海杉ブログ 木材を中心に書き残したいことを投稿します

日々、気づいた事、エクステリアウッドのテクニックを書き綴ります。やりたい時、書きたい時だけ、疲れるので笑笑

こんなのやめて

2007年09月09日 09時07分20秒 | 経済・社会
公園ガイドを書こうと近所の公園に出かけた。

すると

こんなガードレールを見つけた。

普通のガードレールに木目を描いているではないか。

この馬鹿しさは、あきれてものが言えない。

まだある。写真を良く見て欲しい。これは橋の欄干の役割をしているのです。ガードレールでは欄干の代わりになる高さが確保できないためコンクリートでかさ上げしている。しかもこの道は、公園内の歩行者専用の小道で車は通れない。なのにガードレールなのだ。

誰も通らない道だからだろうか?

少なくとも歩行者専用で木製の欄干だったこの10分の1の価格で済んだに違いない。

このガードレールを採用した技術担当者を非難しているのではない、これを作ったメーカーを追及しているものでもない。このようなモノが出てくる日本の社会のシステムがおかしい、馬鹿しいと思う。

景観デザインと言う言葉が、土木からでてきた。しかし、担当者の感性や経済性だけでデザインが左右されてはならない、ある程度の最低の知識と理論立られた、システムが必要なのだ。

日本には、まだ、それ自体が存在しない。

それは、全体を見る力だ。

これからモノをつくる人に言いたい。全体を見て自分のつくるものがその場所に本当にふさわしいモノなのか別の自分に問いかけることをして欲しい。そして、別の自分にきちんと説明できる力を身に付けて欲しい。そのために何をすべきか。それを知って欲しい。

公園の中のガードレール見て思ったことだ。

日本には、その手引書がいるのだろうか?



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