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コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

新学期と銀行

2010-09-18 | Weblog
今週月曜日の9月13日は、こちらの新学期の始業日であった。1年の授業は9月に始まって6月に終わる。フランスなどと同じである。夏休みから戻った生徒たちが、9月になって学校での授業に再び通い始める。その新学期の初日に、生徒たちの姿がまばらだ、と新聞記事に出ている。

アビジャンの市立マルコリ中学では、何人かの生徒と親が、今学期の授業計画などの書類を取りに来ただけだった。ココディ中学でも、3千人の生徒のうち、現われたのは6百人だけで、親に付き添われて今年の授業の登録だけ行って帰って行った。アボボ第一、第二中学でもほぼ同じ様子で、生徒の受講登録は9月1日から受け付けているのに、まだ20人ほどしか登録を済ませていない。こんなに少なくては、授業は始められない、と先生たちが言っている。

地方でも同じような調子だ。ボンドゥク市内にある10校ほどの中学でも、学校に朝10時に現われたのは、校長先生だけ。だいたい1校あたり3500人の生徒が通う、大きな中学校なのに、誰も来ないので、運動場では羊や山羊が、いつものように草を食んでいる、という。ディンボクロでも、殆どの生徒たちが、まだ夏休みから戻ってこない。ガニョアでも、学校に来る生徒が少ないので、2週間ほどは生徒が集まるのを待ちつつ、新しい授業を始めるかわりに、前学期の復習に充てると、先生は言っている。

さて、学期初めなのに生徒が学校に出てこないとは、いったいどういうことなのだ。コートジボワールの人に聞いてみたら、それは簡単な話だ、という。
「お金が無いからですよ。」

お金が無いというのは、子供を学校に通わせるためのお金ですか。
「そうですねえ、だいたい小学校は無償とはいえ、さまざまな維持費などの雑費を、年度初めに親から徴収しますから、多少のお金の準備が必要なのです。中学校・高校になると無償ではなくて、学費がかかります。それにどこの村の近所にも中学校・高校があるわけではないですから、親としては町の知り合いに子供を預けなければならず、これにもお金を渡さないといけない。まあ、そういうわけで、9月の始業式までには、なかなか必要なお金が用意できないので、子供も学校に行けないということです。」

それは大変なことですね。それで、親たちはどうするのですか。
「借りるのです。親たちは9月になると、親戚とかからお金を借りて、子供の学費を作ります。それから市中銀行が、子供の学校が始まるこの時期に、親向けの小口融資を準備しています。それで親たちは、だいたい10月までには必要な資金を集めます。10月になったら、やっと生徒が出揃います。こんな調子で、授業が始まるのはもう10月から、という習い性になっているので、9月の半ばにはまだ、先生も生徒もあまり真面目には学校には出てこない、とこういうことです。」

それを聞いてから、アビジャン市内の民間銀行に注意していると、たしかに「学校融資(crédit scolaire)お取扱い中」と宣伝した看板が出ている。とくに地方では、親たちの多くは農民であって、学費納入が必要になる9月は収穫期ではないので、手元にお金が無い。それで、翌年になってカカオなどの収穫期に入り、現金収入ができたら、銀行にお金を返すという流れになっているということだ。

それにしても、庶民でも融資を受けられる制度があるのか、と感心する。そのうちに、新聞には「学校融資」についての記事が出た。記事によると、融資は借り手の2ヶ月分の給料に相当する額が一般的で、10ヶ月に分けての分割払いで返済、利率は10.5%だ、と書いてある。まあ、そんなに高利貸しで暴利だというわけでもなかろう。このように、お金が必要な時と、収入がある時との間をつなぐのが、まさに金融というわけだ。

ところが、記事は「学校融資の罠に注意」と指摘している。
「学校融資は、人々を、銀行依存つまり銀行なしではやっていけないようにしてしまうのです。つまり、いったん学校融資に手をつけると、一年中借金を返すことばかりになり、また9月前には、銀行にお願いに行かざるをえなくなる。」

そうして、たくさんの親たちを顧客に繋いでおけば、銀行は10.5%の利息を着実に稼いでいけるというわけである。いや、まだまだ「罠」がある。「学校融資」の名目で、この時期にはお金が借りやすくなる。そのために、多くの人々が、身近な資金の必要から「学校融資」を使ってしまい、借金経済に陥っていくようになる。

今週になって、ブル・レネ国民教育相を、公邸での夕食に招待した。私は彼に、学期初めに学校の授業を始められないなんていうのは、日本では考えられない、と言った。
「とても残念なことです。新学期早々、授業に1ヶ月の遅れが出てしまう。それで、先生たちは年に何ヶ月も、待遇改善要求でストをし、これまた授業をしない。こんなことでは、この国の生徒たちの成績が上がらないのは当然です。」

そのあたりの改善には、国民教育相として、しっかり取り組んでもらうとして、コートジボワールの人々もいけない。だいたい、9月になったら子供の教育にお金が要るということは、はじめから分かっているじゃないですか。どうして8月までに貯金しておかないのですか。毎年9月に借金をすることを考えるのでなく、収穫期に収入があるときに9月を見越して貯金をする、というのが正しいあり方だと思いますよ。私は力説する。

そうしたら、ブル・レネ大臣の答えである。
「貯金すべきというのはその通りですけれどね、コートジボワールの人は貯金ができない。目の前に現金があったら、目先の必要にまず使ってしまう。使わずに何ヶ月も置いておくことはできないのです。子供のために貯金を残しておく必要がある、とお母さんが訴えても、お金の収支を管理しているのはお父さんなので、その訴えは聞いてもらえない。たとえ目先の必要がないとしても、すぐ酒だの葬式だのに使ってしまう。」

それは、現金を家に置いておくからですよ。銀行に貯金して、通帳に記帳していけばいいのです。
「人々が銀行にお金を預けるのは、銀行を信用するからです。ところが、ここでは人々が銀行を信用していない。彼らにお金を預けたら、勝手に使って無くしてしまうに違いない。そう思っていますし、実際に20年前には、農民のための銀行が倒産し、お金を預けていた農民が多数、無一文になるという事件がありましたからね。」

ブル・レネ国民教育相が述べるとおり、1991年に「農業開発公庫(BNDA)」が横領などで倒産し、487億フランが雲散霧消、お金を預けていた約1万人の農民が貯金を失うという事件が起きた。それ以来、銀行の信用は傷ついた。多くの人々は、銀行だけでなく、社会の制度を信用しなくなった。

コートジボワールでは、銀行というのは、貯金するところではなかった。銀行とは、借金をするところであった。最近、アビジャンの市内では、綺麗で小ざっぱりした構えの銀行の店舗を、たくさん見かけるようになってきた。私は、コートジボワールの人々も、着実に貯金をするようになったのだ、と頼もしく思っていた。そうではなくて、日本でいうと駅前に庶民金融の店が立ち並んでいる、どうもそれと一緒の光景なのだ、と気づいたわけである。

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