「侍女が替わりました」
と、女官が見覚えのない若い女を部屋へ招き入れた。幼児の私が皇居へ参内した時に、世話をしてくれる侍女のことだ。
けれども、女官の背後で落ち着かない視線を床へ落としているその女は、服の上からでも分かるほど背骨が浮き出て、まるで皇居へ迷い込んで来た野良猫のようだった。
女官が出て行くと、侍女は私を鏡台の前に座らせて、髪を梳いてくれた。
櫛が私の後頭部を滑り下って、首筋に当たるたびに、私は硬直した。
「あの・・・ 貴女は、何処か悪いんですか?」
子供の愚直な質問に、女は酷く動揺した様子だった。
片手を高く張った頬骨にやって、じっと何かに耐えているかのように動かなかった。その手の甲に、青黒い静脈の網が浮いていた。
子供の恐怖は一層増幅して、次々に言葉が口を突いて出た。
「お医者へは行ったの? ・・・それで、何て言われたの?」
もし黙ったら、女の手がすぐさま翻って、自分の首根っこに掴み掛かって来るような気がしたのだ。
しかし、痩せた女は別段怒りもせず、ただ弱々しく呟いただけだった。
「行ったほうがいいかしら・・・」
女はベッドの端に座って、衣服をたたみ始めた。私は話しかける話題も無くなって、ぼんやりとその手の動きを目で追っていた。
「何を見てるの?」と女が訊いたので、「手・・・」と答えた。
すると、女は素早く手を引っ込めて、「見ないで」と言った。
突然、女がたたみかけいたブラウスを両手で皺くちゃに掴んだかと思うと、そこへ顔を埋めた。
背骨が小刻みに震え、噛み締めた歯の隙間から、ううっ、と嗚咽が漏れた。
「ねえ、治らないの? ・・・ねえ、お薬飲んだ?」
子供は自分の不安を紛らわすために無用な質問を繰り返したが、女のほうはそんな子供には微塵も関心が無い様子で、
「あの男が・・・」と、怨嗟の情話を語り出した。