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里山資本主義_名著レビュー_里山に日本の未来が眠っている

2019年03月10日 | 名作レビュー

2013年に発売されてベストセラーになった角川oneテーマ21新書、藻谷浩介/NHK広島取材班著「里山資本主義」をあらためて読んでみました。

  • 里山資本主義とは、お金が少ないことへの不安感にさいなまれない暮らしのモデル
  • 日本人が好む安全安心は、過去の成功体験への思い込みから脱却することで獲得できる
  • 課題先進国ニッポンの諸悪の根源は”人口減少”、若者に夢を与える”地域”は活気を取り戻している


デフレが続き経済成長しない日本の閉塞感の要因と、まだまだ奥深い日本の将来への可能性を6年前に指摘した名著です。日本にまだまだたくさんの魅力的な里山があることも教えてくれます。


八ヶ岳

著者の藻谷浩介(もたにこうすけ)は日本総合研究所の研究員で、毎年400回以上の講演を全国各地で続けている日本有数の”地域エコノミスト”とです。徹底した現地体験と統計の精査で地域の課題解決を提言しており、日本の市町村を100%訪問、日本のすべての鉄道路線に完乗、海外72か国・全米50州を訪問、という驚愕のフットワークが提言を支えています。

「里山資本主義」は、共著者のNHK広島取材班との造語です。中国地方の里山で軌道に乗り始めた新しい産業を通じて日本社会の将来像を提言する番組を、藻谷が広島に転勤になった時に一緒に制作することで生まれました。


GDPだけでは豊かさを測れない ~ある若者の生活転換

本は、日本の大都会で働く平均的な若者の暮らしぶりの話から始まります。高い給料を得るために猛烈に働く彼は、家には帰って寝るだけで食事はすべて外食、洗濯もできず下着をコンビニで買うこともしばしば。新興国との競争に敗れて業績が低下した会社から彼はリストラされ、失意の中で田舎に帰ります。

やっと見つけたジャム屋の働き口の給料は今までの1/10しかありませんでしたが、地元の人の話を聞くと目からうろこが落ち始めます。石油缶ストーブを改造した囲炉裏で拾ってきた木を燃やして調理し、近所のおばあさんがもてあましている畑を借り、野菜を栽培します。とれた野菜は近所で交換し合うので、スーパーに行く回数も減ります。

彼の財布から消えるお金は劇的に減ります。給料が1/10でも困らなくなり、新鮮な食材で食事も格段に美味しくなります。

この話は、都会でも地方でもすべての日本人の身につまされると思います。生活の効率のために消費していたモノやサービスは、生活の充足感には決してつながっていないことがわかるからです。

著者は「だからと言って田舎暮らしを推奨するものではない」と表明しています。著者が言いたいのは、マネーを増やした量を積算する経済成長で暮らしの”豊かさ”を見ると、この若者の都会暮らしは見事に反映される一方で、お金が介在しない自然採取や物々交換が少なくない田舎暮らしは反映されにくいということです。


一歩前に踏み出している里山は日本にたくさんある

著者は様々な里山地域で軌道に乗っているビジネスモデルを紹介しています。日本の里山では、身近にある生物資源である「バイオマス」の利用、代表例として木材をエネルギーとして利用する取り組みが盛んに行われています。

岡山県の中国山地にある真庭市では、製材所で大量に出る樹皮や木くずを、燃料に使って発電したり、木質ペレットと呼ばれるチップに加工して家庭の暖房や温室ハウスに販売している事例を紹介しています。

エネルギーとして石油を買うのではなく、地元にあるものを環境に負荷をかけることなく、安価に利用することがこの仕組みの最大の利点です。木材を使ったバイオマス燃料は、燃やすとCO2を排出しますが、原料の木が光合成でCO2を吸収するため、CO2は増えません。地中に押し込められていたCO2を地上に排出する化石燃料に比べ地球温暖化にもきわめて優しい燃料です。

真庭の取り組みは、Googleで「真庭 バイオマス」と検索するとトップに、バイオマスビジネスを見学するツアーが表示されるほど知られるようになっています。

【真庭観光局公式サイト】バイオマスツアー真庭

山口県の瀬戸内海に浮かぶ周防大島では、都会からIターン移住してきた若者が、地元産の果物を使った新鮮なジャムを出す店を開いています。県外から車でわざわざやってくる客で大繁盛しており、何より地元産の果物を高値で仕入れていることから、地元の生産者にとても喜ばれています。

生産者にとっては加工や流通のノウハウがないため、今まではジュースの原料として一生懸命作った果物を安値で買い叩かれていたのです。

”よそもの”の若者がもたらしたビジネスモデルは、著者の藻谷が提唱する「地消地産」の成功例でもあります。「地産地消」という言葉は聞いたことがあると思いますが、地域経済に与える効果は全く違います。

「地消地産」は地域で消費されるものを地域で生産・加工することです。消費に基点を置いたビジネスの考え方であるため、ブランド化を目指すことが一般的です。地域外にお金が流出することなく、成功すれば観光客や通販客がもたらすお金の流入が顕著になります。

一方従来の「地産地消」は生産に基点を置いており、地域住民に地元産品の消費を呼び掛ける考え方です。マーケティングの観点が弱いため、地域へのお金の流入が目立ちません。

島根県邑南町では、耕作放棄地を使って都会から移住してきたシェフが自ら栽培した野菜を出すイタリアンレストランが大繁盛しています。広島県庄原市では空き家を活用したデイサービス施設で、自宅栽培で実りすぎた野菜を分けてもらって消費し、捨てないで済むと地元から喜ばれています。


課題先進国から課題解決先進国へ

ないものはお金で買う、お金を稼ぐために働く。日本や世界では100~200年ほど前から当たり前になった考え方です。働くことに重点を置き、働いた成果をお金に換算して評価しますが、少子高齢化が進んで現役世代の人口が減少すると経済成長しなくなるため、このシステムは行き詰ってきます。平成の日本がその典型例でしょう。

この本は、お金を稼ぐことに依存しない経済モデルを提言しています。日本経済すべてがこのシステムで成り立つとは思いませんが、数多くの課題解決をもたらし、社会の閉塞感を突破する大きな力を秘めていると感じます。

現役世代の人口減少による苦しみには、経済成長著しい世界中の新興国でも、いずれ直面するようになります。日本や欧州といった先進国の生きる道は、課題解決の模範を世界に示せるかにかかっていると思います。





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里山資本主義
著者:藻谷浩介、NHK広島取材班
判型:角川oneテーマ21新書
出版:KADOKAWA
初版:2013年7月10日


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