筑前の国からこんにちは!

北九州市を中心に、福岡県とその周辺の情報を発信していきます。

響灘ビオトープで戯れる鳥たち(2)・・・アシタカシギ、トビ、ヒバリ

2017年04月28日 12時59分51秒 | 

響灘ビオトープで3月30日に撮影した続きです。

桜巡りが忙してUPが今になりました。


アシタカシギ、トビ、ヒバリを撮影できました。

アシタカシギは初めて見聞きし、トビ、ヒバリは名前はしっていましたが、
初めて撮影し名前がわからないのでアシタカシギ以外は鳥のサイト「日本の野鳥識別図鑑」で
教えていただきました。



お気に入りの一枚は、アシタカシギの可愛い仕草です。
愛嬌たっぷりで気持ちがほっこりしました、


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アシタカシギ
園内ですれ違った係員の方に「アシタカシギ」を見られましたかという声を
かけていただき、この鳥の名前を知りました。

ビオトープの中の観察路から20mくらい離れた池の中央で立っていたので
撮影はしていたのですが、名前は?の状態でとにかく撮りました。

 







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こちらは別のアシタカシギです。
いろんな仕草をしてくれて可愛かったです。





トビ
見ている間中、この姿勢を崩しませんでした。
だから、この一枚だけしかありません(笑)。
猛禽類ということはわかりますがそれ以上詳しくはわかりません(汗)。



ヒバリ
鳴き声ととび方はわかるのですが姿をきちんと見たことがありませんでした。
可愛らしい鳥というイメージでしたが、えらく精悍な顔をしているのですね。





響灘ビオトープは、ウオーキングに最適なんですよ、運が良ければ野鳥とも出会えます。

今までは、野鳥を撮っても名前がわからず、わからないままUPしていました、
これってすごくストレスなんですね。


鳥のサイト「日本の野鳥識別図鑑」は、花で言えば「はなせんせ」の相当し
写真をUPすると短時間で教えていただけるのでとても助かります。



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鎮国寺は桜の博覧会・・・2017年桜めぐり(10)

2017年04月26日 17時35分22秒 | 


2017年桜巡りの締めは福岡県宗像市にある鎮国寺(ちんこくじ)です。


こちらの桜は、本数は少ないですが多くの種類の桜が咲いているので毎年楽しみに花見に来ます。

今年は、いつも楽しみにしている緑の桜「御衣黄」がまだ開花しておらず
見られなかったのことが残念です。



鎮国寺は弘法大師(空海)が中国より帰朝した大同元年(806年)、
日本で最初に創建したと言われる真言宗の古刹です。

近くに在る間もなく世界遺産に決まって欲しい宗像大社 の神宮寺として、
総本山、大本山の次の位の別格本山として栄えました。 


お気に入りの一枚です。
桜美苑は桜の品種の博覧会です。



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鎮国寺の見所は本殿前と桜美苑に分けられます。

桜美苑は水子地蔵尊の前にあり、水子を守っているように見えます。


桜の前の水子と水子地蔵尊


桜美苑の奥に鎮座する聖観音像



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桜美苑で咲く桜達

大島




佐野




染井包




墨染




紅豊




白糸


昭和桜


紅南殿




一葉



関山


陽光


右近




静包


白妙


満月


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本殿前の桜

手水舎


ぼけ封じ観音像
ボケないように拝みましたよ(笑)。





大内山




しだれ桜


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洗心公園の桜と新緑




椿と桜



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宗像大社への方角の風景
広々と広がる田園風景が魅力的です。



2017年桜巡りは、鎮国寺の桜をもっで終わります。

今年は天気が悪い日が続き、更に周囲の桜がほとんど同時期に満開となったため、
遠出は大分県のみとなりました。

例年楽しみにしていた遠出先、福岡県の秋月の「杉の馬場」、朝倉の「甘木公園」、
山口県の「功山寺」、「東行庵」は行けなくて残念でした。





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耶馬溪ダムの麓に広がる渓石園の桜・・・・・・2017年桜めぐり(9)

2017年04月24日 11時50分04秒 | 

大分県中津市耶馬渓にある耶馬溪ダム記念公園「渓石園」に
およそ10日前の4月12日に桜の花見に行きました。



耶馬渓には見所はたくさんありますが、桜の開花時期の見どころは
この「渓石園」が最も美しいと思うのですが、花見客はとても少なくマイナーです、
寂しい気もしますが花見を堪能できるのでこれはこれで良いかと思っています(笑)。



お気に入りの2枚です。
東屋と朱の橋を覆うように咲くしだれ桜やソメイヨシノです。


公園の外を流れる耶馬渓ダムの放流水路沿いにある桜並木の桜桟敷の中で
たんぽぽが健気に咲いていました。



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渓石園の入り口の滝
渓石園の中を流れて最後にここに流れ落ちます。



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東屋と朱の橋をしだれ桜とソメイヨシノを覆います。




シャクナゲとも朱の橋は調和します。



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カモの番
何年もここに住んでいるようです。


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公園内の桜






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渓石園の傍を流れる耶馬渓ダム放流水路沿いの桜並木


桜並木の桜桟敷とたんぽぽ


東屋






ダムが完成した記念に、ダムの下に公園がしばしば造られます。

自宅の近くに3箇所ほどダム(貯水池です)がありますが
ダムの上から見てその公園に行こうという気がしません。


この渓石園は、耶馬渓に行き始めて最初の2~3回は来ませんでしたが、
4回目の春に来たときから春と秋に毎年来るようになりました。



耶馬渓は見どころが沢山ありすぎるので、
何度も来ないとこの渓石園には来ないのかもしれません。


また、春の桜、秋の紅葉以外に来ても渓石園の良さはわからないでしょう。

ということで、これからも渓石園は穴場的存在は続きそうですので、
引続き、桜を堪能するためにやってきたいと思います。





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大分県の山奥にしだれ桜の里を求めてー中津市深泉寺・・・・・・2017年桜めぐり(8)

2017年04月22日 11時51分13秒 | 


大分県中津市の山深い場所に、しだれ桜が桃源郷のように咲いている場所があります。

深泉寺(しんせんじ)といい、古く(樹齢280年)からある枝垂れ桜と
比較的新しいしだれ桜で覆われます。
 


こちらの寺には樹齢280年のしだれ桜、八重紅しだれ桜 、ソメイヨシノ、本殿前の観音様、
高台に鎮座されている観音菩薩像、山門周辺の風景と見どころが満載です。


この寺は周りを山に囲まれているため、撮影は晴れた日の午後が最高で、
4月12日の午後に訪れました。


お気に入りの一枚です。
樹齢280年のしだれ桜



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阿弥陀菩薩像のある高台から見た樹齢280年の枝垂れ桜



山門側から見た樹齢280年のしだれ桜


山門側から本殿


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山門
後ろに樹齢280年しだれ桜







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2番めに古いしだれ桜


樹皮に苔が生えていました


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本殿前の観音様とソメイヨシノ



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高台に鎮座する観音菩薩像



しだれ桜と観音菩薩像


しだれ桜を通して見る観音菩薩像


高台のしだれ桜と深緑の竹林


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山門と桜のトンネルの路




昨年まで、耶馬渓を巡り、その後、近道なので山越えしてこの深泉寺に訪れていましたが、
車の離合も出来ないような細くて急なカーブと坂道の連続で怖い思いをしました。

今年は初めて、一旦国道10号線に戻り下から行きました。

大正解でした、離合できないような怖い道はありませんでした、
今度から来るときは気持ちが楽になります。 



 


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桜に浮かぶ黒田官兵衛の中津城・・・・・・2017年桜めぐり(7)

2017年04月20日 12時11分01秒 | 


今年の天気が悪く中々遠出ができませんでしたが、
ようやく4月12日になって大分県中津市の中津城に桜の花見に出掛けました。


中津城は、豊臣秀吉が最も恐れたと言われる黒田官兵衛が縄張り築城した城です。
その後、細川興秋が完成させ、江戸時代の大半を奥平氏が治めました。


簡単に歴史を振り返ると・・・

1587年 黒田勘兵衛が、豊臣秀吉より豊前国6郡12万3000石を与えられ,
1588年領地の中心である山国川河口に中津城の築城を始めた。

1600年黒田家は関ヶ原の戦いで徳川方につき、その時の戦功により筑前52万石に加増、

筑前に転封となり築城が中断されましたが、
1621年細川興秋により中津城が完成。

1717年 奥平昌成が10万石で入封し明治維新まで奥平家の居城となった。


お気に入りの一枚です。
黒田官兵衛を始めとする歴代の藩主が見たであろう桜 





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天守閣側から登城門方向を見る。



黒田時(左側)代と細川時代(右側)の石垣の違い
細川時代のほうが積み方が整然としています。


登城門から河口側を見る
右手奥の桜の下では多くの花見客が楽しんでいました。


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堀の中で仲良しの白鳥とカモ
白鳥は前回来たときはいなかったので、北に帰らず新たにここに住み着いたようです。




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登城門から場内に入り天守閣を見る。





城内から少し離れた庭園から








西の黒田官兵衛、東の真田昌幸は戦国の覇者、秀吉、家康が最も恐れた知恵者ですね。

両家とも、江戸時代を見事に生き延びたのは両者の優れたDNAのおかげかなと思ってしまいます。

黒田家は、本来福岡の福岡城が本拠地ですが、黒田官兵衛となるとこの中津城ですね。

この地において、関が原の合戦において、またたく間に九州の西軍側を攻め落とし

家康が西軍に負けても生き残れるように準備していたそうです。

歴史には浪漫がたっぷりありますねぇ。



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