つれづれ蒔々

ごく稀に長文を流し込む為の場所。

入院してましたw

2020-08-16 15:43:32 | 雑記
入院一日目

・ 目を覚ますとベッドの上だった。
物語の導入みたいな事が我が身に起きると何となく思った。
いきなりは、言葉が上手く出ない。
口が上手く回らないのだと、暫くして気づいた。
頭の中で状況を整理してみる。
時は夕方だった。
所は病室。
前に居た筈の自分の部屋の様子が妙に気になった。何でココにいるのか。記憶が断片
的にしか存在しない。時間が飛んでいる。記憶にポッカリと穴がある。とりあえずは
周りの観察から始めるしかないので、ベッドの近くにある物を確認してみる。
私物の類は無い。
手持ちの物品は‥‥仕事の時に持っていくバッグだけ?
身を起こす。
怪我は無い様だった。
右手に違和感がある。上手く動かない。全く動かせない程ではないけれど、何か違う。
横に居たナースさんが、そこでこちらが動いた事に気づいた。
「ここがどこか分かりますか?」
声を掛けてきた。
ここがどこかと問われても。
(病‥‥イン?)
見た目はそうとしか思えないのでそう答える。が、返事は出たが、やっぱり上手く喋
れない。
さらに相手が続けて聞いてきた。
「今はいつだか分かりますか?」
(えーと、)
答えようとして、頭が真っ白になった。
今は?
日付が出ない。
最近、年号は変わった筈で、えーと令和2年?
日付は。いつだ? 連続していない記憶だけれど、大きな穴をみつけた気がする。
言いよどんでいる内にナースさんが焦れたように次を続けた。
「今日は令和二年の五月二十二日です」
いつよ、それ。
思ったが、とりあえず、言われた事を飲み込む事にした。
今は五月二十二日。認識していた日付からズレている。一週間くらい?
仕事はどうなった? そもそも、病院に放り込まれた経緯は?
頭の中が「?」マークで埋まる。
言葉に詰まっていると、ナースさんが「仕方ない」と言わんばかりの調子で
さらに続けた。
「アナタは警察に通報されて、ここへ連れ込まれたんです」
「‥‥え? 自分は何かしたんです?」
ようやく出た言葉は意外とスムーズだった。
それにしても警察とは。事件か? 穏やかではない?
自分が置かれた状況は混乱するばかりだった。
実は何かの犯罪でもやらかしたとか。いやまさか。特に監視や拘束がある訳ではない。
そもそも。
自分がここへ放り込まれた理由は何だ?
そういえば、懐に私物のケータイがあった。慌てて開いたが、一瞬で電気が切れた。
万事休す。
「えーと、説明しますと」
パニックに陥りそうになった所でナースさんが冷静に続けた。
「簡単に言えばアナタは脳内出血で倒れてここに運ばれました。別に事件とかそうい
った形ではなく、普通に倒れたようです。えーと、持病とかありました?」
「え‥‥」
 脳内出血で、思い当たるのは高血圧だった。自分の血圧は非常に高かった。230 
を越えていた。それか。今がカタコト気味なのは、それが関係しているのか? 言葉
が上手く浮かばない感じで、さっきから見た人の名前や、物事の記憶が保持されてい
ない気がする。
(そういえば、このナースさんの名前なんだったっけ?)
 第一声で名乗った筈、だけれど記憶に全く残っていない。
(えーと、関が原の戦いについて)
(ナポレオンの戦歴について)
(第二次大陸封鎖に関して)
反対に極めてどうでもいい事を思い出している。
 ある種の記憶障害を疑うべきではないか?
 もしくは、精神障害? 分裂症? いやまさか。関連性の無さ加減はその可能性を
否定出来ない気がするけれど、でもなあ。
「病気は無かったかと思いマス。ちょっと混乱シテイルというか。記憶、障害かも?」
単語を吟味した上で答えたが、それでも返答がややアヤシイ感じになった。
「ふむふむ」とナースさんはそれに対して頷きながらメモをとっていく。
「分かりました。ひとまず、混乱しているかもしれないんで、休んでください」
 さいですか。
 どういう形になったのかは知らないが、処置は一旦暫く置くという事か。
「では、何かあったら、その脇にあるナースコールで呼んで下さい。部屋から出るの
は駄目ですからね」
 ベッド脇の押しボタン的なブツを提示して、ナースさんは去っていく。
 さて、これで部屋に一人かと‥‥と思ったが、ちょっと違った。
 小さく咳が聞こえた。
 ここでようやく、ここが四名部屋らしいスペースであるらしい、と把握した。
 起こした身をゆっくりと巡らせる。
 特に動きに支障なし。怪我の類も無いらしい。脳内出血らしいが、頭を触っても何
処にも痕はなさそうな感じ?
 服装は入院着的なボタンのない衣装になっていた。着替えさせられた? カバンを
漁るとハサミで切られたシャツが出てきた。捨てるしか無さそうだ。
「ううむ」
 警察がやったのか、病院がやったのか。強引な事をする、と思った。
 まあ、大した金額のモノではないけれど。それにしてもシャツを破いたのは何故な
んだろう? 心臓マッサージでもやったのか? 倒れた時に何があったのか聞いて
おけば良かった。
 と。
(ひとまず、状況の把握が必要か)
 正直、何が何だか状況を飲み込めてない印象がある。
 とりあえず起きたら病院でした、なんて初めてだからどうしていいのか。
(で、日付は5月22日らしい、と。時間は‥‥午後?)
 さっき聞いた情報を整理する。腕時計は最初から着けていた。でも、視方が分から
なくて混乱する。自分のいつもの時計なのに妙な違和感があった。
 表示された情報を思考が飲み込めきれてないような感じ。
(うーん)
 いつもの自分ってこんな風だったっけ?
 急に疲れを感じた。
 寝るか。
 咀嚼しなければならない情報がオーバーフローしている気がする。
 目を閉じる。
 どうやら同じ部屋の住人は静かな人っぽいので、このまま寝てしまえば‥‥。
「っぐ、ひっぐ‥‥」
ん? なんか泣いてる?
 一旦、閉じかけた瞼を開けた。
隣のブースから聞こえた?
「おねがいだから目を開けてよう。聞こえてるの‥‥? ひぐっ‥‥」
「今は眠っておられますから、出来ましたら静かに‥‥」
 ナースさんと付き添いの人っぽい? 声しか聞こえないけれど両方女性だった。
 そして、シュコーという機械っぽい呼吸音。
 どうやら自分の横は、かなりアブない患者さんが居るらしい。
「何かありましたらすぐに連絡いたしますので‥‥」
「はい、分かりました‥‥また来るからね。今度は話とか聞かせてよ?」
いきなり愁嘆場。見舞いの人が泣いてる。
 女性は、中年以上のおばさんって感じの声だった。娘さんとその親かな? などと
想像する。意外と聞き分けいいっぽいし。その後は何かあった時の連絡に関してのや
り取りが続く。
(あ‥‥もう駄目だ、眠い)
 糸が切れるように 眠りに落ちた。
 ‥‥‥‥。
 ‥‥‥‥。
 ‥‥‥‥。
(‥‥ん?) 
 不意に意識が覚醒する。何だろう。こんな時間に起きるような事はそうは無かった
筈なのに。バタバタと複数の足音が慌しく辺りを行き交っている?
   (何か緊急事態かな?)
かなりのアクシデントっぽい?
だけれど、電気を点けている訳ではなく辺りは暗い。
ひとまず、耳をそばだててみる。
不意に、物音が止んだ。
「‥‥まあ、しょうがない。ご家族には明日連絡、かな? えーと、手筈は決まって
いたっけ?」
「ああ、そうです。その辺は申し送りにある通りで」
「連絡するのは、●×だけ?」
「いえ、どちらにも電話しています。明日にも皆さん集まるそうで」
「こんな夜中でも受けるってのは、その辺は覚悟が出来てたんかねえ」
「でしょうね‥‥」
 足音が去っていく。
(‥‥何があったんだ?)
 真っ暗な状況なので確認が出来ないが、人口呼吸の機械の音が無くなっている。
 無くなって分かる、人の気配が立てる音が無い。
 無音。
(これってつまり)
 寝起きでボンヤリとした頭に、暗闇の状況が何となく分かってきた。
 さっきまで居た人が居ない、ようだ。この夜中に移送、とは考えにくい。
(起きるか、どうしよう?)
 考え始めた所で、奥の小さなライトが点いた。
「じゃあ、片付けましょう」
「え、いいんですか? でも‥‥」
 どうやらさっきのナースさん二人組みが戻ってきたらしい。
「私物の類は全部動かしてあるから、もうココには戻ってこないし、次の予定も入っ
てるし、片すなら今」
「ああ、そうですね‥‥」
「そっち持って」
「はい」
 ‥‥‥‥‥‥。
 そそくさと大きな何かを動かす気配。
 ‥‥‥‥‥‥。
物音はすぐに止んで、先刻の静けさが戻る。
(ああ‥‥さっきの人工呼吸の人、亡くなったのか)
 きっと静かに呼吸が停止して、それっきりだったんだろう。
 ドラマにあるような臨終感は全く無かった。
 で、超速攻で部屋の片付けが終了したっぽいけど、いいのか‥‥?
(ま、いいや)
 死ぬ時は一人だ。
 ドライだけれど、今は眠い。
 意外と自分もこんな風になるんだろう、とか考える。いやまさか? 思考が排水溝
に呑まれていくように、再度来た眠りに身を委ねつつ、無責任に思った。
 ‥‥‥‥‥‥。
‥‥‥‥‥‥。
 ‥‥‥‥。
 そして、夜が明けた。
 目覚めはハッキリだった。昨夜が強制的な二度寝状態だったせいだろうか。若干の
眠気が残っているような気がしなくもない。
 だが、ともかく新しい朝が来た。希望の朝である。
 喜びに胸を開け、大空仰げ♪
‥‥じゃなく。
夏休みの朝じゃあるまいし、何故ここで健康な体操の歌を思い出すのか。
現在絶賛入院中なので、飛んだり跳ねたりは無理だ。おちつけ。
初日から濃いイベントが沢山あった気がする。
さすがに、あんなのはもう無い‥‥よな?
ベッドで首を捻りつつ思う。
起こした身を再度ベッドに戻しつつ、二度寝しようと心に決める。
(ともかくは寝よう。考え事はその後だ)
今は寝ておくべき。
思えば、その懸念は正しかったんだろう。
時間が空けば眠るしかない。
選択肢は限られていて、やるべき事、やれる事は多くない。
体力が落ちているのも間違いない。
今は回復しなければ。
全てはそこから。
短い睡眠に再度落ちつつ、そんな事を考えていた。
‥‥ところで、まだ入院して一日しか経過してないよな?


//了

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