鉄道写真館 『宿命』




突然ですが・・・4月末をもちまして・・・
鉄道写真館『宿命』は10周年を節目として、活動を終了させていただくことにしました。

これまで多くの方々にご愛顧いただきまして、まことにありがとうございました。


自費出版本「巻き戻して思い出を」を入手されますと、引き続きブログの閲覧を可能としています。
これまで18年間撮り続けた写真の中から、蒸気機関車から新幹線、
そしてブルートレインまで後世に残したい鉄道写真を結集した垂涎の一冊。 
ぜひご笑覧いただければ幸いです。 

 2016/05/13追記 

パスワード制のgooブログは使い勝手が非常に悪いため、
fc2ブログに全記事を引越ししました。
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47ページの写真の撮影日(数字のみ)

 



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鉄道写真館『宿命』 10周年記念

これまで掲載した写真と非公開写真もあわせた約500枚を厳選してまとめた、
写真集「巻き戻して思い出を」がついに完成しました!

4月29日より頒布を開始します!

詳細は以下をクリックしてご覧ください!


懐かしの10年がよみがえります! ぜひお手元に1冊どうぞ!




※本を入手すると引き続きブログが見れます※

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2016/05/13追記

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2016年4月6日、鉄道写真館『宿命』は活動10周年を迎えました。
改めまして、日ごろよりアクセスくださいます皆様には厚く御礼申し上げます。

鉄道写真館『宿命』は2006年4月にホームページを公開し、その後、デジカメ導入を機に2008年1月からこのブログに移行しました。
現在、記事数は1250件、写真枚数は8260枚とたいへん膨大なボリュームとなっており、形式・車番や列車番号、撮影時間を載せていることで、私自身も過去の活動を振り返るためのデータベースと化しております。

最近は平均350IP/日くらいのアクセス数があり、定期的にご覧になられている方々に加えて、アクセスの多い記事や写真はGoogleなどの検索結果の上位に表示されるおかげで、そこから訪れてくれる方も多々含まれていることと思います。
自己満足な趣味ではありますが、多くの方に見ていただけるのはとても喜ばしいことです。

そこで、ささやかながら只今、鉄道写真館『宿命』10周年記念企画を準備しています。
4月中に情報公開いたしますので、どうぞ引き続きお付き合いいただければ幸いです。

2016年4月6日 鉄道写真館『宿命』管理人



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茨城県某所に静態保存される北斗星24系とEF81138を再び見学してきました。

(クリックすると拡大画像をご覧いただけます)


レプリカのナンバープレートはまだ取り付けられていない 


オハネフ25はレプリカの北斗星テールマークが掲出された 










鯉のぼりとの共演も 

続々と廃車が続く24系ですが、明るいニュースも入ってきました。
埼玉県川口市に食堂車スシ24が保存されるようです。
また、北海道北斗市も保存に向け動き出しています。
ぜひ実現してほしいですね。詳しくはこちら


★2015/12/29投稿記事★
12月上旬に郡山総合車両センターより陸送されたEF81138と北斗星用24系が、
このほど暫定公開となっているとのことで、見学してきました。

ナンバープレートは外されているがEF81138。HMはレプリカとのこと
(クリックすると拡大画像をご覧いただけます)

案内してくださった方に話を伺ったところ、
EF81138は輸送の関係で、機関室内部は取り除いてしまったものの、
運転室、足回りは健在で、圧縮空気による
汽笛吹鳴を可能としているそうです。
今後、ヘッドライトの点灯などの改良したい考えがあるようです。


北斗星用24系はオロハネ24 551+スシ24 505+オハ25 503+オハネフ25 12の4両。

JR東日本仕様のロビーカー オハ25の静態保存が現実のものに 


編成中には元481系より改造されたスシ24食堂車も 


車掌室のあるオハネフ25が最後尾に 

実のところ、24系は元々は2両の購入予定だったそう。
ところが別でキャンセルがあって奮発して4両の購入に至ったそうです。
個室A・B寝台、開放寝台、食堂車、ロビーカーとまさにミニ北斗星で、
将来的には宿泊や飲食、憩いの場としての活用も視野にあるそうです。
ただ、空調設置などで車体を傷つけてしまうことを気にかけており、
大切に保存していこうとする強い意思を感じました。

また、鹿島臨海鉄道で活躍したマリンビューはまなすも一足先に搬入されており、
さらに別の車両の購入予定もあるとか。。


両者の間にはホームを設置する計画も 

EF81138のナンバープレートはレプリカを制作中だそうで、
引き続き目が離せない穴場スポットとなりそうです。

そして、帰りがけ敷地内で育てている温室バナナをいただきまして、
懐の深い企業様、その従業員様たちに感激しました・・・。
こういう方々に引き取られた車両たちも、きっと喜んでいることでしょう。
この場を借りて、御礼申し上げます。

ねんのため、場所についての記載は控えさせていただきます。
見学の際は必ず許可を得て、警備の方に同伴してもらうと良いでしょう。 



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本年も一年お付き合いくださいまして、誠にありがとうございました。
今年も作成しました。鉄道写真館「宿命」特製2016年カレンダー!

クリックするとカレンダーダウンロードページにジャンプします

宿命の車両を集めた12枚つづりのデスク用カレンダーです。
今年も無料でダウンロードできます。個人の範囲でご自由にお使いください!

なお、ケース付きカレンダーは図書カードと交換にて準備いたします。

詳しくは下記バナーをクリックしてください!

鉄道写真館「宿命」2015カレンダー無料ダウンロード




今年は
北斗星やトワイライトエクスプレスを始めとして、
多くの車両にとって「宿命」の一年だったように感じます。
時間を止めることはできません。
2015年の出来事をしっかり心に留めておきたいですね。



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寝台特急北斗星が引退して今日で四十九日…。
天気の悪い三連休初日ということもあり、この機会に過去の北斗星写真を整理してみた。 

秋めいたワシクリの島川カーブをゆくEF8181牽引の北斗星 
(クリックすると拡大画像をご覧いただけます)

北斗星登場後、車体に流れ星が描かれ、「星釜」となったEF81は全19両。
(78、79、80、81、82、83、86、87、88、89、92、93、94、96、97、98、99、100、133)
カシオペアの登場によりEF8179、89、92、99はのちに塗り替えられて「カシ釜」となった。
カシ釜が牽く北斗星は撮影意欲が下がる被写体であったが、
お召仕様のEF8181やレインボー塗装のEF8195牽引時は人気があった。


スーパーエクスプレスレインボー引退後はさながら特別な北斗星の牽引機であった 
(クリックすると拡大画像をご覧いただけます)

これまで撮影した北斗星のマークを掲出したEF81の写真を、
なるべく水沢踏切で天気の良い日に撮影したものを集めてみた。 


*メモ*
83号機は晩年は一般色であった。北斗星塗色時代の貴重な1枚である。
87号機は惜しくも北斗星牽引の姿を撮影しておらず、黒磯訓練の写真である。
97号機の北斗星はワシクリで撮影しておらず、古河で撮影したものである。 


唯一、ヒサシがついた北斗星塗装のEF81133 

これだけたくさんあった車両も、現在の残存は80、81、95、97、98、133の6両のみ。
定期運用はなく、宇都宮配給などの牽引用で余生を送っている状態である。 




2010年夏からはEF510の牽引に置き変わった。
わたしとしては撮影意欲が激減したが、地元故にコンプリートはしていた。
なお、現在、大半の車両はJR貨物へ売却済、または売却予定となっている。 


こうまとめてみると、本当によく通ってよく撮った被写体であった。
JR東の24系が全廃の今、もう二度と北斗星として走る姿を拝むことはできない。

27年間もの長い間、関東と北海道を結んだブルートレイン北斗星。
2015年、北海道新幹線開業という宿命のため、その歴史に幕が下ろされた。


北斗星メモリアル



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あぁ 夜汽車よ走れ急げ 君が待ってる あの駅へ 

ぼくは帰るよ 北のふるさとへ 


~ あぁ北斗星よ この終末のひとときに思いを馳せる ~

決して都会に負けたわけじゃない  

トランクぶらさげ 青春ひとつ つめこんで 


~ 青春を乗せて走るのもあと7往復を切った ~

君には はやりのレコード一枚 

 あぁ 夜汽車よ走れ急げ 夜明けがもうすぐ近づく 


~ 北へ向かう夜汽車のイメージ ~

君の待ってる あの駅へ 



NHKみんなのうた『夜汽車よ急げ』1994年 より一部抜粋。

ふと記憶の奥底からよみがえって、最近、DVDを買いました。
映像に北斗星と思われる列車が登場するのですが、それを覚えていたわけです。

まさに当時の「夜汽車」(もはや死語)という存在は、
「トランクぶらさげ 青春ひとつつめこんで」乗る列車だったのでしょうね。

北斗星も27年間のうちにたくさんの人の思い出を運んだことでしょう。
私自身は一度しか乗ったことはありませんが、
ワシクリ沿線で生まれ育ったため、
人一倍の思い出があります。

そんなことを思いながら、改めてしっかりと聴いてみると、
歌詞が深すぎて目頭が熱くさえなってきます。
所詮は子供番組の唄かもしれませんが、
侮ってはいけませんね…。


8月23日の上野到着をもって、北斗星は27年の歴史に終止符が打たれます。
ラストランはマニアと同じ写真を量産するのではなく、
自分なりのお別れをしたいと思っています。


現在、ヱビスビールにはヘッドマークのおまけが付いています。
知り合いのSunrise.Guanさんがなんと全種類集めてくれました。
この場を借りて御礼申し上げます。

※走行写真:8007レ 2015/08/01 17:04 東北本線東鷲宮~栗橋間



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いよいよロクイチ団臨が出発します。
ぜひ当日の盛り上がりを一緒にお楽しみください。

===
・いよいよ出発~ハプニング発生!
 この企画に従事してくれたJR東日本の担当者たちと一緒に、ダンボールを抱えた車掌区乗務員・実行委員は品川駅臨時ホームに向かいます。受付場所となる8番線には続々と乗客が集まってきます。もちろん、この列車の運転を知った一般の鉄道ファンたちも大勢集まっています。受付を終了すると、「間もなく列車が入線します」との案内放送が!しばらくすると、ひとつライトの茶色い機関車が光り輝きながら入線してきました。それと同時に歓声とシャッター音が響き渡ります。
 「ん!?ヘッドマークが違うぞ!!」
 なんとEF6439に付く予定だったヘッドマークがEF5861に掲出されて入線してきてしまったのです。JRの担当者も焦っています。乗客や一般のファンたちは何も知らずに「H」の文字をモチーフにしたヘッドマークを掲げたロクイチを撮影しています。発車直前、実行委員はJR担当者の「どうにか手を打ってみます」との言葉を信じ、列車に乗り込みました。


凛々しい顔立ちのロクイチにまさかのHマーク 

 9時19分、定刻に品川を発車です。さっそく実行委員や各会会長の挨拶が車内放送で行われ、ちょうど新宿通過時に鏡開き。号車によっては宴会モード突入です。沿線に集まったたくさんのファンに見送られながら、列車は一路北?を目指します。

・多くのプレゼントに大満足
 車内では硬券つきの乗車手帳が配られるとコレクターは大興奮。乗客全員がもれなくもらえる鉄道グッズの抽選会ではみな大満足のようでした。今日の列車の絵が描かれた記念掛け紙のお弁当が配られれば、しばし昼食タイムです。高崎線岡部~本庄間に集まったファンのカメラの砲列をみた乗客は驚いた様子。展望車には一目ロクイチを見ようとたくさん乗客が集まってきます。


ロクイチを独占できるゆとりの展望車 

 高崎から信越線に入ると、「やっぱりな~」と話す乗客も。安中鉄橋など沿線に詰めかけた大勢のカメラマンに手を振りながら、碓氷峠鉄道文化むらの記念品であるパンフレットやクリアファイル、うちわ、ボールペン、DVDが配られると、列車はあっという間に、横川に到着です。

・碓氷峠鉄道文化むらにて
 列車を見送ってから、文化むらに移動、早速EF58172に旗を取り付けます。両OB会の会旗を掲げた誇らしげな機関車の前で、記念写真を6号車から順に行います。みなとても良い表情なので実行委員たちも思わずニッコリ。



 その後、乗客のみなさんは展示車両を見学したり、トロッコに乗って碓氷峠を体験したりと思い思いに楽しんでおられた様子でした、ちょうどその時、無事ヘッドマークが取り替えられたとの一報が入りました。JR担当者のご尽力に心から感謝し、復路に期待です。14時半頃には、実行委員の一人がEF6324を体験運転。多くのギャラリーに見守られる中、とても嬉しそうな表情でロクサンを運転していました。

・ラストスパート
 無事に法政大学の校章をあしらったヘッドマークを掲げたロクイチが、汽笛を鳴らして乗客が待つホームに入線。しばしの停車時間は撮影タイムです。


美しい編成美を魅せつけるEF5861+ゆとり 


Hマークを掲出したEF6439 

 復路はEF6439が先頭となり、15時33分に横川を定刻発車。子供たちは疲れて眠ってしまっています。大人たちも外をぼんやり眺めている様子。小金井キャンパス鉄道研究会会長も子供のように寝ています。
 大宮を発車してからはアンケートを実施。あとで集計してみると、乗客の62%は目的地が横川と知っていたようです。また、ほぼ90%が楽しかったと書いてくださいました。最後に今日の列車の運転士時刻表を配付、これで“法政車掌区”の業務もすべて終了です。
 尾久を過ぎ、最後に車内放送で「今日はご参加いただき、本当にありがとうございました。」と挨拶をさせていただくと、車掌室まで温かい拍手が聞こえてきて感極まってしまいました。先行の特急列車が遅れた影響で5分ほど遅れて上野13番線に到着。多くの興奮と感動をホームに残して、列車は尾久に引き上げていきました。

・感謝の気持ち
 最後になりますが、企画実行に係られたJR担当者様をはじめ多くの関係者方や碓氷峠鉄道文化むらのみなさま、そしてご参加いただきましたみなさま、そして列車運行を外から見守っていただいた多くのファンのみなさまには、この場を借りて心から厚く御礼申し上げます。おかげさまですばらしい1日を送ることができました。本当にありがとうございました。

===
今となってはJT客車はJR西の「サロンカーなにわ」しか残存しておらず、機関車の淘汰も進んでいます。
蒸気機関車+12系では貸出しのハードルも高く、集客力の懸念も拭えません。
本当に最高のタイミングで実施できたことをうれしく思います。
最後に当該団臨の見積書を掲載して終わりにしたいと思います。 

 



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実はこの前、偶然にも6月17日に会社の上司に、「『ロクイチが走るまで』という本は君が書いたの?」と尋ねられました。
突然のことで動揺しながらもそうなんですとお返事をして、近々お貸ししようと自宅で同書を久々に手に取ってみたのですが、(自分で作って自分で言うのも変ですが)これまたおもしろくてぶっ通しで読破してしまいました。。。
さて、今回は第2弾を掲載したいと思います。

===
・イベント実施への下準備
 ロクイチ実現を優先したがために行路が品川-横川-上野の直行直帰に変更されてから約1ヶ月後の3月、皮肉なことに、まさに同じ行路・同じ編成で、ミステリー列車が運転されてしまいました。私はこのままでは対内・外的に“よくある団臨”と思われてしまうと悩んでいました。
 そこで、碓氷峠鉄道文化むらに展示されているEF58172に旗を取り付けるというアイディアを考えました。計画段階ではEF5861に旗をつけようという冗談もあったのですが、それは到底不可能なことなのです(中小私鉄や三セクなら交渉次第で可能)。でも、展示車両なら大丈夫なのではないかという期待を胸に、早速、現地に打診してみました。すると、なんと快く許可をいただくことができたのです。
 EF58172はかつて日光線でお召列車の牽引実績があり、旗の取付器具が今も残っています。旗竿は残念ながら存在しないということで、私がゼロから自作。4月8日、現地にて一度きりの取り付け演習を行うことになりました。(これに関する記事はこちらに掲載しています)




 一方で、乗客への記念品である硬券付き乗車手帳、クリアファイル、うちわ、ボールペン、バッジはデザインが決まり、発注作業も順調です。また、EF58とEF64用2枚のヘッドマークデザインもJR直属の制作会社にデータが渡り、準備は着々と進行していました。(ヘッドマークに関する記事はこちらに掲載しています)

・法政車掌区発足
 団臨を実施している鉄道研究会の多くはOB会が主体となっているようです。それはおそらくOBの中にこのようなイベントの企画の経験がある方がいらっしゃるからかもしれません。しかし、今回の企画はあくまで現役が主体となって推し進めていることが特記されます。
 そんなこともあり、当日は両会の現役約20名総出で“法政車掌区”と名乗って車掌業務をやろう!と話が持ち上がりました。ということで、6月2日、顔合わせを目的に市ヶ谷キャンパスにて、車掌たちの打ち合わせを行うことが決定したのでした。しかし、ちょうどこの頃、大学生の間で“はしか”が大流行。法政大学の市ヶ谷キャンパスもその脅威に侵され、見事に閉鎖となってしまったのです。幸いにも、法政大学にはキャンパスが3つあり、小金井キャンパスだけは閉鎖を免れており、急遽こちらで打ち合わせを開催するというエピソードもありました。
 打ち合わせのあとは、今度は両OB会の幹事メンバーも参加し、初めて4団体で“HOSEI UNIV. RAILWAY CLUB UNITED”親睦会を開催、6月17日への期待がますます高まったのでありました。

・準備も大詰め・前夜祭
 5月末に乗客向けに案内を発送し、6月初めにJRへ全額を支払ったら、あとは当日必要となる物資の準備です。飲み物や備品を買うため近所のスーパーやホームセンターをあちこちまわります。おつまみも大量に購入、私の部屋はダンボールの山となってました。
 本番前日6月16日は、午前から午後にかけて列車に乗せるすべての物資が集められ、夕方からは法政車掌区乗務員と実行委員とで前夜祭を行いました。関東地方は15日に梅雨入りしましたが、この日は快晴、本番17日も晴れの予報となっており、会場に集まった全員は明日を大いに楽しみにしていました。「明日、成功を祈る」とノンアルコールで乾杯、あとは各号車の担当者ごとで綿密に最終調整を行い、最後に全員で記念写真を撮影すれば、あとはもう当日を待つばかりとなりました。

===
書籍の「ロクイチが走るまで」にだけ掲載されているネタも少しUPしたいと思います。
当時、ゆとりは毎週団臨で使われていました。貸し切る1週間前にも中央線方面への団臨が運転され、品川への回送「オクシナ」や実際に乗客が乗り込む品川駅へ観察に行きました。


オクシナでEF6436とEF6439にPPされて東大宮操に停車中のゆとり 


停車時間に、事前に入手してた座席表と実車を見比べ、不安を解消できた 


来週はここに乗車し、目の前にはあのロクイチが・・・と胸が高まった 


地上ホームの東小金井駅の中線に入線する団臨ゆとり 
ここでは車内の盛り上がりなども見ることができた 

本当にどんだけ熱心だったんだろうと思ってしまいます。
今となってはここまで熱くなることもなくなりました。この熱心さを今は仕事に向けられれば良いのですが…
明日の日曜日、最終章を掲載したいと思います。ぜひお楽しみに!



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EF5861+ゆとりの団体貸切列車の実施から今日で8年が経ちました。
毎年この時期になるとひたすら夢実現のために全力投球した青春時代が思い出されます。
さて、今回はレイルマガジン2007年10月号に寄稿した「ロクイチが走らせるまで」を加筆修正して3回に分けて掲載していきたいと思います。

・JRで団臨を走らせる!?
 法政大学小金井鉄道研究会(以降、「当会」と記載)は2008年度で創立55周年を迎えるにあたり、「55」と言ったらあれだよなということで、ある現役会員からJR線でEF55 1牽引お座敷客車ゆとりの団体臨時列車を走らせようという一見無謀な提案が飛び出したのは2006年5月のことでした。
 当時の鉄道趣味は本当に廃れていて、当会も解散寸前。そこで、OB会であるマイロネフクラブの幹事会に話を持ちかけたところ、創立55年で歴史に終止符を打つなんて有り得ない!と絶対実現させよう!と満場一致でGOサインが出たことで、いよいよスタートラインに立つこととなりました。とは言うものの、三セクならまだしも大手JRで列車を走らせた経験はなく、実現には金銭や参加者確保の問題、JRとの折衝など、多くの困難が懸念されたのも事実でした。
 そこで、法政大学市ヶ谷キャンパスの鉄道研究会にこの企画を相談することにしたのです。幸い、現役・OB会ともに、この企画には大賛成で全面協力の意向を示していただけました。ただし、市ヶ谷鉄道研究会は当時、創立37周年ということもあり、EF55は断念。それに代わる機関車はやっぱりロクイチ(EF5861)だよね、この機関車ならミステリーが良いよね、もちろんヘッドマークは付けるでしょと話はどんどん弾み、2006年11月に実行委員会が発足すると、ようやくこの企画は具体的に前進することになります。

・ロクイチとミステリー行路
 第1回目の実行委員会で、JRへの依頼要件をまとめます。実施日はまだ梅雨に入らないであろう6月上旬に決めると同時に、始発駅発車時刻や編成、ミステリーな行程など、より具体的な希望で可能な範囲に絞り込みます。こうして12月下旬、初めてこの企画実施について、事前にご紹介をいただいたJR東日本の担当者に相談しました。
 数日後、回答がありました。意外にもEF5861牽引とヘッドマーク掲出に関してはOK。行程は、品川-新宿-立川-大宮-高崎・高崎-大宮-田端操-松戸-上野、高崎にて撮影会ということでお願いしていたところ、新宿-立川間の中央線区間はEF58を運転できる人がもういない。また、高崎の撮影会も一般団体は不可とのことでした。しかも、ゆとりは6月の日曜日で空いているのは梅雨真最中と思われる17日だけ。さらに、1月上旬までに正式な依頼をもらわないと6月実施はできませんとまで言われ、どうすんだよ・・・と新年を迎えてしまいました。
 大学の諸行事を考慮すると、やはり6月が比較的余裕があるということもあり、運転日は6月17日で決定。その他、目的地は横川(到着後は碓氷峠鉄道文化むらに入園)に、行路も新鶴見信・武蔵野線経由に変更して、正月早々に押し掛け交渉の末、依頼を受け入れてもらうことができました。
 それから1ヶ月後、JRの担当者から電話がかかってきました。
「残念ですが、行路がダメなんです。」
どうやら武蔵野線(新鶴見信界隈)や田三線(田端操-三河島間)はポイントがEF58に非対応で通過できない可能性があるようなのです。しかも、4月頃に行われる入線検査で、一箇所でもNOが出たら企画自体白紙。実行委員長に究極の選択が迫られました。
 1. EF5861牽引のままで、行路を品川-横川-上野の直行直帰にする
 2. EF5861をやめてEF65やEF64牽引に変更する
 3. 一か八か入線検査の結果を待つ
実行委員長は、泣く泣く結論を出しました。ロクイチでの実現を優先すると…。

・参加者の募集
 お座敷客車ゆとり(2008年で引退)は、14系6両編成で定員は160名。責任人数は9割なので、最低でも144名は乗せなくてはなりません。両OB会の総会員数は約250人ですので、応募資格は会員とその家族・友人までに留めることにします。3月上旬に正式なパンフレットをOB会員宛に郵送し、「お座敷客車ゆとりで行く EF5861牽引ミステリー列車の旅」、参加費は弁当や記念品をつけて大人12,000円、小人8,000円とし、応募を開始しました。



 応募が始まっても比較的参加費が高めとあって、なかなか応募がありません。締切日1週間前でまだ50人程度しか集まっていない状況に実行委員やOB会の幹事は困惑の色を隠せない状態でしたが、その後一気に応募があり、満員御礼とあいなりました。

===
今となってはEF55をやめてEF58でやろうなんて、なんとも贅沢な話です。
実は当初のミステリー行路は一旦はスジも確保できていたようです。しかしながら運転士がいない問題やポイントが通過できないという都合から、次第につまらないものとなってしまったことがわかっていただけると思います。確かにEF58が引退した直後、新宿駅のポイントが変更され、速度制限が45km/hから55km/hに変わったのも同機の特異な車軸配置が原因だったのかもしれません。
さて、次回は準備奮闘記~前夜祭までをUPしたいと思います。お楽しみに!



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