怖い。
その言葉が、脳裏を過ぎった。
やっぱり、もう【最悪】なの?
ハンカチを手放し、口元を押さえる。
駄目だ、逃げては。
しゃがみ込み、爪に直接触れないようハンカチを介して包み直す。
男性の指に対し、極めて相応な大きさから、
恐らくは2つとも、F自身の爪なのだろう。
この形は親指と人差し指、か?
…考えたく無いな。
ハンカチを戻し、軽い眩暈を振り払いながら部屋へ帰り、鍵を掛ける。
即行で封筒ごと便器に流す。悪いが、ゴミ箱では気が休まらない。
吐気と動悸が治まるまで、実に15分。
ようやく深呼吸が出来る程回復した頃には、
徐々に沸いてくる苛立ちに頭を支配されていた。
あの爪は、何?
昨夜、尾けてきた時に剥がして置いていったの?
人間する事じゃない。
テレビも付けず殺伐した空気の中で、朝は昼へと変わっていった。
♪♪♪
仕事先からのメール着信音で、我に返る。
メールは店長からだった。
本文は、"Fと言う男は、今後出入り禁止にした"と言う内容だった。
…ユリ?言っちゃったの?!
いや、それは言うべきだよね。…でもね店長、それは逆効果なんだよ!!
そう送り返す。
"それは大丈夫。ユリちゃん、ここ辞めるんだって"
言葉にならなかった。
そのまま店長に、無理を言って欠勤した。
後に聞いた話によると、この日、またもや19時頃に現れたFは、
出入り禁止を告げられるや否や、店前で土下座しながら泣き喚いたと言う。
"出禁は直に本人に伝えられる"とは知らなかった私は、
Fのその姿を想像し、また恐怖に駆られた。
"お店、出入り禁止になっちゃったよ。あの男、殴り殺してやる。"
"俺の爪、受け取って貰えた?あれは、一番の愛の証だよ。"
"愛ちゃんの住んでるアパートって、古くて危ないね。俺が一緒に暮らしてあげようか?"
"俺は愛ちゃんの全てを知ってる。何でも調べられるよ。"
出禁を境に、Fのメールは狂気を帯び始めた。
そして、執拗な見張り・付回しも。
完全にストーカーと化した…、私はやっと悟った。