アビー・ロード

先週、英国からニュースが流れた。あのアビー・ロードが英国の文化的・歴史的遺産の指定を受けたというのである。いうまでもなくビートルズのアビー・ロードである。なんとなく複雑な思いでニュースを見ていた。決していやなニュースではない。むしろうれしい。だが、なんとなく嫌だという気持ちもある。そこが複雑なのである。一言で言ってしまえば、ビートルズはもう過去の歴史になりつつあるということへの愚かな抵抗と言えるだろう。まだ退役できないでいる年寄りの最後のあがきにも似ている。

ビートルズの「アビー・ロード」のLP盤が発売されたのが1969年9月26日。レーベルの撮影がその年の8月8日に行われたと記録にある。ロンドンのアビー・ロードなど、それまで地元の人ですらよく知らなかった小さな路地にすぎない。それが一夜にして世界でもっとも有名な路地に変わってしまった。以来、観光客の来訪が後を絶たない。かく言う私も恥じらいもなく訪れている。

アビー・ロードがビートルズ史上で最高の売り上げをあげたという実績だけではなく、このレーベルがもたらしたある噂が、この路地を注目させた大きな要因となった。歩く四人の中でポールだけが裸足で右手にたばこを持っている。これは『死』と『葬儀』を意味すると、どこかの誰かが言いだした。ヨーロッパのどこかの風習であるとまで言われた。この噂が独り歩きして、ポールの死亡説が世界に流れたのである。

いま考えれば噴飯もののお笑い話。だいたい、撮影が死を予見して行われるわけもないし、ポール自身が死ぬことを想定して撮影するわけもない。しかし、まことしやかに流れるのが噂なのである。噂ほど恐ろしいものはなく、それを面白く盛りたてるマスメディアがある。増幅した噂は原子爆弾のような威力発揮する。一時は大変な騒ぎとなった。これがまた売り上げにも貢献するというから、ややこしい。

アビー・ロードでの撮影は全くの偶然であったと、後の報道で分かる。もともとは予定外のものであった。当初、LPのタイトルは「エベレスト」。四人の撮影をヒマラヤまで出かけてするのは面倒という話がレコーディング中に出てきた。それなら近くでやろうとということになり、EMIレコーディング・スタジオ（後のアビー・ロード・スタジオ）そばのアビー・ロードでの撮影となり、LPのタイトルもアビー・ロードに変わったのである。撮影は十分で終了していた。
四人は音楽以外はすべて遊びであったとように思う。どうでもよかったと言っていいかもしれない。だからそれぞれが思い思いの格好で登場する。それはレコーディングの時の服装そのものであった。その姿を社会が勝手にいろいろに現象化しただけであった。
彼らの遊びがもう一つある。裏レーベルの写真をよく見ると、青い服の女性らしい姿がわずかに写り込んでいる。これは撮影直前に見ず知らずの女性がカメラ前を通り過ぎてしまったものであった。普通なら失敗写真として没になるもの。それを面白がってそのまま使っている。そんな遊びを平気でやっていた。おそらくこのレーベルに写っている女性も気づいていない。それがそのまま世界中に流れていたのである。

（裏レーベル。青い服の女性は誰？）

それにしても、たった一枚の写真だけで、半世紀近くも話題を継続できるパワーに、ただただ脱帽する。四人のうち二人はすでにこの世の人ではない。二度と復活できないグループながら、歴史にしてしまうことに抵抗してしまうのは、この衰えを知らないパワーを感じるせいなのだろう。今年はパワースポットが流行したが、妙な霊場にお参りするより、よっぽど現実的なパワースポットに思う。というわけで、今年の最後に霊力のあるビートルズのジャケットを！

今年もあとわずかになりました。この拙いブログにご訪問いただいた皆様に心から感謝いたします。ありがとうございました。よいお年を迎えられることをお祈り申し上げます。
なお、年末年始は酔宴に溺れ、深く静かに精神を眠らせます。これを酔眠と称しております。従いまして、1月7日の覚醒日まで、ブログは休ませていただきます。