山野颯想

山野走、山野歩、山野逍遥など、山野にかかわる事柄を中心に記載しています。

ほしだ園地~むろいけ園地~生駒山系縦走路(十数年振りの暗峠)

2017年01月16日 | 山野歩
2016年12月11日(日)
『山野歩』
<ほしだ園地~むろいけ園地~生駒山系縦走路>
[コースタイム]
[京阪・私市駅]7:12→[星の里いわふね]→(かわぞいの路)→7:55[ピトンの小屋]→(さえずりの路)→(つつじの小路)→[展望デッキ]→[やまびこ広場]→(まつかぜの路) →9:07[飯盛霊園・境界鞍部]→[飯盛霊園内]9:35→[戎バス亭]→[ビオトープ田原の里山・車止め]→10:12[堂尾池]→10:37[むろいけ園地入口]→(湿生花園)→11:19[阪奈道路]→(産業廃棄物処理場&農地)→[農地終了地点]→(カントリークラブ横)→[龍王神・祠]→[くさか園地生駒縦走歩道分岐地点]→12:30[くさか園地バイオトイレ(大休止)]13:06→[辻子谷ハイキングコース北出合]→[辻子谷ハイキングコース南出合]→14:05[生駒山頂(遊園地内)]→14:38[暗峠(大休止)]15:25→15:35[鳴川休憩所(小休止)]16:00→(神津嶽ハイキングコース)→[枚岡展望台]→(神津嶽ハイキングコース)→[枚岡神宮]→17:05[枚岡駅]
◆所要時間:9時間53分
<十数年振りの暗峠>
昨日、娘婿のお母さんが久し振りにやって来られ、話をするなかで、御主人さんの近況を知ることとなった。「自分で歩けない」「ミキサーを使って食べ物を作っている」「腎臓に癌がある」等の話が僕の脳裏に留まった。癌の手術については、体力が無いゆえ手術はしない方がよい、また透析が必要になると医師から説明されたそうだ。以前より糖尿と聞いていたし、アルツハイマーの症状も現れているとも聞いていた。今日の山歩き中では、僕と同い年の彼の人生と奥様の日々の生活を憂い、また、我々夫婦も将来如何なる人生が待っているのだろうかなどと思考する鬱然たる気分が、僕の脳裏中を支配し続けた。
[生駒山頂遊園地]内でひとりの女性に、「暗峠へ行きたいのですが、こちらでよいのですか?」と声を掛けられ、話しながら暗峠まで御一緒した。その方の年齢は昭和3年生まれの88歳、「僕の母親のような御歳ですね」と返したのだが、女性は僕と遜色のないスピードで歩かれ、暗峠より奈良県側へと下山された。
その方は御主人さんが亡くなって18年だそうで、それまでの数年間は介護の為、山に行けない時期があったのだが、独り身になってからまた山歩きを始めたというのだ。「歩こう会にも加入しているのですが、例会によっては連れて行ってもらえない山行もあるし、実は今日も例会があったのですが、今回の例会は面白くなく物足りない山行で、私は行きたくなかったから、独りで石切から上り生駒山にやって来た。」とおっしゃった。年配の女性の清爽の気溢れる会話が契機となり、僕は気鬱な精神から幾分解放されることとなった。
今日の生駒山系縦走路歩行には目的があった。昔、私市から高安山まで何度か走ったことがあるのだが、現在のように生駒縦走歩道を南下するのではなく、当時はまだ入園するのに料金が発生した生駒山頂遊園地内(山歩きの人間は無料で通してくれた)を通り抜け南下したものであった。今日はその道を歩いてみたいと思いやって来た。
ところが、[辻子谷ハイキングコース]を登り切り、駐車場横に出ると遊園地へと続く上り階段等が工事のため閉鎖されていた。仕方なく奈良県側へと廻り込んで上らねばならなかった。
[生駒山頂遊園地]内の一等三角点(642m)を確認し、遊園地が意外と大きいのに驚きながら南下する。[暗峠への近道]という道標に導かれて歩き好い道を下降して行くと、思いの外短時間で[暗峠]の茶店前へと飛び出した。[暗峠]にやって来たのは数十年振りだろう。88歳の女性はこれより直ぐに奈良県側へと下山されたのだが、僕は暖房が利いた茶店でぜんざい(500円)を頂戴し、冷え切った身体をゆっくりと温め[鳴川休憩所]へと向かった。
[飯盛霊園]内では、いつもの舗装道路ではなく、初めて「園内ハイキングコース」という道標案内に導かれて歩いたが、殊に印象に残るものに出合うことはなかったように思う。7時過ぎ、磐船街道入口温度計の表示は「+2℃」であった。
コメント
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