歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「外郎売」 ういろううり

2011年11月12日 | 歌舞伎
歌舞伎十八番(かぶきじゅうはちばん)」のひとつです。

有名な「言い立て」部分の全訳と解説は=こちら=です。

これの現行上演のモチーフは有名な「寿曽我対面(ことぶき そがのたいめん)」ですので、
一応まず「対面」のだいたいの流れを書きます。
わかってるかたは飛ばして読んでね。

「曽我もの」が何かわからないかたは、=「曽我もの」解説=を見ていただくとわかりやすいと思いますが、
わからなくてもこのお芝居はお楽しみいただけるかと思います。

舞台にいる一番えらそうなヒトは「工藤祐経(くどう すけつね)」といいます。
この人は主人公である「曽我兄弟」の父、「河津三郎(かわづ さぶろう)」を殺した、兄弟の親の敵です。

「朝比奈三郎(あさひな さぶろう)」という赤い顔の太ったひとがいます。関東地方の豪族です。
工藤の家来ではないです。
ていうかまわりにいるのは工藤の家来ではなく、工藤の館に来たお客さんの鎌倉大名たちです。
その中で工藤がいちばんえらい、ということですからとても華やかな場面です。
最近は朝比奈の代わりに妹の舞鶴(まいづる)が出たり、舞鶴と朝比奈ふたり出たりします。

真ん中辺にいる美女ふたりは、大磯の虎(おおいその とら)と化粧坂の少将(けわいざかの しょうしょう)といいます。
それぞれ鎌倉にあった大きい遊郭の超高級遊女です。
ふたりはお仕事で工藤の館に来ていますが、じつはそれぞれ曽我十郎 五郎の恋人なのです。

朝比奈に呼ばれて、花道から「曽我十郎(兄)」と「五郎(弟)」が出てきます。一応引き出物の島台を持っています。
この衣装が水色(浅葱)なのは、この色が「貧乏なので安い服」を示す約束だからです。
見た目キレイな服ですが、だからこれはみずぼらしいなりで立派な御殿にやってきた若い兄弟、という場面なのです。

2人を見た工藤はすぐに、ふたりが自分を敵と狙っている河津三郎の息子だと気付きます。

いきり立って工藤に詰め寄る五郎。止める十郎。
この場はおめでたい場であり、工藤は館の主人だし、こんな場所で斬りかかってはいけないのです。今日はごあいさつです。
兄弟は工藤に杯をもらって帰ることになります。
これはちゃんとした「おもてなし」なので、身分の低いみすぼらしい兄弟に対しては破格の扱いになります。
でも荒事役の弟五郎は、怒ってばかりです。和事役の十郎おにいちゃんが引き留めます。

工藤は今、重要な仕事があるのです。
頼朝に言いつかった目下のお仕事、富士のすそ野での狩という一大イベントの総奉行(監督)です。
これが終わったら討たれてやろうと言って、狩り場への通行手形(切符)を兄弟に渡します。

これがもともとのカタチです。
現行の「外郎売」はこれを変形させたものなので、原型を一応把握していないとお芝居の雰囲気がわかりにくいと思うので、
詳しめに書きました。

今上演される「外郎売」という舞台自体、十二代目の団十郎さんが今のカタチに「復活」させたものです。
「外郎売」というお芝居じたいは、昔から決まった「型」が伝わっているわけではありません。
なので演出や台本も毎回ビミョウに変わります。
以下、書く内容と違う部分ががちょこちょこあるかもしれませんが、そのへんは許してください。

例えば、もとは曽我五郎ひとりのモノが、最近はお兄ちゃんの十郎も出るようです。いつから?
このへんも「五郎の冒険」というより「対面」という雰囲気が強くなっている気がします。

「外郎売」の舞台は、大磯の廓(くるわ)です。
今は、というか江戸時代にはすでに、大磯は東海道の宿場町のひとつに過ぎませんでしたが、
鎌倉時代はとうぜん、政治経済の中心は鎌倉にあったわけで、大磯は一大歓楽街でした。
だからイメージは吉原の高級遊女屋です。
「対面」では工藤の館でみんなお祝いしていますが、「外郎売」では大磯の廓で、狩の準備がうまくいったお祝いの宴会をしています。
「舞台が廓」ということでくだけた印象になりますが、ようするに「工藤が宴会やっている座敷」は「工藤の館」に通じるのです。

チナミに舞台には廓らしいセットは何にもありません。背景は富士山だし、工藤はなんかえらそうな段に乗ってるし。
これも気持ちは「工藤館」だからなのです。
なんでそうまでして舞台を「廓」にしなきゃいけないかというと、
大道芸人である外郎売りのお兄さんが酒宴の余興に売り文句の口上を言う、という設定じゃないとおもしろくないからです。

ところで、江戸初期の芝居小屋は舞台に屋根があって左右に柱があり、柱に演目や役者さんの名前がかかっていました。
そういうアルカイックな雰囲気を今の「外郎売」の舞台セットは再現しています。

さて、そういうわけで工藤は、「大磯の虎」や「化粧坂の少将」なんかをはべらせて宴会しています。
出だし、周りのひとたちが工藤の仕事がうまくいっていて頼朝の覚えがめでたいことなんかをセリフで言いますが、
まあちゃんと聞き取る必要はありません。「対面」のフォーマットの踏襲です。

評判の大道芸人「外郎売り」がいるというので面白がって工藤が座敷に呼びます。
これが工藤を敵とねらう曽我五郎なのです。

「いつもの通り、言い立てをやらしゃんせ」と虎と少将、
これでふたりと兄弟が知り合い(ていうか恋人)なのがバレそうになりますが、
そこは男をだますのが商売の遊女、「いつも廓に来る有名人だから」とごまかします。

で、勧められて口上を言う五郎。
口上の内容については=全訳と解説=をご覧いただけます。
現代では「外郎売」の口上といえば市川団十郎のセリフなわけですが、初演当時は
こうやって口上を(ここまで長かったかはわかりませんが)言って「ういろう」を売る物売りが実際にいて、江戸の街で評判だったのです。
これはだから流行を取り入れた「時事ネタ芝居」です。

ところで、口上では「小田原から大磯を通って江戸に売りに来た」と言っているのですから舞台が大磯なのは変ですが、まあそのへんは流してください。
ちゃんと考証したらこれは曽我兄弟の討入りの直前なので1993年です。江戸の街はまだないのです。
ていうか鎌倉時代ですと「ういろう」はまだ日本にないです。(ていうかまだ中国の王朝は元じゃありません)。
というかんじにキリがないのでもう細かいことはスルーでおねがいします。

口上終わり

舌がうまく回れば女郎を口説くのにベンリだろうと、
工藤にへつらっている茶坊主の珍斎(ちんさい)が「ういろう」を一服もらって飲みます。
「茶坊主」というのはお屋敷でお茶の相手をする人です。一応僧形をしていますがお坊さんではありません。
茶道は武家階級のたしなみでしたのでこういう職業があったのです。
権力者に媚びる道化役として描かれることが多いです。ここでもその役柄です。

全然うまく早口言葉が言えない珍斎。
「薬がまだ効いていないのだから、早く効くように手を打とう」という五郎。
なぜ手を打つと薬が早く効くのかよくわかりません。
論旨展開にムリがあると思うのですが、とにかく「曽我もの」の筋にしなくてはならないので仕方ないのだと思います。
とにかく「打つ」という言葉に自分で反応していきり立つ五郎、「工藤を「討つ」ぞ」というわけです。
今は時期ではありません。ヒトも大勢いるし。
というわけで止めに入る虎と少将。一緒に踊ってごまかします。

でもやっぱりカッカしている五郎。
工藤もとうとう「ああ、河津三郎の息子か」と気付きます。

このへんがいちばん「対面」っぽい場面になります。
逆に「対面」の流れがつかめていないと何やってるんだかわからなくなりそうです。
赤い顔のおじさん、五郎の味方の朝比奈や妹の舞鶴が止めに入ります。
兄の十郎も出た場合、十郎も止めに入るだろうと思います。

工藤は「狩りのイベントが終わったら討たれてやろう」と言って、絵図面か通行手形か、便宜をはかる何かを渡します。
終わりです。

「寿曽我対面」もそうですが、工藤は敵役ですが悪役ではありません。
座頭のやる、位取りの高いかっこいい役になります。
元気いっぱいでガンガン攻めていく五郎の勢いを受け止めて、貫禄で押し返すような柄の大きさが必要です。
五郎の役者さんも大切ですが、工藤がえらそうじゃないと「対面」系の舞台は台無しになってしまいます。


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2 コメント

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参考にさせていただきました (ayanoririko)
2014-09-07 22:39:36
過去記事へのコメントで失礼いたします。
当方のブログでこちらの解釈を参考にさせていただきました。
ありがとうございます。

2014年9月7日付の拙記事にてその旨注記させていただいております。
もし問題がありましたら訂正、削除などいたしますので、ご確認いただければ幸いです。

わたくし学生時代に近世文学を専門としていたのですが
不可欠なはずの歌舞伎の知識は不勉強のため身につけずじまいでした。
最近になって興味が出てきて(と言っても数か月に一度観に行く程度ですが)
貴ブログを大変ありがたく拝見しております。

今後ともよろしくお願いいたします。
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コメントありがとうございます。 (ひろせがわ)
2014-09-08 01:31:06
ayanoririkoさまコメントありがとうございます。
いつもブログ拝見しております。
引用していただけるとは、光栄です。

多少なりともお役にたてれば光栄ですが、
専門的に勉強していないので、不正確な部分があったらお許し下さい。がんばります。
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