あまねこブログ

あなたの守護天使からのメッセージをお手紙で伝えています✽あまねこ占✼心里遇ころりの見えない世界スピリチュアルな日常ブログ

光の射すほうへ③

2024-02-10 07:59:00 | 見えない世界
自己紹介は「ごあいさつ」
の記事に書いております。
ご一読の上お読みいただけますと
お話しが解りやすいと思います。
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私にとって「見える世界」は
絶望と、延々と闇の広がる
苦悶ではじまった。

物心がついてから覚えている
唯一の楽しかった時間は
4歳の誕生日を迎えた日のこと。
お誕生日席のような場所に、
親戚なのか
近所のお友達なのか
何人かの子どもたちと
バースデーケーキを囲み
楽しく食事していたと思う。

楽しいと言っても、
心底喜んでいる感情は無かった。
ただ、今日だけは誰もが
自分に対して優しく接してくれる
意地悪もイヤなこともされない
安心感のようなものに包まれていた。
今思い返せば、
何の心配もせず
ただ安心して過ごせた
数少ない記憶だった。
子供らしくテンションが
昂ぶったのはこの時くらいだろう。

その安心感を味わった直後、
家は別の地域へ引っ越し、
近所に誰も知る顔のない場所で
暮らすことになった。

幼すぎて何も解っていなかった。
自分の誕生日を祝ってくれるための
集まりではなかった。
お別れの会だったのだ。

4歳よりも前の記憶は殆どない。
けれども、小さい頃
祖母が一緒に暮らしていた時期があり
それは断片的だが楽しい暮らしで
私を子供らしく居させてくれたと
記憶している。

人生の中で、
どんなに短い時間だったとしても
人間は必ず誰かから愛される…
そのような時間を少なからず
味わうことになっている。
今なら、そう理解するが
当時の幼さ、未熟さを以てして
大人たちから送られていた
絹糸のように細く射し込み
捕らえる前に消えそうな
光の蜘蛛糸のような愛に
到底、気付くことはできなかった。

大人も大変なのだ。
こうして自分が成長してみれば
人生に起きる悲痛な出来事を
親だから、大人なんだから、
と軽々乗り越えて
直ぐ様立ち直れるか、といえば
今の自分には簡単ではない
ましてや
多くの人から惜しまれる
聡明な女性の死なのだから。
哀しみが消えるまで
それなりの時間がいるだろう。
あくまでも、
自分が大人になってみて
ようやく理解できたことだ

とにかく
幼い頃には、
一般的な家庭の子どものように
抱っこして、おんぶして、
とリクエストしたり、
親に甘えてゲラゲラ笑う時間が
圧倒的に少なかったことは確かだった。

いつも、何か遠慮していて、
なんとなく燥いではいけないような
気がしていて、見かけは子どもの姿だが
内面は大人でいなければならないかの
ように、勝手に自分を律していた。

よくわからない理由で
よくわからない
自分の中の何かと闘っていた。

そんな、常に緊張して肩に力の入った
子どもらしくもない、子どもだった。

今の大人の自分が
そのころの幼い自分を見れば
明らかに意味不明で
何を考えているのか
分かり辛い子どもだったと思う。

そうして泣くにも泣けず
笑うこともできないで
誰にも助けを求めずに
自分の中の何かと闘っていた。

今なら解る。
ただ、子どもらしく
そこに居さえすれば良かったのだ。
それだけで周囲も笑顔が綻んだに
ちがいないのに。

でも出来なかった。
何かが、そうさせてくれなかった。

闘い方も判らずに
無駄に何かと闘っている
子供時代だった。