1週間ほど経って、国会議員により大吉報がもたらされた。大統領が、村の長の遺族とお会いになるというのである。国会議員が村の長の葬式の話を、大臣にしたところ、大臣はさらに大統領に話した。そうしたら、大統領は、その村の長なら自分の遠縁であると言ったというのである。つまり、村の長の父親は、大統領の父親の何人かいる妻の一人の従兄弟にあたるらしい。それで、大統領は直接ご遺族に、お悔やみを伝えたいとのご意向なのだ。
国会議員が、ロベール以下家族代表を率いて、大統領の執務室に赴くことになった。国会議員は、ロベールの手を握って言った。
「どれだけ君に感謝していることか。君のお陰で、こうして何度も、大統領に個別に会えるのだ。大統領は、国会議員と相対では会わないのが普通だ。議員と会うと、金を無心されるに決まっているからだ。」
ロベールは、国会議員によって、直ちにその地方の党支部の事務局長に任命された。一方、ゲデオンはまだ村での党の代表に過ぎない。ゲデオンは、ロベールの指令に従って動かなければならない、ということになった。そんなことは受け入れられない、とゲデオンは反駁した。自分は、昔から党の勢力を開拓してきた。ロベールは、それを邪魔してきた男じゃないか。
国会議員はゲデオンをなだめた。英明なる大統領は、政治というのは現場の現実を知るということだ、と日頃おっしゃっている。この地方での現実というのは、ロベールが、全ての反対勢力を与党側に寝返らせた功績者だ、ということなのだ。ゲデオンは、そんな寝返り話などというのは、ロベールとその一味のでっち上げに過ぎない、と抗弁した。
「もういい加減黙れ。」
とロベール。
「一体お前は、党の規律ということを弁えているのか。議員殿は、われわれ二人にとって上司だろう。上司が決めたことに、われわれは従うだけだ。」
国会議員は、ロベールが権威を示したことを褒めた。
大統領に拝謁する日が近づいた。大統領に会えるのは、22人が限度である。ロベールは一族から22人を選んで、ミニバスに乗せ、首都に向かった。首都では、それぞれ首都に住む親戚の家に分かれた。大統領に会う当日になると、その親戚も同席したいと言い出したため、結局全部で30人ほどの集団になった。国会議員に率いられ、皆でミニバスで大統領官邸に入った。
1時間待たされた後、大統領が部屋に入ってきた。国会議員も家族全員も、起立して迎えた。大統領を目の前に見るなんて、始めてである。大統領は応接椅子に腰掛け、皆にも座るように促した。まず国会議員が、家族の名において、多忙にもかかわらず拝謁を許して頂いた大統領に感謝申し上げる、と述べた。そして国の発展、とりわけわが地方の発展に、尽力いただき一同感謝している。わが地方では、毎朝毎夜、大統領が末永くご活躍になるように、お祈りしているのだ、と述べた。ロベール以下一同拍手をした。
続いて国会議員は、亡くなった村の長が、生前、大統領の党のために尽くした男だという話をした。そして敵対勢力が投票をでっち上げるなかで、積極的ボイコットを指揮した人間である、と説明した。ロベールはこの時だけ、下を向いていた。そして、国会議員は、ロベールを大統領に紹介した。この人は、村の長の直接の甥であるだけでなく、われわれの党の地方支部において中核となる働きをしている人間です。何より彼が、わが地方の野党勢力の連中を、大統領の党に転向させたのです。
大統領は、ロベールに微笑みかけた。そして、ロベールに発言が促された。ロベールは懐から用意した原稿を取り出した。そして、大統領の威光、恩寵、慈悲、偉業、英知を讃える演説を行った。そして、親族一同が立ち上がって、大統領のために特別に作詞作曲した歌を、合唱した。大統領は、チンパンジーを一発で殴り倒した我々の先祖よりも強く、その雄叫びが森中の動物を震え上がらせる豹よりも威厳があり、どんな魔法使いもどんな敵も、大統領の前にはひれ伏す。それでいて、大統領の声は、駒鳥よりも美しい調べで、どんな娘も一声聞くだけで陶酔する。そう歌った。大統領は、傍らの秘書官に命じ、この歌を録音するように、そして国中の小学校で歌わせよう、と言った。秘書官が録音機を持ってきたので、ロベールたちはもう一度歌い直した。
大統領は、親族一同に対して弔意を表したあと、秘書官に言って、封筒を2つ持ってこさせた。大統領は、2つの封筒を前に言った。
「さあ、お持ちなさい。それぞれ5百万フラン(百万円)入っている。一つはご家族に。葬儀費用にお使いなさい。もう一つは、国会議員殿のためだ。地方で、私の政治理念を広めるためにお使いなさい。」
そうして、近々また皆さんの地方を訪れるだろう、と言いながら、大統領は秘書官とともに退席した。親族一同は、再びロベールの作曲した歌を歌いながら、大統領を見送った。
秘書官が戻ってきた。ロベールと国会議員に、先ほどの封筒がそれぞれ手渡された。どうも先ほど見たときより、厚みが減っている。親族一同は、ミニバスに乗り込むやいなや、ロベールに封筒を開けさせた。封筒には、3百万フランしか入っていなかった。何で、と親族たちは言う。大統領は5百万フランを進呈するといったのに。
「何でって、俺がミニバスに乗り込むまでの間に抜いたとでもいうのか。」
とロベールは怒る。そして、服を全部脱いで、どこにもお金を隠していないことを証明した。
国会議員の封筒も、皆の前で開けてみた。350万フランしか入っていなかった。
「これはひどい。あの秘書官が泥棒しやがったのだ。私の金からも掠め取りやがった。」
国会議員も、怒髪天を抜いている。国会議員もロベールも親族も、皆かんかんに怒って、秘書官のことを呪った。今度大統領に会ったら、絶対に言いつけてやる。しかし、彼らの怒りもすぐに収まった。とにかく、それぞれ3百万フランを手にしたのだ。
村の長の娘の一人が言った。さあ、早く皆で分配しよう。
「ちょっと待て、じゃ、どうやって父さんを埋葬するというのだ。あんたの言っている、携帯電話型の棺桶は、どっやって買うんだ。」
ロベールはそう言った。それでも、やはり折角だから、少しは自分たちで分けよう。まあ、立派な葬式を上げるのに、このお金が全部要るというわけではないし。そういう結論になり、貰ったお金のうち百万フランほどを、皆で山分けした。
村に帰ったら、もうサッカーのワールド・カップに優勝したチームを迎えるような騒ぎである。何と言っても、国家元首に呼ばれて、その尊顔を拝した村人など、この地方全域を見渡しても、かつていなかったからだ。もう二日間、夜通し飲んで騒いで、だから残りの資金の殆どの部分は、いつのまにか酒場のあるじの懐に消えていった。
(続く)
国会議員が、ロベール以下家族代表を率いて、大統領の執務室に赴くことになった。国会議員は、ロベールの手を握って言った。
「どれだけ君に感謝していることか。君のお陰で、こうして何度も、大統領に個別に会えるのだ。大統領は、国会議員と相対では会わないのが普通だ。議員と会うと、金を無心されるに決まっているからだ。」
ロベールは、国会議員によって、直ちにその地方の党支部の事務局長に任命された。一方、ゲデオンはまだ村での党の代表に過ぎない。ゲデオンは、ロベールの指令に従って動かなければならない、ということになった。そんなことは受け入れられない、とゲデオンは反駁した。自分は、昔から党の勢力を開拓してきた。ロベールは、それを邪魔してきた男じゃないか。
国会議員はゲデオンをなだめた。英明なる大統領は、政治というのは現場の現実を知るということだ、と日頃おっしゃっている。この地方での現実というのは、ロベールが、全ての反対勢力を与党側に寝返らせた功績者だ、ということなのだ。ゲデオンは、そんな寝返り話などというのは、ロベールとその一味のでっち上げに過ぎない、と抗弁した。
「もういい加減黙れ。」
とロベール。
「一体お前は、党の規律ということを弁えているのか。議員殿は、われわれ二人にとって上司だろう。上司が決めたことに、われわれは従うだけだ。」
国会議員は、ロベールが権威を示したことを褒めた。
大統領に拝謁する日が近づいた。大統領に会えるのは、22人が限度である。ロベールは一族から22人を選んで、ミニバスに乗せ、首都に向かった。首都では、それぞれ首都に住む親戚の家に分かれた。大統領に会う当日になると、その親戚も同席したいと言い出したため、結局全部で30人ほどの集団になった。国会議員に率いられ、皆でミニバスで大統領官邸に入った。
1時間待たされた後、大統領が部屋に入ってきた。国会議員も家族全員も、起立して迎えた。大統領を目の前に見るなんて、始めてである。大統領は応接椅子に腰掛け、皆にも座るように促した。まず国会議員が、家族の名において、多忙にもかかわらず拝謁を許して頂いた大統領に感謝申し上げる、と述べた。そして国の発展、とりわけわが地方の発展に、尽力いただき一同感謝している。わが地方では、毎朝毎夜、大統領が末永くご活躍になるように、お祈りしているのだ、と述べた。ロベール以下一同拍手をした。
続いて国会議員は、亡くなった村の長が、生前、大統領の党のために尽くした男だという話をした。そして敵対勢力が投票をでっち上げるなかで、積極的ボイコットを指揮した人間である、と説明した。ロベールはこの時だけ、下を向いていた。そして、国会議員は、ロベールを大統領に紹介した。この人は、村の長の直接の甥であるだけでなく、われわれの党の地方支部において中核となる働きをしている人間です。何より彼が、わが地方の野党勢力の連中を、大統領の党に転向させたのです。
大統領は、ロベールに微笑みかけた。そして、ロベールに発言が促された。ロベールは懐から用意した原稿を取り出した。そして、大統領の威光、恩寵、慈悲、偉業、英知を讃える演説を行った。そして、親族一同が立ち上がって、大統領のために特別に作詞作曲した歌を、合唱した。大統領は、チンパンジーを一発で殴り倒した我々の先祖よりも強く、その雄叫びが森中の動物を震え上がらせる豹よりも威厳があり、どんな魔法使いもどんな敵も、大統領の前にはひれ伏す。それでいて、大統領の声は、駒鳥よりも美しい調べで、どんな娘も一声聞くだけで陶酔する。そう歌った。大統領は、傍らの秘書官に命じ、この歌を録音するように、そして国中の小学校で歌わせよう、と言った。秘書官が録音機を持ってきたので、ロベールたちはもう一度歌い直した。
大統領は、親族一同に対して弔意を表したあと、秘書官に言って、封筒を2つ持ってこさせた。大統領は、2つの封筒を前に言った。
「さあ、お持ちなさい。それぞれ5百万フラン(百万円)入っている。一つはご家族に。葬儀費用にお使いなさい。もう一つは、国会議員殿のためだ。地方で、私の政治理念を広めるためにお使いなさい。」
そうして、近々また皆さんの地方を訪れるだろう、と言いながら、大統領は秘書官とともに退席した。親族一同は、再びロベールの作曲した歌を歌いながら、大統領を見送った。
秘書官が戻ってきた。ロベールと国会議員に、先ほどの封筒がそれぞれ手渡された。どうも先ほど見たときより、厚みが減っている。親族一同は、ミニバスに乗り込むやいなや、ロベールに封筒を開けさせた。封筒には、3百万フランしか入っていなかった。何で、と親族たちは言う。大統領は5百万フランを進呈するといったのに。
「何でって、俺がミニバスに乗り込むまでの間に抜いたとでもいうのか。」
とロベールは怒る。そして、服を全部脱いで、どこにもお金を隠していないことを証明した。
国会議員の封筒も、皆の前で開けてみた。350万フランしか入っていなかった。
「これはひどい。あの秘書官が泥棒しやがったのだ。私の金からも掠め取りやがった。」
国会議員も、怒髪天を抜いている。国会議員もロベールも親族も、皆かんかんに怒って、秘書官のことを呪った。今度大統領に会ったら、絶対に言いつけてやる。しかし、彼らの怒りもすぐに収まった。とにかく、それぞれ3百万フランを手にしたのだ。
村の長の娘の一人が言った。さあ、早く皆で分配しよう。
「ちょっと待て、じゃ、どうやって父さんを埋葬するというのだ。あんたの言っている、携帯電話型の棺桶は、どっやって買うんだ。」
ロベールはそう言った。それでも、やはり折角だから、少しは自分たちで分けよう。まあ、立派な葬式を上げるのに、このお金が全部要るというわけではないし。そういう結論になり、貰ったお金のうち百万フランほどを、皆で山分けした。
村に帰ったら、もうサッカーのワールド・カップに優勝したチームを迎えるような騒ぎである。何と言っても、国家元首に呼ばれて、その尊顔を拝した村人など、この地方全域を見渡しても、かつていなかったからだ。もう二日間、夜通し飲んで騒いで、だから残りの資金の殆どの部分は、いつのまにか酒場のあるじの懐に消えていった。
(続く)
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