おふでさき四号の111からです。
104~110の歌は、「神」はこの世、人間の住む「地と天」の全てを守護する。「上」は人間のエゴがつくった限られた枠の中の寸時の差別社会の支配者というだけという言い方で、「上と神を分け」て、111からの本題、「上」に向けての提言の前置きとして歌った。
このよふを初てからになにもかも 上ゑをしへた事ハあるまい 四 111
この世を初めてからに何もかも 上へ教えた事はあるまい
今までは「上」に対しての話をことある度に、それとなくおふでさきを通して断片的に伝えてきた。今回、これまでに記したそのおふでさきを直接「上」(大和神社)へ手渡すことで、神の思いを直に伝える行動をとる(66)。
それからハなかにハしやんするもあろ みなよりよふてはなししたなら 四 113
それからは中には思案するもあろ みな寄り合うて話ししたなら
「上」に見せるおふでさきの内容は、世界中の人が「楽しく」暮らせるようにと願う神の親心に溢れる真理の話しである。確かに上という立場にあって、人はみな平等の魂という神の話を受け入れることは、非常に勇気がいることだろう。しかし、その全てを「受け入れる」ことで我身思案の「思考」、エゴから解放されて、人間が生れるときに宿し込まれた神の「意識」とつながることができる。
そこに、今までは「上」と言っても、更に上の者にはへつらい、民には「上」だと虚勢を張るという、エゴがつくり上げた自分が偽の自分という氣づきが生れる。
このみちを上ゑとふりた事ならば 神のぢうよふすぐにあらわす 四 115
この道を上へ通りた事ならば 神の自由直ぐにあらわす
それに氣づくまでは、(民も天皇、上も平等の魂という)真理を受け入れることへのこだわり、苦しみがあるだろう。けれども、その壁を超えて一端手元に届いた真理を受け入れると、途方もない奇跡、神の自由が湧きだしてくる。受け入れることで神の「意識」、神とつながる。受け入れる苦しみが心の安らぎへと一変するという大逆転が起こる。
そして、偽の自分はなくなり、本当の自分が立ち上がる。「上」ではない神の子、「神」へと進化する。人は決して権力だけには屈しない。人の心の深さに引き寄せられるもの。そのとき真の人を導く人となることができる。
これきいてみな一れつわしやんせよ なにかよろつハ心しだいや 四 118
これ聞いてみな一列は思案せよ 何か万は心しだいや
ただし、受け入れることができない人にとってはこの限りではない。「上」、偽の自分のまま調和の外の軌道を喘ぎながら走り続ける。
104~110の歌は、「神」はこの世、人間の住む「地と天」の全てを守護する。「上」は人間のエゴがつくった限られた枠の中の寸時の差別社会の支配者というだけという言い方で、「上と神を分け」て、111からの本題、「上」に向けての提言の前置きとして歌った。
このよふを初てからになにもかも 上ゑをしへた事ハあるまい 四 111
この世を初めてからに何もかも 上へ教えた事はあるまい
今までは「上」に対しての話をことある度に、それとなくおふでさきを通して断片的に伝えてきた。今回、これまでに記したそのおふでさきを直接「上」(大和神社)へ手渡すことで、神の思いを直に伝える行動をとる(66)。
それからハなかにハしやんするもあろ みなよりよふてはなししたなら 四 113
それからは中には思案するもあろ みな寄り合うて話ししたなら
「上」に見せるおふでさきの内容は、世界中の人が「楽しく」暮らせるようにと願う神の親心に溢れる真理の話しである。確かに上という立場にあって、人はみな平等の魂という神の話を受け入れることは、非常に勇気がいることだろう。しかし、その全てを「受け入れる」ことで我身思案の「思考」、エゴから解放されて、人間が生れるときに宿し込まれた神の「意識」とつながることができる。
そこに、今までは「上」と言っても、更に上の者にはへつらい、民には「上」だと虚勢を張るという、エゴがつくり上げた自分が偽の自分という氣づきが生れる。
このみちを上ゑとふりた事ならば 神のぢうよふすぐにあらわす 四 115
この道を上へ通りた事ならば 神の自由直ぐにあらわす
それに氣づくまでは、(民も天皇、上も平等の魂という)真理を受け入れることへのこだわり、苦しみがあるだろう。けれども、その壁を超えて一端手元に届いた真理を受け入れると、途方もない奇跡、神の自由が湧きだしてくる。受け入れることで神の「意識」、神とつながる。受け入れる苦しみが心の安らぎへと一変するという大逆転が起こる。
そして、偽の自分はなくなり、本当の自分が立ち上がる。「上」ではない神の子、「神」へと進化する。人は決して権力だけには屈しない。人の心の深さに引き寄せられるもの。そのとき真の人を導く人となることができる。
これきいてみな一れつわしやんせよ なにかよろつハ心しだいや 四 118
これ聞いてみな一列は思案せよ 何か万は心しだいや
ただし、受け入れることができない人にとってはこの限りではない。「上」、偽の自分のまま調和の外の軌道を喘ぎながら走り続ける。