源頼朝が石橋山の戦いで敗れ逃げてきて再起を図り挙兵した地です、千葉常胤の加勢が無ければ鎌倉幕府の成立はなかつたかです、
なお下総国 上総国 安房国の千葉県の地名には源頼朝が再起挙兵したときの、百坂、三百坂、千騎坂、万騎坂、などの地名が現在も残っているそうです、
鋸山近くの鋸南海岸に命からがら逃げて辿りついたときの手勢は僅か数十人、千葉常胤の働きにより数万の軍勢に膨れ上がり天下がとれましたね、
源頼朝が石橋山の戦いで敗れ後、房州に逃れ再起を図った折に、日本寺で武運を祈願し自らソテツ、を手植えし、現在も大蘇鉄として境内に残っております、
源頼朝は鎌倉幕府を開くとすぐに荒廃していた日本寺の全山修工に力を尽くし、養和元年(1181年)薬師本殿を再建しました、
その後、鎌倉後期から南北朝時代にかけての続く戦火により再び荒廃しますが、足利尊氏により再び復興されます、
2006-4-9撮影