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お山にお宮がたちました

お山の神様と神社仏閣めぐり

秘境&スピリチュアルスポット ⑤小松神社

2022-07-20 06:45:00 | 秘境スポット
いざなぎ流大祭が終わり、物部村にある小松神社に向かいました。
こちらはいざなぎ流とも深い関係があるのか、いざなぎ流祈祷殿のすぐ近くにありました。

その前にべふ峡温泉にてあめご定食をいただきました。
私はこういう和食が好きです。
毎日こんな食事が食べたい。。。
最近はお肉よりお魚かな。



それでは、秘境&スピリチュアルスポット⑤小松神社へ。



小松神社のすぐ近くに立つ別役と書かれたこの碑に、秦氏の出とも書かれてあり、京都から逃れて来た賀茂一族と繋がります。

「別役」の名前の発祥は土佐で、戦国時代の長宗我部の家臣にも別役姓が見受けられます。
また、高知には別役城跡があったり、調べると土佐藩主、長宗我部氏と別役氏は縁が深いようです。
その、長宗我部氏が元を辿れば、秦氏に繋がるから、神様の繋がりは凄いなと思います。



鳥居から長い階段を下ると境内があります。
ひぐらしの合唱と川の水のせせらぎの音に癒されます。
気温が高くても暑くないです。。。


小松神社の創祀・創建年代は不詳であり、沿革もよく分からない神社ではありますが、その歴史はかなり古いようです。
旧物部村で、現在では秘境と呼んでも差し支えない山奥にあり、その分、空気は住み、自然も豊富です。

奥物部岡の内で195号線からはずれ、狭い農道をひたすら登り、別役に鳥居があり、鳥居から長い階段を下ります。



森林浴です。まさにセラピーロード。
森の中に入る感じで、ひぐらしの合唱に包まれ、素晴らしい空気に満たされます。
木々の優しいエネルギーを感じます。




小松神社は由緒正しく、平安時代の中期以前に既に鎮座しており、延長5年に編集された「延喜式神名長」に記載されている旧香美郡にある四座の一社であります。



御祭神は不詳で『平成祭データ』には天御中主神とありますが、その根拠は不明とのこと。
一説に、小松氏の祖神とされる秦の功満王を祀るともいわれているようです。

秦の始皇帝の子孫である功満王は、徐福の随行員の一人で、当地に派遣されたとされ、第14代仲哀天皇8年に帰化したといいます。

以下コトバンクより。

功満王 (こうまんおう)

古代伝承上の渡来人。
弓月君(ゆづきのきみ)の父。「新撰姓氏録」によれば,秦(中国)の始皇帝の子孫で仲哀天皇8年に渡来。太秦(うずまさ)氏,秦(はた)氏らの祖とされる。「日本三代実録」には応神天皇14年に渡来とある。
弓月君の父だなんて、お名前から月の神様と縁がある感じですね🌕🌛🌓




小さい石の祠が三社あります。
夏祭りが執り行われた後だったのでしょうか?
お祀りがきちんとされていました。
人の少ない集落で、場所も山の中の秘境なのですが、こちらの小松神社のお祀りには、沢山の方が今でも来てるよとお兄様から教えてもらいました。




清々しい空氣に満ちた神社であり、素朴な佇まいに癒されます。




こんな、素敵な神社を沢山知っているお兄様は改めて凄いと思います。
10数年前まで東京の大企業の社長さんをされ、退職されてから高知に戻り、全国の神社や、秘境スポットを周られていたとか。。。
お兄様のお人柄も大好きなのですが、あまり人の来ない秘境の神社をまわるというその歩みが、私の趣味とぴったりで、色々教えてくれて本当に有難いです。
人があまり訪れなくなった神社にある、ひっそりと自然の中に聳える御神木の力強さに圧倒されたりします。

高知には、素朴な優しい神社が数多くあります。

是非、高知に来てみいや❣️


いざなぎ流大祭②

2022-07-19 06:51:00 | 秘境スポット
高知市内から車でおよそ1時間半。高知県香美市物部町の、いざなぎ流大祭が行われる祈祷所に辿り着きました。



お兄様の運転にて連れて来てもらいました。
道も狭くて、運転して頂いて有り難かったです。
お兄様はどんな人にもお優しくて、津野山出身の母のお友達なのですが、今では母が居なくても、私とご一緒してくれるくらい、私ともすっかり仲良しです😆

川が流れ、山に囲まれた癒しの空間に、いざなぎ流祈祷殿がありました。



太夫さんが山の方向に向かって法螺貝を吹きます。織りなす音色が自然に溶け込みます🫧✨
お優しい、神様のようなお顔の太夫さんです🥰



いざなぎ流の御神楽は、これを頭にかぶって、舞を踊るみたいです。。。


祭壇には、白山比咩神社や出雲大社のお札が祀られてたり、牛頭天王や薬師如来の掛け軸があったり。
榊に御幣にいざなぎ流祝詞の奏上。お坊さんのような身なりの方もいらっしゃいます。

天井裏は大切みたいですね。





振り返ると四国別格二十霊場の額があったり、空海さんが祀られてたり、神仏混合が色濃く残り、全ての本物の信仰(神交)は自然と交わり天に通じるのだと思いました。

優しい祝詞に、太鼓の音が響きます。
何とも居心地の良い空間と時間なんでしょう🫧✨🫧✨



全てのお祀りが終わって、餅投げが始まりました。
知る人ぞ知るなんでしょうね。村の人が子供も含めて何十人か集まって来ます。
結構な数のお餅を太夫さんが投げてくれます。



頑張ったわけではないのですが、目の前のを12個も拾ってました😆
姉は23個も拾ったみたいです😳
頑張りすぎやろ。。。と思ったのですが、姉曰く
ふっと我に返って、最後の方は子供にあげてたと言ってました。
最後までやりきったら歳の数は拾えたというから大笑いです。
どうせ東京に帰るし、持って帰らんのに何してるの?と、途中から急に我に返ったようです。
本当にオモシロイ人のです😂

お餅拾いなんて久しぶり❤️
楽しかったぁ。。。



いざなぎ流大祭にて、優しい神様の氣を感じました。
山に囲まれ、川が流れ、この地には神様のエネルギーが満ち溢れていて、物部に縁ある地域の人が集まって祈りを捧げていました。

帰りは、各自が拾ったお餅と蘇民将来と書いた紙垂のついた榊を、お裾分けとして頂いて帰るのです。

そういえば、丁度今、京都の八坂神社では祇園祭りが開かれていますね。
その同じ時期に、この田舎にて、いざなぎ流大祭が執り行われるなんて。。。ステキです。
蘇民将来、素戔嗚様、牛頭天王。
古来から続く信仰は素晴らしいです✨🫧💖



そこには、長年伝わって来た確かな人々の信仰がありました。
そして、お金を要求しない本物の優しい神様がいらっしゃって、その大自然の神々が、そこに居る地域の人と優しく交わっているのを感じました。

田舎のおんちゃん、おばちゃん(私もおばちゃん😆)、お餅拾いを楽しみにやって来た子供やそのお母さん。
長年、この大祭に参列しているであろうお爺ちゃんやお婆ちゃんなどなど。。。


何の物の怪が怖かろう。
一番怖いのは人間ぞ。

この新聞に、太夫の仕事は神様を喜ばせるサービス業とありました。
太夫さんは普段、農業をしたり別の仕事をしていたりするのです。

本物は素朴です。
誰も不幸にしません。
人を教祖にし、お金集めをする宗教は違うと思います。
神は自然の至る所にいます。
そして、神は全ての人の中に、わけ御霊としています。

お金を沢山持ってこいという団体は世の中から退場して欲しいです。
巧みな言葉でそれらしい教義を作り、神の名をを利用し、人の弱みにたかる寄生虫に気をつけないといけません。

人は人です。神ではありません。お金に目が眩み、金の亡者になる人は世の中に沢山います。
神様は神様であり、人ではないからお金は求めないのです。
人に喜捨をすすめ、陰でそのお金を握りしめる教祖を神と思ってはいけません。
自分の中の神が悲しみます。

神様は人に幸せになって欲しいと思ってくださっていると思うのです。

大自然のあらゆるところに神様はいらっしゃって、自然の運行を司り、人々に生きる為に必要な全てを与えてくれています。

それを肌で感じることができた、この、いざなぎ流という文化に触れ、この重要無形民族文化財が未来永劫続いてほしいと心から思いました。

いざなぎ流大祭①

2022-07-18 09:18:00 | 秘境スポット
7月17日はいざなぎ流大祭の日。

随分前に、秘境&スピリチュアルスポットを教えてくださったお兄様に、旧物部村にて、いざなぎ流大祭が開かれることを教えてもらい、是非同行したいとお願いしてました。
お兄様は4年前に偶然前を通りかかったら餅投げをしていて、この大祭のことを知ったと言います。凄い方です‼️
偶然なんてあり得ないから呼ばれたんでしょうね💖
一年に一回、偶然通りかかるなんて、あり得ないくらい、とんでもない秘境の地にこの場所はあるのです。
お兄様に聞いて、大祭の事を知ってからずっと行きたいと思っていました。

東京から丁度、姉も帰ってきてたので、私と姉とお兄様で遥々、香美市物部町(かみし→神✨)に行ってまいりました。

物部という町名ですが、饒速日命と長髄彦の妹の子である、ウマシマジの子孫が物部氏の祖となったので、その系統かなと想像してます。
高知県は間違いなく賀茂一族が海を渡り逃れ、神への祈りを伝えた地であると思ってます。

いざなぎ流とは。。。
物部川上流の物部村に守り伝えられて来た極めて古い民間信仰です。
遡ること平安時代ともいわれます。

日本に生まれ、経文の修行を始めた天中姫宮が、人を救うための祈祷(呪術)を求めて天竺に渡り、天竺の「みよし川」の川上に住む「いざなぎ大神」から、人形祈祷や弓祈祷などの祈祷法を習い受けて日本に伝えたという事が語られています。

私のお客様のご親戚に、もう5.6人しか居なくなったという、いざなぎ流の太夫さんがいらっしゃって、家の祈祷を何日もかけて、その太夫さんにしてもらったというお話を聞いた事がありました。
それから、私の耳にいざなぎ流という言葉が残っていました。

神様から了解が出るまで、1週間でも10日でも、神様への祈祷は続くようです。御幣を切りに行った話も聞いたかな。。。

以下Wikipediaより

いざなぎ流は、土佐国で独自発展した陰陽道の要素を含む民間信仰である。伝承によれば、天竺(インド)のいざなぎ大王から伝授された24種の方術に基づくとする。法具は無く、儀式の都度にそれに応じた定式の和紙の切り紙(御幣)を使う。民間信仰ではあるが、祭祀の祝詞・呪文は体系化されて定式的に伝承されている。

祭儀は太夫と呼ばれる神職によって執り行われるが、太夫は家元制度や世襲でもなく、特定の教団組織もなく、男女の性別も問わない。地域の中の適格者と認められた人物が膨大ないざなぎ流の祭文と祭礼の様式を伝承する。

中世の京都で発展した陰陽師の家元である土御門家や賀茂氏とは歴史的な直接の関連性が確認されない状況が長らく続いたが、近年になって物部村の民家から土御門家による免許状が発見されたことで、江戸時代には土御門家から地方で独自発展した陰陽道の流れを汲む信仰と公認され、太夫も地方の民間陰陽師として認可されていた事は明らかとなった。

少し時間があったので、お兄様が、祈祷所の近くにあるいざなぎ流を説明している展示場に寄ってくれました。

人の手で作った御幣や祈祷の説明文、写真が展示されています。
こちらがいざなぎ流祭壇です。全て手作りです。まさに自然そのもの。真心の祭壇✨✨



説明文です。まさに自然信仰。




そして人の手で真心を込めて作った御幣。
二百種を下らないほどの御幣が伝承されています。
山の神、水神、地神、荒神、おんざき、八幡、恵比寿、みこ神、おん竜、めん竜といった数々の神格が切り分けられ飾り立てられます。










いざなぎの祭文、山の神の祭文、大土公の祭文、地神の祭文、荒神の祭文、恵比寿の祭文、水神の祭文のいざなぎ流7通りが基本となる祭文であり、この祭文は神を喜ばせるためのもの=回向の祭文のようです。



いざなぎ流の神話的、儀礼的世界観はまさに物部の森の如く深く果てしなく広い宇宙のようだといわれているようです。

この素晴らしい伝統的な民間信仰が、今まさに消滅の危機に瀕しており、これをどのような形で後世に伝えていくかが問われていると紹介されていました。



前置きは長くなりましたが、大祭に向かいます。

続く。。。

秘境&スピリチュアルスポット ③聖神社

2022-04-29 07:32:00 | 秘境スポット
エネルギー溢れる姉が、もう一箇所秘境神社に行きたいと言います。
はい喜んで❣️とご一緒します。
極めて魅力的なお兄様から教えてもらった秘境スポット ③聖神社は、車で市内から1時間くらいで登山口に到着です。

この赤鉄橋を横目に車を走らせます。


すぐ隣の横倉山は、安徳天皇が都を忍び従民と共に蹴鞠をして遊んだ場所として伝えられており、安徳天皇陵墓参考地として国の指定を受けています。

対岸聖神社入り口です。

川を挟んで聖神社に向かう参道があり、かなりの近道ですが、対岸から登らないと美しい聖神社を遥拝する事が出来ません。



しかし、対岸聖神社に向かう道はなかなかの修験道です。
入り口で、地元の方にお会いして、

あんたそれで登るがかね?

ときかれましたが後に納得しました。
もの凄いハードな自然アスレチックなんです。

それと、

あんたらは普通の人かね?

と聞かれたので、意味がわからなくて、

どういう意味ですか?

と聞くと、

ここはね、大学の教授とかテレビ関係の人が来たりするがよ。。

と言います。

それなら、私たち普通の人ですね🤭
(いやいや大学の教授もテレビ関係の人も総理大臣も皆んな普通の人ですよ😆)




杉林を超えていきます。



ここ、ポイントです❣️
対岸まで200メートルとあるのに、見落としてしまいました。。
実はこの根っこが目印。ここから対岸聖神社を遥拝できます。
目下ばかり向いて歩いてたから、遥拝しないまま、根っこの写真のみ撮って歩みを進めました。


こんな木の橋を渡り、、


こんな綱を掴みながらソロソロ降りて、、



こんな梯子も降りて、(姉が水を飲んでますね)


こんな吊り橋も渡り(下は渓谷で、なかなか高いです。)
高所恐怖症の人は厳しいかな。。。


そして自然のトンネルをくぐり




トンネルを出てきてもアスレチックは続きます。




あともうちょいですが、こんな鎖を伝って上がり、、




こんな急な木で造られた小径を上がり




聖神社に到着です。


断崖絶壁の聖神社。
土佐にこんな投入堂があるなんて知らなかったです🤔



中にお入りくださいとあったので入ってみました。お不動様が祀られているようでした。


誰もいなかったので、姉は手を叩き、私は鈴をシャリンシャリンと鳴らし、神様来ましたよとご挨拶しました。



こちらにもお賽銭箱があったので手を合わします。




降りる時は対岸でない方から降りました。



山に咲いている植物はかわいいですね。
こちらには蕨やイタドリなどの山菜が沢山ありました。



磐笛を沐浴させてあげました💖



対岸でない方は凄い近道で、対岸から聖神社をみないまま、降りて来てしまったので、行きのハードな自然アスレチックの意味がわかりませんでした🤔



少し、山を車で上がると、花桃が咲いていて綺麗でした。
標識に津野町まで5キロとあります。
位置関係がわからなくて??でしたが、ここからも津野山に行けるのですね。



こちらで、聖神社についてもう一回調べると、対岸から上がって15分くらいで遥拝出来るとありました。
杉林を超えてすぐだと書いてあります。



クタクタだったけど、姉と相談して、15分上がって、わからなかったら降りようと話して再度山を登りました。
そしたら、なんかみえて来た😂

1回目は、どの方向に聖神社があるかもわからないまま、足元ばかり見ていたけど、2回目になると余裕もできますね。

まわりを見る広い視野を持ちなさいと教えてもらいました💖



この根っこがポイント👍
行きの時は力強い根っこだと写真だけ撮って進みましたが、違います‼️
ここをロープに沿って少し降りるんです‼️


そしたら、ほら、聖神社の全景がみえました。
嬉しい🥹🥹🥹
しんどかったけど来て良かった✨😂



姉と2人で暫く座って感動していました。
誰がどんな思いで、こちらに神様をお祀りしたのか。。。
いらっしゃるのは、お不動様ですか?



姉が鈴を鳴らしやというので、この山の神様すべてに届いて❣️とシャリンシャリンと鳴らしました。





姉と2人で感動が身体から溢れて暫く動けなくなりました✨🫧✨



しんどすぎた2週目の山登り、
諦めずもう一回試みて上がって良かったね。。。🥹🥹
としみじみ。。。

最初、ドローンでしか全景はみえないのじゃないかなと半分諦めかけてたけど、こちらからは美しい聖神社を遥拝できました。



いったい誰がどんな目的でこちらに投入堂を建てたのか??

こちらは平清盛の孫で、母の徳子と共に入水自殺をしたと言われている安徳天皇が、実は生き延びて、このすぐ近くにある横倉山で暮らしていたといい伝えられている地であります。
(そのように云われている地はたくさんあるようですが、個人的にはこちらが有力だと勝手に思ってます。。)

その安徳天皇が眠ると伝えられる安徳天皇陵墓参考地は横倉山にあり宮内庁が管理しています。

上にリンクしたホームページのこちらが気になるので貼り付けますが、鏡は金比羅様へ、不動尊像は無くなりとあります。



この今ある聖神社を建てたのは、長州の大工さんのようです。
お山の神様のある津野山も、聖神社のある越知(おち)町から近く、山口から逃れて来た平家の落人が沢山いたと聞いた事があります。
私の祖先も辿れば平家の落人の生き残りかもしれません。

源氏から逃れ逃れ、人里離れ、ひっそりと山の中で生き延び、大切なものを命懸けで守るために、自然に不動尊を託したかもしれない。。。

そんな、遠き昔の人の想いがあるのではないかと想像力を膨らませて勝手にジーンときてしまいました🥹

真実はわからないです。ただの空想かもしれません。
でも、ここに投入堂を建てた人の想いはいかばかりかと想像します。
その心が時代を超え、令和を生きる私に、信仰の大切さを教えてくれました。

こちらにお詣りできて本当に良かったです。

お兄様有難うございました✨🥹✨🥹✨🥹


姉との高知旅は一旦おしまい。。














小村神社 

2022-04-28 05:20:00 | 秘境スポット
数年前のお正月に、神社婦人会の奥様方に入れてもらって、県下の五社詣りをしたことがあります。
毎年方位を見て五社詣りの神社を決めるようなのですが、その中の一つが、こちらの小村神社でした。

婦人会といっても、御年配の70代、80代の方が多く、歩けない方がいるから、近くまでバスで行き、その時は参道を歩けませんでした。

団体行動だから、ゆっくりの参拝も叶わず、本殿裏の御神木もその時凄く気になったけど、この神社好きだなぁと改めて来ようと思ってたままになっていました。

この度、姉と参拝することができました。


土佐の二ノ宮の小村神社は、587年に創建され1400年以上の歴史を持ちます。

御祭神は国常立尊。
御神体は国宝の金銅荘環頭太刀拵・大刀身(こんどうそうかんとうのたちこしらえ・たちみ)

1400年ほど昔から小村神社の御神体として奉祀されたもので、今日まで完全な姿で伝わる日本で唯一の伝世品で最古の宝剣。
鞘は金銅と板金で作られており、1958年、国宝に指定されました。
毎年11月15日の秋例大祭時にのみ一般の拝観ができます。

その他国指定の重要文化財木造菩薩面等を所蔵しており、村文化財に指定され日下の総鎮守であります。



何とも氣の素晴らしい参道なのでしょう。
小村神社の前を通って、私がここもお詣りしようと、急に寄ったので、姉にとってはびっくりの予定外の参拝となりましまた。

姉が参道に入った途端に氣🫧✨が変わったと言います。



予定してなかったのに、良いところやね〜と話すと、向こうのほうから可愛いらしい地元の氏子の奥様が歩いて来たのでご挨拶しました。



こんにちは〜

まぁまぁ、お詣りですか?まぁお若いのに有難うございます。
お詣りしていってくださいね。

こちらこそ、ありがとうございます。
以前来た時に、御神木が気になって、あちらのご神木近くで見ることができますか?

みえますよ。夜光って、本当に綺麗なんですよ。こちらの神様にね、あの御神木にね、私たちは本当に守ってもらってるんですよ。
私らは、老人会でこちらをお掃除させてもらってるんです。草引きをしたりして、お掃除させていただいたら、自分の心が嬉しくてね。

きっとこちらの神様は喜んでらっしゃいますね。

そうだと嬉しいです。。。


とても可愛いらしいお婆様でした。

亡くなった旦那様が、御神木にしめ縄をはられたようで、こちらの神様を心の支えとし大切にされ、神様の為にと、神様がわかってくれたら良いと、心を込めてお仕えされていたようです。
息子さんの代で、10代こちらの神社の近くで住み、この神社の氏子として暮らしているんですよと話します。

こんな可愛いらしいお婆様に会わせていただいたのも神様のご縁。
心がほっこりしました💖


神社の案内板に行って初めて、御祭神が国常立尊と知り、興奮してしまいました。
前に来た時も案内板読んで無かったし、今回も予定外に前を通りかかり寄ったので、びっくりしました。
興奮冷めやらぬ私を横に姉がポカンとしていました。


来れて良かった。。。と連発します。


拝殿横のにも手を合わせ裏の御神木を見にいきました。
周りに誰もいなかったので鈴をシャリンシャリンと鳴らします✨


立派な彫刻が施された本殿です。



本殿裏に灯明杉の説明がありました。
見事な御神木です。



社殿を見守るように背後にそびえ立つ大木は、樹齢千年を超えると伝えられる牡丹杉で、伝説によると地震等なにか異変のある時には、杉に梢に大きな霊火が懸かったと言われているようです。

有事の前に光るという伝統から「燈明杉」と称される御神木です。




うわぁ光ってる。ここ凄いと思いました。





こちらでも鈴をシャリンシャリンと鳴らしました。姉も手を合わせます。



国常立尊はこの国の祖であったとのお話を姉に長々として、鈴を鳴らしてお詣りをし、こちらをあとにしようとした時、同じ歳くらいの男性にお会いしました。


シャリンシャリンと鈴を鳴らしたから、神主さんが見に来たのかとビックリしたのですが、その方もびっくりしていました。
その方は神主さんでも何でもなくて、こちらの近くを通るたびにお詣りに来られている方でした。

お家はこの神社からは少し離れていますが仕事が近くである時は立ち寄っているみたいです。

びっくりされたのは、鈴を聴いたからでも何でもなくて、御神木があるここで人に会うことがまず無かったからといいます。

裏までは人が来ないんですね😌



その方は小さい頃気管支喘息があり、親がこの御神木に祈願したら、中学生になる頃には気管支喘息が治ったから、近くに来たらお詣りに来ていると言います。

自分は国常立尊に縁があって。。。
と話すのでびっくりしてしまいました。
私も毎日、国常立尊に祈りを捧げているんですと話したら、ここは縁が無いと来れないからねと言います。

国常立尊をメインでお祀りしている神社は全国でも数少なくて、3社のうちの一つがここみたいですよ。。。と話してくれました。
他、知ってますかと言われたのですが、即答できませんでした。

神社で、初めてお会いした方とお話する縁なんてそう無いから、御年配の奥様といい、この男の方といい、素敵な方でした。
おまけに帰りには正装をした神官さんもお見かけし清々しい1日のスタートになりました。



帰りの参道も美しくて、寄っていきなさいと導かれたのかなぁ?と思いました。


帰って、姉と国常立尊の祀られている神社を調べるともう少し多かったのですが、それでも20数社くらいでした。
メインでお祀りしているのは3社なのかなぁ🧐
それにしても少ないなぁ。。。
この国の祖であるのになんてことでしょう。

姉が全部まわろうよといいます。
ご縁ですからね。お約束は出来ないけどお詣り出来たら良いなと思います。

小村神社の参拝は心に灯の灯る参拝になりました。
こちらの神社がある村は日高村といいます。
高知市内からも車で30分くらい。
村の名前、日が高いのは国常立尊が守ってくれてる村だからですね💖
私の心にも灯明杉が灯を灯してくれたのかもしれません🪔❣️

お詣りさせて頂きありがとうございました✨