindia.indiatimes.com/2012-12-27/india/36021179_1_shinzo-abe-india-and-japan-congratulates
(*2) 2012年12月18日付Hindustan Times,“It’s cherry blossom time”, http://www.hindustantimes.com/News-Feed/Editorials/It-s-cherry-blossom-time/Article1-974687.aspx
(*3) 2011年10月19日付「連載・安倍晋三の突破する政治…インド首相が明かした中国の脅威」
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20111019/plt1110191556004-n1.htm
(*4) 2012年12月20日付 The Pioneer, “Old friend, New beginning”
http://www.dailypioneer.com/columnists/item/53049-old-friend-new-beginning.html
(*5) 2012年12月20日付 The Hindu, “The Japan Pivot”
http://www.thehindu.com/opinion/editorial/the-japan-pivot/article4218426.ece
(*6) 2012年12月29日付 読売新聞「日米豪印で安保協力」
(*7) 2007年8月10日付 朝日新聞「日米豪印対話、ライス米国務長官『慎重に』」