超満員の"This Is It"の後でこの映画を観に行ったら、観客数5人(うち4人男性)ぐらいだった。マイケルとアンヴィルのポジションの差を象徴しているようで、申し訳ないけどニヤリとさせられてしまった。
アンヴィル! ~夢を諦めきれない男たち~
(2009年 サーシャ・ガバシ監督)
「30年以上続いているバンドは、世の中にそれほどない。ローリング・ストーンズ、ザ・フー、そして…アンヴィルだ。」という言葉でエンディングを迎える本作の、オープニングは80年代の日本の大ロックフェスの記録映像から始まる。
業界屈指のスターたちに混じって、過激に盛り上がりまくるメタルバンド『アンヴィル』の演奏。だが…「彼らはその後、ついに売れることはなかった」といったナレーションが入り、時間は30年後の現在に飛ぶ。
全く売れないまま地味に地元カナダの小さな町でライヴ活動を続け、アルバム十数枚を自主制作し続けてきたアンヴィル。放送禁止用語連発の過激なパフォーマンスが売りだった彼らだが、ヴォーカルのリップも、ドラムのロブも、もはや50代。普段は、低賃金の単純労働にあけくれる毎日だ。
積もる雪の中、車を運転して子どもの給食を積んだカートをよたよたと搬入するリップの姿は、やはり過去の栄光を忘れられずリングに上がり続けようとする売れないレスラーを描いた映画『レスラー』の主人公ミッキー・ロークそのものだ。「不遇」を絵に描いたような場面。
ただし本作はドキュメンタリー。劇映画じゃない。それなのに、まるでシナリオがあるかのように運命に翻弄される彼らの人生は、ちょっとこれヤラセじゃないの?と疑いたくなるほど出来過ぎている。
久々のオファーを受けて何十日ものヨーロッパツアーに出かけてみるが、電車に乗り遅れるわ、道には迷うわ、散々な目にあう。ようやく着いたライヴハウスでは信じられないほど少ない客。ギャラすら払ってもらえない。
こんなんじゃ、バンドなんて、ツアーなんて、やるだけムダじゃないのか?とヤケになりかける。だけど、俺が生きていけるのはバンドがあるからだ。ライヴの絶頂感があるからこそ、クソみたいな日常もなんとかやりすごしていけるんだ…。と自分に言いきかせるリップ。まるで『レスラー』と同じだ。
もっとも『レスラー』では、妻子や恋人を振り切ってプロレスの世界に没頭する主人公の壮絶な孤独に号泣させられたが、『アンヴィル』が泣かせてくれるのは主人公が孤独じゃないところだ。
勇気をふるってコンタクトしてみたら、昔なじみだった名プロデューサーが彼らに協力してくれるという。新譜のレコーディング。これで状況は変わるかもしれない。一世一代のチャンス!
ただし制作費は自分で工面しなければならない。どうやってそんな大金を?と悩むリップ。そのとき、実姉が資金を貸してくれる。これだけ長いあいだ懸命にがんばってきたんだから、いつか絶対ブレイクするはずよ!と彼女だけはリップの才能を信じてくれているのだ。
自ら孤独を選び、しがらみを切り捨ててリングに向かう虚構の「レスラー」とは違い、現実のアンヴィルは友人や家族、そして少ないながらもファン(ファンも既に中高年で会社を経営していたりして、リップを雇ってくれたりする)に支えられている。
これは単なる音楽映画ではなく、音楽家の姿を描いただけの映画でもない。ドン・キホーテのように自分が信じる道を突き進む主人公リップと、周囲の人々との愛情や友情という「関係」を丁寧に描いた、人間ドラマなのだ。だからこそ、たとえば僕のようにヘヴィメタルに興味も知識もない人間も、ぐいぐい映画に引き込まれてしまう。
見所は、レコーディングに煮詰まったリップが親友ロブに八つ当たりし、大喧嘩になってしまう場面だ。
「なぜいつも俺だけに辛くあたるんだ!」と反論するロブ。「お前に感情を吐き出さなくて、誰に言えばいいんだよ!こんなこと言えるのお前だけなんだ!」と号泣するリップ。
それまで、貧しいながらも「自分の才能を信じている」「自分を誇りに思ってる」「最高の音楽をやっているから、売れなくても満足だ」とアグレッシヴに行動し続けていると見えた彼の、苦しく心細い本音が見えて、思わずもらい泣きしてしまった。ちくしょう!世の中、上手くいかねえよなあ!まったく。
だが後日、このレコーディングをきっかけに意外な事態が起き始め、彼らはまた大舞台に立つことになる。今度こそ正真正銘のメジャーな海外ツアー。メジャーな会場の大規模なコンサートだ。
とはいえ、ここでもリップは心細く不安な心情を独白する。本当に今度こそ観客は大勢来てくれているのだろうか。今さら俺たちなんかを観に来てくれる客はいるんだろうか。さてこの物語の結末は…?
+ + +
劇場公開当時、『THIS IS IT』の後すかさずこの映画を観に行ったのは、我ながら良い判断だったと思う。
音楽の神に愛されたスーパースター、マイケルのバックステージ・ドラマにも確かに興奮はさせられた。けれど、自分たちが音楽を愛するほどには音楽から愛されなかったアンヴィルの方が、僕にはリアルな希望を与えてくれたのだ。人生は確かにうまくいかないけど、それでも生きるに値する、ってね。
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