風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

さわらび(早蕨)の道

2024年05月08日 | 「2024 風のファミリー」

 

宇治は茶の香り。爽やかな五月の風が吹きわたってくると、自然と良い香りのする風の方へ足が向いてしまう。
「おつめは?」「宇治の上林でございます」そんな雅な風も耳をくすぐるが、まずは茶よりも腹を満たすことを考える。駅前のコンビニでおにぎりを買い、宇治川の岸辺にすわって食べた。

宇治川は水量も多く、流れも速い。「恐ろしい水音を響かせて流れて行く」と、『源氏物語』宇治十帖の中でも書かれている。麗しい浮舟の姫君は、ふたりの男性からの求愛に悩んだすえ、この激流に身を投じようと決意する。
    からをだにうき世の中にとどめずばいづくをはかと君も恨みん
 と、彼女は歌を残して消える。

せわしなく時を運ぶような川の流れは、この世とあの世との境界にもみえる。その川に架かる橋は、夢の浮橋か。
宇治十帖に登場する姫たちは、夢のように儚い。大君・中君の美しい姉妹。姉の大君は都の公達から熱い思いを寄せられながらも、ひっそりと仏の道に生きようとする。恋と信仰との狭間で悩みつづけ、ついには病に倒れてしまう。

姉の大君を亡くしたあと、ひとり残されて淋しく暮らす妹の中君を気遣って、寺の阿闍梨から届けられたのが早春の蕨(わらび)だ。そんな物語の道をたどるように、いまは「さわらびの道」がつくられている。宇治川を離れて、宇治神社、宇治上神社へとたどる木陰の道には、与謝野晶子の『源氏物語礼讃』の歌碑などもある。
    こころをば火の思ひもて焼かましと願ひき身をば煙にぞする
 静かな小道の脇で、源氏物語に寄せる晶子の熱い思いが燃えている。
さわらびの道の行き着くところに、花に囲まれた源氏物語ミュージアムがある。映像展示室で短編映画『浮舟』を観る。ホリヒロシの人形が時空を超えて、ひと以上にひとの情念を演じる。

宇治の道は、さらに山に向かってつづく。古くからの信仰の坂道をのぼると、西国観音霊場十番札所の三室戸寺がある。山の斜面に広がる境内の5千坪の大庭苑は、満開のツツジとシャクナゲで染まっている。花の群れをかき分けるようにして花の道を進む。
重層入母屋造りの本堂の奥には、神仏習合の伝統だろうか、神社社殿もある。お参りするための線香を買おうとして、その隣りにあった源氏物語恋おみくじの方へ、つい手が伸びてしまった。浮舟の情念のせいかもしれない。

恋おみくじは吉だった。
どうってこともない普通のおみくじだ。ただ、恋愛と縁談の項目だけが太字になっている。「素晴らしい縁がある。いつまでも幸せに過ごせる前兆あり」とのこと。あくまでも前兆にすぎない。恋の道だけは神様にも先が見えないものらしい。『源氏物語』のなかの和歌が一首添えられていた。
    手に摘みていつしかも見ん紫の根に通ひける野辺の若草
この歌とおみくじの運と、どのような関わりがあるのかはよく解らない。




「2024 風のファミリー」




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