この前、豊国神社で紹介した耳塚の前にあるのがこの烏(カラス)寺です。正式名は「熊谷
山専定寺」、禅林派のお寺です。一応説明板はあるけど、はげちょびて読みツライ・・・。
簡単に述べさせてもらうと、昔(承元2・1208年)専定というお坊さんがこのあたりの松の
木陰で一休みしてはりました。
すると頭上で2羽の烏が「今日は蓮生坊(熊谷次郎直実)の極楽往生の日やし、お見送りに
いきまひょか」と喋りながら南のほうへ飛んでいったそうです。
これは不思議なことよ、と専定さんはこの地に庵を建てたとか。寺内には灯明の灰や油で
ねった烏が安置されているそうですが、私は確認してませんけどネ。(え~かげんな事で
すんません)
でも、「いい加減」、というのは、程よい加減ということで、何事も余り突き詰めては角が
たちますから、世の中、「いい加減」ぐらいで良いのです。(苦しい言い訳にも聞こえるケド)
またこの寺の地蔵は獅子地蔵とよばれています。これは寺町三条に住んでいた伏見左近とい
うおっちゃんが、江戸へ行く途中大井川に差し掛かかりました。
ところが大雨が続き、川は濁流と化しておりました。よせばいいのに少しでも早く江戸へ行き
たかった左近さん、ざぶんと川に飛び込んだ。(無茶しよんなぁ)
案の定、氾濫する濁流にのまれて、三途の川まで流されそうになったとき、どこからか獅子
があらわれて左近さんを乗せて対岸へ。
これは日ごろから信仰している烏寺のお地蔵さんに違いない、と左近さんが言ったかどうか
は知らないけど、そんな言い伝えが残されています。
烏といい、獅子といい、動物に縁のあるお寺ですね。
近所の扇屋さんで見つけたナマ「隣の人間国宝」さんのステッカー。関西ローカルの午前中
の番組ですが、実はワタクシ毎日観ております・・・・。
山専定寺」、禅林派のお寺です。一応説明板はあるけど、はげちょびて読みツライ・・・。
簡単に述べさせてもらうと、昔(承元2・1208年)専定というお坊さんがこのあたりの松の
木陰で一休みしてはりました。
すると頭上で2羽の烏が「今日は蓮生坊(熊谷次郎直実)の極楽往生の日やし、お見送りに
いきまひょか」と喋りながら南のほうへ飛んでいったそうです。
これは不思議なことよ、と専定さんはこの地に庵を建てたとか。寺内には灯明の灰や油で
ねった烏が安置されているそうですが、私は確認してませんけどネ。(え~かげんな事で
すんません)
でも、「いい加減」、というのは、程よい加減ということで、何事も余り突き詰めては角が
たちますから、世の中、「いい加減」ぐらいで良いのです。(苦しい言い訳にも聞こえるケド)
またこの寺の地蔵は獅子地蔵とよばれています。これは寺町三条に住んでいた伏見左近とい
うおっちゃんが、江戸へ行く途中大井川に差し掛かかりました。
ところが大雨が続き、川は濁流と化しておりました。よせばいいのに少しでも早く江戸へ行き
たかった左近さん、ざぶんと川に飛び込んだ。(無茶しよんなぁ)
案の定、氾濫する濁流にのまれて、三途の川まで流されそうになったとき、どこからか獅子
があらわれて左近さんを乗せて対岸へ。
これは日ごろから信仰している烏寺のお地蔵さんに違いない、と左近さんが言ったかどうか
は知らないけど、そんな言い伝えが残されています。
烏といい、獅子といい、動物に縁のあるお寺ですね。
近所の扇屋さんで見つけたナマ「隣の人間国宝」さんのステッカー。関西ローカルの午前中
の番組ですが、実はワタクシ毎日観ております・・・・。
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