7つ目。このまま最後まで行けるか……?
アリス・マーガトロイドと初めて出逢ったのは怒号の飛び交う戦場の中だった。
守矢霊夢は灰色の海を渡る船の上で境界の曖昧な水平線を見つめながら昔の話を思い出す。
初めて会った時は敵同士だった。そしてそれは今も、曖昧ではあるが変わってはいないはずだ。
人形を操る魔法使いであるアリスは諏訪子の支配を快く思わない人間の味方であり、その為に戦う抵抗者であった。
対する霊夢は諏訪子の手先である。少なくとも、いや誰が見ようとも祟り神の巫女なのであり、それ以外ではなかった。
なので敵対者同士は敵対者同士らしくただ刃を打ち合わせる。はじまりはそれだけでしかなかった。
デッキの先端で向かう先を見続ける彼女の髪の毛を冷たい風が揺らしていた。
霊夢は彼女に近づくと、少しだけ躊躇った後その肩を抱いた。彼女は驚いたようだが嫌がる素振りは見せなかった。
二人だけの逃避行。叶うはずのない儚い夢と見ていたそれが今、一時ではあるが現実となっている。
戦場では一期一会なのが常ではあったが、霊夢とアリス。そしてもうひとりの少女とは不思議と縁が合った。
その度に殺しあう。しかし、幾度刃を交えても決着がつくことはない。だからだろう、彼女はそのことに気づいた。
霊夢が決して人間を殺さないことに。妖怪相手とて出来るだけ殺さずにすむようにしていることを。
一番名乗りを上げて戦場に飛び込んでくることも、最初にまるで狼煙の様な派手な術を使い皆の目を引くことも。
相手を逃がす為にわざとそうしているのだということを、幾度も合間見えるからこそ、彼女にそれを覚られてしまった。
小さな船は小さな横波でも容易く揺れる。その度に霊夢は彼女の身体を抱きしめて支える。
はじめから華奢だった身体はなお弱々しく、蜂蜜色の髪の毛は曇り空の様に色褪せている。前のままなのは瞳だけだ。
それから、敵同士による奇妙な無言の共同作戦が度々取られることとなった。
霊夢は高らかに戦旗を掲げ、諏訪子の威光をちらつかせ第一の巫女がここにいると遠く聞こえるよう喧伝し始めた。
アリスはわざと難民のキャンプの位置を漏らすと現れた諏訪子の軍勢相手に敗戦を演じることを繰り返した。
予め廃棄する予定の場所で戦うことで被害は最小限に抑えられ、霊夢が勝利することで諏訪子側の溜飲は下げられる。
決して言葉は交わさぬが、それでも互いに意志は通じ合い。二人は戦場での逢瀬を繰り返す。
霊夢は彼女にかける言葉を持たない。彼女にどのような言葉をかける資格があるのかわからなかった。
互いに理解者でありいつしか想い合う仲になっていたというのに、それを汚く裏切ってしまったのは自分なのだから。
二人が無言で繰り返すそれは冴えたやり方に思えたが、遂に破綻の時が訪れてしまう。
派手な戦火の割には人間の被害や得るものが少ないと皆が気づき始めたからだ。
そしてそれは人間側に付くアリスという策士のせいだということになり、彼女を包囲する策が練られ始めるようになる。
これを霊夢は止めることができなかった。
むしろ、アリスに苦渋を舐めさせられている――と見える霊夢は、アリス包囲網の旗頭にされるほどであり、
どうすればいいのかわからぬまま事態は進み、手を拱いている内に、アリス捕縛の報が霊夢の耳に入ることになる。
この先どうするのか。霊夢にはわからない。
人類最高会議への書簡があるとしても、そう簡単に人間側へとつけるとは思えない。自分は人間殺しとして有名すぎた。
アリスはどうするのだろうか。また戦場に出ることになるのか。そうでないならば――愚かな妄想が思い浮かぶ。
その後、霊夢が戦場の先端に立つ機会は激減し、義妹が所長を務める研究所に足を運ぶことが多くなった。
義母の使い。物資の搬送。成果の視察。色々と理由はつけたが、実際は捕らえられたアリスの様子を見に行ってたのだ。
檻の前を通っても立ち止まりはしない。声をかけることもしなければ、視線を投げかけることも決してしない。
自分のお気に入りだと知れば義妹が処分してしまう。だから霊夢は彼女が生きていることだけを確認し続けた。
考え事をしているうちに船は港へと辿りついた。戦争中だというのに活気のある街の名前は上海だという。
ここからまだまだ西へと向かわねばならない。さて、ここには人類最高会議の使いの者が待っているはずであった。
かくして、彼女は登場した。名前を霧沙-X。捨てた名前を霧雨魔理沙といい、彼女は霊夢の相容れぬ宿敵であった。
戦場で幾度となく殺しあった相手。仲間の仇。左目の仇。決して意の沿う間柄ではない怨敵。なによりも、――恋敵。
手を繋ぐアリスの心が惑い、喜びの感情が伝わってくる。
それだけで十分で、書簡を無理矢理に彼女へと押し付けると、霊夢は眼帯の中から涙が零れる前にとその場を後にした。
アリス・マーガトロイドと初めて出逢ったのは怒号の飛び交う戦場の中だった。
守矢霊夢は灰色の海を渡る船の上で境界の曖昧な水平線を見つめながら昔の話を思い出す。
初めて会った時は敵同士だった。そしてそれは今も、曖昧ではあるが変わってはいないはずだ。
人形を操る魔法使いであるアリスは諏訪子の支配を快く思わない人間の味方であり、その為に戦う抵抗者であった。
対する霊夢は諏訪子の手先である。少なくとも、いや誰が見ようとも祟り神の巫女なのであり、それ以外ではなかった。
なので敵対者同士は敵対者同士らしくただ刃を打ち合わせる。はじまりはそれだけでしかなかった。
デッキの先端で向かう先を見続ける彼女の髪の毛を冷たい風が揺らしていた。
霊夢は彼女に近づくと、少しだけ躊躇った後その肩を抱いた。彼女は驚いたようだが嫌がる素振りは見せなかった。
二人だけの逃避行。叶うはずのない儚い夢と見ていたそれが今、一時ではあるが現実となっている。
戦場では一期一会なのが常ではあったが、霊夢とアリス。そしてもうひとりの少女とは不思議と縁が合った。
その度に殺しあう。しかし、幾度刃を交えても決着がつくことはない。だからだろう、彼女はそのことに気づいた。
霊夢が決して人間を殺さないことに。妖怪相手とて出来るだけ殺さずにすむようにしていることを。
一番名乗りを上げて戦場に飛び込んでくることも、最初にまるで狼煙の様な派手な術を使い皆の目を引くことも。
相手を逃がす為にわざとそうしているのだということを、幾度も合間見えるからこそ、彼女にそれを覚られてしまった。
小さな船は小さな横波でも容易く揺れる。その度に霊夢は彼女の身体を抱きしめて支える。
はじめから華奢だった身体はなお弱々しく、蜂蜜色の髪の毛は曇り空の様に色褪せている。前のままなのは瞳だけだ。
それから、敵同士による奇妙な無言の共同作戦が度々取られることとなった。
霊夢は高らかに戦旗を掲げ、諏訪子の威光をちらつかせ第一の巫女がここにいると遠く聞こえるよう喧伝し始めた。
アリスはわざと難民のキャンプの位置を漏らすと現れた諏訪子の軍勢相手に敗戦を演じることを繰り返した。
予め廃棄する予定の場所で戦うことで被害は最小限に抑えられ、霊夢が勝利することで諏訪子側の溜飲は下げられる。
決して言葉は交わさぬが、それでも互いに意志は通じ合い。二人は戦場での逢瀬を繰り返す。
霊夢は彼女にかける言葉を持たない。彼女にどのような言葉をかける資格があるのかわからなかった。
互いに理解者でありいつしか想い合う仲になっていたというのに、それを汚く裏切ってしまったのは自分なのだから。
二人が無言で繰り返すそれは冴えたやり方に思えたが、遂に破綻の時が訪れてしまう。
派手な戦火の割には人間の被害や得るものが少ないと皆が気づき始めたからだ。
そしてそれは人間側に付くアリスという策士のせいだということになり、彼女を包囲する策が練られ始めるようになる。
これを霊夢は止めることができなかった。
むしろ、アリスに苦渋を舐めさせられている――と見える霊夢は、アリス包囲網の旗頭にされるほどであり、
どうすればいいのかわからぬまま事態は進み、手を拱いている内に、アリス捕縛の報が霊夢の耳に入ることになる。
この先どうするのか。霊夢にはわからない。
人類最高会議への書簡があるとしても、そう簡単に人間側へとつけるとは思えない。自分は人間殺しとして有名すぎた。
アリスはどうするのだろうか。また戦場に出ることになるのか。そうでないならば――愚かな妄想が思い浮かぶ。
その後、霊夢が戦場の先端に立つ機会は激減し、義妹が所長を務める研究所に足を運ぶことが多くなった。
義母の使い。物資の搬送。成果の視察。色々と理由はつけたが、実際は捕らえられたアリスの様子を見に行ってたのだ。
檻の前を通っても立ち止まりはしない。声をかけることもしなければ、視線を投げかけることも決してしない。
自分のお気に入りだと知れば義妹が処分してしまう。だから霊夢は彼女が生きていることだけを確認し続けた。
考え事をしているうちに船は港へと辿りついた。戦争中だというのに活気のある街の名前は上海だという。
ここからまだまだ西へと向かわねばならない。さて、ここには人類最高会議の使いの者が待っているはずであった。
かくして、彼女は登場した。名前を霧沙-X。捨てた名前を霧雨魔理沙といい、彼女は霊夢の相容れぬ宿敵であった。
戦場で幾度となく殺しあった相手。仲間の仇。左目の仇。決して意の沿う間柄ではない怨敵。なによりも、――恋敵。
手を繋ぐアリスの心が惑い、喜びの感情が伝わってくる。
それだけで十分で、書簡を無理矢理に彼女へと押し付けると、霊夢は眼帯の中から涙が零れる前にとその場を後にした。
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