クラウス・シュワブが中国の権威主義体制を絶賛しています!|時事ネタWorld
マイナンバーカードと健康保険証を一体化した「マイナ保険証」利用が伸び悩んでいることを受け、河野太郎が、自民党所属国会議員に対し、マイナ保険証の利用できない医療機関を国のマイナンバー総合窓口に連絡するよう、支援者に要請する文書を出していた。
世界経済フォーラムデジタル人民管理支配社会の構築と、自己顕示欲としての河野太郎の独裁を容認し従う国会議員に対して、国民の納得しきれていないマイナ保険証に反対する勇気を持ってほしいものである。
花火を打ち上げては不発に終わり続ける無能な河野太郎の独善はファシズムに通じる。大日本帝国、ファシズム体制の反省から戦後日本が歩んできた民主主義を、抜本から、何の国民的合意のないままに推し進める河野太郎に怒りを覚えない人は、不幸である。国民の無関心が、世襲議員を増長させている。政治の一人歩きは危険だ。
太陽光利権に人としての生き方を見失った狂人が、銭と権力という欲にからめとられてやりたい放題の独裁が続いている。一度は立ち止まって、政治を考えないと、と思う。
尊大にして無恥に無知の河野志那太郎である。こんなバカが、国会議員として、政治をかき乱し続ける。国家の安泰、国民生活の安定など眼中にはない。あるのは立身出世、ただ、国を売ってでも総理大臣になりたい志那太郎の歪んだ権力欲は非情で冷酷で受け入れることはできない。神奈川の有権者には、頭も心もないようだ。一刻も早い志那太郎の没落を祈る。
はじめしゃちょー、ワクチン集団訴訟で“情報隠ぺい”指摘された「河野大臣との動画」について説明 - スポニチ Sponichi Annex 芸能
この動画が、ひろくワクチン接種者の数を拡大し、正比例するように被害者が拡大した事実は否定することはできないだろう。「ワクチンにはリスクがある」とスクショしてあると弁解するこのYOUTUBERの子とは知らないが、有名人らしい。言い訳が子供じみている。自民党が、YOUTUBERを広告塔として使ってきている事実は事実であり、自分の疑問を投げかけたまでだ、というは、あまりにも、自己保身に満ちていて見苦しい。広告案件ではないから、収益化されていない((´∀`))ケラケラ問題はそこか、と。銭金でしか自己評価できない守銭奴が釈明しなくてはいけないのは、情報発信者としてワクチン推奨に加担した事実を謝罪することだろう。いじましさが電波となって視聴者の理性をそぐ。アメリカ3S政策のYOUTUBE版、命に対する尊厳などみじんも感じられなくなりつつある若者の生命観の希薄さを地でいくはじめ社長である。
上川陽子が、パンデミック条約は国会の承認を必要としないと、国を貶める発言に続いて、「日NATO防衛協定構想」をG7でぶちまけている。気が狂っているとしか思えない。その根拠は、アジアにおける日本の立場がウクライナ化していることに対する危機意識だというが、そんなものは詭弁にしか過ぎない。戦争屋に言われるがままに、日中対立をあおりますと宣言したようなものだ。河野太郎のデジタルとワクチンの同時進行に対する狂人的な熱意と同じように、世界金融ユダヤの振り付けに従順であれば事足りる特権階級の非情なまでの残忍で無責任な振る舞いが当然視されるようになっている時代の雰囲気に、とてつもない危機感を感じる。この国は完全にユダヤの草刈り場になった。現在は最終局面に入っているような雰囲気だ。そして、収奪に飽きたユダヤは、バカな政治家を、日中戦争に駆り立てる。改憲に緊急事態条項、そして、パンデミック条約批准。戦争世代が減少し、戦争を知らない人口が圧倒的に多くなっている。政界にしても同じことだ。戦争さえなければいい、沖縄戦を生きた人々の声を思い出す。食えないつらさを味わっている貧困階層が増加している。危機感を持って、食えない人間は、岸田政権にNOを言わないと、やがて完全に食えない困窮に陥る。政治屋には、国民の困窮など問題外だということは、現今の利権政治を見れば認識できるだろう。狂暴で貪欲なユダヤに塩を送り続ける岸田のクソガキ、それに反旗を翻さない自民党という銭乞食の集まり。
政治家は、国民をなめ切っている。国民の怒りが表面化しない空気の中で、戦争について改めて考える。戦争は、単純に、ビジネスでしかない。殺人が肯定される非道な商売でしかない。
日本を取り戻すのは、政治屋ではない。我々生活者、だ、と信じたい>
ジャニー喜多川に姦淫された少年たちが、凌辱に耐え忍ぶのは、スポットライトを浴びるため。パパ活女子が体を売るのは、ぜいたくを手に入れるため。モラルハザードの基準の崩壊は、経済合理主義の生み出した悲劇である。それを生み出したもの、それは、政治屋のコンプライアンスの欠如とマスゴミのレームダック。時代は、無秩序にうごめいている。そのシンボルが、小池百合子という汚れた女帝だ。
石井妙子
真贋を見極めることをメディアが放棄すれば、虚が実を凌駕することになる。内面に蓄えられた実力というものが評価されず、自己宣伝にたけた人が跋扈する。平成から現代にいたるまで、空虚な人が増え、社会そのものからも、実というものが落ちていったように思える。抑えがたい欲求から、虚の人生を作り上げてしまうような時代の寵児たちの姿である。
小池百合子に権力の階段を上らせた日本社会の脆弱さを、陥穽を、心から恐ろしく思う 『女帝 小池百合子』(石井 妙子) | 石井 妙子 | コラム・エッセイ
極真会館の道場通いをするものは、明確に、通信教育で空手を学ぶ人よりはるかに強いように、土俵が違っている。政治は、パフォーマンスのエンタメではない。小池百合子は、政治という土俵をないがしろにしながら踏みにじっている。それは、東京という人工空間の空虚が作り上げた。生活感のない異国のようになり下がった日本の首都((´∀`))ケラケラ外来種が在来種を食い散らかして湖沼をどぶにするような政治を小池百合子はし続けている。政治信条もない、社会的分析能力に対する好奇心もなく、おおよそ社会学部卒業の見識すらない糞女が、東京を破壊し、国を殺める。中身のない、メディアによって作られた虚像を都民は、いつまで容認するのだろうか。
これが、小池百合子だ。