投資家の目線

投資家の目線830(天馬の株主総会通知を読む)

 プラスチック製品メーカー天馬の株主提案が話題になっている。天馬は監査等委員会設置会社である。米投資ファンドのダルトン・インベストメンツグループと香港のオアシス・マネジメントがそれぞれ提案した株主提案の監査等委員の取締役候補が、「指名・報酬委員会」(取締役会の任意の諮問機関として昨年11月6日に設置が取締役会決議された)が推薦した取締役候補と同じだというのだ。会社法344条2によれば、監査等委員会設置会社では、取締役は、監査等委員である取締役の選任に関する議案を株主総会に提出するには、監査等委員会の同意を得なければならないとされる。しかし、この件は取締役の提案ではないため、「経営陣と株主による事実上の共闘で、経営陣に”都合の悪い”監査等委員会を排除できる道が開いたと言える」(「監査等委 骨抜きの懸念 天馬、ファンド提案に異例の賛成」 2021/6/21 日本経済新聞朝刊)と報じられている。天馬は有利子負債がなく、総資産に占める金融資産の割合が高いので、投資ファンドによる投資は想像に難くない。

 2021年定時株主総会招集通知によれば、同社の監査等委員会は、外国での不正に関連して昨年の定時株主総会において取締役候補を否認され、昨年12月25日に監査等委員会から損害賠償請求訴訟を提起されている2人の人物を常務執行役員総務部長や執行役員財務経理部長に残した(2021年4月19日付の人事異動で両人は総務部長、財務経理部長の職を解かれ、常務執行役員デジタル戦略室長、執行役員サスティナビリティ推進室長となっている)ことで、監査等委員以外の一部取締役候補(ダルトン・アドバイザリー代表取締役との兼職者を含む)が不適切であるという意見を表明している。一方、ファンド提案では、現在の監査等委員会の取締役が不適切であるとして刷新を求めており、取締役会は現在の監査等委員が在任期間の長さや創業家の一部との近さから、株主提案に賛成意見を出している。

 同社の混乱は、ベトナムでの贈収賄疑惑(『天馬「公務員に2500万円」巡りベトナム当局が調査』2020/5/26日本経済新聞夕刊)に由来する。現在、天馬の行動指針には法令遵守が含まれている(天馬HP)。贈収賄は同社の行動指針に違反する。贈収賄(腐敗)の防止はESGのうち主にGovernanceの問題(Socialに分類されることもある)とされる。

 「日本版スチュワードシップ・コード」(スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会(令和元年度) 2020年3月24日 p5)では、

引用開始
「責任ある機関投資家」の諸原則 ≪日本版スチュワードシップ・コード≫ について
 本コードにおいて、「スチュワードシップ責任」とは、機関投資家が、投資先企業やその事業環境等に関する深い理解のほか運用戦略に応じたサステナビリティ(ESG要素を含む中長期的な持続可能性)の考慮に基づく建設的な「目的を持った対話」(エンゲージメント)などを通じて、当該企業の企業価値の向上や持続的成長を促すことにより、「顧客・受益者」(最終受益者を含む。以下同じ。)の中長期的な投資リターンの拡大を図る責任を意味する。
引用終了

とされ、機関投資家はサスティナビリティの観点から投資先の贈収賄事件に関心を持つべきである。

 また、コーポレートガバナンス・コード(2021/6/11 株式会社東京証券取引所 p9)には、

引用開始
【原則2-3.社会・環境問題をはじめとするサステナビリティを巡る課題】
 上場会社は、社会・環境問題をはじめとするサステナビリティを巡る課題について、適切な対応を行うべきである。

補充原則
2-3① 取締役会は、気候変動などの地球環境問題への配慮、人権の尊重、従業員の健康・労働環境への配慮や公正・適切な処遇、取引先との公正・適正な取引、自然災害等への危機管理など、サステナビリティを巡る課題への対応は、リスクの減少のみならず収益機会にもつながる重要な経営課題であると認識し、中長期的な企業価値の向上の観点から、これらの課題に積極的・能動的に取り組むよう検討を深めるべきである。
引用終了

とあり、取締役会はサスティナビリティの観点から贈収賄を防止する立場にある。

 損害賠償請求訴訟を提起されている人物は株主総会や訴訟問題に近い総務部長、財務経理部長の職を解かれてはいるが、常務執行役員デジタル戦略室長、執行役員サスティナビリティ推進室長としては残っている。取締役会のメンバーでないとはいえ、利益相反を疑われる可能性はないのだろうか?日本版スチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードのサスティナビリティの定義からすれば、「サスティナビリティ推進室長」は、贈収賄防止にも取り組まなければならないはずだが…。

 監査等委員が不適切とした取締役には、2009年8月にダルトン・インベストメンツグループに入社し、現在ダルトン・アドバイザリー代表取締役と兼職している人物が含まれている。香港のオアシスも同じ内容の提案をしているとはいえ、第5号議案のうちダルトンの提案は純粋に株主提案と見なせるのだろうか?

 『早稲田大学の渡辺宏之教授は「もし会社側が株主に株主提案を出すよう働きかけていた場合、違法の恐れがある」』(天馬の社長はそうした事実は「ない」と否定している)(「監査等委 骨抜きの懸念 天馬、ファンド提案に異例の賛成」 2021/6/21 日本経済新聞朝刊)と話している。東芝の争点とは異なるが、天馬の事件も新たな経営上の問題を提起しているように思う。

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