KOBE Diary

神戸から、愛する人たちへ。

ぼくら新鮮な旅人よ

2015-05-21 | Weblog



  
「われら新鮮な旅人」といったのは、
長田弘だった。
その最初の詩集で。
ぼくは今、ようやく
その意味を感じることができる。
ああ、そうだ。
ぼくは新鮮な旅人だ。
今も、このときも。

この悲しみや苦しみに、
まっすぐに向きあい、
投げ出すことをせず、
そうしてこの峰を越えていく。

なんて新鮮な世界が、
そこにあることか。
今ぼくは、
新鮮な旅人そのものだ。
風景は新しく変転し、
風は心地よく吹き、
行く手には光が見える。

ぼくは一人だが、
いつか「ぼくら」といおう。
そのような人に出あうだろう。
世界は美しい。
とりわけこの5月の日々は。

ぼくよ、ぼくの哀しみなんかに目をくれず

2015-05-05 | Weblog
  
  
立ち眩むほどの哀しみが
不意にぼくを襲い、
涙があふれ出す。
  
ああ、ぼくよ、
ぼくの哀しみなんかに目をくれず、
誰かの哀しみを思いたまえ。
存在することは哀しむことではない。
生きることは歓びだと、
ぼくは
自分で言っているではないか。
たった一人でいいと、
自分で言っているではないか。
  
歩け歩け。
ぼくよ、明日へ。
目指せ目指せ、
ぼくよ、歓喜の大地を。
  
もう何度も経験し、
もう何度も分かっているのに、
それでも涙があふれ出す。
分かっているんだ。
生きることは歓びだ。
ぼくはたった一人なんだ。  
誰かに分かってもらおうなんぞ、
甘えたことを考えるな。
自分の涙は自分が拭く以外にない。
  
歩け歩け。
ぼくよ、明日へ。
目指せ目指せ、
ぼくよ、歓喜の大地を。

  
  

シリウスが揺れている

2015-02-20 | Weblog


ぼくはいつも夜空を眺めている。

目の前にはシリウスがある。

いつもオリオンを友人のように見上げているが、

その西下のシリウスだけが、

なぜか、いつも揺れて見える。

まるでUFOと見間違うほどにだ。

なぜなのか。

ぼくには分らない。

だが、確かに揺れているのだ。

シリウスは、

エジプト文明を創造した源の星だ。

彼らはシリウスがいつ昇るのかを緻密に計算し、

現在の太陽暦の元を作った。

その緻密な計算が、数学を発展させ、

ピラミッドを作った。

彼らの文明は、「観測する文明」である。

だが、日本文明やインダス文明は、「感得する文明」だ。

ティグリス・ユーフラテス河に発達したシュメルの文明は、

やがてギリシア文明を、エジプト文明を、

そしてヨーロッパ文明を創造する。

彼らは、彼我を別け、自然を人間の外に置く。

だが、インダス文明も日本文明も、

自然と人間は溶け合っている。

そうして宇宙を含む自然総体を、

人間の精神の内に「感得」することで文明を発展させていった。

シリウスが揺れる。

それは、日本文明を心に育むぼくに、

揺れて見せているのか。

そんな夢想が広がる。

ぼくの宇宙の中で。

中東のリアル

2015-02-14 | Weblog

  
中東のジャーナリストからメールが届いた。

突然、戦場のリアルが、

硝煙の匂いが、

ぼくの頭脳に響き渡った。

無事であれ、

死なないでくれ、

アニタ。

君の仕事は立派だが、

ぼくには、また一つの心配事が増えた。

そこでは死が日常で、

母や子が泣き叫び、

父や兄が怒りを剥き出しにしている。

建設よりも破壊が日常で、

その精神には極度の緊張が要求される。

そして君はイラクにいて、

ぼくの腕は、なすすべも持たない。

無事であれ、

死なないでくれ。

ぼくに出来ることは

そう祈ることだけだ。

生死

2009-06-23 | Weblog

どう生きるかとは、

どう死ぬかということだった。

どう死ぬかとは、

どう生きるかということだった。

生死は等しい。

今日に至るまでぼくは、

死の恐怖から逃れることができなかった。

それはけっきょく、

じゅうぶんに生き切っていない証だった。

死は恐れることはない。

なんてことはない病の兆候を前に、

とつぜんそう覚悟した。

すると、新しいぼくが立ち現れた。

さあ、生きよう。

これからだ、本物の人生は。

新しい人生がはじまったのだ。




ぼくらは蒼穹を失ったのか

2008-09-10 | Weblog


秋空とはどんな色だったのだろう。

今日も神戸の空を見上げて歩くぼくは、

ふと記憶の扉を開けてみる。

六甲の山はくすんでいて、

東には都心の汚れた大気が見える。

どうやらぼくらは、

蒼穹という言葉を失ったようだ。


あれは二十歳前後のことだったか。

はじめて登る山の上で、

ぼくは満天を埋め尽くす星を見上げていた。

8月だというのに、くちなしの花が匂っていた。


ぼくらはもう、

天の川がどのように流れているのかを知らない。

夕空にかすむ半月は平面的で、

わずかに瞬く星は寂しげだ。

何よりも空を見上げる人は、本当に少ない。


ぼくらはもう、

具象的に宇宙を語れなくなったのか。

未来を生きる子どもたちに、

このような空を残すのだとすれば、

人間存在の希薄化を、さらに増すだけだろう。


ぼくらは再び、蒼穹を、天の川を、満天の星を、

手に入れなければならない。

そうでなければ、

この宇宙の中で、宇宙とともに生きている実感を、

人間は失ってしまうだろうからだ。

いま必要なのは、

抽象性と対をなす、生々しい具象性ではないのか。




この愛には

2008-09-08 | Weblog




この愛には、


一点の曇りもなく、


一片の野心もなく、


寂しさの片鱗もない。


だから、愛しているといえるんだ。


君よ、


伸びよ。


ぼくは君の太陽になるから。


そのための努力を惜しまないから。






人間の可能性

2008-09-04 | Weblog


ぼくは、大きな山を登りはじめた。

誰もが不可能だと思う登攀だ。

だがぼくは、道筋を知っている。

だから登る。

歳は若くはなく、体力も衰え気味だが、

気力は充溢している。


人間には無限の可能性があることを、

ぼくは示したい。

これまでに受けてきた数多くの恩に、

ぼくは報いたい。


愛することは行動することだ。

ユゴーがそう言っている。

だから、ぼくは行動を開始した。


もしぼくが人類を愛するというならば、

もしぼくが生命の尊厳を唱えるならば、

それを実際に示すことが必要だ。

ほかに道などない。


君よ。

ぼくを見よ。

このぼくの生き様を見よ。

ぼくは必ず応えるから。




君の涙

2008-09-03 | Weblog


君はぽつりと話し出した。

誰にも言えなかった胸を内を。

見る間にうるんでくる瞳は、

とても美しく、哀しくて、

ぼくも泣いた。


君はいま悩むときにきていた。

それは正しい悩みだ。

君が成長するための苦しみだ。

君が自立するための苦しみだ。

だから涙が美しい。


ぼくは信じてる。

君は一人じゃない。

誰が君を信じなくても、

誰が君を見放しても、

世界中が君を嘲笑しても、

君を信じるぼくがここにいる。

君よ、負けるな。




永遠の葦

2008-08-28 | Weblog


ぼくらは永遠の葦だ。

地下茎で結ばれて、

風のままに揺れ、

やがては枯れても、

新しく茎は伸びていく。

動物たちに憩いを与え、

水を浄化し、

地球を育んでいく。


ああ、ぼくらがそのように生きていることが、

普通であればどれほどいいだろう。

パスカルよ、

あなたは名言を残したが、

人間は考えることで自然から乖離したのだとすれば、

それは不幸なことではないか。

考えることで、

生命体の王者であるかのように振る舞い、

自ら迷う。

ぼくらは迷うために考えるのではない。

ぼくらは前進するために考え、

協調するために考え、

未来を拓くために考えるのだ。

そうでなければ人間は、

「人間である」ことの宿業から脱皮できないのだ。





それは一瞬に廃墟と化す

2008-08-26 | Weblog


ぼくが未来を忘れるとき、

過去は一瞬に廃墟と化す。

生命の痕跡さえなく、

意味を奪われ、

温度もなく、

輝きもなく、

色彩さえない。

ぼくが未来を目指しているときには、

あんなにきらめいていた過去が。

それは宇宙の死と酷似している。


そうか、これが宿業なのか。

意識を持つ人間は、

その意識に支配されている。

それはほんとうは幻想なのだが、

そのように人間は思っている。

意識に捕らえられるな。

その意識を客観視せよ。

むしろ意識の主であれ。

それがぼくに与えられた命題だ。


すべての生命は前進をしているというのに、

意識に捕らえられた人間は、

暴走もするが、後退も容認する。

意識に翻弄され、

ときには自死さえ受け入れる。


生命の本質に立ち返らなければならない。

それを自分に科さなければならない。

ぼくは未来派の革命兵士なのだから。

生命の尊厳がいかに重大であるかを、

ぼく自身の内に打ち立てて、

現実に示さなければならないのだから。




遠くまで行くんだ

2008-08-24 | Weblog


ぼくらは遠くから来た。

だから遠くまで行くんだ。



ぼくらはどこから来たのか。

ぼくはぼくに耳を澄ます。

すると教えてくれる。

遥かにかすむほどに遠い過去を。



ぼくらはどこに行くのか。

ぼくはぼくに目を凝らす。

すると教えてくれる。

遥かにかすむほどに遠い未来を。



君よ。

今日の苦しみは、

明日の希望に変わる。

耐えながら、泣きながら、

それでもぼくらは行こうとしている。

地球を飛び出し、

太陽系を飛び出し、

銀河系さえ飛び出し、

今日可視できる宇宙さえ飛び出して。

ぼくらの生命は、永遠に行進を止めないのだ。




無名性

2008-08-23 | Weblog


有名であることは儚い。

大切なことは名を成すことなどではない。

有名であるとかないとかは、

きわめて相対的なことではないか。

かりに名を成したところで、

それは百年続くのか。

百年続いても千年続くのか。

千年続いたところで、

それが人間の幸福と無縁であれば、

いったいどんな価値があるのだろう。


ぼくの父も母も無名であった。

みんな無名のまま生きて死んでいった。

ぼくはその無名性をこそ生きようと思う。

無名性を受け継ぐことは、

大地に生きるということだ。


この大地には、

嘆きも涙も叫びも喜びも逞しさも強さも、

人間のすべてが埋まっている。

大地に根を張ることは、

それらすべての人間の息遣いを聴くことだ。

そのときぼくの言葉は無限にあふれ出す。

人間の言葉としてあふれ出す。

人間のためにあふれ出す。

その言葉こそ、未来を生きるだろう。




愛に飢える人へ

2008-08-22 | Weblog


もっと愛が欲しいと、

愛に飢えるが、

あなたは愛されてきた。

飢えに惑わされて、

見えなくなっているだけだ。


愛されたいと願うより、

愛することだ。

愛は数量では計れない。

一番も二番も競えない。

愛を求めて愛する行為は、

それじたいが愛ではない。

対価を要求する愛なんかないんだ。


まず愛することだ。

行きどころを失った愛が、

この空に満ちて泣いている。

そんなとき無償の愛は、

世界の愛を一つに結んでいくだろう。

あなたにも愛は舞い降りるだろう。


それが人間を信じるということだ。

ぼくはそう思う。



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ひぐらし

2008-08-21 | Weblog

Tシャツをたたみながら、

夏の終わり、

あなたのいた時を思う。

避暑地の道の午後、空は澄み、

風が心地よく、

ただひぐらしだけが鳴いていた。


何と鮮明な思い出よ。

その一瞬の光景は、

ぼくの脳裏に焼きついて、

まるで昨日のように、

ひぐらしが鳴きはじめる。


その静けさ。

その止まったままの時間。

明日へと向かうぼくのうしろには、

思い出の綺羅星が、銀河となって流れている。


Tシャツをたたみながら、

ふと手を止めて、

ひぐらしの声を、

胸熱く聴く。

あなたとともに。

この胸の中に。