この映画・本、よかったす-旅行記も!

最近上映されて良かった映画、以前見て心に残った映画、感銘をうけた本の自分流感想を。たまには旅行・山行記や愚痴も。

『ニッチを探して』(島田雅彦著-新潮社刊)-自らが新たな体験をするようなワクワク感とスリル感を持って

2013-08-14 23:00:27 | 最近読んだ本・感想
                           【『ニッチを探して』- 島田雅彦著 2013年 新潮社刊 】

 「ニッチ」とは生態系において、『食物連鎖』、『天敵』、『棲み分け」、『行動様式』などの言葉と関連した、それぞれの生物が占める固有の【生態的地位】を示す言葉であるが、この本では「ニッチ」を人間社会に適用し《拡大解釈》する。
 様々な人間がその地位と性行によって占める場所と時間帯を《住み分ける》ことによって、無駄な争い・軋轢を避ける行動様式にそれを当てはめことにより、物語が展開する。

 更に、主人公が訳あって路上生活者になるが、それにも「ニッチ」が大きく関わり、この本のタイトルとなっている。


 それにしても久々に面白く、楽しめた本である。


 今、さまざまな理由から『路上生活者』が急増しているが、自分の意識を含めて、以前とはそうした人々に対する認識がだいぶ変わってきたのは事実である。

 《働かざる者、食うべからず》ではないが、経済高度成長期やそれ以前の仕事がいくらでもあった時代は、多少の《選り好み》を我慢すれば、仕事にありつけ、働く分だけ収入も増えたもので昇給や将来への希望も自分の努力の範囲内で描くことができた。だから、今はやりの《自己責任》という言葉もそれなりの《説得力》があった。

 しかし、現在は違う。一番の原因は、『格差の拡大』と『絶対的貧困』の進行である。その政治的・経済的理論的支柱を担ったのは、言うまでもなく新自由主義であり、その旗印である規制緩和と民営化、市場原理至上主義であり福祉政策を切り捨てた《小さな政府》である。その際の合言葉に使われたのが《自己責任》であった。
 一方に絶対的富を蓄積し、他方に絶対的貧困をもたらした《最も効果的な政策》は《労働の自由化》-つまりあらゆる職種にわたる《派遣労働の自由化》であり、『非正規雇用』の拡大である。 

 問題は『非正規雇用』の職員にとどまらない。今や正規職員も《非正規雇用と差別化を図る》という理屈により、上層部への責任だけあって自己裁量権も管理権限もない『名ばかり管理職』の《役職名》だけを与え、無制限のサービス残業を《合法化》したり、様々の圧力で労働者の使い捨てを公然と行う『ブラック企業』の出現まで見ている。



 堅い話はこれくらいにして、物語に戻ろう。

 話は、主人公である「藤原道長」の失踪から始まる。深夜になっても戻らない夫を詮索する妻の心境を綴るあたりはなかなか《意味深長》である。本の帯に『作者の実体験にもとずく』とあったが、どの辺のことを言っているのか、実感がこもっているだけに面白い。

 さらに興味を持つのは、道長が『路上生活者』として《デビュー》していく下りである。路上生活者になりきり、その視点から事細かに綴った文章は圧巻である。これこそ《体験してみなければわからない》当事者の心境が語られている。

 30代前半の昔、私も些細であるが似たような体験をした。
 バイクのひとり旅に出た時の思い出だ。旅館に泊まる金を浮かすため、途上何泊かの《野宿》を決め込み、リュックと寝袋を背負い650ccのバイクで出発したものの、陽も落ちホテルのあるような街も通り過ぎ、そろそろどこか寝場所を探さねばという時間になっていた。国道沿いの道は殺風景でまばらになった家屋も途絶え、街灯もとぎれがちである。時たま交差する鉄道のガード下とか、少しふくらんだ道路脇の空き地とか、寝袋を広げられる場所はないかと探すが、適当なところが見つからない。そんなことをしながら1時間ほどバイクを走らせると小さな温泉宿があった。とうに夕食の時刻は過ぎている晩の時間である。今日のところは、しかたないので夕食抜きでもいいから宿泊しようとロビーを尋ねるが満室で泊まれないという。しかたなく、再びバイクを走らせる。迷っているうちに日付が変わる。もう辺りは人家らしきものはない。疲れも回ってきた。小雨の降り始める。地図と時計を見比べて検討するが、次の街まで3時間以上はかかりそうだ。眠くもうからだが持たないと思いつつバイクを走らせる。と、峠道に小さな明かりが点っている。貧相なラブホテルだった。男ひとりがこんな真夜中にそんなところに泊まるのはためらいがあった。300mほど通り過ぎてから、思いとどまり引き返し、恥ずかしさを堪え忍んで、そこに泊めてもらった。



 多少のお金があってもこの心細さである。お金もない、食べるものもない。明日になっても収入のあてもない。リストラされ帰る家のない人はどんな心境だろうと想像する。

 帯に、『上手に失踪する方法』・『自分のニッチ(生息域)の探し方』とあるが、現実には何も自分から『失踪』を希望する人はいないだろう。しかし、《明日は我が身》である。そういう立場に置かれた自分を考えてみるのも、あながち無駄ではないように感じる。



 小説の醍醐味は、自ら体験できないことを、机上で架空体験できることである。

 そういった《楽しみ》を充分実感させてくれる本である。





  『ニッチを探して』-新潮社ホームページ





コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 7月22日(月)のつぶやき | トップ | 『戦争と一人の女』-坂口安... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

最近読んだ本・感想」カテゴリの最新記事