わじこSCHOOL

個性の強い先生と、個性の強い生徒が集う西多賀の寺子屋。

春期講習おわる

2013年04月18日 16時58分31秒 | 非日常の出来事
もう四月も中頃。はやいものだ。講習もおわり新年度。春期の貯金などあっと言う間におわってしまう。先生もこれから午前中から夕方万で勉強しようと思っています。だれか昼間から暇な浪人生でもいたら一緒に勉強したいくらいだ。だれかいい相棒がいたら教えてくれ。

そういう人を捜すサイトがあったらいいのにね。出会い系みたいなものが横行するくらいなら、建設的な出会いの場を提供してほしい。海外向けの「ハイペンパル」というサイトがあるがあれはいいと思う。先生が勉強の出会いの場をつくってみるのもいいかもしれないね。


原発事故

2013年02月06日 19時24分13秒 | 非日常の出来事
最近、地震と津波のニュースが多い。あまり原発の話は表にでてこない。ニュースを偶然みると、お隣り中国の北京で空気が汚いなどの話が話題になっていた。見た目に汚い空気も確かに嫌だが、放射能という見えない汚染の方が気持ち悪い。ニュースでそっちのほうを放送してもらいたい物である。報道規制でもあるのだろうか。

正月からいろいろなドキュメントものを読んでばかり、若干洗脳する勢いのタッチの本もあるが今回の本もいささか読んでいて怖くなる。1~2巻を読んだところだが、もう少し詳しく本文に記載してほしいのは「どの程度の放射能で、どんな影響がでるのか」である。いろいろ書いてあるがいまいち捉えきれない。そこだけは予想や科学者の研究の範囲だけでもいいので指針が示されてほしい。対策ができない。

子供相手の仕事をしているので、自分のことよりも気になる。理由はわからないが俺は放射能にも強そうだからと思ってしまう。仙台に住んでいて必要な対策をどうすればいいのか、標準的なガイドラインを示してほしい。そんな本が存在するなら紹介してほしい。プロメテウスの罠は真実だけを伝えたいらしいので、その範疇を超えてしまっているのかもしれない。別冊がほしいところである。書けるなら俺が書きたいが知識も何にもない。IAEAに友達ほしいな。

国道の事故

2012年04月20日 17時43分23秒 | 非日常の出来事
先週の土曜日、4月14日に山形の高畠で大好きな馬刺を買って来た。佐貝というお肉屋さんでリーズナブルすぎる値段で購入。そのためだけに行く価値があるほどの激馬、いや、激旨です。

その馬刺を抱えて、車で国道48号線を仙台にむけて走行中、3台前を進むトラックが急に停車。そのまま数分まったくうごきません。事故車が放置されているのです。パトカーもいません。しびれを切らせ、交通整備でもしようかと車を降りていったのですが、なんと!!運転席側に倒れている二人を発見、一人は口から血を流し「おなかがいたい」と蚊の鳴くような声。もう一人の男性は足に軽い怪我。

救急車もまだ呼んでいないとのことでこっちも大パニック、しかも、うなだれていた女性が突然気絶。「まさか、死んだ?」と思ったが、脈をみるとどうやら生きている。目の前で寿命まえの人が死ぬところなんてみたことないので、こっちも悶絶。

携帯が全機種圏外ということもあり、速そうなベンツに大至急救急車の手配をしてもらい、女性の安否を確認、彼氏はパニックで抱きしめることしか出来ていなかった模様。二人目、三人目と人が駆けつけてくれてそこでミラクル。人口に占める割合がどれだけかは知らないけど、三人目が看護士、四人目がオフの救急隊員。男四人で事故車を路肩まで押しやり、道を確保。船頭多くして船山に登る、ともいうので俺は馬刺が腐らないうちにその場を退散。

数分後、救急車とすれ違い二人の無事を祈って、ともだちの誕生日会に馳せ参じるという週末でした。医者になりたいと思ってしまう、そんな出来事でした。

震災から少したって思う事

2011年11月10日 23時08分44秒 | 非日常の出来事
閖上地区にいってきました。通行止めになっていたこともあり震災後に行ってませんでしたが、後学のためにと行ってきました。用事があったり、通り道であるような場所は何度か目にしていましたが、津波の傷跡を見に行こうとして行ったのは今回が初めてでした。そもそも仙台にやってきて、右も左もわからないころに初めて行った海も閖上。その後たびたび釣りや海水浴をしたのも閖上です。朝市もあったり、ちょとしたデートスポットのような役目もしていたような、そんな町だったので、他の被災地よりも格段に思い入れがあるのです。

当時使っていた道はまだ通行止めで、一本南側の道から入っていったことや、津波で町並みが変わってしまっていたこともあり、思い出が走馬灯のように、、、という風にはいかず、しらない場所に来てしまった感覚でした。ややも進んでいくと橋が見えて来て、位置関係が急にはっきりしてきました。位置関係がはっきりすると、不思議な事に、家の基礎しか見えない風景と重なって当時の様子がカラーで浮かび上がってきました。当然、いま目の前に広がる世界もカラーなのですが土と石とコンクリートばかりなのでセピア色の世界が現実世界なのです。

閖上地区には本日20歳の誕生日を迎えた知り合いが一人いるだけです。彼女の家にも一度伺ったことがあったので、その時の様子が思い出されます。もちろん彼女の家も基礎しか残っていません。その瞬間、息苦しいような感覚に吐きそうになりました。いままで見て来た、知らない風景の被災地とは一線を画します。その場所に住んでいない人間でさえ、瓦礫の中で風景を思い出し、ちょっとした思い出をそこに重ね合わせて、あまりのひどさに戸惑います。その苦しさは少し方向性が違いますが失恋に近いような感じです。

その後、自然と考える事は、「ここに住んでいた人々はこの風景をみてどんな気持ちになるのか」ということでした。それを考えると気持ちがあまりに沈みそうなので、その場から帰路につき、その道中で再び考えてみました。よみがえる思い出の量がそもそも違います。考えてみてください、自分の通った学校が消え、家も、近所も、そして人も消えてしまっているのです。家財もないのですから、PCに入っている写真のデータどころか、卒業アルバム、先祖の写真や遺影、何もないのです。そのむなしさはきっと、家族失うときと同じような感情ではないのでしょうか。

少ししっている被災地にいって、ニュースなどで流れる「心のケア」の必要性が改めてわかった気がします。おそらく、普通に生活している分にはそこまで思い出さないけれど、一度考え始めたらとめどないセツナさに潰されそうになるのだと思いました。わたしにもっと文章を書く力があれば、この気持ちを世界に配信したいものです。犯罪なんてなくなりますね。知り合いに津波の被害をうけた人がいたら、卒業アルバムのコピーでも渡してあげたらいいのではないでしょうか。はじめは戸惑うかもしれませんが、いつか失った一部を取り戻したような晴れ渡った気分になれるかもしれません。



しめちゃん、誕生日おめでとう。

ぱーしもん

2011年11月08日 15時18分50秒 | 非日常の出来事
東京に「パーシモン通り」ってのがある。ちゃんといったことがないのでわからないが柿の木が街路樹だったりするのだろうか?震災を経ても柿の木は臆する事なく実をつけたようです。むしろ例年よりも一つの木についている実の数は多いとか、、、。

毎年恒例の丸森の「守ガーデン」はまだ連絡をしていないので、いままでの御礼の意味も込めて挨拶にはいきたいですね。では今年の柿はどうしたかと言うと、生徒の家からもらいました。ありがたい、ありがたい。さらに、柿を干す作業を中学生にお手伝いしてもらいさらにラッキー。生徒の中には去年もお手伝いをしてくれた人もいて、軽い匠です。


干し始めてからの数日が好天に恵まれていい感じ。数週間で食べごろでしょうか。この量ならすぐになくなるので、もう一度採りにいこうかなぁ。


2011年04月20日 01時02分10秒 | 非日常の出来事
大きな粒の雪が、夕方、仙台の町にふりました。3月11日の雪によく似ていました。避難生活の人々、もしかしたらなんらかの手段で生きている行方不明者に致命的なダメージを与えているような気がします。粒の大きな雪を見るたびに思い出すのでは雪が嫌いになりそうです。

グーグルアースの画像やyoutubeの動画で津波や地震の無慈悲な様子をみました。忘れてはいけないというよりは、忘れられない記憶になっていくと思います。まだまだ、個人レベルでできることはあると思っています。明日で終わる講習か皮切りに、復興への活動を展開していきたいと思います。楽天の勝利で笑顔が東北に増えたはずです。それにならって、笑顔を増やす活動を考えていきたいです。

ガスの復旧

2011年04月17日 23時05分38秒 | 非日常の出来事
震災があって、避難生活があって、水・電気・ガソリンと順次復旧し、ついに本日、震災から37日目にして全生徒の家庭でガスの復活です。日本中のガスマンたちが地面に穴をあけ、水を抜き、修復し、確認し、復活です。実にありがたい。彼らの今後10年間くらいの税金を免除してほしいくらいです。まだまだ市外や海外線ではインフラの目処はたっていないのでしょうね。

自分のところにインフラがくると、その苦しみを忘れてしまいがちです。自分が必要としていたことを、必要としている人にしてあげられるような人が増えるのなら、唯一震災がもたらした幸福と言えるのではないでしょうか。選挙を意識した政治家、オレオレなどの詐欺師、ガソリンがない時期に走り回る暴走族など、かわらないモノもあります。でも、良い変化もあるのではと期待します。

ガス屋さんがいたら手をふりましょう!!!むーちょ ぐらしゃす!!!

キザシ

2011年03月18日 20時55分16秒 | 非日常の出来事
今日、旧286を歩いていたら、ローソンが開いていた。特別長蛇の列がある訳でもなく、ひょっこり覗いてみると棚には、おにぎり、レジ横にはからあげクン。特に食べたい訳ではなかったが、思わず買ってしまった。そこにはかつての日常の味が。こんなところに復興のキザシを感じました。

そろそろ、塾の連絡をみんなに入れたいな、合格発表もにわかに気になりだした。日常をとりもどせ。

日本人らしさ?

2011年03月16日 22時49分42秒 | 非日常の出来事

地震と津波から数日、いまいちどれだけの時間を過ごしてきたのかも曖昧な日々である。アフリカの動物はもとより、自然界の動物たちは、いつもこんな「生きること」に直面して生きているのかと思うと、人間としての日々の甘さが痛感される。

被害の大きさはここで語るにあたらないが、懸命な作業をしてくれている技術者やそれを取り囲む現地の人々のチカラで、水が通り、電気が流れ、ガスもある程度機能し始めている。先生も電気がなく寒く、ぼんやりとした不安感を抱えて夜を過ごしました。依然として水が通らない地域も相当数あり、ガスに至ってはほとんど回復していない。通りを一つ挟むと水がでない地域があるのだが、昨日まで水が出ず困っていたはずの人たちは、いったん水が通ると、水を分けてあげたり運んであげたりしないのである。日本人はここまで駄目になってしまったのだろうか。

もちろん、一部の人たちはボランティア活動や出来ることをやっているのであろうが、ほとんどの人は見て見ぬ振りである。避難所や、もしくは避難すら出来ていない人たちのことを思うと胸が痛むはずなのだが、それをなんとかしようと立ち上がる姿は日本人からは消えてしまったのだろうか。仙台は100万都市である。22万人の被災者がいるのなら5人で一人を守ってあげたら全員人間らしい生活ができるはずである。それができない日本人とはいかなる生き物なのか。

津波現場で寒空の下にいる人たちのために、損壊した車からバッテリーをあつめて発電を行ったり、ブルーシートでお風呂を作ったり、そんなことも出来ていない救助とは名ばかりに見える。陣頭指揮をとっている人間の差で、助かる命も助からないのであれば、日本の教育方針そのものが間違っていると確信するしかない。適地適任ではなく、ただのダーツのような人事によるものであれば泣くになけない。人の痛みを理解し、その一部を自分の痛みとして引き受けることで社会全体の平和を維持するような人間を育てることも教育であると思う。それが欠落した社会が顕著に現れてしまっている。このヒズミがもとに戻るだけでなく、これを契機に、日本人らしさのベクトルが良い方向に進んでくれることを願ってやまない。