時には目食耳視も悪くない。

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コーヒーはいかがです?

2017年07月14日 | 映画
 私は本が好きです。
 紙に書かれた文字を目で追うという行為が好きなのだと思います。

 最近は、スマートフォンや電子書籍リーダーなどでも本が読めますが、ああいう画面をずっと見つめるのが苦手です。
 目が疲れないようにブルーライト対策の眼鏡をかけたりもしますが、それでも読み終わった後に紙の本を読んでいる時ほどの充足感が得られないのは自分でも不思議です。

 紙の本は電源や電池のことを考えずに、どこでも気軽に読み始めることができるし、栞を挿して途中で休憩できるのも便利だと思います。
 パラパラと、好きな箇所にすぐ飛んで行けるのもいいですよね。

 でも、蔵書が増えると置き場所に困るのが難点です。
 一度読んだからと言って捨てたくはないし、また読みたくなるかもしれませんし、とはいえ、管理状態が良くないと変色したり、紙が劣化することもあります。
 電子書籍にはそんな心配はないので、どちらにしても一長一短です。

 ところで、自分が思うこと、感じることを言葉にして書き出すという行為は、私には想像以上に難しいことです。
 難しいので、なるべく努力をして言葉にしようとしているのですが、そうすればするほど、本当に思っていること、伝えたいことから遠ざかってしまう気がします。
 心に思い描いた絵を実際に描いてみたら、形も色彩も全く違ったものになってしまうみたいな。

 誰かと話していても、本当に言いたいことが伝わらないことが多々あり、つくづくこの方面の才能の乏しさを思い知らされます。

 思いを言葉にすると文学作品に、その文学作品を映像にすると映画等の映像作品が誕生します。
 もちろん、その映像作品に原作と呼ばれるべき文学作品がなく、原案などが脚本化されて映画などが作られもしますが、脚本に書かれた言葉を手掛かりに映像を創り出すという点において、基本は変わりません。

 私は映像を見るよりも、文字を目で追う派です。
 面白そうな映画に原作本があると、まず映画ではなく原作を読むタイプです。
 文字を追う過程で、頭の中で情景を想像したり、自分のペースで作品の世界観に浸るのが好きなのです。

 映像を見ていると、自分が受けた感動が収まらないうちに、どんどん先に進んでいってしまうので、なんとなくつまらないと感じることが多いのです。

 《コーヒーをめぐる冒険(原題:Oh Boy)》(2012、ドイツ)は、そんな私の逆をつく映画です。
 つまり、映像を見る過程で、文字の世界観を感じさせるものです。

 この作品はドイツ・アカデミー賞を受賞していて、ヌーベルヴァーグをはじめとする映画ファンであれば、すぐにピンとくる手法がちりばめてあり、精巧に作りこまれた佳作だと思います。
 (日本でも人気のある作品で、レビューも沢山ネット上にあがっていますので、気になる方はそちらも読んでみて下さいね。)

 主人公は、大学に入ったものの、勉学に身が入らずに落ちこぼれ、ガールフレンドとの付き合いも長続きせず、親からも見放されて経済的に独立を迫られている青年です。
 ドイツの若手俳優トム・シリングさんが、内気で流されやすく人のよい青年を好演しています。
 (トムさんは、《ルートヴィヒ(原題:Ludwig II)》(2012、ドイツ)で、王様の弟役で出演していましたが、優れた俳優さんだなと感銘を受けました。)

 にっちもさっちもいかない状態で、自分探しのように社会見学をする主人公。
 偶然再会した幼馴染みの女の子に強引に迫られて、たじろいでしまったり、たまたま、おじいさんが倒れる時に居合わせてしまう間の悪さだったり、その他、世間の荒波に圧倒されて、なかなか自分の行方が見つかりません。
 社会にうまく適応するには、どことなく「ぎこちなさ」の抜けない彼。

 そんな彼の姿を見ているうちに、もやもやといつまでも晴れない霧が脳裏に垂れ込め、出口の見えない暗闇を主人公と一緒に歩いているような気になってきます。
 けれど、決して深刻な憂鬱さを感じさせない軽やかさがあり、迷いながら戸惑いながらも歩みを止めない若者の生き様を爽やかに描いていると思います。

 読書好きの私からすれば、まるで、ヘルマン・ヘッセHermann Hesse(1877-1962)か、ハインリヒ・ベルHeinrich Boell(1917-1985)の小説を映像化したような印象を受けました。
 主人公の意志に関係なくゆっくりと、でも確実にどこかへ進んでいってしまう時間の流れや、いつも心の片隅に引っかかって消えない鬱々とした何か(言葉にはできない)だったり、そういうものが、映像から伝わってきて、不思議な郷愁を感じました。

 既視感とでもいうのでしょうか、実際には体験していないのに、親しみを感じる世界。
 ドイツ文学の世界は私をそんな気持ちに浸らせてくれるものなのですが、この作品はその雰囲気を見事に映像化しています。
 好きなドイツ映画をあげろと言われたら、間違いなくランクインする作品です。

 映画の邦訳題も珍しく(笑)秀逸だと思います。
 原題の《Oh Boy》は「やれやれ」とか「おや、まあ」ぐらいの意味ですが、邦題は作品内の場面を抽象的に彷彿とさせるもので、とてもドイツ文学的でセンスが良く、ちょっと面白い邦題だと思います。

 観終わった後に、私もついコーヒーを淹れて飲んでしまいました。



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