日常

傳田光洋「第三の脳 -皮膚から考える命、こころ、世界」

2013-04-30 22:56:54 | 
傳田光洋さんの「第三の脳 -皮膚から考える命、こころ、世界」朝日出版社(2007/7/18)を読みました。

第一線の研究者が一般読者向けにわかりやすく解説していて、とても分かりやすく面白かった。

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<内容紹介>
たたみ一畳分の大きさ、重さ約三キロ――皮膚は人間の最大の「臓器」だ。

色を識別し、電波を発信し、情報処理を行う表皮細胞。
感じるだけが皮膚の仕事ではない。
皮膚は脳にも匹敵する、いまだ知られざる思考回路である。

脳のない生物はたくさん存在するが、皮膚をもたない多細胞生物はいない。
最も重要な器官である皮膚の、潜在的可能性を論じるサイエンス・エッセイ。
<著者について>
■著者:傳田光洋(でんだ・みつひろ)
資生堂ライフサイエンス研究センター主任研究員。
1960年生まれ。京都大学工学部工業化学科卒業。同大学院工学研究科
分子工学専攻修士課程修了。1994年に京都大学工学博士号授与。著書
に『皮膚は考える』(岩波書店)がある。
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傳田先生は皮膚科医ではなく、化粧品会社である資生堂の主任研究員。
だからこそ発想が閉鎖的な専門世界で閉じずに、自由で楽しい。
傳田先生のような学問への自由な姿勢は、同じ科学畑にいる自分としても非常に勇気づけられる。
自分の持論として、学問や学びや研究は、自分の固定観念や偏見を強化するためのものではなく、自分の固定観念や偏見を疑い、検証し、そこから自由になるために行うものだと思っている。 だからこそ、このような本の意義は大きい。


この本の内容は、目次でほとんど要約されている。
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<目次>
はじめに 皮膚にまつわる最近の驚き

第1章 皮膚は道の思考回路である
皮膚とは何か
防御装置としての皮膚
防御装置をコントロールするセンサー
感覚器としての皮膚
女性の指先はミクロンレベルの不規則を嫌う
触覚の錯覚
色を識別する皮膚

第2章 表皮は電気システムである
脳と表皮は生まれが同じ
感じ、考える皮膚
表皮は電気システムである
表皮細胞は電波を発信している
皮膚が老いるということ
痒い!

第3章 皮膚は第3の脳である
第3の脳宣言
背中を掻く無脳カエル
自我をつくる皮膚
偏在する脳

第4章 皮膚科学から超能力を考える
東洋医学再論
皮膚科学から超能力を考える
眼以外の「視覚」
目利きの本質
気とは何か
テレパシーあるいは以心伝心

第5章 皮膚がつくるヒトのこころ
環境と皮膚
アトピー性皮膚炎私論
こころはどこにあるか
皮膚がつくるヒトのこころ
こころと皮膚
こころを育む皮膚感覚

第6章 皮膚から見る世界
皮膚の変遷―カエルからヒトへ
ヒトはなぜ体毛を失ったか
はだかの意味
顔の皮膚
境界としての皮膚
「非因果律的世界」護る皮膚
皮膚が見る世界
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皮膚を入り口として、皮膚による色の識別、表皮は電気システム、表皮細胞は電波を発信している、皮膚は第3の脳である、自我をつくる皮膚、東洋医学、超能力、気、テレパシー(以心伝心)、皮膚がつくるヒトのこころ、境界としての皮膚・・・
縦横無尽に論じていて、とても面白かった。




この本で改めて思ったのは、「わたし」という感覚は、脳だけがつくっているわけではない。ということ。

「わたし」はいくら言葉を尽くしても定義できず、最終的には皮膚で外界と内界が分離していることからしか定義できない。
そうなると、「わたし」として感じる「意識(自意識)」は脳の場所にあるようだが、皮膚で覆われた内界すべてに偏在しているというのが正しい、ということになる。それは「こころ」も同じ。脳だけではない。
臨死体験や感覚遮断実験では、「自我」が肉体(皮膚で囲まれた内側)とずれる、という状態を知覚する。
「わたし」は、皮膚で囲まれた内側であるからと言って、「意識」=肉体(皮膚で囲まれた内側)と同じではない。
そのことは、人間の生命論において、重要な示唆を与える、と自分は思っている。
人間の霊魂の話や、霊魂の不死の話も、つながっていると思う。霊魂をエネルギー(や情報)と思えば、それは永遠に伝わるものだし、それは考え方次第だと思う。それぞれの人にどういう言葉や表現形式が納得しやすいか、という問題になる。個人的には霊魂や魂という言葉の響きが持つ歴史性自体が好きだ。




この本でいろいろと面白かった点をいくつか。

・皮膚表面の角層は死んだ細胞がレンガのようになり、隙間を脂質が埋める格好になっている。皮膚はその死んだ細胞の集まりが常に更新され続けるという特異な構造を持つ。
・皮膚は体液の保持、異物侵入の防止、乾燥に対する緩衝機能、免疫機能(表皮の大半を構成するケラチノサイトそのものが免疫システムの最前線。このことを筆者が発見している)。
・皮膚の防御機能は各層バリアの状態を常にモニタリングしている。おそらく水分の蒸散量をモニターしている。
・職人は数ミクロン(千分の1㎜)の差を皮膚感覚で感知できるが、圧点や痛点の末梢神経は㎜単位で散在しているので、そのメカニズムは謎だった。筆者らは、表皮を形成する細胞のケラチノサイトが外部の刺激を認識して仲介し、その刺激を神経に伝えていることを発見した。表皮細胞ひとつひとつがセンサーになっている。そして常に表皮細胞は更新されている。
・皮膚は色を識別する。赤い光(長い波長)ではバリアの回復が早くなる。正確には短い波長(紫外線から青)で角層のバリア回復が遅れ、長い波長(赤色から赤外線)でバリア回復が早くなる。
・脳と表皮は発生上で外胚葉由来。出自は同じ。
・表皮自らが電場をつくり、電気システムとしての側面もある。低周波の電波も表皮が発している。(低周波がFM、高周波が短波) 勝手に振動しているように見える細胞たちは、相互につながり情報を伝播している。
・自我をつくる皮膚。皮膚感覚の遮断実験(J.C.リリーのアイソレーションタンク。34度硫酸Mgの濃い水溶液のタンクの中に入り感覚を遮断する。) リリー博士は意識が肉体から離脱するのを自覚した。離脱した意識は異次元の理性と対話をはじめた。物理学者のファインマンも、自我が体からずれ、遊離したように感じたと記述している。
・立花隆も著作「臨死体験」において、アイソレーションタンクを実際に体験してみて、自我の形成には体性感覚が重要な役割を果たしているらしい、と記述。
・皮膚感覚などの体性感覚が、体の位置を私たちに認識させる。
・脳の機能と考えられてきた意識を正常に維持するには、骨、筋肉、そして皮膚が必要になる。
・脳単独では感情も理性も生まれない。
・閉鎖系ではエントロピーは増大する。つまり、秩序あるものは無秩序へ向かう(覆水盆に返らず)。ただ、生命は無秩序から秩序ができる。エントロピーは増大する。物理学者シュレディンガーは、生体は外部環境から負のエントロピーを取り込み、正のエントロピーを放出して内部環境の秩序を維持している。渡辺慧博士は、このような生体の内部環境では逆因果律とでもいうべき現象、すなわち未来が過去を決定する、という原理もありうるのではないかと提言されている。





最後に、
エドワードホールの「かくれた次元」(みすず書房)でのカルフーンの実験が示唆的だと思った。


・ストレス社会のモデルとして、自然界より高い密度にしてラットを何世代にもわたって観察したところ、まず性行動に異常が現れたとのこと。オスの同性愛、サディズム、執拗な性的行動、性的無関心・・など。次にメスの保育行動の異常が起こり、メスのがん発生率が高くなった。ラット独自の社会性も無秩序化した。ラットは視覚が弱く、嗅覚や触角が世界を作っており、皮膚感覚が暗黙知として重要な役割を果たしている。




いろんな視点を与えてくれるいい本です。
皮膚がこんなにも多様な働きを持っていることを改めて考えさせられる。
スキンシップの重要性、相手の肌に触れることの重要性を改めて感じた。
そんな些細なことで、膨大な情報がやり取りされている。
今の医者は、患者を触りもしない、というのは反省点だろう。
科学をやっている人間にとっても、狭い専門思考にとらわれず、自由な発想で思考する大切さを感じさせてくれると思います。

傳田先生の他の本も読んでみよう。
今後の傳田先生のご活躍が楽しみ。
あふれる教養とユーモアにも満ちた本です。作者の人柄もにじみ出ていて、読んでいてなんだか幸せな気持ちになりました.



4 コメント

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はじめまして (りえ)
2014-03-08 12:27:32
学問や学びや研究は、自分の固定観念や偏見を強化するためのものではなく、自分の固定観念や偏見を疑い、検証し、そこから自由になるために行うものだと思っている。

とても、共感しました。
自身の知りたい、という欲求の根源なのかな、と思ったりもしました。

スキンシップの重要性、相手の肌に触れることの重要性は、
最近、とみに感じています。
三枝 誠先生の「身体は何でも知っている」を読んで、なるほど!と思ったり。

【整体的キレイ塾】肌の幸福度をあげよう!|nanea cafe |Ameba (アメーバ)
http://s.ameblo.jp/nanea-cafe/entry-11065799665.html
こちらのブログでも、興味深い内容が記してありました。

ご紹介された傳田先生の本、
購読しようと思います。

大変遅くなりましたが、
『ひとのこころとからだ』講座
興味深く、拝聴しました。
ありがとうございました。

あの場では、ご挨拶できませんでしたが、
この場をお借りして。
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有難うございます。 (いなば)
2014-03-09 23:52:25
>りえさん
コメントありがとうございます!

そうですよね。今の学問は、単に世界を閉じる方向に向いていて悲しいです。本来は、僕らの頭や心を開き、自由になっていくような方向性にむかうように思うのです。今はむしろ不自由になっている気がしてなりません。

三枝誠先生の「身体は何でも知っている」、いいですよね!やはり整体で実際に体を触っている人だからこそ言える著書で、三枝さんの著作はだいたい読ませてもらっています。【整体的キレイ塾】の先生のお話しも面白いです。 色んな角度からの色んな視点があると、物事が立体的に見えてきますね。驚きや発見があり、面白いです。


『ひとのこころとからだ』講座も来ていただいたのですね。本当にありがとうございます。拙い話だったかもしれませんが、楽しんでもらえましたか??(^^; 是非次回は声かけてくださいね。


今後とも、よろしくお願いします!(^^
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アイソレーションタンク (りえ)
2014-06-28 17:09:11
ご無沙汰してます。

先日開催された【ひとのこころとからだ】第二回を受講したのと、
こちらのブログに記された
「臨死体験」において、アイソレーションタンクを実際に体験してみて、自我の形成には体性感覚が重要な役割を果たしているらしい
とのが、きっかけで、アイソレーションタンクを体験してきました。
あれは、不思議な感覚ですね~。

初めてなのもあり、タンクの中に慣れてきたかな、と思ったら、終わりの合図が流れてきてしまって、味わいきれてない感もありましたが。(^_^;)
いずれ、また、トライしてみようと思います。
貴重な情報をありがとうございました。

蛇足ですが、
愛読してるブログのブロガーさんも、アイソレーションタンクを体験されていたり。

アイソレーションタンクのサロンのブログで、いなばさんがご紹介された映画「かみさまとのやくそく。」を取り上げてたり。
体内記憶を語る子どもたち。。 |フローティングタンク(アイソレーションタンク)サロン Sel Flotte ~セルフロッテ~|Ameba (アメーバ)
http://s.ameblo.jp/selflotte/entry-11885447522.html

コンステレーションのようなことが起きてるのかな?と、思いました。
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映画『アルタード・ステイツ』(ケン・ラッセル監督) (いなば)
2014-07-02 14:13:19
>りえさん

【ひとのこころとからだ】第二回のご参加、有難うございます!


アイソレーションタンク・・・・前は一時的なブームになったようですね。
ノーベル物理学者のファインマンも、体感しています。


ごくわずかだが、自分の中心のようなものが1インチほどずれたことに気がついた。ついで、それならもう少しずらせるかとおもって、アタマの付近にあったらしい「自我のようなもの」を首をすりぬけて胸のあたりまで下ろしてみた。その「自我の中心らしいもの」である「僕」は腰のあたりまで動いた。・・・
とか、『ご冗談でしょう、ファインマンさん』にも書いてあります。


映画の『アルタード・ステイツ』(ケン・ラッセル監督)というDVDも持ってますが、これはジョン・リリー博士をモデルにした映画ですよね。

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Amazonより <内容紹介>
無意識下の世界へ、ようこそ。
ウィリアム・ハート衝撃のデビュー作。鬼才ケン・ラッセルが描く、禁断のドラッグ・トリップ・ムービー。

生理学者エディは、記憶から意識の頂点へ遡れる、という自説を証明するため、自らの肉体と精神を実験に捧げた。"先祖の花"と呼ばれるメキシコ・インディアンから手に入れた秘薬は強力な幻覚症状を引き起こす。しかし実験は続く…。彼の探究心はとどまることを知らず、幻覚は、やがて現実の肉体の逆進化を促進し始める。SFXを駆使した幻覚映像が、多くの話題を呼んだ異色作。
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まあ色々な領域で、表面に惑わされず、その奥にあるエッセンスを丁寧に見ていく時代になってるんでしょうね!(^^
アイソレーションタンクも体外離脱自体が本質ではなく、人間というのがどういう存在なのかを深く知るための一つのきっかけ、教材のようなものですよねー。
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