こんにちは、ベトナム出身、通訳のÅです。ハノイのホアンキエム湖はハノイ市街地の中心です。
その湖の北部に広がるエリアが、「旧市街」です。近年は「ハノイ36通り」という呼称でも知られています。
かつてはタンロンの一大商業区として賑わっていた旧市街の古き町並みの魅力を、今回はたっぷりとご紹介します!
11世紀から19世紀まで、北部ベトナムの首都はタンロンという名前でした。ハノイはその後の名称です。
そのタンロンの中心区は、現在ホーチミン廟がある周辺で、リータイトーをはじめとする歴代皇帝が居城していたタンロン城でした。
今回紹介する旧市街は、その時代に一大商業区だったエリア。
現在は世界遺産には指定されていませんが、ベトナム政府が管轄する指定遺産となっているため。
建て替えなどが行われずに、古き良き町並みをいまに保っています。
当時この一帯は36の組合によって支えられていました。
組合はそれぞれ銀を売る店であったり、線香を売る店、漢方を売る店、金物屋、ブリキ製品、墓石、竹製品、などさまざま。
通りは同業組合ごとに区分されていたので、通り名も組合の名(商品名)がつけられて分かりやすくなっています。
その36の組合からなる旧市街を、近現代に入ってからは「ハノイ36通り」と呼ぶようになりました。
ただし、これは外国人の間での呼称で、ベトナム人は旧市街という意味を持つ「フォーコー」と呼んでいます。
いかがでしたか。短い滞在者も、一度は訪れてほしいところです。
日中に散策される方は、日射病に気を付けてください。
冷房が効いたカフェもたくさんありますが、もし歩き疲れたら、シクロに乗ってホアンキエム湖まで戻ってもらうのがおすすめです。
ぜひ行ってみてください。
スタッフUです。
私たちの会社は、職業紹介を生業にしていますので、日々、求職者と求人者に様々な形で出会います。
一番のやりがいは、やっぱり「いい人(会社)を紹介してもらってありがとう」と声をかけてもらえる事かな。
今日もまた新たな出会いがありますように!
シンチャオ!
光陰矢の如しといいますが、時がたつのは本当に早いですね~
今年で26歳になりますが、私元プロキックボクサーでして今からちょうど10年前に
高校を1年休学してタイへムエタイ武者修行へ行っておりました。
ムエタイといえば沢村忠から始まる日本のキックボクシング史とは切っても切れない関係でして、
何せキックボクシングはムエタイを参考作られた競技なのです。
打倒ムエタイを掲げたキックボクシングの興行は連日連夜盛況で、1960年代後半から70年代前半は
まさにキックボクシングの黄金時代でした。
今も脈々と当時の打倒ムエタイ魂は受け継がれており、私もその影響を受けた少年の1人でした。
幼少の頃より、格闘技に携わってきた者として、日本のキックボクシング界を代表して
タイのムエタイジムに乗り込んだつもりでしたが、初日で練習が辛すぎて本気で帰ろうと思いましたね。。。
何とか2週間が経ち練習にも慣れてきたあたりで、ジムの会長(ピーコブ=タイ語でカエルさんの意)から
試合の打診を受けました。試合は10日後でバンコク北のノンタブリー県のとある村祭りとのことです。
ピーコブ「ゆうや!体重は55キロだ!大丈夫か?」
私「ハイ!ダイジョウブデス!」
ピーコブ「しっかり減量するように!」
私「ハイ、ワカリマシタ!」
試合会場に到着すると、体格の似た者が何人か集まっており何やら対戦を組んでいるようでした。
苦しい減量も行い万全の体制で望んだ私でしたが、なんと、、計量がありませんでした。。
「計量ないやん、、減量した意味ないやん、、」
がそんなことを言っている間もなく、幼稚園くらいのちびっ子の試合が始まりました。
夕方の5時くらいに会場である学校に着きましたが、ちびっ子の試合が多くてなかなか自分の出番が回ってきません。
だんだんと出場選手の年齢が上がっていき、夜中12時くらいになってようやくトレーナーから試合の準備をするように言われました。
そしてなんと2試合後に出番だそうですが、あと15分ほどしかありません。
日本だと試合の2時間前からバンテージを巻いたり、ウォーミングアップをするのが普通ですが
試合の直前で慌ただしくバンテージをまくのがタイ流だそうです。
その後タイオイルを全身に塗ってもらい、試合前の御祈りをしてもらって完了!
ちなみにウォーミングアップの時間はありませんが、関係なし!!
そして村初めての外国人だということで、たくさんの村の観衆やギャンブラーが詰めかける中、リングイン!
(タイではムエタイは賭けの対象で、貧しい人がやるものと思われています。)
リングに上がってから分かったことですが、メインイベントはなんと私です。
「いや、聞いてないし、さっき対戦するって言ってた奴と違う奴やん。。」
しかし、リングに上がってしまえばあとはまな板の鯉です。
ムエタイでは、試合前にワイクルーという踊りを踊るのですが、
初めてのワイクルーをいざ踊ろうと思い、張り切って踊っていましたが相手は早々に切り上げて試合モード!
私は事前に教えてもらった通りの型を踊り、日本人がリング上で一人でワイクルーを披露するというシュールな光景。
第1ラウンド
ムエタイでは様子見のラウンドですが、そんなことお構いなしにパンチを出しまくる私に相手は怒っている様子。
作戦通り。
第2ラウンド
起こった相手が猛烈に反撃。相手のパンチで鼻骨骨折。鼻から大量出血。
第3ラウンド
本来ならここからギアを上げるのがムエタイ流だが、相手はすでに疲れている。
ここまでは作戦通りだがキックボクシングと違い、ミドルキックや首相撲からの膝蹴りがポイントが高いのがムエタイ。
ここで一気にポイント差が開いてしまう。
そしてインターバル中にトレーナーがいなくなり、代わりにどこぞのギャンブラーがセコンドにつく。
「誰やこいつ?」となる。
第4ラウンド
運命のラウンド。ムエタイでは第4ラウンドを制する者が試合を制する。
起死回生の左ミドルキックが4連続で決まり、大逆転。ギャンブラーも大盛り上がりで、「ティープ(前蹴り、逃げろの意味)、ティープ」の大合唱!
インターバル中にセコンドのギャンブラーが増える。
第5ラウンド
相手は私をKOするしか勝つ方法がないので、必死のパンチを振るうが逃げに入った選手を捕まえるのはほぼ不可能。
私は何とか5ラウンドを逃げ切り、逆転勝利!!
試合後は村の女の子から携帯番号を聞かれたり、村人から写真撮影をせがまれたりと大変でした。
しかし、一番衝撃だったのはトレーナーから「俺のおかげで勝てたんだから、ファイトマネー全額くれ!」と言われたことです。
「いや、お前試合中どっか行ってたやん。。」
まあ、いろんなことがあったタイでのムエタイ修行でしたが、
日本ではなかなか経験できないことばかりで、面白かったです。
仕事上、ベトナム人と接する機会が多いですが、彼らと接していると私の遠い思い出がふとよみがえってくることがあります。
やっぱりアジアは最高です!!