フランス人観察記録

日本人から見て解ってきたフランス人の考え方、行動についての覚書

リールのおばあちゃんと孫娘

2011年07月13日 | リール・アミアン

グループ旅行に参加のおばあちゃんと孫娘(と言っても孫娘は30歳くらいで、おばあちゃんは80歳を超えていた)に出会ったのは、興福寺で薪能が行われるところの近くの南大門跡だった。

 

休憩時間だったのだろう。

どっかりと腰をおろしている何人かの観光客がいたが、このお嬢さんの笑顔に惹かれて?話しかけた。

ハスキーな声のおばあちゃんもお疲れのようだったが、話かけると嬉しそうだった。

リールと言うパリからTGV(新幹線)で一時間くらいの町に住んでいると言う。ベルギーとの国境にも近い。

その時点でリールの知り合いはいなかったので、その地方のことはほとんど知らなかった。

 

ちょうど私が久しぶりに薪能を見た翌日だったこともあって、「昨日ここで薪能があったんです」と簡単に説明をした。

団体ツアーの観光客は奈良に滞在せず、京都から日帰りで来ることが多いらしく、彼らも前日は京都泊で「見ることが出来なくて残念」と言った。

 

そして、いつものようにアドレスを交換したが、おばあちゃんが「フランスに来る時は連絡してね。うちに来てちょうだいね」と言われたので、ちょっと驚いた。

彼女は孫娘と私の会話を聞いているだけで、あまり会話に参加していなかったのだが、その誘いはおばあちゃんからごく自然に出たのだ。

 

メールのやり取りを始めるとき、初めのころは困ることがあった。

と言うのは、見えるとおりにアドレスを入力するとエラーで戻ってくることが何度かあった。

彼女の字はそれほど癖はないのだが、頭文字のVの字が解らず、試行錯誤で見当をつけて、何度目かでやっと届いた。

 

返事はすぐに来て、銀行に勤めていること、またおばあちゃんは旅行が大好きなので、時々高齢のおばあちゃんのため、遠いところは同行すると言う話だった。

確かその年の秋にリーマンショックがあり、ちょうどそのときも「今大変」とメールが来たことを覚えている。

 

翌年だったか、夏におばあちゃんがブルターニュに旅行するからお土産を送ると言ってきた。

楽しみに待っていたが、届いたのは何とクリスマスプレゼントとしてだった。

ブルターニュのクッキー、塩キャラメル、リールのお菓子、フォアグラとともに香水まで送られてきた。

                     

 

フランス人の「すぐ送る」は数カ月後と言うこともあることを知った初めの出来事だった。

もちろん生ものなどはないので、おいしく頂いた。

 

最近また「何かあなたを喜ばせるものを送ろうと思う」と言っていたが、今回もクリスマスになるのだろうか?

 

昨年このおばあちゃんを訪ねるため、リールに足を伸ばしたのだが、それはまた次に。

 

 

 



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