「また、来ると言うんだが・・・」曾祖父が重苦しい口調で呟いた。
つい数日前に、皇太子妃美智子さんが結婚の挨拶に来たばかりである。一般人と同様、親戚になる家や関係者の家へ挨拶回りをしたのだ。それなのに・・・今度はいったい誰が来るのか、と私が訊くと、高松宮妃徳川喜久子だという。「でも、喜久子さんは皇太子の叔父嫁でしょう。普通なら両親が挨拶に来るところなのに、叔父嫁が来るというのも変な話ですね」 すると、曾祖父は「お爺さんにも判らん」と首を振った。
江戸時代末期に先祖が開墾したという土地で百姓をしている我が家には、世古(せこ)が集まる座敷はあっても、皇族を応接するような客間が無かった。そこで、誰が言い出したのか、郷の外れにある神社で一行をお待ちすることになった。当時、私はまだほんの幼児だったが、荒木田神家の祭祀継承者の一人だったので、いつものことだが一張羅の着物を着せられて、神社の境内の真ん中に立たされた。初夏の日差しがきつい昼中、周囲の木々の影は短く、私の足下までなかなか伸びて来なかった。
その日は、最初から何もかもが違っていた。我々が神社に到着してからかなり長い時間が経過しても、宮内庁から連絡が無かった。高速道路が無い時代に一般国道を乗用車で来るのだから、幾分の誤差は已むを得ないだろう、と我々は辛抱強く待っていたが、太陽が昼時に掛ってくると、さすがに後方の木陰で待機していた親族の間から、「いやに遅いな」という声がひそひそ聞こえ出した。
ようやく表の道路で車が停まる音が聞こえた。一同が出迎えるようにそちらを向くと、どういうわけか、いつもの黒塗りの公用車ではなく、一般の白い乗用車が停まっていた。運転席に座っているのは皇宮警察の制服を着た中年の男だった。しかし、助手席には誰もいない。運転手が一人と、後部座席にもう一人・・・ 車中の人はなかなか降りて来なかった。私は顔を伏せて、またじっと待った。理由は判らなかったが、降りて来るまで待たなければならない。
とうとう痺れを切らした私が、そっと視線を上げると、いつの間にか洋装の女が車を降りており、ドアに背をもたれ掛けた格好で、煙草を吸っていた。細く長い外国製の紙巻き煙草だった。傍に立っている男がそれに火を点けてやったのだろう、銀色のライターを胸のポケットに仕舞うところだった。私は慌てて視線を落とした。
突然、「ふふっ、ふ・・・」と女の笑い声がした。車の側面にしな垂れかかっていた女の体がくねっとよじれた。男が何か叫び、慌ててドアを開けて、笑っている女を車の中へ押し込んだ。それから、また長い時間、二人は車から降りて来なかった。
どれくらい時間が経っただろう、西側の樹木の葉が私の顔面にまだらの影を作っていた。カチッと車のドアが開く音が聞こえ、玉砂利を踏む音がだんだん近づいて来て、私が重い頭を上げると、高松宮妃喜久子だった。
「おや、まだ居たのかい?」 喜久子はからかうような眼で私を見下ろしていた。
日に焼けて真っ黒い顔の子供が、銀錦の振袖を着せられて、律義に立っているのが可笑しかったのだろう。
その時、喜久子の後ろにいた男が、横へ並ぶように一歩進み出てきた。
「さっき、何か見たのかな?」 「いいえ・・・」
私が首を振ると、「本当かな?」と男は薄く笑い、「見なかったと言っているじゃないの」と女がそれを嗜めた。
その後も、何度か、喜久子は我が家を訪ねて来た。私が待つのはいつも同じ神社の境内で、車を運転して来るのは同じ男だった。特別な用事は無いのだ。二人は解放されたドライブを楽しんでいる様子だった。
そして、最後の訪問の時、やはり玉砂利の上にじっと立っている私に、喜久子は帰り際、「ほら、お前にもあげよう」と白い粉末を投げ付けた。
慌てて着物を掃おうとした私の「手」が・・・ちぎれて、蝶のように舞った。
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晩年、敗血症に罹った喜久子は、侍女が押す車椅子に乗ったまま、所かまわず唾を吐き散らした。
自分が陥った病魔の巣に、他人をみんな道連れにしたかったのだろう。
頬をくちゃくちゃ凹ませて、口の中に唾液を溜めてから、一気に飛ばすその勢いは、この世への彼女の復讐に他ならない。