江戸川風景2

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お達者倶楽部狭山丘陵を行く。

2008-12-19 20:15:51 | インポート

高校の同級生の尾瀬に行った人々とは別の会「お達者倶楽部」の面々と狭山丘陵を歩いた。
集合時間に一番近く小手指に着くように急行や快速より早く発車する池袋発の鈍行に乗り1時間かけ小手指に向かった。
車中では青空に富士山が電車が遅いだけ長い間、大きく見え幸せな気になる。

小手指に着いてみると小生の乗った電車より遅い急行で皆来たようで10分は待たせてしまった。

バスで荻原まで行き歩き出した。直ぐにログハウス様の休憩所に着いたが3年位前に同じ仲間と来たことがあると
思い出した。
その時は中秋だったか木々は青々していた気がする。今回は厚く積もった落ち葉を踏んで弾力を感じながら歩くので足に負担も少なく感触に懐かしさを感じた。
50数年以前子供の頃は松戸駅東口には田圃が点在しヨーカ堂の裏山を登れば日本陸軍工兵学校の校舎を其のまま使った千葉大工学部と同じく松戸一中で周りは雑木林で丘を下れば田圃だった。
其の頃、丘を歩き回った足の裏の感覚だ。

ドングリが一杯落ちていてドングリは食べられると一人が言い出した。
今日のメンバーは荒川育ち5人と松戸育ち小生一人だがドングリを食べると吃になると聞いていたが荒川では言われなかったらしい。搗き砕き餅にして食べるのだそうだ。栃の実と同じだ。
栃の実も灰汁でアクを取らないとエグ味が残り食べられないという。ドングリも同じで口の中が痺れ感覚が無くなることをどもりになると表現したのだろうと思う。



林が途切れると青空が広がりオオタカが三羽飛んでいる。一羽は小さいので今年生まれた子供だろう。オオタカは憧れであるが未だ見た事はない。今日の案内人に拠ればこの丘陵にはオオタカの保護区があるそうだ。
飛び方が鳶とは違うからそうであろうと見当を付け喜んだ。
日課の鳥観察も場所を変えたが初物の大物を見られ是だけでも満足だ。




広く開墾された地区があり一区画に20本位の梅ノ木が剪定されて丸裸であった。
花を着ける頃には無数の垂直に伸びた枝が出て花をつけるが太い幹とそれから別れる太い短い枝が丁字に交錯しただけのシンプルな造形だ。
多分この梅は実を採るのではなく早春になると密に枝を出し美しい花が沢山付くのだろう。曾我梅林の梅は余り剪定はせず
花は咲き放題、枝が伸び放題で実を多く着けるのに適したような育て方をしており違う感じがしたので勝手にそう思った。
切り口が新しいと思ったら春菊の畑の上の空き地で切り取った太い枝を燃料に焚き火をしていた。其の煙が冬の風情を出してくれ雰囲気が尚更よくなった。
50数年前は胡録台あたりが開墾最前線で雑木林の中に畑があり畑の端で焚き火をしていた光景を思い出す。
夕方空気が重くなると煙は上に揚がらず適当な所で中空に横たわったのを想い重ねるのである。

此処から日光連山、更に場所を移すと筑波山も見えたが電車で大きく見えた富士山は山に遮られ見えなかったのは残念だった。
大空ではオオタカの子がカラスに虐められていた。何処でも目に付く顰蹙をかうカラスだ。



又林の小道を散策し早稲田大学の人間科学部の停留所からバスで小手指に戻り狭山ヶ丘まで電車で行き街中を20分くらい歩き残された平地林に行った。
此方は楢の大木が主の雑木林で是がまた見たことも無いのだけど懐かしさが一杯の郷愁を与えてくれるのである。
午後も3時を過ぎ日も弱くなり林の中では薄ら寒くなる中、木枯らしがたまにピュウーとくる。
この冷たさも懐かしいと感じながら歩いた。
林を出ると一面の住宅地だった。何処も同じ光景だ。それだけ残った林は大事にしたい。



帰ってから独歩の「武蔵野」を読み返したが正に入間郡小手指あたりから始まり其の時代でも林が大分狭められたと書いてあった。
独歩の武蔵野は坦々と描写され独歩も林に懐かしさを感じている名文だった。


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2 コメント

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Unknown (saheizi-inokori)
2008-12-20 09:10:18
独歩に勝るとも劣らぬ名文です(お世辞じゃないです)。
木枯らしを懐かしく感じる気持ちは私にもあります。
幼い頃、木枯らしに身をすくめながら家に帰れば炬燵があると一心に思いきかせていた、その気分が不思議によみがえるのです。そしてそれは炬燵の温もりにつながっているのだと思います。
Unknown (散歩好き)
2008-12-20 09:50:42
saheiziさん 有り難うございます。子供の頃は雪でも寒い風の日でも日が暮れるまで外で遊んで元気でした。今じゃ長時間寒い思いをすると鼻がグジュグジュして寒気が残ります。あのエネルギーが欲しい。

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